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Vol.34.貸し切り遊園地☆彡
大樹があたしに合わせて平日に休みを取ると言っていた。――そして、この状況下なので遠出は憚られる。珍しく電車に乗り、手を繋ぎ、恋人気分を満喫。
「――どこに行くの?」
「内緒」
行き先は聞いていない。指をそっと立てる大樹は、マスクをしていても相変わらず美しかった。毎日……美術館にいるかのような感覚を味わっている。芸術は、誰かが苦労して手に入れなければならない逸品ではない。日常にこそ、あるのだ。
都心を過ぎたところで、降りた。……ってここ……。
あたしの様子に気づいたのか、大樹は振り返って笑った。「――そう。今日は、ここ」
PVの撮影などにも使われる、知る人ぞ知る、小さな――といっても、ヨーロッパの雰囲気を思わせる、華麗で素敵な遊園地だった。
チケットの列に行列などないことからあたしは不思議に思った。大樹は、あたしの手を引き、ずんずん、入口の方へと向かっていく。「――え。チケットは?」
すると大樹は、仮にあたしが男だったとしても見惚れるような可憐な微笑を振りまき、
「――今日は、貸し切りなの。ふたりっきりで、デートをしよう」
* * *
くるくる回るメリーゴーランド。お気に入りの馬にまたがり、きゃーきゃー言いながら大樹に手を振る。「大樹。大樹ぃー」
スマホで撮影しているらしい。大樹が笑顔で手を振る。「美紗ぁー愛してるー」
あたしはちょっと笑った。「ちょ。こんなところで言わなくても……」
降りるとソフトクリームを買ってふたりでばくついた。ほっぺにつけてたりなんかすると、はむっ、と、大樹が吸って舐めとってくれる。……うわああ。幸せ……。
とろけるような幸せを感じている。外はすこし、暑い。風があって、過ごしやすい気候だ。お日様が高いところにのぼって、あくせく働く人間たち――それから、あたしたちのように、休日デートを満喫する人々を見守っている。
「……大樹」
「なぁに? 美紗」
くっ、と彼に肩を抱かれ、引き寄せられる。そのここちよさを感じながらあたしは彼の肩にこめかみを預け、「……大好き」
「おれも」
何気ない。なにもない。このときがただただ、幸せ……。
ああ。遊園地なんて来るの何年ぶりだろう。思い出せないくらいに昔だ。確か、学生時代に、女友達とディズニー行った記憶がある。クリスマス前に。寂しいねー、なんて言いながらきゃっきゃきゃっきゃして、それでも誰かに写真を撮って貰ったらしく、携帯に写真が残っている。
「……次は、なに乗る?」
なにを思って貸し切りにしてくれたのかは分からないが……ああそうか。
あたしたちのデートは、いつも、おうちとか、花見町に限られているから。
それに。誕生日のことを伝えたばかりだから、大樹は、……奮発して、張り切ってくれたんだ。
返事がないことを思慮の時間と解釈したらしい。大樹は、あたしのほうに顔を向けると、いたずらに笑い、「……大丈夫。ここのオーナー、おれの友達のおやっさんが経営者だから。特別にして貰ったの」
……へえ。「そんなシステムがあったんだ……知らなかったよ。ああ、なんか、あれ、乗りたいな。船がぐんぐん前後するやつ」
大樹の瞳孔がやや開いたのであたしは言ってみる。「……え。もしか。大樹、乗り物系、苦手だったり……する?」
「や。そんなことは全然。……善は急げだ。よし行こう」
やっけに速足の大樹に手を引かれ、あたしたちは、次なる場所へと向かった。
* * *
「きゃあああああーーーーーー!!!!!!!!」
絶叫。絶叫系。ジェットコースターに乗るのってあああ、快感……!!!!!
回転し、スピンし、急速に下ったと思ってぐわーっときたと思ったら急にゆっ……くりとあがりだし、た、た、た、……とこちらの恐怖をあおったうえで急降下。またかよ。……あああ。
「楽しい。楽しいね大樹……っ!」
マスクをした大樹は、何故かあたしの手をしっかりと握っていた。
* * *
「はいお水。……っていうか、絶叫系無理なら、無理しなくていいのに」
「やーあの」ベンチにてうなだれる大樹は、「……サンキュ。苦手ってほどではないんだ。ただちょっと、終わった時、気持ち悪くなるってだけで」
あたしは苦笑いをし、彼の隣に座った。「……一般的にはそれを、苦手、と言うんじゃないかな」
「五分ちょうだい。……落ち着いたら、次、なに行こうか。……ここ、お化け屋敷も有名なんだよねえー」
ぎくっとした反応を大樹は見逃さなかった。「――あれえ? もしかして美紗。お化け屋敷が苦手とか……」
あたしは慌てて否定した。「やーやーそんなはずがないじゃない。お化け屋敷なんて子どもだましみたいなもんだよ。全然大したことないって。貞子に比べたら全然……」
すると大樹は心配そうに、「……無理しなくていいんだよ?」
「いえいえ。ご心配には及びません。……せっかく来たんだから。大樹がセッティングしてくれたんだし。全部の乗り物、乗りたいな♪」
なんて言ってみると、きゅう、と、抱きしめられる。「美紗。……大好き」
あたしは彼のぬくもりを感じ、彼の、やや汗ばんだ背に手を回し、うっとりと、「あたしも。……大好き。大樹……」
* * *
「……はい。お水。……ちょっとは落ち着いた?」
「ありがと。……五分ください……」
あっは、と大樹は笑ってペットボトルの蓋を開封し、自分も飲む。「美紗ぁ。苦手なんだったら無理しなくていいんだよ? ……あでも、なんか出るたびにきゃーきゃー言っておれに抱き着く美紗が、……可愛かったな」
不謹慎に聞こえたらごめん、と大樹は言い足すけれど。
「実は、……学園祭レベルのお化け屋敷でもう駄目で……ほら。あたしたちが小さい頃、テレビでよくやってたじゃん? 貞子の井戸の。あれ、ほんともう、トラウマで。あんなのCMとか地上波で流さないで欲しいよ……」
「あー確かになんか一時期ホラーブームすごかったもんねえ」うんうん、と大樹は首肯する。「13日の金曜日のジェイソンとかエクソシストとか。エクソシストごっことか流行んなかったぁ? 部屋中の物放り投げて散らかすやつ。むかーしは、結構地上波で過激なの放送してたっぽいけど。……あ、キョンシーとかもあんだっけ? いまは割かしマイルド、っつうか、子どもが見ても平気なように配慮されてるんだね……」
あたしはふと思ったことを言ってみた。「大樹は、一人暮らししてみて、怖くなったりしなかった?」
「や。全然。ひとりぼっちには慣れっこだったから」
あ、とあたしは気づいた。「……辛いことを思い出させてたらごめんね」
「気を遣わなくていいよ。過去は過去だから。おれも、隠す気はないし。……確かに、風呂入ってるときとか、シャワー浴びて頭洗ってるときとか、目ぇつぶんの、昔は超怖かったな。夜中のトイレとか、引きずり込まれたりしねーかな、とか、怖いドラマとか見ちゃうと変にその辺補強されるっつうか。学生時代に見たのが蘇るんだよねえ……」
あたしは大樹の手を取った。「いまは、……二人きりだから、怖くないね」
「うん。ずっと、……一緒だよ」
そうして大樹は、マスク越しにあたしにキスをした。
* * *
足元が浮く急降下系に乗ってぎゃあぎゃあ言ったり。
コーヒーカップを気持ち悪くなるまで回転させたり。
ぞうさんの乗り物で、やっぱり、大樹がハンドルを押して急降下させてあとで自滅してたり。
メリーゴーランドの前で、頭わしゃわしゃにして、中腰で、米津玄師さんごっこをしたり。たったーいっーしゅんのーぉ。
……たっぷり遊んだ頃には、もう、日が傾きかけていた。お互い明日は仕事なので、早めに帰らないとだな。こっからだと帰宅ラッシュともぶつかるし。
「じゃあ、そろそろ……」とあたしは言いかけたのだが、大樹は、
「最後に。……観覧車に、乗ろうか」
* * *
真剣な面持ちの大樹が、目の前に座っている。
ふたりだけの空間。
ふたりっきりの空間。
なんだか、……いつもふたりだというのは変わらないのに。場所が違うだけで、より、違ったどきどき感に満ちあふれている。
それより、大樹が、言葉少なで、緊張しているかのように見えるのが気になる。どうしたのだろう。目を伏せ、指を組み合わせ――
ってもしかして。
「大樹。……怖かったりする?」
「や。全然」
「いやいや大丈夫って言う顔色じゃないでしょう。え。どっちが苦手なの。閉鎖空間? それとも高所?」
無理して笑っているかのように見える大樹は、弱弱しい声で、「どっちかっつーと、後者、……かな」
やだやだなんで気が付かなかったのだろう。乗る前にもっと聞けばよかった。「え。大樹。どうしよう。止めて貰う? 下ろして貰う?」非常ボタンかなんか押せばどうにかなるはずだ。――が、大樹は、
「……時刻は五時ジャスト。ちょうど頂点に差し掛かる頃――西からの日差しがこちらに射し、東京を……一望出来るはずだ……」
不可思議に思ってあたしは尋ねた。「大樹。……なんの話をしているの?」
「この、観覧車が頂点に達したとき――」
そのとき、大樹は、すべての不安を取り払った目をして、
「……ぼくの想いを、きみに――伝えたかった。
愛している美紗。
ずっと、……一緒にいよう」
「……大樹」
――大樹。大樹……っ。
知らず、涙があふれていた。――こんなふうに、セッティングしてくれた男は初めてだ。それも――怖い思いに打ち勝って。
あたしは、大樹に、手を伸ばした。本当は隣に行きたかったが、下手に揺らすと大樹が怖いだろう。ぎゅっと手を繋ぎ、
「あたしも――愛しています。
一生、一緒に、いましょう……」
手早くジェルを塗った大樹に唇を塞がれていたときには、閉じたあたしのまぶたに、きらめく夕陽が降り注いでいた。
* * *
「楽しかったねー」
「うん」
当たり前の日常。
相手がいるのが当たり前。そんなことは当たり前なのではなくむしろ――毎日が、奇跡なのだ。
幸せに満ちた毎日を味わえることこそが。
日々を、元気に過ごせること自体が。
当たり前の日常を取り戻すには、まだ、すこし、時間が必要だろう。けれど――
大樹の与えてくれた勇気が、愛が。あたしを……支えてくれている。
手をぶらぶら繋ぎながら、名残惜しくも遊園地を後にする。見えなくなる前に、あたしは振り向き、「……またね」と微笑みかける。
あたしたちが平和な日常を取り戻し。また……自由に、肌に触れられる幸せを堂々と味わえるようになったとき――また、来るから。
またね、と大樹も言っていたのだが。あたしは知らなかった。
てっきり、これが正式なプロポーズだと思ってたのに。この話には続きがあるということを。
*
「――どこに行くの?」
「内緒」
行き先は聞いていない。指をそっと立てる大樹は、マスクをしていても相変わらず美しかった。毎日……美術館にいるかのような感覚を味わっている。芸術は、誰かが苦労して手に入れなければならない逸品ではない。日常にこそ、あるのだ。
都心を過ぎたところで、降りた。……ってここ……。
あたしの様子に気づいたのか、大樹は振り返って笑った。「――そう。今日は、ここ」
PVの撮影などにも使われる、知る人ぞ知る、小さな――といっても、ヨーロッパの雰囲気を思わせる、華麗で素敵な遊園地だった。
チケットの列に行列などないことからあたしは不思議に思った。大樹は、あたしの手を引き、ずんずん、入口の方へと向かっていく。「――え。チケットは?」
すると大樹は、仮にあたしが男だったとしても見惚れるような可憐な微笑を振りまき、
「――今日は、貸し切りなの。ふたりっきりで、デートをしよう」
* * *
くるくる回るメリーゴーランド。お気に入りの馬にまたがり、きゃーきゃー言いながら大樹に手を振る。「大樹。大樹ぃー」
スマホで撮影しているらしい。大樹が笑顔で手を振る。「美紗ぁー愛してるー」
あたしはちょっと笑った。「ちょ。こんなところで言わなくても……」
降りるとソフトクリームを買ってふたりでばくついた。ほっぺにつけてたりなんかすると、はむっ、と、大樹が吸って舐めとってくれる。……うわああ。幸せ……。
とろけるような幸せを感じている。外はすこし、暑い。風があって、過ごしやすい気候だ。お日様が高いところにのぼって、あくせく働く人間たち――それから、あたしたちのように、休日デートを満喫する人々を見守っている。
「……大樹」
「なぁに? 美紗」
くっ、と彼に肩を抱かれ、引き寄せられる。そのここちよさを感じながらあたしは彼の肩にこめかみを預け、「……大好き」
「おれも」
何気ない。なにもない。このときがただただ、幸せ……。
ああ。遊園地なんて来るの何年ぶりだろう。思い出せないくらいに昔だ。確か、学生時代に、女友達とディズニー行った記憶がある。クリスマス前に。寂しいねー、なんて言いながらきゃっきゃきゃっきゃして、それでも誰かに写真を撮って貰ったらしく、携帯に写真が残っている。
「……次は、なに乗る?」
なにを思って貸し切りにしてくれたのかは分からないが……ああそうか。
あたしたちのデートは、いつも、おうちとか、花見町に限られているから。
それに。誕生日のことを伝えたばかりだから、大樹は、……奮発して、張り切ってくれたんだ。
返事がないことを思慮の時間と解釈したらしい。大樹は、あたしのほうに顔を向けると、いたずらに笑い、「……大丈夫。ここのオーナー、おれの友達のおやっさんが経営者だから。特別にして貰ったの」
……へえ。「そんなシステムがあったんだ……知らなかったよ。ああ、なんか、あれ、乗りたいな。船がぐんぐん前後するやつ」
大樹の瞳孔がやや開いたのであたしは言ってみる。「……え。もしか。大樹、乗り物系、苦手だったり……する?」
「や。そんなことは全然。……善は急げだ。よし行こう」
やっけに速足の大樹に手を引かれ、あたしたちは、次なる場所へと向かった。
* * *
「きゃあああああーーーーーー!!!!!!!!」
絶叫。絶叫系。ジェットコースターに乗るのってあああ、快感……!!!!!
回転し、スピンし、急速に下ったと思ってぐわーっときたと思ったら急にゆっ……くりとあがりだし、た、た、た、……とこちらの恐怖をあおったうえで急降下。またかよ。……あああ。
「楽しい。楽しいね大樹……っ!」
マスクをした大樹は、何故かあたしの手をしっかりと握っていた。
* * *
「はいお水。……っていうか、絶叫系無理なら、無理しなくていいのに」
「やーあの」ベンチにてうなだれる大樹は、「……サンキュ。苦手ってほどではないんだ。ただちょっと、終わった時、気持ち悪くなるってだけで」
あたしは苦笑いをし、彼の隣に座った。「……一般的にはそれを、苦手、と言うんじゃないかな」
「五分ちょうだい。……落ち着いたら、次、なに行こうか。……ここ、お化け屋敷も有名なんだよねえー」
ぎくっとした反応を大樹は見逃さなかった。「――あれえ? もしかして美紗。お化け屋敷が苦手とか……」
あたしは慌てて否定した。「やーやーそんなはずがないじゃない。お化け屋敷なんて子どもだましみたいなもんだよ。全然大したことないって。貞子に比べたら全然……」
すると大樹は心配そうに、「……無理しなくていいんだよ?」
「いえいえ。ご心配には及びません。……せっかく来たんだから。大樹がセッティングしてくれたんだし。全部の乗り物、乗りたいな♪」
なんて言ってみると、きゅう、と、抱きしめられる。「美紗。……大好き」
あたしは彼のぬくもりを感じ、彼の、やや汗ばんだ背に手を回し、うっとりと、「あたしも。……大好き。大樹……」
* * *
「……はい。お水。……ちょっとは落ち着いた?」
「ありがと。……五分ください……」
あっは、と大樹は笑ってペットボトルの蓋を開封し、自分も飲む。「美紗ぁ。苦手なんだったら無理しなくていいんだよ? ……あでも、なんか出るたびにきゃーきゃー言っておれに抱き着く美紗が、……可愛かったな」
不謹慎に聞こえたらごめん、と大樹は言い足すけれど。
「実は、……学園祭レベルのお化け屋敷でもう駄目で……ほら。あたしたちが小さい頃、テレビでよくやってたじゃん? 貞子の井戸の。あれ、ほんともう、トラウマで。あんなのCMとか地上波で流さないで欲しいよ……」
「あー確かになんか一時期ホラーブームすごかったもんねえ」うんうん、と大樹は首肯する。「13日の金曜日のジェイソンとかエクソシストとか。エクソシストごっことか流行んなかったぁ? 部屋中の物放り投げて散らかすやつ。むかーしは、結構地上波で過激なの放送してたっぽいけど。……あ、キョンシーとかもあんだっけ? いまは割かしマイルド、っつうか、子どもが見ても平気なように配慮されてるんだね……」
あたしはふと思ったことを言ってみた。「大樹は、一人暮らししてみて、怖くなったりしなかった?」
「や。全然。ひとりぼっちには慣れっこだったから」
あ、とあたしは気づいた。「……辛いことを思い出させてたらごめんね」
「気を遣わなくていいよ。過去は過去だから。おれも、隠す気はないし。……確かに、風呂入ってるときとか、シャワー浴びて頭洗ってるときとか、目ぇつぶんの、昔は超怖かったな。夜中のトイレとか、引きずり込まれたりしねーかな、とか、怖いドラマとか見ちゃうと変にその辺補強されるっつうか。学生時代に見たのが蘇るんだよねえ……」
あたしは大樹の手を取った。「いまは、……二人きりだから、怖くないね」
「うん。ずっと、……一緒だよ」
そうして大樹は、マスク越しにあたしにキスをした。
* * *
足元が浮く急降下系に乗ってぎゃあぎゃあ言ったり。
コーヒーカップを気持ち悪くなるまで回転させたり。
ぞうさんの乗り物で、やっぱり、大樹がハンドルを押して急降下させてあとで自滅してたり。
メリーゴーランドの前で、頭わしゃわしゃにして、中腰で、米津玄師さんごっこをしたり。たったーいっーしゅんのーぉ。
……たっぷり遊んだ頃には、もう、日が傾きかけていた。お互い明日は仕事なので、早めに帰らないとだな。こっからだと帰宅ラッシュともぶつかるし。
「じゃあ、そろそろ……」とあたしは言いかけたのだが、大樹は、
「最後に。……観覧車に、乗ろうか」
* * *
真剣な面持ちの大樹が、目の前に座っている。
ふたりだけの空間。
ふたりっきりの空間。
なんだか、……いつもふたりだというのは変わらないのに。場所が違うだけで、より、違ったどきどき感に満ちあふれている。
それより、大樹が、言葉少なで、緊張しているかのように見えるのが気になる。どうしたのだろう。目を伏せ、指を組み合わせ――
ってもしかして。
「大樹。……怖かったりする?」
「や。全然」
「いやいや大丈夫って言う顔色じゃないでしょう。え。どっちが苦手なの。閉鎖空間? それとも高所?」
無理して笑っているかのように見える大樹は、弱弱しい声で、「どっちかっつーと、後者、……かな」
やだやだなんで気が付かなかったのだろう。乗る前にもっと聞けばよかった。「え。大樹。どうしよう。止めて貰う? 下ろして貰う?」非常ボタンかなんか押せばどうにかなるはずだ。――が、大樹は、
「……時刻は五時ジャスト。ちょうど頂点に差し掛かる頃――西からの日差しがこちらに射し、東京を……一望出来るはずだ……」
不可思議に思ってあたしは尋ねた。「大樹。……なんの話をしているの?」
「この、観覧車が頂点に達したとき――」
そのとき、大樹は、すべての不安を取り払った目をして、
「……ぼくの想いを、きみに――伝えたかった。
愛している美紗。
ずっと、……一緒にいよう」
「……大樹」
――大樹。大樹……っ。
知らず、涙があふれていた。――こんなふうに、セッティングしてくれた男は初めてだ。それも――怖い思いに打ち勝って。
あたしは、大樹に、手を伸ばした。本当は隣に行きたかったが、下手に揺らすと大樹が怖いだろう。ぎゅっと手を繋ぎ、
「あたしも――愛しています。
一生、一緒に、いましょう……」
手早くジェルを塗った大樹に唇を塞がれていたときには、閉じたあたしのまぶたに、きらめく夕陽が降り注いでいた。
* * *
「楽しかったねー」
「うん」
当たり前の日常。
相手がいるのが当たり前。そんなことは当たり前なのではなくむしろ――毎日が、奇跡なのだ。
幸せに満ちた毎日を味わえることこそが。
日々を、元気に過ごせること自体が。
当たり前の日常を取り戻すには、まだ、すこし、時間が必要だろう。けれど――
大樹の与えてくれた勇気が、愛が。あたしを……支えてくれている。
手をぶらぶら繋ぎながら、名残惜しくも遊園地を後にする。見えなくなる前に、あたしは振り向き、「……またね」と微笑みかける。
あたしたちが平和な日常を取り戻し。また……自由に、肌に触れられる幸せを堂々と味わえるようになったとき――また、来るから。
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