20 / 125
第六章 嘘がつけないひとだね
(2)
しおりを挟む
走る。
ひた走る。
さっきの百メートル走より全速力でこの中距離を。段に足をかける度に、あとでがくがくするだろうなって意識は働いたけれど私。
このときを逃したくなかった。
廊下の暗い奥へ突進して右に折れた段駆けのぼりオレンジの扉を力任せに叩く。
そこに。
「い、……たっ……」
息があがるからだが跳び箱されるように折れ曲がる膝を支える手だっていまだ震えている。
けど。
目に、線の鮮やかさは残っている。
それと、詰襟の制服。
飛行機を追いかけて一瞬、見えた気がした。
赤い線を、この屋上に。
肺を押さえ身を起こす。息が、……ままならない。激しい開閉音にも突然の来訪者の荒い呼吸にも黒い背中は動じない。
風になされるがまま。
赤い線が空を泳ぐ。舞に纏わるよりも自然なリズムで。
降りかけて私、気づいた。
靴下だった。
内履きを履く間も惜しかった。
……私は。
気になってしまうなんておかしいのかもしれない。
近づこうとする気持ちが変なのかもしれない。
でも。
以前とは違い煙草は吸わない彼の横に、以前と同じように近づいて、みる。
勇気を伴う。
付け髭は外されてる。
――眼鏡も。
素顔を晒すその端正な横顔は、
「……何しに来た」
声色も内容も突き放すものだった。「あの。お詫びと。……お礼を。言いに」
私ノートのこととかなんにもお礼、言ってない。
彼はいつも椅子の音が消えきらないうちに教室を後にする。教室だと近寄るなオーラを漂わす。いじれるのって桜井和貴だけな感じだ。
「礼など言われる筋合いがない」
「この前……酷いこと、言ったと思って」
「俺の足のことでも聞いたのか?」嘲る種の息を吐く。「同情されんのは嫌いなんだろ。だったら、」
「誰も。何にも言ってないっ」
「だったら」金網から手を離し初めて向き直る。
「んな顔すんじゃねえ」
責められてるようで。
眼光が鋭い。
私は。
まともに目を合わせられず。
学ランの正面素通りして自分の手元を頼る。「……足。気にしてたから。夏に学校で会ったとき、庇ってる感じがして……段上がるときこう、引きずってたし」
なんでこんなしどろもどろなのだろう。
「みんな、一言も言わないわけじゃなかったけど、言いかけたひとを止めたりしてた」あの小澤さんですらも二回。「触れちゃいけないって空気は感じた。だから、こっそり誰かに聞き直したりもしたくなかった」
言い訳じみてる。
弱々しい。
自己嫌悪を味わう、が。
「よく、……見てんだな」
感心したトーン。
それだけで私のなかに、嬉しい、って気持ちが沸いた。
息を吸う、肺のなかにその空気が満ちる気がした。緑の、におい。下からだ。さっきまで彼が眺めていただろう眼下の景色。群集する瓦屋根、真下の小体育館、右にからだ捻れば体育祭に湧くグラウンド。……このなかのどれを選んでいたのだろう。
「こんな風に。見てるのが私、好きだったの」
「……あ?」
まぶたを下ろせばすぐにも再生できる。
「マックの二階からいつも眺めてたの」人の流れとか動きを私は。「ガラス窓で百八十度くらいは見えて。正面のジーンズ屋さんに銀行が二つもある大通りを、色んなひとが行き交ってて。同じ高校生でも制服の着方、ギャルやオタクみたく露骨じゃなくっても、趣味嗜好に絡んで違いが出るし。合コン行く直前の大学生は口紅が濃いし、食材買い足しに走るコックさん。あのお店のひと結構な比率で見かけるなあとか。いつも同じ時間にATM寄るスーツのおじさん、不倫しててお札入れ切る前に銀行出てきょろきょろしてるの、周りの視線がよっぽど気になるんだなあ、って思ったり。そういうのずっと眺めてて……こんな人生歩んでるのかなってのを想像した」
彼の手が金網に触れ、かしゃん、と動いた。
「色んなひとが動いて。働いてて。みんな、懸命に生きてるって気づける……私だけじゃないって思えるから。なんとなく好きだったんだよね」
蟻みたいな人混みの傍観。
この町で叶わないことだけれど。
自嘲的な意味合いを込めて視線を横に流した、つもりが。
笑っていた。
彼が、私を見て。
ほのかに口の端があがる程度。
かすかに息を吐く程度が。
それが。
苦しい鼓動が心臓を叩く。
さっきの和太鼓よりもよっぽど。
やばい。
やばい。
風穴でも開いたのだろうかそれとも心臓病か?
「夏会った日、学校に退部届を出しに来ていた」胸を押さえる挙動不審な女から顔を戻し、笑みを口許に仕舞うと、
「サッカー部のだ」
彼は、彼を語る。
他人を語るにも自分のことであっても彼、表情が変わらない。
「六月の総体で怪我して選手としては使い物にならない。同じ所を何度もやっているからな」
淡々と事実を述べる。
その口調がかえって、私には悲しみを助長して聞こえた。
ふっと下をみやると、「障害物。女子が始まってる。おまえ次、出番だろ?」
「やっば」
小澤さんの怒る姿が容易に想像できる。すっかり忘れてた。
「私行くね」
「ああ」
走りだす。
けど。
引っかかるものがあって。
胸の奥に小さな小さなしこり。
彼、手を軽く振る、またもとの姿勢に戻る。
独り離れて違うものを眺めるだけの。
自由でもあり孤独な後ろ姿。
『やってみ?』
ちょっと前までの自分と重なって見えた。
……でも。
彼、選んでるのだし。
でも。私。
気にかかってしまうのだし。
頭のなかで、放っておけ、と叫ぶ共感性と、なにか声かけてあげたら、と諭す優等生が喧嘩をする。悩んでる時間も惜しいほど時間がない、すぐ行かなきゃ間に合わないのに。
結論、前者が負けた。
ドアノブを掴んだところで思い切って叫んだ。
「こんなとこに引きこもってないで下でみんなと見なよっ」
「誰が、引きこもりだ」
睨まれてる思いっきし。青い冷徹なオーラが見える気がする。
と顔引きつらせる私に対して、彼は思いのほか、真顔で、
「他に聞きたいことがあれば、和貴に聞け。
…………
それから競技」
以降の言葉はドアを閉めて駆け出した私に聞き取れなかった。
「ほんっとやる気ないんねあんたはっ遅れてきてしかもすぐ取られるってどーゆーつもりやがっ」
「もーあんた落ち着きぃや。都倉さんやて頑張っとってんから」
「あんたやて悔しゅうないんか、都倉担いで走っとったがやろっ」
「んーでもまあ……」
おにぎりを食べる。
私も。
具は豚の角煮。
空気全般に砂が混じってる感じがする。口のなかがちょっとじゃり、という。
そんなことよりもちょっと気まずい。
惨敗だった。
出場ギリギリに入退場口に着いた私。走り寄ってぜーはー待機列の前方に回り、「遅いわっ!」と一喝されつつ騎馬戦突入。
秒殺だった。
息整わないうちに三年生に背後とハチマキ取られた。たぶん最初の敗者だった。「あっち、あっち」と方向音痴な私が闇雲な指示を出しただけで終了。
足となるひとは状況が分からない、女子担ぐの大変なのに。頑張ってた小澤さんが怒るのも無理はない。というわけでやはり気まずいランチタイムとなった。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
みんな食べ終わってないけど私一個だけ食べてビニールシートを離れる。
「……便所、小体育館の裏あっからな」
唐揚げばくつきながら小澤さん。
「うん」
なんだかんだで彼女親切だ。
冷たい蛇口。太陽の影にある小さい方の体育館。あんま使わないよって茶髪くんが言ってた。頑張ってうえ向くと屋上がぎりぎり視界に入る。
お昼前になって姿を現した。
保健室で寝てた、て単語だけ聞こえた。……田中先生テントの下で日傘差してますけど。
こんな。
違うこと考えてて競技に集中せずみんなに迷惑かけてる。
蛇口を上向きにして口をゆすぐ。思ったより冷たい。下に向けて顔を強く洗う。叩くくらい、水が跳ねるくらい。
集中しろ。
しばらくそれしてるとこころのなかもすこし洗い流せた気がした。ポケットからハンカチ出し、洗面台に背をつけて水滴を拭う。
「どったの?」
目を開く。
すんごいどアップ。
近すぎてピントが合わない。
グレムリンみたいな、
「ふごわっ」
鼻から息吐いてハンカチ浮いた。
くはっ、と目の前のひとは笑う。
驚かしといて愉しむ反応。水平にしてた顔の向きを戻すと、お腹くつくつと押さえて彼、「普段落ち着いてんのにね、なんで変な擬声語ばっか出すんだろうね」
「近いのよ」しっしと払う。
「そのうち病みつきになるよ」
顔に自信を持つひとならではの発言。
濡れた小さな水たまりを気にして後ずさりながら、
「暗い顔してるけどなんか、あった?」
笑顔のまま核心をついてきた。
浮かぶ、たった一人。
この後ろのはるか屋上に、残してきた。
気になるって気持ちを。
解消された。
疑問を。
聞いてしまった。
聞いてしまったけど……よかったのだろうか。
『和貴に聞け』
あのひとの声がリフレインする。
……私は。
「もっしもーし?」手が。揺れてる。すごく近くに。「どこ見てんのかなー真咲さーん」
所在を確かめるべく振られる手だった。「まーたどっかトリップしとったよ」
私はまた行っていたらしい。
考えごとのできる迷いの森へ。
後ろ手に触れていた縁から離れ、泥で濡れた場所から離れてみる。
「なんか。悩んでるんなら相談してよ。僕、こう見えても広いよキャパ」
学園を囲う鬱蒼とした木々。
後ろから子リスさんの甘い誘惑。
翠緑の立てる影が、蒼穹の作る光が、そんな妄想を駆り立てる。
手をかざし葉の間から漏れる太陽を頼ろうと答えは、見えてこない。
「紗優が来たとき元気そうにしとったんに。お昼ごはんにでも当たった?」
「別に」豚の角煮は勿論火が通ってた。
「じゃーなんに。誰に当たったのかなあ?」
彼。私と木々の間に入ると思索にふける探偵みたく、うろうろと往復する。
「紗優。小澤さん。と取り巻きちゃん。……でもなかったらみやもっちゃん?」
私の交友関係はなんと狭いのだ。
「じゃあ。マキかなあ?」
いきなり。
ずばり言われた。
肩がびくっと震えてしまった。
当たりだね? とその瞳が口が微笑む。なんて分かりやすいひとなんだろう自分。
「その。彼から。怪我して、サッカー部辞めたって聞いたの」
あなたに学校のこと案内して貰った日。退部届出しに来てたって……。
ため息混じりで正直にこぼした。
「え。聞いたってそれ。マキから? 直接!?」
透き通る丸い瞳をさらに大きく見開かせてるけど、……そんなに驚くことなのだろうか。退部届のタイミングは別として怪我のことなら私以外の全員が知ってる。
「……ふぅーん」と腕組みをしてちょっときつい目をすると。
「んーマキのことだから片言で全然分かんなかったでしょう。僕が知ってる範囲でよければ。いくらでも彼のこと」
教えたげるよ。
笑いかけられたときに私は。
隠し持つ密かなものを看破された気がした。
無邪気な笑みを放つ彼が紡ぎ出す、仏頂面の彼の物語。
私は浮かび上がる動揺を押し抱くようにして、固唾を飲んで言葉を待った。
ひた走る。
さっきの百メートル走より全速力でこの中距離を。段に足をかける度に、あとでがくがくするだろうなって意識は働いたけれど私。
このときを逃したくなかった。
廊下の暗い奥へ突進して右に折れた段駆けのぼりオレンジの扉を力任せに叩く。
そこに。
「い、……たっ……」
息があがるからだが跳び箱されるように折れ曲がる膝を支える手だっていまだ震えている。
けど。
目に、線の鮮やかさは残っている。
それと、詰襟の制服。
飛行機を追いかけて一瞬、見えた気がした。
赤い線を、この屋上に。
肺を押さえ身を起こす。息が、……ままならない。激しい開閉音にも突然の来訪者の荒い呼吸にも黒い背中は動じない。
風になされるがまま。
赤い線が空を泳ぐ。舞に纏わるよりも自然なリズムで。
降りかけて私、気づいた。
靴下だった。
内履きを履く間も惜しかった。
……私は。
気になってしまうなんておかしいのかもしれない。
近づこうとする気持ちが変なのかもしれない。
でも。
以前とは違い煙草は吸わない彼の横に、以前と同じように近づいて、みる。
勇気を伴う。
付け髭は外されてる。
――眼鏡も。
素顔を晒すその端正な横顔は、
「……何しに来た」
声色も内容も突き放すものだった。「あの。お詫びと。……お礼を。言いに」
私ノートのこととかなんにもお礼、言ってない。
彼はいつも椅子の音が消えきらないうちに教室を後にする。教室だと近寄るなオーラを漂わす。いじれるのって桜井和貴だけな感じだ。
「礼など言われる筋合いがない」
「この前……酷いこと、言ったと思って」
「俺の足のことでも聞いたのか?」嘲る種の息を吐く。「同情されんのは嫌いなんだろ。だったら、」
「誰も。何にも言ってないっ」
「だったら」金網から手を離し初めて向き直る。
「んな顔すんじゃねえ」
責められてるようで。
眼光が鋭い。
私は。
まともに目を合わせられず。
学ランの正面素通りして自分の手元を頼る。「……足。気にしてたから。夏に学校で会ったとき、庇ってる感じがして……段上がるときこう、引きずってたし」
なんでこんなしどろもどろなのだろう。
「みんな、一言も言わないわけじゃなかったけど、言いかけたひとを止めたりしてた」あの小澤さんですらも二回。「触れちゃいけないって空気は感じた。だから、こっそり誰かに聞き直したりもしたくなかった」
言い訳じみてる。
弱々しい。
自己嫌悪を味わう、が。
「よく、……見てんだな」
感心したトーン。
それだけで私のなかに、嬉しい、って気持ちが沸いた。
息を吸う、肺のなかにその空気が満ちる気がした。緑の、におい。下からだ。さっきまで彼が眺めていただろう眼下の景色。群集する瓦屋根、真下の小体育館、右にからだ捻れば体育祭に湧くグラウンド。……このなかのどれを選んでいたのだろう。
「こんな風に。見てるのが私、好きだったの」
「……あ?」
まぶたを下ろせばすぐにも再生できる。
「マックの二階からいつも眺めてたの」人の流れとか動きを私は。「ガラス窓で百八十度くらいは見えて。正面のジーンズ屋さんに銀行が二つもある大通りを、色んなひとが行き交ってて。同じ高校生でも制服の着方、ギャルやオタクみたく露骨じゃなくっても、趣味嗜好に絡んで違いが出るし。合コン行く直前の大学生は口紅が濃いし、食材買い足しに走るコックさん。あのお店のひと結構な比率で見かけるなあとか。いつも同じ時間にATM寄るスーツのおじさん、不倫しててお札入れ切る前に銀行出てきょろきょろしてるの、周りの視線がよっぽど気になるんだなあ、って思ったり。そういうのずっと眺めてて……こんな人生歩んでるのかなってのを想像した」
彼の手が金網に触れ、かしゃん、と動いた。
「色んなひとが動いて。働いてて。みんな、懸命に生きてるって気づける……私だけじゃないって思えるから。なんとなく好きだったんだよね」
蟻みたいな人混みの傍観。
この町で叶わないことだけれど。
自嘲的な意味合いを込めて視線を横に流した、つもりが。
笑っていた。
彼が、私を見て。
ほのかに口の端があがる程度。
かすかに息を吐く程度が。
それが。
苦しい鼓動が心臓を叩く。
さっきの和太鼓よりもよっぽど。
やばい。
やばい。
風穴でも開いたのだろうかそれとも心臓病か?
「夏会った日、学校に退部届を出しに来ていた」胸を押さえる挙動不審な女から顔を戻し、笑みを口許に仕舞うと、
「サッカー部のだ」
彼は、彼を語る。
他人を語るにも自分のことであっても彼、表情が変わらない。
「六月の総体で怪我して選手としては使い物にならない。同じ所を何度もやっているからな」
淡々と事実を述べる。
その口調がかえって、私には悲しみを助長して聞こえた。
ふっと下をみやると、「障害物。女子が始まってる。おまえ次、出番だろ?」
「やっば」
小澤さんの怒る姿が容易に想像できる。すっかり忘れてた。
「私行くね」
「ああ」
走りだす。
けど。
引っかかるものがあって。
胸の奥に小さな小さなしこり。
彼、手を軽く振る、またもとの姿勢に戻る。
独り離れて違うものを眺めるだけの。
自由でもあり孤独な後ろ姿。
『やってみ?』
ちょっと前までの自分と重なって見えた。
……でも。
彼、選んでるのだし。
でも。私。
気にかかってしまうのだし。
頭のなかで、放っておけ、と叫ぶ共感性と、なにか声かけてあげたら、と諭す優等生が喧嘩をする。悩んでる時間も惜しいほど時間がない、すぐ行かなきゃ間に合わないのに。
結論、前者が負けた。
ドアノブを掴んだところで思い切って叫んだ。
「こんなとこに引きこもってないで下でみんなと見なよっ」
「誰が、引きこもりだ」
睨まれてる思いっきし。青い冷徹なオーラが見える気がする。
と顔引きつらせる私に対して、彼は思いのほか、真顔で、
「他に聞きたいことがあれば、和貴に聞け。
…………
それから競技」
以降の言葉はドアを閉めて駆け出した私に聞き取れなかった。
「ほんっとやる気ないんねあんたはっ遅れてきてしかもすぐ取られるってどーゆーつもりやがっ」
「もーあんた落ち着きぃや。都倉さんやて頑張っとってんから」
「あんたやて悔しゅうないんか、都倉担いで走っとったがやろっ」
「んーでもまあ……」
おにぎりを食べる。
私も。
具は豚の角煮。
空気全般に砂が混じってる感じがする。口のなかがちょっとじゃり、という。
そんなことよりもちょっと気まずい。
惨敗だった。
出場ギリギリに入退場口に着いた私。走り寄ってぜーはー待機列の前方に回り、「遅いわっ!」と一喝されつつ騎馬戦突入。
秒殺だった。
息整わないうちに三年生に背後とハチマキ取られた。たぶん最初の敗者だった。「あっち、あっち」と方向音痴な私が闇雲な指示を出しただけで終了。
足となるひとは状況が分からない、女子担ぐの大変なのに。頑張ってた小澤さんが怒るのも無理はない。というわけでやはり気まずいランチタイムとなった。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
みんな食べ終わってないけど私一個だけ食べてビニールシートを離れる。
「……便所、小体育館の裏あっからな」
唐揚げばくつきながら小澤さん。
「うん」
なんだかんだで彼女親切だ。
冷たい蛇口。太陽の影にある小さい方の体育館。あんま使わないよって茶髪くんが言ってた。頑張ってうえ向くと屋上がぎりぎり視界に入る。
お昼前になって姿を現した。
保健室で寝てた、て単語だけ聞こえた。……田中先生テントの下で日傘差してますけど。
こんな。
違うこと考えてて競技に集中せずみんなに迷惑かけてる。
蛇口を上向きにして口をゆすぐ。思ったより冷たい。下に向けて顔を強く洗う。叩くくらい、水が跳ねるくらい。
集中しろ。
しばらくそれしてるとこころのなかもすこし洗い流せた気がした。ポケットからハンカチ出し、洗面台に背をつけて水滴を拭う。
「どったの?」
目を開く。
すんごいどアップ。
近すぎてピントが合わない。
グレムリンみたいな、
「ふごわっ」
鼻から息吐いてハンカチ浮いた。
くはっ、と目の前のひとは笑う。
驚かしといて愉しむ反応。水平にしてた顔の向きを戻すと、お腹くつくつと押さえて彼、「普段落ち着いてんのにね、なんで変な擬声語ばっか出すんだろうね」
「近いのよ」しっしと払う。
「そのうち病みつきになるよ」
顔に自信を持つひとならではの発言。
濡れた小さな水たまりを気にして後ずさりながら、
「暗い顔してるけどなんか、あった?」
笑顔のまま核心をついてきた。
浮かぶ、たった一人。
この後ろのはるか屋上に、残してきた。
気になるって気持ちを。
解消された。
疑問を。
聞いてしまった。
聞いてしまったけど……よかったのだろうか。
『和貴に聞け』
あのひとの声がリフレインする。
……私は。
「もっしもーし?」手が。揺れてる。すごく近くに。「どこ見てんのかなー真咲さーん」
所在を確かめるべく振られる手だった。「まーたどっかトリップしとったよ」
私はまた行っていたらしい。
考えごとのできる迷いの森へ。
後ろ手に触れていた縁から離れ、泥で濡れた場所から離れてみる。
「なんか。悩んでるんなら相談してよ。僕、こう見えても広いよキャパ」
学園を囲う鬱蒼とした木々。
後ろから子リスさんの甘い誘惑。
翠緑の立てる影が、蒼穹の作る光が、そんな妄想を駆り立てる。
手をかざし葉の間から漏れる太陽を頼ろうと答えは、見えてこない。
「紗優が来たとき元気そうにしとったんに。お昼ごはんにでも当たった?」
「別に」豚の角煮は勿論火が通ってた。
「じゃーなんに。誰に当たったのかなあ?」
彼。私と木々の間に入ると思索にふける探偵みたく、うろうろと往復する。
「紗優。小澤さん。と取り巻きちゃん。……でもなかったらみやもっちゃん?」
私の交友関係はなんと狭いのだ。
「じゃあ。マキかなあ?」
いきなり。
ずばり言われた。
肩がびくっと震えてしまった。
当たりだね? とその瞳が口が微笑む。なんて分かりやすいひとなんだろう自分。
「その。彼から。怪我して、サッカー部辞めたって聞いたの」
あなたに学校のこと案内して貰った日。退部届出しに来てたって……。
ため息混じりで正直にこぼした。
「え。聞いたってそれ。マキから? 直接!?」
透き通る丸い瞳をさらに大きく見開かせてるけど、……そんなに驚くことなのだろうか。退部届のタイミングは別として怪我のことなら私以外の全員が知ってる。
「……ふぅーん」と腕組みをしてちょっときつい目をすると。
「んーマキのことだから片言で全然分かんなかったでしょう。僕が知ってる範囲でよければ。いくらでも彼のこと」
教えたげるよ。
笑いかけられたときに私は。
隠し持つ密かなものを看破された気がした。
無邪気な笑みを放つ彼が紡ぎ出す、仏頂面の彼の物語。
私は浮かび上がる動揺を押し抱くようにして、固唾を飲んで言葉を待った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
∞
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。
入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。
しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。
抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。
※タイトルは「むげん」と読みます。
※完結しました!(2020.7.29)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる