碧の青春【改訂版】

美凪ましろ

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第二十二章 おまえがそうするように、俺も選んでいるだけだ

(1)

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 これほどまで学校に行きたくなくなるのは、二年の頃のマラソン大会以来となる。
 会いたくない人間に出くわす率は平常ならば低いのだが、……土日を挟んだ十月十二日月曜日。
 学園祭の後片付けが残っていた。
 校舎の窓から何本も垂らされた垂れ幕がさっそく外されている。玄関に学園祭の看板も跡形もなく。ガラス戸を飾りつけていたチープな紙の花飾りも、折り紙の輪っかつづりも。
 全て、引き剥がし、焼却していく。
 あの日々にかけて準備したすべてのものを。……玄関脇に積み上がったゴミの山を見て虚しさが積み上がった。ぜんぶ裏手の焼却炉行きだ。
 最後に捨てるためならばなんのために作ったのだろう。
 思い出づくり、か。
 玄関にほど近い三年一組に直行し、私は思い出の後始末に没頭した。
 本日は授業がお休みで、自分の持ち場を片すのが主だ。
 部員である私は、もう一つの持ち場に顔を出そうとも思ったのだが、

 ――マキが居る可能性が高い。

 受験熱心な三年三組と四組は催し物などをせず、従って部活のことにかかりきりとなる。行けば間違いなく鉢合わせするだろう。
 カーテンに見立てたレースの両面テーブを剥がし踏み台を降り、室内の進み具合を目で確かめる――お喋りがメインでかたちだけ作業に勤しむみんなのなかに、和貴を見つけられなかった。

 虚しいような、悲しいような気持ちに覆われる。

 まだ今日は彼を見かけていない。
 向こうにかかりきりなのかもしれない。
 もう一人のパソコン部員の姿ならすぐに発見した。

「もっかい猫耳つけてえ。なーなーお願いぃ。こんだけ頼んでも駄目ぇー?」
「うっさい! うるさい! しつこいっ!」
「んないけずなこた言わんといてぇな。ほんま宮沢さん似合うとったで。猫の女神が降臨したかと思うたわオレ」

 ……坂田くん。
 ミュージシャン目指すのはいいけど作詞は誰かに任せたほうがいいね。

 猫の女神ってなんですか。

「あの。坂田くん……猫耳どうしたらいいかな。回収するんならみんなのぶん集めるけど……」
 レースの布地を畳みながら私は猫耳をつけたままの坂田くんに近寄った。
「やるわ。……都倉さんもめっさ似合うとったで」
 どうも。
「あ。そや」坂田くんはすばしっこく机に飛び乗る。土足だけど……誰の席だっけそこ。「みぃんな覚えとっかー? オレら週末にライブやんのやでー十七日やでぇ。この猫娘セットぉ持ってきてぇな」
 ……猫娘と断言した。

「あそなの?」
「オレ行ける」
「いいねえ学祭の打ち上げ兼ねてやろうかー」

 クラスメイトが彼の下を集い出す。
 ステージに見立てた机にて、彼らの中心となった坂田くんはかかっと満足気に笑い、

「おっまえら行くぜえ!」

 うぉーっと答える全員が職務を忘れたもはや観衆と化す。
 坂田くん、……いやボーカルのハルは外した眼鏡をマイク代わりにし「せぇえーのっ」と号令をかけ、

「The Red and The Blaaaaak!」

 片付けは終わっていない。ついたての向こうのミニキッチンなどまったく手付かずだ……そう認識するのは現在私のみ。ついさっきまで坂田くんを嫌がってた紗優までも机をドラムに見立てて叩いてる。
 暫くはライブが続く。
 私は布地を隅に置き、静かにこの場を辞す。
 一瞬、通り過ぎかけて驚いた。
 三年一組のプレートの真下に宮本先生が立っていた。淡い生成りのポロシャツが壁と同化していた。
 私の姿を認め、先生は片方の口許をニヒルに歪めた。彼らの盛大な歌声は私たちの耳に無論、届いている。

「……注意しないんですか」
 ついと腕を挙げて確かめる。日焼けして腕の毛の色が猫っ毛の明るさだった。「あと一分立ったらな」
「そうですか」

 教師という職種は腕時計のみならず忍耐も必需品だ。

「あ、そや」紙袋を持つ手を持ち替えて私に渡す。「これな、ちょっと持ってってくれんか」私からは先生の左側に隠されて見えなかった。
「はい」
 持ち手で受け取ろうとしたがずっしり重たい。両手で持ちからだの正面に抱えた。開いた口から覗くのはVHSテープやケーブル、もろもろ。
「下田先生のところにな。もしおらんかったら長谷川でも構わんさけ。パソコンルームにおるやろから」

 ジーサス……。
 神さま、私がどんな悪いことをしましたか。

 * * *

「先生、これ宮本先生からです。では」
「あ、ありがとう」
 準備室にいるのは運がよかった。日頃の行いがいいからだ。押し付けられ戸惑ったふうな下田先生をろくに見もせず、とっとと退散する。
 パソコンルームがどんなだか気にかかった。
 開け放された入り口から覗く限り、……他のクラスと同じく作業をしている様子。こんなん持てんてぇと石井さんの不満気な声が聞き取れた。手伝いに入ろうかと足が動きかけた、
 でも。

 ――会いたくない。

 足早に通りぬけ、罪悪に駆られながら階段を降りた。

 下の踊り場に、立つ人影を見つけた。

 かすかな驚きを見せつつも、冷笑と呼べる類の笑みを浮かべ、段を、素早く駆け上がってくる。

「か、和貴」

 聞こえてなくはない、
 だが彼は通り過ぎた。

 それがもどかしく、私は追うようにして、叫んだ。

「和貴っ」
「都倉」

 後ろから同時に呼ばれていた。
 私を呼ぶ人間の正体を、確かめにかかる。
 ――彼は、

「悪かった」

 目を、疑った。
 いつだって超然憤然として、誰にだって横柄な振る舞いをする俺様な彼が、私に向かって頭を下げてる。
 けども。
 私は奥歯を噛み締めた。

 私の意志を置き去りにした行動だった。

「……謝っても遅い。……許さないから」

 だから彼を置き去りにし、和貴のほうを向こうとしたのが、

「好きだ」

 それが、できなかった。

「最初っから、惚れてたのかもしれない」

 いまさら、なに、……言ってるんだろう。

「おまえが他のやつと幸せになれんのなら、……黙って身を引こうと思った。だがそれも結局、出来なかった」

 告白をする場面でもこのひとのポーカーフェイスは変わらない。
 感情ってものは、あるの。

 頭のうしろでひたひた歩き始める靴音を聞いた。

「和貴」

 マキが引き留める。

「すまない。……が。お互い茶番は終わりにしないか」
「なんのことだかさっぱり」

 久しぶりに聞けた和貴の声は、おそろしく情のこもらない、無機質なものだった。

 私より、マキのほうが動揺していた。瞳の動きで分かる。
 目の前まで来た彼は、慰めるように私の頭をぽんと叩く。

「大事な時期に、悩ませてすまんな。話はそれだけだ」

 一瞬、びくついたのを見逃さなかったのか。
 彼は、できる限りに自然に笑った。
 というのが伝わる、ぎこちない、殊勝な笑い方だった。

 話を終えた彼は、歩き始める。
 私を基点に、和貴も反対方向へと進み出す。

 私は、――

 迷う理由もなにも見当たらなかった。

「和貴っ」

 どうして、応えないんだろう。
 私は彼の正面に回り込んだ。

 この行動を後悔させる、冷たさに遭遇していた。
 彼の、口許が笑っているも、それは皮肉めいたものであって、

「よかったね」
「……なにが」
「ずっと好きだったんでしょう、マキのこと。おめでとう」

 刺すような痛みに襲われる。
 完全に、和貴は私を拒絶していた。

「別に……めでたくなんかないよ。和貴はそう、……思ってるの」
「当ったり前じゃん」
「どうして……私のこと避けてるの。嫌われるようなこと、私なにかしたかな」
「避けてないよ」
「避けてるっ!」

 廊下を通る私の大声。
 和貴は顔色を変えず、いつもするように飄々と肩をすくめ、

「マキも大切な友達だから、二人がくっついてくれれば――僕は、嬉しいよ」

 声の余波も消えぬうちに、私を肩で避け、
 一音一音を響かせ、

 手の届かない世界へ、消えていく。

「本当にそう――思ってるのね」

 私の震える声に、彼は、左手をひらひらと挙げて応えた。
 お別れにも、言葉通りの応援にも見て、取れた。

 ぐにゃり、地面が歪んだ。
 地に手をつき、悟る。

 あんなに恋焦がれていたマキの告白よりも、和貴が去っていくことのほうが、こんなにも、――

「おい、どうした」

 肘から掴まれ、持ち上げられていた。間近に見る心配する人間の顔色。大丈夫と問われて平気、とちゃんと答えたのに彼は、真に受けてくれなかった。
 周囲の目を集めつつお姫様抱っこで運ばれる、ある種女の子が誰しも憧れる状況であっても、私の胸に訪れるのは、いつかの学園祭の再現という喜びなどではなく。

 喪失感、だった。

 花のような彼の笑顔を、二度と取り戻せない予感と確信があった。

 深くえぐられた胸の痛みは、いつも通り毒々しくて華やかな、黄色と赤の花柄のワンピースの田中先生を見ることで、幾分かは癒された。
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