恋人の望みを叶える方法

藍栖 萌菜香

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05 自制も必要です。

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「あっ、だ、大悟っ」
 そんな制止の色を含んだ呼びかけと同時に、幸成の手が俺の肩や腕へと縋ってくる。あんなにもしっかりと口元を塞ぎ、なかなか剥がれずにいたその手は、下半身に少し触れただけで思いのほかあっさりとはずれてくれた。

 責めの手が下半身に及ぶと知って、すっかり意識をもっていかれたんだろう。喘ぎを抑え込んでいるよりも、ずっと幸成らしい。

 なめらかな肌を味わいつつ、狭い隙間のさらに奥へと手を進めていくと、やわらかな内腿がきゅうと締まり、俺の手を封じにかかった。すべらかな柔肌に挟み込まれて心地いいことこの上ないが、これでは手を進めることも引くこともできない。


 頭と心のベクトルが一致せず、体が心につい引き摺られていく感覚は、いまの俺がそうだから容易に理解できる。
 幸成も俺と同じで、頭ではわかっていながら身体が思うとおりにならないんだろうか。

「ゆきなり?」
 それをはっきりと確かめたくて、幸成の顔を真上から覗き込んだ。しかし、羞恥に染まった顔にあったのは、躊躇いや戸惑いの類ではない。
 そこにあったのは、なぜだか『ヤバい』という表情で、幸成にとっての不都合が存在していることを教えてくれた。

「あ、あの……」
 見つめ返してくる視線もぎこちなく泳いでいるし、何か言わなければと、とりあえずかけたようなその声もしっかりと上擦っている。
 どういうことだ?
 先ほど幸成が身を捩ったのは、乳首を齧られて興奮しガウンを持ちあげてしまったペニスを日向の目から隠したかったからだと思い込んでいたが、どうやら隠したかったのは別のもので、その相手も違うらしい。
 幸成がペニスよりも意識をもっていかれるだろう下半身の箇所といえばひとつしかないが、まさか……。


「幸成。二週間前の約束、覚えてるか?」
 低く硬い響きで発せられたこの声音は、意識してつくったものじゃない。
 けれど、幸成には十分通じてしまったようで、途端に眉尻がさがり申し訳なさそうな顔になってしまった。
 ということは、俺の予想はアタリか……。

 今週は、大学に入って初めての前期試験があった。その最終試験が、今日の昼にやっと終わったんだ。

 俺は、この日を待ちに待っていた。
 勉学にはきちんと向き合う主義の幸成を試験に集中させてやるために、この十四日ものあいだ、幸成とのセックスを我慢し続けてきたんだから。

 当初の予定では、試験終了後にカフェテリアで落ち合ったあと、二人して俺のベッドに直行し、思う存分セックスしまくるはずだった。
 俺があと少し早く到着していれば……そうすればいま頃は、二週間ぶりの幸成をたっぷりと堪能している最中か、第二ラウンドへと雪崩させるための算段中か、あるいは、寝入った幸成とお風呂タイムを楽しんでいたところだろう。


 でも幸成は、俺より先に、気落ちした様子の日向と出会ってしまった。

 周囲の人間に対して簡単には心を開かない幸成は、一度相手を懐に入れてしまうとまるで家族のように心を砕き世話を焼く。中学高校時代の俺も、そんな幸成にかなり甘やかしてもらった。

 だから、カフェテリアにひとりぽつんと座っていた日向を見かけて、幸成が声をかけないわけがないと、頭ではわかっているんだ。
 けどだからって、俺たちと同じく、試験明けの恋人と久しぶりの夜を過ごす予定だという日向の悩み相談に、なにも今日、応じなくてもいいものを……。

 ただでさえ二週間も禁欲したあとの延期だ。たとえそれがほんの数時間だとしても、幸成も俺と同じくらい、もしくはそれ以上に堪らない状態になってると踏んでいたんだが。
 申し開く言葉も見つからないのか、押し黙ったままの幸成の様子からすると、どうやらそうでもないらしい。


 二週間も幸成に触れずにいるなんて、俺にとっては耐え難い試練だった。
 テストを即時暗記型で乗りきる俺とは違う、何事も熟考理解型の幸成のためだと思えばこそ、禁欲の提案に納得もしたし覚悟もした。
 けれど、そんな納得や覚悟なんて、なんの役にも立たなかった。

 実際この数日は、幸成と抱き合う夢を見ては恋しさが募り、幸成に少しでも触れれば手が疼いてしまった。終いには幸成を視界に入れただけで「いまにも齧りつきそうだぜ」と、訳知り顔の田崎に揶揄されるほどだった。

 そんな俺の苦悶など、予想済みだったんだろう。
 禁欲を始める前に、仕方なく付き合わされる俺のためにご褒美をと、幸成がある提案をしてきたんだ。

「確か、二週間弄らないで硬くなったアナルを、俺にマッサージさせてくれるって話だったよな?」


 俺は、幸成にアナルマッサージを施すのが大好きだ。
 アナル好きの幸成が俺の指に翻弄される様は、とてつもなくやらしくて色っぽい。それだけでも堪らないのに、幸成の熱くてやわらかい内壁は、たとえそれが指であっても挿れてるだけで気持ちがいいんだ。

 俺がネットから仕入れた知識をもとに、初めて幸成のアナルマッサージに挑んだとき、幸成は乱れに乱れてくれた。それが幸成の初体験だったと知ったときには、その愉しさにもうどっぷりとハマっていた。

 以来ずっと、幸成はセルフマッサージ禁止の身だ。
 洗浄にはいまだに参加させてもらえないが、セックスは俺が施すアナルマッサージから始めるのが常となっている。


 幸成からその提案をされたとき、幸成に『硬いアナル』が存在するなんて知らなかった。

 両想いになるより先にセックスしたあの夜、発情しきって自分から俺に跨ってきた幸成のアナルは、連日のアナニーのせいでとろとろに柔らくなっていた。
 恋人同士になってからも三日とあけずにセックスしていたせいで、幸成のそこは、いつでもマッサージなしで挿入できそうなほどにやわらかだった。

 そこへ二週間の禁欲だ。確かにつらかったが、未知の幸成を知るチャンスとなれば、自制も利くし期待も膨らむ。
 そうして俺はギリギリのラインで耐え抜いたというのに。


「ご、ごめん。我慢できなくて……」
 観念したのか、黙りこくっていた幸成が自白した。

 聞けば、試験期間中にあった中休みに一日悶々としてつい魔が差し、指で弄ってしまったということだった。もう要らないと仕舞い込んでいたオモチャは使わなかったらしい。

 言われてみれば、俺の通う経済学部にはなかったが、幸成が所属する人文学部には試験のない日がぽっかりと一日だけあったのを思い出す。勉強漬けで頭がパンクしそうになったところへ訪れた空白の時間が曲者だったようだ。

 試験続きの俺を思って連絡できなかったようだが、自分で弄るくらいなら呼び出してほしかった。そしたら、幸成の気の済むようにいくらでも付き合った。たとえ残る数日をさらに煩悶して過ごすはめになったとしてもだ。


「……見せて」
 わざと盛大に拗ねた声でねだってやった。

 本当は、苦心の末の楽しみを奪われたことに関して、幸成を責める気持ちはなかった。
 俺でさえあんなにも苦しかったんだ。幸成が苦しくなかったはずがない。それを自分の指で弄るだけで我慢したんだ。むしろ誉めてやってもいいくらいだった。

 それでもやっぱり、申し訳なさそうにしている幸成を見ていると、これを利用しない手はないと欲張る心がムクムクと湧いてくる。

 もしかしたら『硬いアナル』以外にも、俺の知らない幸成が存在するかもしれないんだ。『気持ちいいことしかしない』という約束は必ず守るから、欲張りな俺をどうか許して欲しい。


 胸中でひっそりとそんな懺悔をしていると、俺の要求を理解できなかったのか、それとも拒絶反応を起こしているのか、幸成が「え?」と、戸惑いを見せた。

「幸成のアナルを見せて。自分で脚を抱えて、M字開脚でな」
 と、今度は具体的な指示を出す。

 M字開脚って……と、つぶやいた幸成は何やら言いたげに眉を顰めた。きっと、どこでそんな言葉を、とでも思っているんだろう。
 そんなの、ネットに決まってる。幸成を楽しませるためだ。両想いになったいまでも情報収集は怠れない。
 まあ、M字開脚は、主に俺が楽しい事柄ではあるが。

 そんなことを真面目に考え込んでいた俺をよそに、幸成はどうするべきか迷っているのか、神妙な顔をしていた。
 そのままなかなか動こうとしない幸成に、さすがに要求したハードルが高すぎたかと諦めかけた頃、ふいに幸成の視線が日向へと移った。


 しまった。忘れてた。
 ご褒美をもらい損ねたと知って、腹を立てたりガッカリしたり、まあ幸成だもんなと納得したり許したりと、内心がひどく忙しなかったせいで、日向のことまで考える余裕がすっかりなくなっていた。

 そんな俺に対して幸成は……まだ日向に関心を向けるのか。
 そう思い至れば、また黒い煙が立ちのぼりそうになったが、今回はその熱も一瞬で消えた。
 幸成と日向が見つめ合っていたさっきとは違い、その視線がすぐに戻ってきて俺へと留まったからだ。

 幸成のその瞳を覗き込んでみると、いろいろ言いたそうに複雑な色を映していたが、やがて小さな溜め息とともに静かに閉じられた。
 そして、目を閉じたままの幸成の手が、脚が、ゆっくりと動きはじめた。
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