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第十話 街を楽しもう

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 夜も深い頃、ようやく街に着いた。
 しかし、夜に街を訪れると必要以上に警戒されるみたいなので、今夜は街の外で一夜明かす事になった。
 ただでさえ怪しい俺なので、その提案は素直に受け入れた。
 街の周辺はエルフの集落にあったような低い柵が設けてあり、その内側に畑が広がっている。干し草や農具が仕舞ってある納屋も多数ある。
 対して街は城壁というには仰々しいが、二メートルほどの石壁で囲まれている。

 早速納屋の一つをお借りして一泊させてもらった。初めて眠る干し草のベッド。アニメで気持ちよさそうに眠るのを見ていたのでワクワクしたが、寝返り打つと結構うるさいのね。これで枕がそば殻の枕だったら完全に寝不足だな。
 あ、ちなみにレイラは別の納屋で寝ている、……わかっていたけどね。
 
 それにしても、色んな事があったな。森から出られたのは良かったが、盗賊騒ぎに巻き込まれたし、呪われたしで良いこと無いな。唯一の救いがレイラが助かり、そして美人だということだろう。

 レイラどうしようか……。この街でお別れするにしても、奴隷のままで大丈夫だろうか。これから先、あの時死んでいれば良かったなんて事にならないだろうか。
 俺のバカやっている所を笑ってくれたり、先立ってダイアウルフと戦ってくれたり、すごくいい娘だよな。なんとかしてあげたいけど……。
 明日の朝一で今後の事を色々と聞いてみるか。試しに日本語や英語を地面に書いて見せたが、それを理解することが出来なかったみたいだ。当たり前だが文字文化も違うらしい。美術評価が2だった俺の腕が火を噴くぜ。

 火を噴くで思い出した。魔法の練習しなくちゃ。
 今日からはホーミングの練習や、あとは複数の敵と戦うことを想定して魔法を複数作れるように……あれ、俺『炎花槍』と『炎纏鎧』、『火の鳥』の三つ同時に作れてたわ。
 今試しに『炎輝』を複数個出してみる。何の問題もなく30個ほど出すことができた……すっげ! まぶしっ!

 今ならストーンボアーとも戦える気がする。俺は踊り出したい気持ちを懸命に抑え、深呼吸をして頭を冷やす。また暴走する癖が出そうになってしまった。
 ……しかし実際、一気に強くなったのかもしれない。ホーミングも出来る『火炎弾』を上空から雨あられのように降り注げば、ストーンボアーでも楽に倒してしまいそうだ。
 ただ上には上がいる。そこを忘れずに地味に努力をするしかない。
 それに、疲れも魔力の枯渇も全くない。有りがたい事だが、何か普通じゃない気がして不安も残る。
 


「あの、一晩考えたんですけど、わ、私を貴方の奴隷にして下さい!」

 朝一で、その告白は強烈なものがあった。
 なんの冗談をと思ったが、その眼差しの真剣さから本気と書いてマジなんだなと理解した。

(でもちょっと待って、もう少し落ち着いてゆっくり考えよう。一晩で答えを出すような案件じゃないよ)

 って感じのジェスチャーをしてみたが、どうやらこちらの反応を想定していたようで、捲し立てるように言葉を連ねた。

「まず、私のこの奴隷の首輪なんですが、自分では外せません。これは奴隷商に多額のお金を払って外すしかないんです。今はご主人様は亡くなったので空白の状態です」

 なにか特殊な魔法でもかかっているのかな。ご主人様……さっきの商人のことだろう。少し寂しそうな表情を見ると、それなりに良くしてもらっていたのかもしれないな。

「この空白の状態でいるのは大変危険なんです。誰かの血がこの首輪に付くと、その人が次のご主人様になります。それがたとえ盗賊でも誰でもです」

 かなりリスキーな状態でここまで来たんだな。もしここでサヨナラバイバイして、これが街中で知られた場合……十中八九レイラは不幸になるだろう。

「だからお願いです。私を奴隷にして下さい。必ず役に立って見せますから!」

 この何も知らない世界で、しかも呪われて、顔は魔族で……これほど心強い申し出は無いだろう。それに美人を奴隷に……やましい心が無いわけでもない。だが、彼女を裏切る行為は絶対に出来ない。今の彼女には俺にしか頼れない状況なんだ。多分すごく不安だろう。『なんで私が』とか思っているのかもしれない。俺という、素性のわからない人間なら尚更だ。だから……。

(もし、君が嫌になったらすぐに言ってくれ。すぐに君の奴隷を解こう。決して俺は君を傷つけないと約束しよう)

「よろしくお願いします!」

 ジェスチャーも何もしていない。ただ頷き、声にならない言葉を発し自身を戒め、レイラを奴隷にした。



 エラストの入口についた。装備の整った門番が二人、こちらにやってきた。

「あんた見ない顔だな。……というか、怪しすぎるな。この街に何のようだ? 身分証は無いのか?」
「失礼します、私はレイラと申します。こちらのご主人様ですが、実はこの仮面の呪いに侵されまして、今言葉を発することが出来ない状況なのです」

 俺は仮面を引っ張ったりして剥がそうと試みる。門番にも実際に引っ張ってもらって事実確認が完了した。

「ふむ、どうやら本当に呪われているようだな。で、身分証は無いのかい? そうか、冒険者ギルドの登録は? まだか。なら、身分証になるから、登録だけでもしとくといい。じゃないと俺達も毎回足止めしなくちゃならないからな」
「はっ、あ、ありがとうございまひた」

 レイラの後に自分もお辞儀をし横を見ると、やっぱり笑いを堪えていた。笑いの沸点低すぎだろ!
 街の中は活気に満ち溢れていた。かなりの人数がこの街で生活しているようだ。
 お上りさんのようにキョロキョロしながら歩いていると、かなりの確率で目が合い、そしてすぐに逸らされる。やはりこの容姿のせいで、皆の注目の的のようだ。
 レイラはそんな視線も気にせず、あの建物はなんだ、この建物はなんだと説明してくれた。

「――なので、このダイアウルフの毛皮と肉は冒険者ギルドで買い取ってくれるんですよ」

 買取システムというか、物とお金の流れについて色々と教えてもらった。
 基本的に冒険者ギルドは何でも買い取ってくれるらしい。
 しかし供給過多な物は値段が安く、需要過多なものは値段が高くなるらしい。この辺は普通だな。
 
「あっ、ケンター!」

 不意に名前を呼ばれて振り返ると、リタが串焼き片手にブンブンと手を振っていた。

 感動の再会早っ!

 パタパタと駆け寄ってきたリタを見ると、口の周りが串焼きのソースか何かでベタベタだった。それを袖口で拭ってやると満面の笑みをこぼし、再び串焼きにかぶり付き、口の周りを汚した。

(リタ、この街に来てたんだ。よく俺だってわかったね)
「ふぁふぁがふぇっふぇふぁ、いふ……」
(飲み込んでから喋りなさい)
「んくっ、はぁ、お腹空いたからフラっとね。ケンタは私と繋がっているからすぐにわかるよ」

 お腹をポンポンと叩く仕草……だめだ、イチイチ可愛いわ。
 ふと袖口を引っ張られている事に気が付き振り返ると、状況説明をしてほしい顔でレイラが見ていた。ちょっと頬を膨らませながら。

(あぁ、こちら火の神様でいいのか? イフリータのリタだ。俺の命の恩人だ。リタ、こちらはレイラ。わけあって今日から俺が彼女のご主人ということになったんだ)
「イフリータよ。よろしくね、レイラ。私のことはリタでいいわ」
「あ、よ、よろしくお願いします」

 レイラにグイッと袖口を引っ張られ、少し離れたところに連れてこられた。

「あの、話について行けないんですけど、もしかしてお二人会話成立してます?」
(あっ、そういえば俺声が出ないんだった。何の違和感も無く会話してたな……リタ!)

 その場からリタに声をかけてみると、それに気づいた彼女は小走りでこちらに来た。

「ん、なに?」
(俺今呪いで声が出ないんだけど、もしかして俺の声聞こえるの?)
「あ、そういえばそうね。声が出てないわね。ほら、最初会った時ケンタ死にかけてたでしょ? あれ私の回復魔法でも手遅れだったから、私の一部をケンタに移したの。だから分かるんだと思う」
(そ、そんな事してリタは大丈夫なのか?)
「えぇ、平気よ。ほんの少しだったし」

 彼女がそう言うなら良いんだろうか……俺はそのおかげで助かったから何も言えないが。

(リタ、レイラに通訳頼める? 俺の名前はケンタ。君を奴隷にしたけど、もし君が嫌になったらすぐに言ってくれ。君の解放の為に死力を尽くそう。それと、奴隷でいる間、決して俺は君を傷つけないと約束しよう……と)
「くさっ。そのセリフ鳥肌立つわ」
(いや、リタの感想はいいから、早く伝えてよ)
「はいはい、ええとレイラ?」
「は、はい」
「この人はケンタ。もし貴女が、ケンタの奴隷でいるのが嫌になったらすぐに言って。奴隷解放するって。それと、奴隷でいる間、貴女には手を出さないって。無理しちゃってねー」
(リタ!)
「はいはい、ごめんね。じゃ、私忙しいから行くね。またねー」

 言うだけ言って、嵐のように去っていった。
 なんとなく気まずい雰囲気が流れる。
 モジモジしているレイラに行こうかと向かう先を指さし歩き出す。

「はい、ケンタ様!」

 続いて歩き出したレイラを横目で確認する。
 うん、良い表情だ。レイラとなら上手くやっていけそうな気がする。
 まず目指す、冒険者ギルドはもう目と鼻の先だ!



「ケンタ様! そっちじゃなくて、こっちの道です!」
 
 
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