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第十三話 空振りを楽しもう

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 太陽が真上に上がりきる前に南の森に付いた。エルフの森と違い、木々も高さも密集度もまばらで、比較的明るい印象を受けた。エルフの森を原生林とするなら、この森は裏山くらい身近に感じる。

(さて、ゴブリンはどの辺りに居るかな)

 森の中を進む。隊列は前列にレイラ、後列に俺だ。戦闘経験も武器もレイラの方が秀でているのでしょうがない。
 それに森の中では火の魔法が使いづらいので、使えない槍を持つ俺よりも、レイラに頼るしか無いのだ。

 しばらく歩くと、ゴブリンの群れを見つけた。全部で十一匹だ。
 小枝を転がしては、それを見て大笑いしている。

 ――ハッ!

 笑いを我慢しているんじゃないかとレイラを見ると……さすがにアレでは笑えないみたいだ。遠い目をしていた。
 この子の笑いのツボがいまいち理解できない。

 よし、作戦会議だ。
 門番のおっさんは五匹以上は止めておけと言っていたが、一人約五匹と考えると適正か。

「どうしましょう? これくらいの数なら私一人でも相手できますけど」
(いや、ゴブリンは武器も持っていないみたいだし、二人で戦おう。左右二手に分かれて挟み撃ちにしよう)
「わかりました。では私はこちらに」

 配置につき石槍を構え向かいを見ると、レイラも準備が出来たようだ。俺はレイラに合図を送り、不意の一撃をゴブリンに食らわせた。
 そこからは一方的だった。武器を持たないゴブリンたちは、両端からの攻撃でパニック状態に陥り、右往左往している。
 一匹目、背後から胴体を一突きし、石ナイフで首を掻っ切る。間髪入れずに二匹目の喉を石ナイフで突き、三匹目の足を石槍で薙ぎ払った。
 俺が倒れこむゴブリンにトドメを刺した時、レイラは残りの八匹を全て倒し終え、耳の回収をしていた。

(つ、強いなぁ)

 耳をすべて回収し、そそくさと帰路を辿った。途中青鹿の群れが移動しているのを発見し、一匹仕留めて食料にしようかとも考えたが、仮に仲間意識が強くて、多頭数で襲ってきたらさすがに危険なので、指をくわえて見送った。
 ホーミングも出来るようになったので、魔法を使えばすべてを倒せそうな気もするが、それは単なる虐殺だ。俺のポリシーに反するので、そこまでして物事を推し進めようとは思わなかった。



 日が暮れる前に街に戻り、門番とあいさつを交わす。

「おう、おかえり。無事で何よりだ。ゴブリンは狩れたかい?」
「はい、おかげさまで!」
「それは良かった。あぁ、身分証はいいぜ。おたくらもう覚えたからな」
「ありがとうございます。では、失礼致します」

 顔パスになった。まだこの街に来て四、五日だぞ。早過ぎるだろ……。
 俺たちはその足で冒険者ギルドに向かい、依頼達成の報告をした。
 ギルドに入りカウンターへ向かう。その間レイラと他の冒険者とのあいさつのやりとりが一歩進むごとにあった……レイラ大人気だな。


「十一匹分ですと、報酬は銀貨10枚、銅貨56枚となります。残り依頼九回達成で、ランクアップ試験となります」
「ゴブリンなら戦闘経験も報酬も得られますので、明日もどうでしょうか?」
(そうだな。よし、明日もまたゴブリンを倒しに行くか。よし、今日はこれから買い物だ)
「はい、よろこんで!」

 さっそく装備品を整えるため、街に繰り出した。行き交う人も今朝のリタとのやり取りを見ていたのか、それとも俺がところ構わずジェスチャーでレイラと会話しているのを見たのか、結構気さくに声をかけてくれる。
 ありがたい。彼女に出逢うまではずっと一人だったので、人との会話が……ジェスチャーだけど、それが心を癒してくれる気がする。

 最初に入ったのは防具屋。レイラはその身軽さを活かす為、最低限の皮装備を購入し、俺は弱いのでフルプレートをと思ったが、かなりの金額、重量だったので購入を断念し、レイラとお揃いの皮装備に落ち着いた。
 兜系も結構豊富で、完全に顔を覆い隠せる物もあったので、仮面が外れたらそれでも装備しようかな。

 武器屋についた。自分の武器か……何が良いかな。

「初心者の方でしたら、直剣や槍がおススメですね。こちらの初心者用直剣でしたら、今ならもう一本お付けしますよ!」

 どこぞの通販番組だ。でもレイラに聞くと、普通に予備は持っておくものらしい。まぁ当たり前か、戦闘中に愛剣が折れれば、それは死に直結するしな。
 レイラの意見も店員さんと同じだった。ただ、俺は使いたい武器がある。刀だ。日本男子なら一度は憧れるだろう。別に逆刃刀や三刀流がしたいわけでもない。普通の刀っぽいのがあればそれでいい。あ、あと鞘も。だがこの店内にはそういった物は無く、至ってシンプルで実用的なものばかりだった。仕方なく俺は今使っていて、多少は扱いに慣れた槍とナイフを、合わせて銀貨1枚で購入した。槍とナイフにはオマケのもう一本は付いて来なかった。

 あとは雑貨屋で皮靴、リュックサック、その他レイラが必要だという細かい物を買って行った。
 銀貨1枚と銅貨15枚だったが、銀貨1枚のみにまけてくれた。レイラは交渉術もお得意なようだ。
 買い物を終えて残ったお金は銀貨4枚とちょっと。結構使ったな。


 その夜、買ったばかりの皮装備の試着をしてみた。てっきり下着に皮装備かと思ったが、普段着の上から着込むらしい。
 確かにレイラ用の皮スカートは、かなりのミニ丈になっていて、そのまま着けたら下着丸見えだろう。ぜひ二人きりの時にお願いしたい。
 お互い手伝いながら、買ったばかりでまだ馴染んでいない装備を、悪戦苦闘しながらも身に着けていく。これで一端の冒険者に見えるだろうか。


 翌朝、装備を整え準備万端。部屋を出て、入口で掃き掃除をしていた女将さんにあいさつをし、今日も冒険者ギルドへと足を向けた。

「気を付けて行くんだよ!」
「はい、ありがとうございます」
(行ってきます)

 この街の皆は、奴隷の身分であるレイラにかなり優しい気がする。俺の知っているファンタジーではかなり虐げられているものが多いのだが、今のところ酔った勢いでの暴言以外は至って一般人と同じ扱いだ。
 奴隷の証拠である首輪も別に隠しているわけでもない。奴隷という立場が、意外と悪い物ではないのかもしれない。今の日本で言う社畜くらいの扱いだろうか……。
 気になるのは、レイラ以外の奴隷を見ていない事だ。意外とレアな存在で、どう扱っていいのかみんな分からないのかも知れない。

(とりあえず、朝食を食べてから行こう)

 途中、行きつけの屋台で朝食を取り、お腹を満たした。腹が減っては……だ。
 お腹も満たされ、足取り軽く冒険者ギルドに入ると、昨日と変わらぬメンツが揃っているようだ。俺たちを見つけ、何故か笑顔で冒険者よっぱらいが近づいてきた。

「お、おはようレイラちゃん。今日は皮装備が決まってるね」
「あ、おはようございます。ありがとうございます、昨日ケンタ様に買って頂きました」

 俺たちの身に付けている皮装備の上は、生地が少なめで胸元が結構開いている。もちろん下にシャツを着ているが、シャツの襟元も緩々だった。
 男物は特に印象を受けないが、女物には人によって谷間を強調する形となり、とてもけしからん事になる。
 レイラのは……もちろん、けしからん。先ほどから会話をしている冒険者よっぱらいも視線はそこに釘付けだ。

 これ以上レイラをガン見されるのも不愉快だ。レイラの手を取り掲示板へと足を運んだ。

「ケ、ケンタ様!?」
「あ、おい! まだレイラちゃんと喋ってるだろうが!」
(無視無視!シーカート!)

 さてと、掲示板にかぶり付き、ゴブリン討伐は……あった。文字の並び方から、多分これだろう。それを手に取りレイラに確認すると、どうやら正解のようだ。女性受付の所に持っていき、指示を仰いだ。

「いらっしゃいませ。今日もゴブリン討伐ですね――受理いたしました。気をつけて行ってらっしゃいませ」
「はい、ありがとうございます」
(行ってきます)

 メイン通りを通り、南門を目指す。そういえばリタを見ていない事に気付き、辺りを見て探したが、それらしい人物は居なかった。

「どうなさいました?」
(いや、リタを見てないなと思って)
「あぁ、確かリタさんでしたね。ちょっとそこのお店で聞いてきましょうか?」
(すまん、よろしく頼む)

 レイラに数件聞き回ってもらったが、今日は見ていないと口を揃えて言っていた。

「おはよう! 今日もゴブリン狩りかい?」
「おはようございます。南の森まで行ってきます。あ、リタさんと言う金髪で黒のワンピースを着た女性見ませんでした?」
「あぁ、その娘なら昨日の夕方に東門から出て行ったって聞いたぞ」
「そうですか、ありがとうございました」
(そうか、もう行っちゃったか)

 道中一緒にとも思ったが、彼女には彼女のペースがある。無理に付いて行って足手まといになっても嫌だからな。
 俺は俺のペースで強くなっていこう。
 レイラを見ると、まだ門番と喋っていた。その門番……ちっ、レイラのけしからん部分をガン見してやがる!

「そうか、レイラっていうのか。良い名前だね。それに装備も整って一端の冒険者だ!」
「はい、ありがとうございます」

 俺はレイラの肩に腕を回し、まわれ右して門番との会話を強制終了させた。

「あ、あの、あの!」
(さあ、出発だ!)
「レイラー! 気を付けて行くんだぞー!」
(俺はどうでもいいってか!)

 畑で汗水垂らしている農家の方々に手を振りながら、今日も南に進路を取る。
 今日の依頼もゴブリン五匹以上だ。昨日は運良く無防備な団体に出会えたから良かったが、今日は、武装したゴブリンとの戦いを想定しておいた方が良さそうだな。

 うーん、魔法を使ってみたい。まだ実践で使った事が無いので、早いうちに慣らしておきたい。今日はレイラに言って森の外に誘導してもらい、魔法でカッコいい所を見せてやりたいな。
 平坦な道を今日も順調に進む。しかし、心なしかレイラの表情が優れないようだが。

(レイラ、どうした? 何かあった?)
「あ、いえ……ちょっと、動物が一切姿を見せないのが気になって」

 確かに動物の喧騒も、小鳥のさえずりも聞こえない気がする。昨日は、青鹿を追うワ―ウルフを遠くで見たり、空を見上げれば編成を組んでいる鳥たちを見たり、森では多種多様な鳴き声がオーケストラを作っていた。
 気になることもあったが、今は依頼を優先し、そのまま南の森に進むことにした。

「やっぱりおかしいです。ゴブリンはおろか、動物も一切居ません」
(森のオーケストラも聞こえないな……一旦、街に帰ろう。ゴブリンも居ないなら、ここにいても仕方ない)

 何かの予兆かな。地震の時ネズミなどが大移動するとか聞いたことがあるな。昨日青鹿の大移動を見たし、ひょっとしたらひょっとするかも……
 俺たちは少々急ぎつつ街への道を辿った。レイラの歩みが段々と早くなる。

「あの、父母と私が魔獣に襲われた時と似た雰囲気があります。……確証はありませんけど」
(ヤバイ事になりそうってことだな。わかった、すこし急ごう)
「はい、ありがとうございます」

 もうすぐ街が目視できそうな頃、街の方角から煙が上がるのが見えた。急いで街を正面に見据える――街が燃えていた。

 
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