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第1章
第10話
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弾薬を全て使い切り、作業を終えた私は、P-90や、ロイスローの尻尾などの素材類を全てしまい、スロゥルを被って昼間の賑やかなギルドへと来ていました。
多種多様な種族、武器。荷物を牽引する動物、果ては飛空艇などが入り乱れ、人や物の出入りが活発なここならではの名物であり、見ていて飽きません。
先にギルドの外側にある納品所で、ロイスローの尻尾42個などを銀貨2枚、小銀貨2枚と大銅貨5枚に換金し、それを受け取るとクエスト終了受付カウンターに向かいました。
「オーク討伐のクエスト、終了しました」
クエスト終了受付のカウンターに、自分の冒険者タグと、専用のタグを渡して、クエストを終了した事を報告します。
「オーク討伐クエストですね。主目標のオークが73匹。副目標のコボルトとロイスロー合わせ50匹……」
受付の女性が専用のタグを見ながら確認し、その討伐数に驚きを顕にしながら、集計していました。
多分今日も最高討伐数更新とかがあると思うので、それも期待できます。
「合計で大銀貨1枚、銀貨5枚、小銀貨五枚、大銅貨5枚。それに加え、最高討伐数更新と言う事で銀貨1枚をお渡しいたします」
冒険者タグの返還と共に、報酬を受け取りました。
どこか尊敬の念を抱くように向けられた視線は、ちょっと嫌でしたが悪気はないので我慢……。
「ありがとうございます」
それを受け取ると、会釈をしてカウンターを離れました。
合計で銀貨8枚と少しの所持金をナイロン製の小さな袋にまとめ、その足をギルドの裏側にある奴隷館へと向けました。
ギルドの裏側にある。というのも、奴隷館はの警備はギルドに委託することが多く、それを円滑にするためにそうなっているらしいです。
奴隷館は、1階が受付。地下に奴隷を檻に入れ、商品である奴隷が逃げられないようにしています、万が一逃げたとしても、1階に出た時点で捕まることでしょう。
「いらっしゃいませ。どんな子をお探しですか?」
店の扉を開けた呼び鈴の音を聞いて、受け付け担当らしき男性が寄ってきました。
「はい、16歳前後の獣人の女の子を探しています。所持金は大銀貨が一枚と少しなので、それでも足りるか聞きに参りました」
イメージとは異なり、重厚感漂う木造の建物内は、まるでホテルのように設えがよく、しっかりとしていました。
地下にある奴隷達が、呼び鈴の音を聞いたのか、ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めなければ、気に入ってしまいそうです。
「はい……大丈夫です。冒険者の方と存じますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
紙にメモを取りながら男性に質問されました。
「はい。黒恵と申します」
首にかけた冒険者タグを取り出して、スロゥルで隠していた顔を見せました。
「黒恵様、冒険者レベルⅡですね。ギルドのから噂で聞いていますが、ロイスローを100匹以上も討伐した方、で間違いないでしょうか?」
「はい、今日もオーガを70体以上討伐して、ギルドに報告してきました」
受付の男性は半ば放心状態で固まり、少し間を開けて少々お待ちくださいとどこかへ行ってしまいました。
仕方ないので、スロゥルの中で警戒用に弾を補充した弾倉が入っているファイブセブン(5-7)に、一応手をかけながら待つことにしました。
しばらくして、どこからともなくバァン!という、力任せに開けたドアが打ち付けられる音に驚くと、その音の方向から胴回りが太った裕福そうな男性が受付の人と一緒に、走って来ました。
「お待たせしてすみません、私はここ、奴隷館の館主をしているものです。噂に聞く黒恵様がいると聞き、参りました」
少なくとも、この人が大急ぎで走ってくるほどの価値が私にあるのでしょう。
「まだ、冒険者を初めて数日の未熟者である私をご存知とは、恐縮です」
スロゥルから顔を出し、儀礼的に深く礼をすると、そう言いました。
「まず、お金の件ですが、クエストの一部から、必要料金を払い切るまで差し引かせて頂くことになりますが、構いませんか?」
奴隷館とギルドが連携しているからできることなのでしょうか、そういうシステムがあるとはいえ、驚きです。
「はい、それでお願いします」
力強く頷くと、館長さんもほっとしたような顔で、満足そうに頷きました。
「では、私自ら案内させて頂くとしましょう。まず、これを耳にはめてください」
渡されたのは、9mmパラメラム弾のような形をした耳栓でした。
館長さん曰く、奴隷がやたらめったらうるさいので、客を不快にさせないようにと作らせた特別な耳栓らしいです。
それを両耳にはめると、地下に繋がる通路の扉の鍵を開けてもらい、中へと入りました。
「…………!!……!?」
「……!…………………!!」
館長の背中を追い通路を進む。
左右にある檻から何かを叫びながら手を伸ばす奴隷。耳栓によって遮断された言葉は、何を言っているか分かりません。
総じて、男女構わず薄い布一枚を来ているだけで、そういう男で言えば肉付きや体格など。女で言えば、胸のふくよかさなど、そういうのを重視したりする客のニーズに応えるためだろうけど、人権のクソもなく、ただ商品として扱われる様は見ていて苦しい。
この奴隷制度を廃し、「人民の人民による人民のための政治」という有名な言葉を残したアメリカ合衆国第16代大統領、エイブラハム・リンカーンの偉大さを実感して、思わず鳥肌が立ってしまいました。
いずれ、私もリンカーンの意思を継げる時があれば、その時は全力で全うしようと決心し、館長が立ち止った先にいる狼耳の女の子を、目にしました。
「まずは一人目、ルーアという、16歳の娘です。狼人としては希少な銀狼です。私達も扱いに困るような者なので、あまり推奨はしませんが」
館長の話を横に聞きながら、奴隷達の必死の声がうるさかったのか、睡眠を邪魔され不機嫌な彼女。
寝惚けの中に私達を見つけると、お前らが原因か、と言いたげな嫌な顔をして、耳を手で覆って丸くなると、また眠りました。
「ああいう感じで、愛想がないやつでしてね。買っていただけるのでしたら、ある程度はお安くしておきます」
はぁ……と息をつく館長を見て、この人もこの人なりに苦労しているのだと分かりました。
「うーん……とりあえず、他の候補を全て見てから考えてもよろしいでしょうか?」
そう館長さんに言うと、自然な反応だろうと半ば諦めの顔をした彼は、私のニーズに答えるために次の奴隷へと足を動かしました。
──────
お金の為に親に見捨てられ、奴隷となってはや二年ぐらい、狼人の中では希少で、値段が高くつく銀狼として、買われては捨てられを繰り返し、もう牢屋暮しに慣れてしまった。
冷たい地面の上でも、自分の身長よりも長く伸びた髪の毛を下敷きにして寝れば、少しはマシになる。
ただ、惰眠を謳歌していては娯楽の少ない牢屋の中では数日で飽きる。
一日に何度かは、自己流ストレッチを行ったりして、暇を潰したりしているけど、やはり牢屋ぐらしはめんどくさい。寝る。
そうして、目をつぶっていつものように寝ようとした時だった。
「お、おい!助けてくれ!!買ってくれぇぇぇぇ!!」
上の奴隷館と、地下の牢屋とを繋ぐ扉が開き、それに気づいた奴隷が、大声で喚き、睡眠を邪魔する。
いつもの事だ、気にすることもないか……そう思い、寝る程ではないけれど、目を瞑る。
すると間もなくして、私のいる牢屋の前で話が始まった。
気になって見てみると、ここの館長をやっている男が珍しく、客らしき者を案内していた。
目当ては、私みたいな獣人の女なのだろう。
下心があって買いに来たに違いないと考え、放っておくことにした。
流石にうるさいから、耳を手で覆い隠し、音が入ってこないようにする。
すると、他の奴隷を見に行くのか、二人の気配は無くなり、奴隷達の嘆きの声も次第に聞こえなくなった。
「(はあ、やっといなくなったか)」
静かになったのを見て、覆っていた手を放し、やっと眠りに付けるとほっとした。
そして、眠りについた私だったが、看守に起こされ、目隠しと拘束具を付けられて牢屋から出された。
ああ、あの野郎は私を選んだのか、と心底呆れたように深くため息をついた。
次は、どんな風に嫌になってもらおうか。奴隷として買われたとして、待っているのはそれ以上の扱いだ。
経験則から言えば、ここの牢屋にいた方がマシと言っていい。
そして、どこかの室内へと連れていかれ、目隠しを外された時、予想外の事が前にあって、驚きを通り越して、固まってしまった。
「どうも、ルーアさん。黒恵と申します。私は、あなたを買うことにしました」
目の前にいたのは、女。それも、わたしと同じぐらいの年齢だ。
どこか見覚えのあるスロゥルで体を覆い、見えるのは顔だけ。
冒険者タグを見せたので見てみると、冒険者レベルⅡ。舐められたものだ、さしずめ、扱いに困るようなものだから安くして売ろうという魂胆だろう。
それも、クエスト報酬の一部を差し引くことで今からでも奴隷として買えるようにするシステムを使って。
腸が煮えくり返りそうになった。今にも殺してやりたくなる。
体を押さえつけられ、首に魔導拘束具、手の甲に奴隷であるという刻印を刻まれ、今日から私は、また人のモノになるのだ。
着付けのために、部外者が立ち去り、二人だけになると、彼女に質問した。
「なんで……私を買ったの?」
薄い、金属製なのだろうか?光沢のある板をつついていると、不思議なことに変な模様のついた服が現れた。
「一つは、あなたが可愛かった、からかな」
まぁ、そうでしょうね。そういうので選ぶのは自然というものだ。だけど、率直に言われると少し恥ずかしい。
右足出して、と言われわざと左足を出した。だが、クスッと笑われると左足から着物を着せられた。
「二つ目は、館長さんに半ば強引に進められた事」
あ い つ か。
手に余るものはさっさと処分しようってか、消耗品じゃないんだ私は。
まぁ、それを受けるこいつも大概だが。
「あとは……何かな、このスロゥルを買った子と雰囲気が似てたからかな」
……ああ、だからどこかで見たような感じがしたのか。
でも、下心とかなしに買われたのは初めてかもしれない。
少し様子を見ながら、どうするか考えよう。
「……なにこれ」
着付けが終わったと言われ、全身を見た時、私は思わずそう言ってしまった。
「私達軍団のユニフォームだよ!」
そう言った彼女は、どこか誇らしげに、スロゥルで覆って見えなかったお揃いの服を見せつけた。
奴隷館から出て、久しぶりの陽の光に目が眩む。
定期的に外に出され、そういうのに慣れるようにはされていたけど、やはり外は辛い。
「改めて、宜しくね。ルーアさん」
奴隷なのに、さん付けで黒恵は私を呼んだ。
彼女曰くACU迷彩服という一応服らしいものに身を包んだ私は、目を合わせずコクッと頷く。
「右手、しばらくそれで隠していてね」
首に取り付けられた魔導拘束具は、彼女の匂いがするスロゥルを被ることで隠し、右手にある奴隷の刻印は手袋のようなもので隠すことで、傍目では奴隷でないように彼女は見せようとする。
「ここにいるのも何だから、お腹すいてるだろうしどこかに食べに行こ、そこで、あそこでは言えなかった話の続きがしたいから」
その続きが気になって、私はまたコクリと頷いた。
とはいえ、そうなると首輪が見えちゃうねと、変な気を利かせ、露店で売っている食べ物を買い、彼女は自分が宿泊しているという所へと案内してくれた。
「さぁ、どうぞ」
そう言われると、紙袋の中からそれを取り出してかぶりついた。
世界一細長くて硬いパン。と言っていい、フラントを短くして、切れ込みを入れ、その間に食材を挟むという単純なものだったけど、これが格別美味い。
世界一硬いと言っても、それは少し温めれば柔らかくなるという面白い性質を持っている。
出来たてのものを使って作ったとすれば尚更だ。
黒恵も気が利く、挟んでいるものは肉を多めにしてあり、そういうものをあまり食べなかった私は、あっという間に食べ尽くしてしまう。
「良かった、食欲は衰えていないみたいね」
そこまで心配していたのかと呆れた。だけど、面白いからいい。
そう思っている時、黒恵はもう一つあるフラントを食べていないことに気付く。
「食べないのか?美味いよ」
そう言って紙袋から差し出したそれを、黒恵は受け取らなかった。
「食べていいよ、私よりあなたの方がお腹すいてるだろうし、ここなら」
黒恵の手は、首に取り付けられた魔導拘束具をパチンッと音を立てて外した。
首周りに手を当てて確認しても、それは無かった。
「もう外すんだし、これで外食にも行けるでしょう?私は、あなたを奴隷としてじゃなくて、大切な仲間として接したいの。あとでいっっっぱいお肉食べに行こ」
黒恵がにこりと優しく笑うのを見て、目の前が、涙で滲んだ。
これが、嬉しいというものなのだろうか、目から溢れ出る涙が止まらない。
その温かさに縋りたくて。
その優しさに甘えたくて。
でも手元のフラントが邪魔して行けないので、急いでそれを食べ切ると、彼女の懐に飛び込んだ。
そして、思いっきり泣いた。
お金の為に捨てられた時、もう思い出したくもない両親の「ごめんね、ごめんね」という悲痛な声を聞いたあの切なさ。
奴隷だからと、私の何もかもを踏みにじる奴らの虚しさ。
それ以外にも、心の奥底まで押し込め、考えることをやめた凍りついた感情が、その温かさ触れ、止まらない涙と嗚咽になって、溶けていく。
それでいて、黒恵の腕が私の体を強く抱きしめてくれるのが少し──いや、とても嬉しかった。
多種多様な種族、武器。荷物を牽引する動物、果ては飛空艇などが入り乱れ、人や物の出入りが活発なここならではの名物であり、見ていて飽きません。
先にギルドの外側にある納品所で、ロイスローの尻尾42個などを銀貨2枚、小銀貨2枚と大銅貨5枚に換金し、それを受け取るとクエスト終了受付カウンターに向かいました。
「オーク討伐のクエスト、終了しました」
クエスト終了受付のカウンターに、自分の冒険者タグと、専用のタグを渡して、クエストを終了した事を報告します。
「オーク討伐クエストですね。主目標のオークが73匹。副目標のコボルトとロイスロー合わせ50匹……」
受付の女性が専用のタグを見ながら確認し、その討伐数に驚きを顕にしながら、集計していました。
多分今日も最高討伐数更新とかがあると思うので、それも期待できます。
「合計で大銀貨1枚、銀貨5枚、小銀貨五枚、大銅貨5枚。それに加え、最高討伐数更新と言う事で銀貨1枚をお渡しいたします」
冒険者タグの返還と共に、報酬を受け取りました。
どこか尊敬の念を抱くように向けられた視線は、ちょっと嫌でしたが悪気はないので我慢……。
「ありがとうございます」
それを受け取ると、会釈をしてカウンターを離れました。
合計で銀貨8枚と少しの所持金をナイロン製の小さな袋にまとめ、その足をギルドの裏側にある奴隷館へと向けました。
ギルドの裏側にある。というのも、奴隷館はの警備はギルドに委託することが多く、それを円滑にするためにそうなっているらしいです。
奴隷館は、1階が受付。地下に奴隷を檻に入れ、商品である奴隷が逃げられないようにしています、万が一逃げたとしても、1階に出た時点で捕まることでしょう。
「いらっしゃいませ。どんな子をお探しですか?」
店の扉を開けた呼び鈴の音を聞いて、受け付け担当らしき男性が寄ってきました。
「はい、16歳前後の獣人の女の子を探しています。所持金は大銀貨が一枚と少しなので、それでも足りるか聞きに参りました」
イメージとは異なり、重厚感漂う木造の建物内は、まるでホテルのように設えがよく、しっかりとしていました。
地下にある奴隷達が、呼び鈴の音を聞いたのか、ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めなければ、気に入ってしまいそうです。
「はい……大丈夫です。冒険者の方と存じますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
紙にメモを取りながら男性に質問されました。
「はい。黒恵と申します」
首にかけた冒険者タグを取り出して、スロゥルで隠していた顔を見せました。
「黒恵様、冒険者レベルⅡですね。ギルドのから噂で聞いていますが、ロイスローを100匹以上も討伐した方、で間違いないでしょうか?」
「はい、今日もオーガを70体以上討伐して、ギルドに報告してきました」
受付の男性は半ば放心状態で固まり、少し間を開けて少々お待ちくださいとどこかへ行ってしまいました。
仕方ないので、スロゥルの中で警戒用に弾を補充した弾倉が入っているファイブセブン(5-7)に、一応手をかけながら待つことにしました。
しばらくして、どこからともなくバァン!という、力任せに開けたドアが打ち付けられる音に驚くと、その音の方向から胴回りが太った裕福そうな男性が受付の人と一緒に、走って来ました。
「お待たせしてすみません、私はここ、奴隷館の館主をしているものです。噂に聞く黒恵様がいると聞き、参りました」
少なくとも、この人が大急ぎで走ってくるほどの価値が私にあるのでしょう。
「まだ、冒険者を初めて数日の未熟者である私をご存知とは、恐縮です」
スロゥルから顔を出し、儀礼的に深く礼をすると、そう言いました。
「まず、お金の件ですが、クエストの一部から、必要料金を払い切るまで差し引かせて頂くことになりますが、構いませんか?」
奴隷館とギルドが連携しているからできることなのでしょうか、そういうシステムがあるとはいえ、驚きです。
「はい、それでお願いします」
力強く頷くと、館長さんもほっとしたような顔で、満足そうに頷きました。
「では、私自ら案内させて頂くとしましょう。まず、これを耳にはめてください」
渡されたのは、9mmパラメラム弾のような形をした耳栓でした。
館長さん曰く、奴隷がやたらめったらうるさいので、客を不快にさせないようにと作らせた特別な耳栓らしいです。
それを両耳にはめると、地下に繋がる通路の扉の鍵を開けてもらい、中へと入りました。
「…………!!……!?」
「……!…………………!!」
館長の背中を追い通路を進む。
左右にある檻から何かを叫びながら手を伸ばす奴隷。耳栓によって遮断された言葉は、何を言っているか分かりません。
総じて、男女構わず薄い布一枚を来ているだけで、そういう男で言えば肉付きや体格など。女で言えば、胸のふくよかさなど、そういうのを重視したりする客のニーズに応えるためだろうけど、人権のクソもなく、ただ商品として扱われる様は見ていて苦しい。
この奴隷制度を廃し、「人民の人民による人民のための政治」という有名な言葉を残したアメリカ合衆国第16代大統領、エイブラハム・リンカーンの偉大さを実感して、思わず鳥肌が立ってしまいました。
いずれ、私もリンカーンの意思を継げる時があれば、その時は全力で全うしようと決心し、館長が立ち止った先にいる狼耳の女の子を、目にしました。
「まずは一人目、ルーアという、16歳の娘です。狼人としては希少な銀狼です。私達も扱いに困るような者なので、あまり推奨はしませんが」
館長の話を横に聞きながら、奴隷達の必死の声がうるさかったのか、睡眠を邪魔され不機嫌な彼女。
寝惚けの中に私達を見つけると、お前らが原因か、と言いたげな嫌な顔をして、耳を手で覆って丸くなると、また眠りました。
「ああいう感じで、愛想がないやつでしてね。買っていただけるのでしたら、ある程度はお安くしておきます」
はぁ……と息をつく館長を見て、この人もこの人なりに苦労しているのだと分かりました。
「うーん……とりあえず、他の候補を全て見てから考えてもよろしいでしょうか?」
そう館長さんに言うと、自然な反応だろうと半ば諦めの顔をした彼は、私のニーズに答えるために次の奴隷へと足を動かしました。
──────
お金の為に親に見捨てられ、奴隷となってはや二年ぐらい、狼人の中では希少で、値段が高くつく銀狼として、買われては捨てられを繰り返し、もう牢屋暮しに慣れてしまった。
冷たい地面の上でも、自分の身長よりも長く伸びた髪の毛を下敷きにして寝れば、少しはマシになる。
ただ、惰眠を謳歌していては娯楽の少ない牢屋の中では数日で飽きる。
一日に何度かは、自己流ストレッチを行ったりして、暇を潰したりしているけど、やはり牢屋ぐらしはめんどくさい。寝る。
そうして、目をつぶっていつものように寝ようとした時だった。
「お、おい!助けてくれ!!買ってくれぇぇぇぇ!!」
上の奴隷館と、地下の牢屋とを繋ぐ扉が開き、それに気づいた奴隷が、大声で喚き、睡眠を邪魔する。
いつもの事だ、気にすることもないか……そう思い、寝る程ではないけれど、目を瞑る。
すると間もなくして、私のいる牢屋の前で話が始まった。
気になって見てみると、ここの館長をやっている男が珍しく、客らしき者を案内していた。
目当ては、私みたいな獣人の女なのだろう。
下心があって買いに来たに違いないと考え、放っておくことにした。
流石にうるさいから、耳を手で覆い隠し、音が入ってこないようにする。
すると、他の奴隷を見に行くのか、二人の気配は無くなり、奴隷達の嘆きの声も次第に聞こえなくなった。
「(はあ、やっといなくなったか)」
静かになったのを見て、覆っていた手を放し、やっと眠りに付けるとほっとした。
そして、眠りについた私だったが、看守に起こされ、目隠しと拘束具を付けられて牢屋から出された。
ああ、あの野郎は私を選んだのか、と心底呆れたように深くため息をついた。
次は、どんな風に嫌になってもらおうか。奴隷として買われたとして、待っているのはそれ以上の扱いだ。
経験則から言えば、ここの牢屋にいた方がマシと言っていい。
そして、どこかの室内へと連れていかれ、目隠しを外された時、予想外の事が前にあって、驚きを通り越して、固まってしまった。
「どうも、ルーアさん。黒恵と申します。私は、あなたを買うことにしました」
目の前にいたのは、女。それも、わたしと同じぐらいの年齢だ。
どこか見覚えのあるスロゥルで体を覆い、見えるのは顔だけ。
冒険者タグを見せたので見てみると、冒険者レベルⅡ。舐められたものだ、さしずめ、扱いに困るようなものだから安くして売ろうという魂胆だろう。
それも、クエスト報酬の一部を差し引くことで今からでも奴隷として買えるようにするシステムを使って。
腸が煮えくり返りそうになった。今にも殺してやりたくなる。
体を押さえつけられ、首に魔導拘束具、手の甲に奴隷であるという刻印を刻まれ、今日から私は、また人のモノになるのだ。
着付けのために、部外者が立ち去り、二人だけになると、彼女に質問した。
「なんで……私を買ったの?」
薄い、金属製なのだろうか?光沢のある板をつついていると、不思議なことに変な模様のついた服が現れた。
「一つは、あなたが可愛かった、からかな」
まぁ、そうでしょうね。そういうので選ぶのは自然というものだ。だけど、率直に言われると少し恥ずかしい。
右足出して、と言われわざと左足を出した。だが、クスッと笑われると左足から着物を着せられた。
「二つ目は、館長さんに半ば強引に進められた事」
あ い つ か。
手に余るものはさっさと処分しようってか、消耗品じゃないんだ私は。
まぁ、それを受けるこいつも大概だが。
「あとは……何かな、このスロゥルを買った子と雰囲気が似てたからかな」
……ああ、だからどこかで見たような感じがしたのか。
でも、下心とかなしに買われたのは初めてかもしれない。
少し様子を見ながら、どうするか考えよう。
「……なにこれ」
着付けが終わったと言われ、全身を見た時、私は思わずそう言ってしまった。
「私達軍団のユニフォームだよ!」
そう言った彼女は、どこか誇らしげに、スロゥルで覆って見えなかったお揃いの服を見せつけた。
奴隷館から出て、久しぶりの陽の光に目が眩む。
定期的に外に出され、そういうのに慣れるようにはされていたけど、やはり外は辛い。
「改めて、宜しくね。ルーアさん」
奴隷なのに、さん付けで黒恵は私を呼んだ。
彼女曰くACU迷彩服という一応服らしいものに身を包んだ私は、目を合わせずコクッと頷く。
「右手、しばらくそれで隠していてね」
首に取り付けられた魔導拘束具は、彼女の匂いがするスロゥルを被ることで隠し、右手にある奴隷の刻印は手袋のようなもので隠すことで、傍目では奴隷でないように彼女は見せようとする。
「ここにいるのも何だから、お腹すいてるだろうしどこかに食べに行こ、そこで、あそこでは言えなかった話の続きがしたいから」
その続きが気になって、私はまたコクリと頷いた。
とはいえ、そうなると首輪が見えちゃうねと、変な気を利かせ、露店で売っている食べ物を買い、彼女は自分が宿泊しているという所へと案内してくれた。
「さぁ、どうぞ」
そう言われると、紙袋の中からそれを取り出してかぶりついた。
世界一細長くて硬いパン。と言っていい、フラントを短くして、切れ込みを入れ、その間に食材を挟むという単純なものだったけど、これが格別美味い。
世界一硬いと言っても、それは少し温めれば柔らかくなるという面白い性質を持っている。
出来たてのものを使って作ったとすれば尚更だ。
黒恵も気が利く、挟んでいるものは肉を多めにしてあり、そういうものをあまり食べなかった私は、あっという間に食べ尽くしてしまう。
「良かった、食欲は衰えていないみたいね」
そこまで心配していたのかと呆れた。だけど、面白いからいい。
そう思っている時、黒恵はもう一つあるフラントを食べていないことに気付く。
「食べないのか?美味いよ」
そう言って紙袋から差し出したそれを、黒恵は受け取らなかった。
「食べていいよ、私よりあなたの方がお腹すいてるだろうし、ここなら」
黒恵の手は、首に取り付けられた魔導拘束具をパチンッと音を立てて外した。
首周りに手を当てて確認しても、それは無かった。
「もう外すんだし、これで外食にも行けるでしょう?私は、あなたを奴隷としてじゃなくて、大切な仲間として接したいの。あとでいっっっぱいお肉食べに行こ」
黒恵がにこりと優しく笑うのを見て、目の前が、涙で滲んだ。
これが、嬉しいというものなのだろうか、目から溢れ出る涙が止まらない。
その温かさに縋りたくて。
その優しさに甘えたくて。
でも手元のフラントが邪魔して行けないので、急いでそれを食べ切ると、彼女の懐に飛び込んだ。
そして、思いっきり泣いた。
お金の為に捨てられた時、もう思い出したくもない両親の「ごめんね、ごめんね」という悲痛な声を聞いたあの切なさ。
奴隷だからと、私の何もかもを踏みにじる奴らの虚しさ。
それ以外にも、心の奥底まで押し込め、考えることをやめた凍りついた感情が、その温かさ触れ、止まらない涙と嗚咽になって、溶けていく。
それでいて、黒恵の腕が私の体を強く抱きしめてくれるのが少し──いや、とても嬉しかった。
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青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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