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6・初めての夜
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病院で会った時は知らなかったので驚いたけれど、じつはジルは、もともとこの街に住んでいた。彼の会社「クラウディ商会」も町の旧地区、港の近くにある。
貴族達が住んでいるのは元々帝都だった街、ゴードウィッチ。私達の住んでいた家も、そこにある。
そして最近増えてきた裕福な階層の人達の多くは、こちらの街、ランベリーに住んでいる。
ゴードウィッチは昔からお城のあった街で、ランベリーはもとは港町だった。人々が海の向こうに乗り出すようになって、急に開けた街だ。ゴードウィッチとランベリーは、馬車で二時間ほどで往復でき、それほど不便な距離ではない。
古くからの貴族達がお城の近くに住むのは当然で、今でもゴードウィッチが都とされている。とはいえ実質繁栄し、経済を支えているのはランベリーのようだ。大きな会社や銀行は、大抵このランベリーに本社を置いている。
ジルの家は貴族の邸宅のように無駄に大きい訳ではない。それでもそこそこの部屋数があり、人を招いてちょっとしたパーティーができるくらいの大きな部屋も持っていた。
この大きな家を管理しているのが家政婦のマリアで、他に下働きの娘が一人と、料理番の男がいた。
マリアはジルよりも、更に十歳ぐらい上だろうか? もし生きていれば私の母くらいかもしれない。
「まあ、それにしてもなかなか結婚なさらないと思っていた旦那様が、こんな若くてお美しい奥様をお迎えになるとはねぇ」
マリアは気のいい女性のようで、終始にこにこと嬉しそうに話しながら、家の中を案内してくれた。
「こちらが旦那様のお仕事部屋で、私どもはお許しがない限り、例えお掃除でも勝手に入ることは致しません。それからこちらが応接間、旦那様はちょっとしたお客様はここへお通しになります。隣はもっと大人数をお招きできるお部屋ですけど、まだあまり使ったことはございませんね」
「お客様は、どのくらいいらっしゃるのかしら?」
「そうですね、たいがいはお仕事の打ち合わせのようで……、お二人くらいでしょうか。そういうお客様なら週に何度か来られますよ。でもこれからは奥様もいらっしゃることだし、きっともっと多くの方をお招きなさるのではないですか」
私はちょっと驚いた。あの無表情なジルからは、そんな社交的な様子を思い浮かべられなかったからだ。それに私は社交界へ出たこともないので、そういう場でどうしてよいかも分からない。
「まあ、どうしましょう。私、ちゃんとおもてなし出来るかしら……」
「あらあら、そんなこと心配なさる必要はありませんよ。旦那様とご一緒に、笑顔でいらっしゃればいいのです。細かいことは、このマリアがお手伝い致しますからね」
マリアがいてくれれば、なんとかやっていけるかもしれない。そんな気がして、少しほっとした私だった。
少し遅れて帰ってきたジルと夕食を摂り、私は先に部屋へ下がった。お湯をつかって身体を清め、髪を梳いていると、ジルが入ってきた。
「リゼット」
低く呼びかけられ、私の胸が音をたてる。振り向くと、ジルがベッドに腰を下ろして私を見ていた。
「こちらへ」
「……はい」
ひどくふわふわしたものを踏むような気持ちで、ジルの前へと進む。ジルはさっきと変わらない顔で、じっと私の目を見ていた。
並んで座るよう促され、私はどうにか言葉を絞り出した。
「ジル、……どうか末永く、よろしくお願いします」
「……そんな言葉は、言わなくていい」
ちくりと胸が痛み、私はそっと唇を噛んだ。それすらも受け入れてもらえないのか。ジルはそんな私をベッドに押し倒し、上からのしかかった。
「……長かった」
「え……?」
ジルの呟きの意味が分からないうちに唇が降りてきて、私は考える余裕を失くしてしまった。
ジルは私の両手を掴んで両脇に縫い留め、何度も何度も口づけを降らせた。唇だけでなく、頬に、額に、瞼に。
「や……ジル……」
私のお母様は亡くなってしまったので、私には初夜の前に閨のことを教えてくれる人がなかった。
だから初めてのことでよけい緊張して、どうしていいか分からない。ジルの口づけが恥ずかしくて、くすぐったいような変な感じで、私は唇をきゅっと結んで、出来るだけ顔を背けようとしてしまう。
「逃げてはいけない」
いつものジルよりも低く掠れた声が耳に響き、なぜか私の胸がきゅんっと締め付けられたような気がした。
「あ……」
思わず口を開いた私の頬をとらえ、ジルが唇をさらにこじ開けた。
「―――!!」
ぴったりと密着するように吸い付かれた私の咥内に、ジルの舌が入って来たのだ。私は思わず息を止めてしまった。ジルの舌の先が、探るように私の舌を絡めとり、歯列をなぞる。頬にかっと血が上ったのを感じた。
―――嘘、こんな……。
ぎゅっと目を閉じて、ジルに縦横無尽に私の咥内を蹂躙されているうちに、私は頭のなかがぼうっと霞がかかったようになってしまった。
ジルの唇が離れた。
「は……ぁ」
「口づけだけで、そんな目をして……」
ジルが思わずといった感じで呟いたけれど、私には何のことか分からない。ただ息苦しくて弾んでしまった、荒い息を吐いていた。
貴族達が住んでいるのは元々帝都だった街、ゴードウィッチ。私達の住んでいた家も、そこにある。
そして最近増えてきた裕福な階層の人達の多くは、こちらの街、ランベリーに住んでいる。
ゴードウィッチは昔からお城のあった街で、ランベリーはもとは港町だった。人々が海の向こうに乗り出すようになって、急に開けた街だ。ゴードウィッチとランベリーは、馬車で二時間ほどで往復でき、それほど不便な距離ではない。
古くからの貴族達がお城の近くに住むのは当然で、今でもゴードウィッチが都とされている。とはいえ実質繁栄し、経済を支えているのはランベリーのようだ。大きな会社や銀行は、大抵このランベリーに本社を置いている。
ジルの家は貴族の邸宅のように無駄に大きい訳ではない。それでもそこそこの部屋数があり、人を招いてちょっとしたパーティーができるくらいの大きな部屋も持っていた。
この大きな家を管理しているのが家政婦のマリアで、他に下働きの娘が一人と、料理番の男がいた。
マリアはジルよりも、更に十歳ぐらい上だろうか? もし生きていれば私の母くらいかもしれない。
「まあ、それにしてもなかなか結婚なさらないと思っていた旦那様が、こんな若くてお美しい奥様をお迎えになるとはねぇ」
マリアは気のいい女性のようで、終始にこにこと嬉しそうに話しながら、家の中を案内してくれた。
「こちらが旦那様のお仕事部屋で、私どもはお許しがない限り、例えお掃除でも勝手に入ることは致しません。それからこちらが応接間、旦那様はちょっとしたお客様はここへお通しになります。隣はもっと大人数をお招きできるお部屋ですけど、まだあまり使ったことはございませんね」
「お客様は、どのくらいいらっしゃるのかしら?」
「そうですね、たいがいはお仕事の打ち合わせのようで……、お二人くらいでしょうか。そういうお客様なら週に何度か来られますよ。でもこれからは奥様もいらっしゃることだし、きっともっと多くの方をお招きなさるのではないですか」
私はちょっと驚いた。あの無表情なジルからは、そんな社交的な様子を思い浮かべられなかったからだ。それに私は社交界へ出たこともないので、そういう場でどうしてよいかも分からない。
「まあ、どうしましょう。私、ちゃんとおもてなし出来るかしら……」
「あらあら、そんなこと心配なさる必要はありませんよ。旦那様とご一緒に、笑顔でいらっしゃればいいのです。細かいことは、このマリアがお手伝い致しますからね」
マリアがいてくれれば、なんとかやっていけるかもしれない。そんな気がして、少しほっとした私だった。
少し遅れて帰ってきたジルと夕食を摂り、私は先に部屋へ下がった。お湯をつかって身体を清め、髪を梳いていると、ジルが入ってきた。
「リゼット」
低く呼びかけられ、私の胸が音をたてる。振り向くと、ジルがベッドに腰を下ろして私を見ていた。
「こちらへ」
「……はい」
ひどくふわふわしたものを踏むような気持ちで、ジルの前へと進む。ジルはさっきと変わらない顔で、じっと私の目を見ていた。
並んで座るよう促され、私はどうにか言葉を絞り出した。
「ジル、……どうか末永く、よろしくお願いします」
「……そんな言葉は、言わなくていい」
ちくりと胸が痛み、私はそっと唇を噛んだ。それすらも受け入れてもらえないのか。ジルはそんな私をベッドに押し倒し、上からのしかかった。
「……長かった」
「え……?」
ジルの呟きの意味が分からないうちに唇が降りてきて、私は考える余裕を失くしてしまった。
ジルは私の両手を掴んで両脇に縫い留め、何度も何度も口づけを降らせた。唇だけでなく、頬に、額に、瞼に。
「や……ジル……」
私のお母様は亡くなってしまったので、私には初夜の前に閨のことを教えてくれる人がなかった。
だから初めてのことでよけい緊張して、どうしていいか分からない。ジルの口づけが恥ずかしくて、くすぐったいような変な感じで、私は唇をきゅっと結んで、出来るだけ顔を背けようとしてしまう。
「逃げてはいけない」
いつものジルよりも低く掠れた声が耳に響き、なぜか私の胸がきゅんっと締め付けられたような気がした。
「あ……」
思わず口を開いた私の頬をとらえ、ジルが唇をさらにこじ開けた。
「―――!!」
ぴったりと密着するように吸い付かれた私の咥内に、ジルの舌が入って来たのだ。私は思わず息を止めてしまった。ジルの舌の先が、探るように私の舌を絡めとり、歯列をなぞる。頬にかっと血が上ったのを感じた。
―――嘘、こんな……。
ぎゅっと目を閉じて、ジルに縦横無尽に私の咥内を蹂躙されているうちに、私は頭のなかがぼうっと霞がかかったようになってしまった。
ジルの唇が離れた。
「は……ぁ」
「口づけだけで、そんな目をして……」
ジルが思わずといった感じで呟いたけれど、私には何のことか分からない。ただ息苦しくて弾んでしまった、荒い息を吐いていた。
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