乙女ゲームの世界に転移したら、推しではない王子に溺愛されています

砂月美乃

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2・まさかの世界 後






 「ヒミツの恋愛遊戯」のヒロインの名前を、私は「フェリシア」としていた。
 ゲームはフェリシアの家から始まる。

 王宮のお抱え学者である父親が怪我をした。ついては代わりに王宮の図書館へ行き、以下の書物をお借りしてきて欲しい……。フェリシアは必要な書類を携えて王宮へ行き、図書館へ案内される。途中にはこの手のゲームのお約束なのか、キャラクターが次々と登場―――通りかかったり窓の外にいたり―――した。
 そして薄暗い図書館に入り、堆く積まれた書棚の間で目的の本を探していたとき、突然目の前の書棚がぐらりと揺れて、フェリシアは悲鳴をあげる。

(そこでキャラクター選択画面になり、私はジェラールが気になりつつも「リュシアン」を選んだ)

 ……気がつくと王宮の一室で横になっており、侍女が呼んできたのがリュシアン。本編ストーリーはここから始まる……。





「ああ、良かった。気がつかれましたね」
再び目を開けた私を覗きこんでいたのは、リュシアンではなく、中年の理知的な男性だった。おそらく医師なのだろう。てきぱきと私の様子をみていくつかの質問をし、安心したように息を吐くと後ろを振り返る。

「心配ありません、殿下。おそらくあまりの驚きで気を失われたのでしょう。まあ、いきなり殿下が現れて驚かない娘さんはいないでしょうからね。ましてこの方は、その前に怪我をされていたんですから」
言われてみれば、肩と背中に鈍い痛みが残り、腕には包帯が巻かれている。書棚から落ちた本が当たって怪我をしたらしい。
 医師は私に、
「怪我も心配いりません。すぐに治りますよ」
と声をかけ、リュシアンに一礼すると部屋を出ていった。


 想像もしていなかった事態に口もきけない私を、未だ体調が本調子でないと判断したのか。リュシアンは黙ったまま、横のスツールに腰を下ろした。
 実際に目の前に座られると、リュシアンの美貌は眩しすぎて、正視するのが辛いほどだ。その美貌の主は、気遣うような笑みを浮かべて言う。
「大丈夫か? いや、焦ることはない。ゆっくりと答えてくれ」

 何か言わなくてはと思い、口を開きかけて、私は固まった。「繭」なんて名乗っていいの? 未だに訳が分からないけれど、とにかくここはあのゲームの世界のようだ。それに合わせたほうがいいのかもしれない。幸いリュシアン編はクリアしたばかりなのだ。

「……失礼いたしました、リュシアン殿下。私は、マルセル・グランデールの娘でフェリシアと申します」
必死でゲーム中の会話を思い出し、なるべく近い感じで答えてみた。思ったよりもなめらかに言葉が出る。父親の名前まですらっと出たのには内心驚いた。
「ほう、グランデール博士の娘か。今日はなぜ図書館に?」
 ―――やっぱり、これでいいんだ。
 ストーリー通りに話が進むことに安心して、さっきポケットから出した書類を、リュシアンに見せた。そこには私……というかフェリシアの名が入っている。……どう見ても日本語じゃないんだけど。
「実は父が怪我をいたしまして……」
事情を説明するとリュシアンは頷いた。

「王宮内で危険な目に遭わせてしまいすまなかった、フェリシア嬢。たまたま私が図書館にいたから良かったものの、場合によっては、それこそ取り返しのつかないことになったかもしれない」
老朽化した書棚が突然倒れ、近くにいたリュシアンが助けるという設定は、やはり同じらしい。
「お詫びいただくようなことではございません。殿下のおかげで本が当たっただけで済みましたし、むしろ私がお礼申し上げなくては……」
 ―――いい調子。台本どおり、って感じ。

 しかしその時の私は、考えてもいなかった。攻略サイトまで読み込んだ自分が、覚えているとおりに会話を進めていくと、どんどんリュシアンの高感度が上がってしまうということを。


「殿下、お心遣い感謝いたします。ですが父が心配していると思いますので、私はそろそろお暇させていただきたいと思います」
「そうだな、では送らせよう、フェリシア。それと、グランデール博士に言付かった本を言いなさい。持ってこさせよう」
「そんな、送っていただくなどとんでもありません。……本はお言葉に甘えて、お探しいただければ嬉しいです。ですが」
そこまで言って、ふと気が付いた。1人では自分の……フェリシアの家に帰れない。ゲームの知識には地図など入っていないのだ。

「いや、もう夕方だ。若い娘に重い本など抱えて1人で歩かせるなどとんでもない。遠慮せず馬車を使いなさい」
「……はい、ありがとうございます、殿下」
「……リュシアン」
「え?」
「リュシアン、で良い」
私は驚きで目を見開いた。確か、名前を呼ぶよう言われるのは5話目くらいだったはず……。
「フェリシア?」
「は、はい。……リュシアン殿下」
恐る恐る返事をすると、リュシアンは苦笑した。
「まあ良い。手配するから、少し待っていなさい」
そして次の間にいるらしい従者に、なにやら命じた。

 しばらくして、本が届けられた。百科事典のような分厚い大きな本が、3冊。
「……これを抱えて帰る気だったのか?」
「……これほどとは知らなかったのです……」
するとリュシアンが吹き出した。いきなりの無防備な笑顔は破壊力、いや殺傷力抜群だ。
「しっかりした娘かと思ったら、意外な一面もあるんだな」
思わず笑顔に見とれていた私の手を取って、指先に口づけた。
「また会おう、フェリシア」




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