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14・「お・に・い・さ・ま?」 後
「よし、だいぶましになってきたな」
あれから1時間あまり。多少のもたつきはあったものの、どうにか足を蹴ることなく一曲踊りきった私に、ジェラールが言った。
「ありがとう、ございます。お義兄様」
恥ずかしながら、私は息があがってしまっている。フェリシアとしては初めてだったのだから仕方ないけど、ダンスって優雅に見えてけっこう激しい運動らしい。
「あとはその息切れを何とかしないと見苦しいぞ」
まだ迷子になるのでジェラールに部屋まで送ってもらいながら、私はさらにダメ出しをされていた。
「でも、そんな急には体力も……」
「そういうことじゃない。踊り終えて、礼をする間に一度深く息をするんだ。それだけでもだいぶ違う筈だぞ」
私は頷いた。そういえば、バレエでも同じようなことを言われたっけ。
「分かりましたジェラール……お義兄様。やってみます」
ジェラールは私が言い淀んだのに気付いて、からかうように笑う。
「そんなに言えないものか?」
「……すみません、何故か……緊張してしまうのです」
「簡単だろう。『お・に・い・さ・ま?』だ」
「……は?」
呆気にとられた私を見て、ジェラールが吹き出した。
「―――すまん、マリレーヌの言い方が可笑しかったものだから……」
言いながら、まだ笑っている。―――ジェラールがそんなこと言うなんて思いもしなかったけれど、結局、私も笑ってしまった。
「……おまえ、変わった女だよな」
笑いがおさまった後、唐突にジェラールが言い出した。
「え? ……どうしてですか?」
ジェラールが足を止めて、私を見下ろす。
「歳のわりに、妙に悟ったようなところがあるかと思えば、逆にやたらと世間知らずだったりするし……」
―――それは、私がもともとこの世界の人間ではなく、しかも本当は26歳だからです。言えないけど。
それにしてもジェラール、それほど会った回数も多くないのに、よく見ている。そして今も、答える私を探るようにじっと見つめている。
「それは、やはり……お義兄様とは育った環境が違うからではないのですか?」
「環境だと言うなら、むしろそんな無防備には育たないんじゃないのか?」
「……え、無防備ってどういうことですか?」
世間知らずまでは分かるけれど、私が無防備? そんなこと言われたこともない。ましてこちらの世界に来てからは、グランデール家の人とリュシアンぐらいしか会っていないというのに。
「……おまえ、自覚がないのか?」
「……何のですか……?」
「……無自覚かよ」
ジェラールはこめかみを押さえて呻いた。それから一つ息を吐くと、いきなり私の肩を掴んで壁に押し付けた。
「!?」
膝が私の足を割って、からみつくように腰が密着する。そしてジェラールの手が私の顎を掴んで上向かせ、顔が近づいて―――。
―――!
「いや、ジェラー……!」
こつん、と額が触れた。……ぎりぎりで唇は触れていない。
「―――分かったか」
「……え?」
「自分が無防備だって事だよ。簡単すぎるだろ、これじゃ」
頬にジェラールの息がかかる。かあっと血が上るのが分かった。
「そ、そんなこと……! 口で言ってくれれば……!」
「いや、賭けてもいいが、おまえはそれじゃ分からないな」
何か言い返したいのに言葉が見つからない私に、顔だけ離してジェラールは続ける。
「リュシアンのところで思った。あの時だって、完全にあれの言いなり……って言うか、されるままだったろ?」
否定できない私が黙っていると、やっとジェラールの身体が離れた。
「分かってないんだろうが、おまえは来月デビューする。それも、第2王子リュシアンの婚約者候補などという、ものすごい肩書を背負ってな」
ジェラールは私を促してまた歩き出した。
「それがどういうことか、もうちょっと考えたほうがいいんじゃないか?」
「……どういう、こと?」
「何しろデビュー前から注目の的なんだ。せめてもの後ろ盾にダンドリュー家を用意したが、宮廷なんて陰謀だらけ、おまえみたいな世間知らずを利用しようとする輩の集まりだ」
夕闇が迫り、そろそろ薄暗くなってきた廊下に、ジェラールの声が響く。
「言いたくないが、若い娘に手っ取り早く言うことをきかせるのに、そういう奴らが何をするか分かるか?」
「……」
背中に悪寒が走ったのは、気温が下がったから……だけではないだろう。
私の部屋に近づき、ジェラールが窓の外を見た。
「まだ少し時間があるな。貴族のリスト、持ってるだろう。貸してみろ」
ジェラールは部屋に入ってきて、机の上のリストを手に取った。
「いいか、印をつけておいてやるから、そいつには十分注意しろ。あくまで俺に分かる範囲だから、そいつら以外は安心、とまでは言えないがな」
そして迷うそぶりもなく、上から次々と印を入れていった。―――って、半分以上要注意なんですか……?
「これでいいだろう。あと、こっちの印の奴は、逆に安心して大丈夫だ。……そんなに多くはないが」
「ありがとうございます、お義兄様」
何としても、しっかり覚えなくては。自分に強く言い聞かせるように頷いて、リストを受け取る。
「よし、いい顔になってきた」
ジェラールは初めて目元をほころばせた。
「今夜は俺も出かける。ゆっくり休め」
そう言って、マリレーヌ様にするように、額にそっとキスを落として出ていった。
「……行ってらっしゃいませ」
私は閉じたドアを見つめたまま、しばらく立ち尽くしていた。
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