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15・社交界デビュー 前
「さあ義妹よ、覚悟はいいか?」
ジェラールが振り返ってにやりと笑い、私に手を差し出した。
「はい、お義兄様」
私はひとつ息を吸い、出された手を取りながらジェラールを見て頷いた。
ついに来てしまった。今日は私が、フェリシア・ダンドリューとして社交界にデビューする日。
デビューのエスコートは、父親か兄弟等の親族と決まっている。私のエスコートはジェラールだ。
ほんの1カ月前の私なら、ジェラールのエスコートでデビューなんて、内心は大騒ぎだったと思う。でも、私の心はもう、ジェラールに手を取られても揺れたりしない。馬車に乗り込んで、執事のセバスチャンに見送られて、私達は王宮へ向けて出発した。
あれは、初めてジェラールにダンスを教えてもらい、部屋まで送ってもらった時。
私があまりに無防備だと、ジェラールは私を壁に押し付けて、キスをしようとした。もちろんあれはふりだったのだけれど。その時、ジェラールの意図など分からなかった私は、本気でキスされると勘違いをして……。咄嗟に「嫌」だと思った。
そしてその後、マリレーヌ様と同じおやすみのキスをされて、気が付いた。
―――私、この前リュシアンにキスされたの……嫌じゃなかった。
それは、驚いたり恥ずかしかったり、その前後のリュシアンの暴走に引いたり……と、いろいろ複雑な感情はあったけれど。そもそもキスだけであんなに気持ちよくなったことなんて今までは……、おっと。薄暗い部屋でひとり赤面して、その先は考えるのをやめておく。
それでも、2人への、この違いはなんだろう? ジェラールの出ていった部屋で立ったまま、私はかなり長いこと考え続けた。
その次の日も、そのまた次の日にも、ジェラールと何時間もダンスの練習をした。ジェラールは王太子殿下(第1王子)の側近でもあるから、本当はかなり忙しい。それでも時間の許す限り私の練習に付き合ってくれたおかげで、私のダンスはかなり上達した。
そして、ある時気が付いた。私にとってジェラールは、すでに「お義兄様」でしかないということ。ゲームの世界に来たせいで混乱してしまったけれど、もはや私にとってはこれが現実世界。「推し」と「恋愛」は必ずしも同じとは限らない。
―――私には、素敵な「お義兄様」がいる。
それでいい……と思った。
リュシアンは会いに来ることは許されなかったけれど、ジェラールを通して花やお菓子、手紙などを届けてくれた。リュシアンの危険なスイッチが入るのは、私が何かのツボにはまった時だ。だから手紙を通しての会話は優しく、彼らしい気遣いに溢れていて、手紙を読むうちに私は知らず微笑んでいた。
私の社交界デビューは、王宮で行われる夜会に参加することになっている。その時リュシアンと会ったら、私はどう感じるだろう?
ジェラールに関しては気持ちが整理出来て、すっきりした。でもリュシアンに対しては、まだ自信を持って好きだと言えない。
夜会には、ジェラールに「注意しろ」と言われたリストの人物が、ほぼ出席すると思われる。それも怖くないと言ったら嘘になる。
それでも、私はリュシアンに会いたかった。会って、自分の気持ちを確かめたかった。
「ダンドリュー侯爵様、お着き!」
王宮の大広間に声が響くと、既に集まっていた人々が一瞬静まった。
お義父様とお義母様に続いて、ジェラールと彼の腕にかるく手をかけた私が入って行くと、ちらちらとこちらを眺める気配のあとで、広間が一層ざわめきだした。
「ダンドリュー侯爵殿、そちらのお嬢様は?」
早速ひとりの男性が近寄ってきた。
「この度養女に迎えた娘です。フェリシア、ご挨拶を」
敢えて名を告げずに私を紹介する。お義父様も、私がどこまでやれるか見るつもりなのだ。
―――身長低め、黄みがかった金髪、顎にほくろ。スケベったらしい顔つき。……ちーん。リスト検索終了。
「初めてお目にかかります、モンドール伯爵様。フェリシア・ダンドリューでございます」
横でジェラールが「よし」と囁いた。今日まで必死でリストを覚えてきた甲斐があったというものだ。
ちなみに最後の項目を書き加えてくれたのは、こちらの方です。
「フェリシア、待ってたわ! 紹介するわ、従兄弟のフランソアよ」
「マリレーヌお義姉様」
そう、社交界の薔薇と呼ばれるマリレーヌ様が、リストの端に書き込んで下さった情報。
さっきのもそうだけど、「馬より顔長い」「腹黒そう」「爬虫類顔」「お世辞大好き」「取扱注意」とか……。
めちゃくちゃ的確で役に立つんだけど、マリレーヌ様の天使イメージが、少しだけ変わったのは確か。
今日はジェラールが私をエスコートするため、マリレーヌ様は急遽従兄弟にエスコートを頼んだ。
「いつもならマリレーヌのエスコートなんてより取りみどりなんだが、今日は信頼できる奴に任せたいからな」
ジェラールがそう言っていた。
そうしている間にも、お義父様に話しかけて私を値踏みしようとする貴族達が後をたたない。今のところどうにか、間違えずに挨拶できているようだけど。
そこへ国王陛下のお出ましを告げる声が響き、音楽が奏でられた。一同が恭しく頭を下げている間に着座され、陛下のお言葉とともに顔を上げる。玉座の左右に王妃様、王太子様ご夫妻、そして第2王子のリュシアンと第3王子のクリス様。
リュシアンはいつもの上品な笑みを浮かべ、大広間をゆっくり見回している。その視線が、私と交わって一瞬揺れた。
「あいつ、赤くなってるな」
横でジェラールがボソッと呟いて笑った。
ダンスが始まった。初めの曲は国王陛下と王妃様も踊られる。
慣例で、デビュー初日の娘は、最初の3曲まではエスコートする親族としか踊ってはならないことになっている。
私はもちろんジェラールと踊っている。会場のあちこちから突き刺さる視線は痛かったけれど、ジェラールといるぶんには恐れることもない。
2曲目はお義父さまと踊り、3曲目でまたジェラールと踊る。さすがに少し息が弾んでくるけれど、この後休憩できると聞いているので頑張る。
「……それにしても上手くなったな……」
ジェラールが目を細めて言った。
「本当ですか、お義兄様?」
「ああ。俺の足に痣を作られた時にはどうしようかと思ったが……」
「……もう、お義兄様ったら」
私達はステップを踏みながら微笑んだ。
「ああ、そろそろ限界かな」
曲の半ばを過ぎたころ、ジェラールがまた呟いた。
「え?」
「あいつだ、リュシアン。……見てみろ、そっとな」
言われた通りリュシアンを探し、ターンの間にちらりと見る。―――目が合った。
「!!」
わずかに、足がもつれた。すかさずジェラールが私の腰をぐっと支えて、半ば強引に立て直す。
「……しっかりしろ、まだダンスは終わってない」
「あ……、すみません、お義兄様」
私も慌てて姿勢を正す。でも、もうダンスだけに集中することは出来なかった。心拍数があがっているのは、ダンスのせいじゃない。
さっき、ほんの一瞬交わしたあの目。あのリュシアンが頭から離れない。
―――ずっとあんな瞳で、私を見ていたの?
あれで、分からないなんてありえない。あんなに切ない、焦がれるような……。
再びジェラールがターンして、向きを変えた。ジェラールは背が高いので、肩越しにリュシアンを見ることは出来ない。
それでもステップに合わせて体を傾けると、ちらりちらりとリュシアンの姿が見える。いつ見ても、リュシアンは私を見ていた。―――そして私も、あの瞳に引き寄せられるように、リュシアンの姿を探してしまう。目が合うと、鼓動が高まり胸が苦しくなって、向きが変わって見えなくなると、見えないことが苦しくて。
3曲目のダンスが終わるまで、私とリュシアンは離れたまま、ジェラール越しに何度も視線を交わして見つめあった。
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