魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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24・最後の夜 下

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 ルカ様は、立ち上がることすら出来ない私に、後から来るように言って書斎を出ていった。
 私は両手で顔を覆う。おそらく真っ赤になっている頬が、自分でも分かるほど熱かった。

 どうしよう、このままではカイン様の顔を見られない。
 それに何故今、いきなりカイン様が?
 考えようとしても、それ以上進めない。何故、が繰り返されるばかり。

 もうこれ以上お待たせするわけにいかないことに気づいた私は、仕方なく、魔法で顔を冷やし、自分に回復をかけてみる。頬が、少しでもまともに戻ってくれることを願いながら、カイン様の待つ客間へ向かった。


「やあ、ミア殿。お久しぶりです」
カイン様が立ち上がって、堂々たる騎士の挨拶をした。それに合わせ、私も魔導師として正式な挨拶を返す。決まった儀礼に従う限りは何も考えなくても良いので、私は少しだけほっとした。

 それなのに、挨拶が済んだとたんにルカ様は、
「私とカイン殿の話は済んだ。あとはおまえたちで、直接話し合いなさい」
そう言って客間を出て行ってしまった。

 私は椅子にかけてうつむいたまま、もう何も言えない。せっかく魔法をかけてきたのに、もう頬が熱くなっている気がする。
「ミア……」
突然名を呼ばれ、私はびくっと肩を震わせる。うつむいた私の視界にカイン様の革靴が現れ、そして……。

「!?」
カイン様は私の足元に跪いて、私の手を取った。膝上の私の手を両手で包み込んで、顔を覗きこむ。
「ルカ師に聞きました。私の訪問は、間が悪かったようですね。……貴女を動揺させてしまいましたか?」
カイン様の水色の瞳が、笑みをたたえながら私を見つめる。目を離すこともできず、何を言ったらいいのかも分からない。

 カイン様はそんな私をみて、ふっと笑った。そして立ち上がって言う。
「ミア、外へ出ようか?」


 お城の騎士様を一目見ようと、ルカ様の館の前には沢山の人が集まっていたので、私とカイン様は裏の木戸から森へ抜けた。それは私が昔、よく抜け出しては歩きまわった道。それを思い出して、張り詰めていた気持ちがふと和んだ。

「良かった、やっと落ち着いたね。森は好き?」
「はい。……この森は特別なのです」
カイン様の言うとおり、やっと落ち着いた私は、初めてカイン様に、きちんと返事をすることができた。カイン様が騎士の口調ではなく、普通に接してくれたのも良かったのかも知れない。
「特別?」
「はい。……私は魔力の顕現が遅くて……」

 カイン様に、顕現するまでのことを話していると、ちょうどあの倒木にたどり着いた。
「これが、私のベンチ替わりだったんです」
私がそこに座ると、カイン様も隣に座る。カイン様は前を向いたまま言った。

「ミア……」
「はい、カイン様」
「今みたいに、もっと君のことを話して欲しい。そして、俺のことも君に知ってもらいたい」
「はい」
「その上で、俺のところに来て欲しいんだ」
「……」
 ついに言われてしまった。でも、横に座って、顔を合わせていないためか、さっきのような動揺はなくカイン様の言葉を聞いていられた。

「君の戸惑いは、女性としては当然のことだと思う。本来なら、好きな相手とすることだからね。……それなら、お互いのことをよく知って、好きになれる努力をしよう」
「カイン様……」
思ってもいなかった言葉に振り向くと、カイン様も私を見つめていた。

「ミア……」
カイン様の手が、私の頬に伸ばされた。
 触れた瞬間小さく震える私に、カイン様は微笑んで。
「ミア、俺はもう、君のことが気になってたまらないんだ」
「……え」

 カイン様の言葉に言葉をなくした私の唇に、ほんの一瞬、カイン様の唇が触れた。見開いたままだった私の目を覗き込んで笑う。
「ミア?」
そこで初めて、カイン様に口づけられたのだと理解した私……。ぱっと体を離し、外を向いてうつむく。
「……嫌だったか?」

 少し間をおいて、首を横にふる。……嫌、ではない。
「それならいい。少なくとも、嫌われてはいないだろう?」
「……嫌い、だなんて……」
答える私の声は消え入りそうで、カイン様に聞こえたかどうか。
「充分だよ、ミア。……良い返事を待っている」


 館に戻ったカイン様は、また表から堂々と外へ出て、村長にも挨拶を受けて帰って行った。私もルカ様と一緒に、何事もなかった顔でお見送りをしたけれど、最後に馬に乗ったところで、カイン様がちらりと私を見た。目のあったその一瞬だけで、私の胸は音をたてる。

 カイン様の姿は、あっという間に見えなくなった。


 2晩考えて、私は決めた。
「カイン様のところへ、行こうと思います」
「やっと決めたか」
ルカ様は笑った。
「これで本当に、一人前だな」





 そこから先は早かった。何度も手紙や知らせがやり取りされ、私が王都へ行く日が決められた。

 何日か前には、国王陛下から国中に、カイン様に勇者の称号が授けられることが発表された。実際に称号を受けるのは十日後。私も式典に出席し、その日から、勇者の専属魔導師として正式に認められる。





 明日は王都へ発つという日。昼間のうちに村の皆とは挨拶を済ませ、夕食は私の両親と摂った。そして館へ戻った私は、今、ルカ様の寝室にいる。

「おまえに触れるのは、これが最後だな」
「ルカ様……」
ルカ様はベッドの上にあぐらをかいて座っていた。私はその正面に座り、ルカ様に頭を下げる。
「ルカ様、今まで本当にありがとうございます。私を顕現させて下さったこと……。ルカ様がああして下さらなかったら、今ごろ私は……」

 ルカ様は笑う。
「それはもう言うな。下手をすれば、おまえに憎まれても仕方ないところだ」
そして私を抱き寄せて、そっと唇を噛む。この一年、もう何度も交わされた口づけに、私の息が震える。

「はぁ……ん、ルカ様……」
ルカ様は私の前をはだけ、肩からシャツを落とした。上半身を剥き出しにされた私の肩に手を滑らせ、胸を持ち上げて口づける。
 そこで一度顔をあげて、私を見つめた。


「ミア、魔力の顕現の為とはいえ、愛のない行為を強いたのは私だ。おまえには本当に悪かったと思っている。でも……」
「ルカ様……?」
「私はいつしか、おまえを愛していたよ。……少なくとも今、カインに嫉妬してしまうくらいには」

 私も同じだ。魔力の為にルカ様に身を任せた。けれど、もう一年以上、何度も身体を重ねて……。
「私も、愛しています。私の初めての方として……一生忘れられないくらいには」
そして一瞬躊躇したけれど、思いきって言う。
「愛しています……ルカ」
そしてこれも初めて、私のほうから口づけた。
「ミア……」


 ルカ様が私をきつく抱きしめ、そのままゆっくりと押し倒して。
「あぁ、ルカ様……」
「ルカ、だ」
答えようとした口はルカ様に塞がれて、ルカ様の手が這うたびに、くぐもった声が漏れるだけだ。

「ミア……」
すっかり私の身体を知り尽くした手が、唇が、私を震わせ、甘い声をひきださせる。
「あ、ああ……! ルカ、ルカ!」


 ルカ様との最後の夜は、まだしばらく終わりそうになかった。


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