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37・館の日常
しおりを挟む話は、少しだけさかのぼる。私がまだグリフ様の部屋へ行く前、1人で森へ出かけて、迎えに来てくれた3人と館へ帰ってきたところから……。
◆◇◆
私が森を、そして1人を堪能していたこともあって、皆で「勇者の館」へ帰りついたのは午後も遅くなった頃だった。夕食の準備をしていたアンナさんがお茶を淹れてくれようとしたが、私は断って作業部屋に行く。せっかく摘んできた薬草なので、みずみずしいうちに処理しておきたかった。
最後に摘んだ濃い紫の花は、半分ほどを鉢に植える。これからも定期的に必要となるものは、やはり手元で育てておきたい。
木の実と、乾燥させて使いたい種類の草は天井から吊るし、風の魔法をかける。火の魔法の乾燥ほど早くはないけれど、常に風を循環させて乾燥させられる。
ここからは集中したかったので、部屋に鍵をかけ、封の術を発動させた。
実は言っていないのだけど、私の寝室には、私が内鍵をかけると同時に封の術が発動するよう術がかけてある。だからどんなに私が乱れても外に声は漏れない。
でもこのことは当分言わないつもり。そんなことが分かったら、もっと恥ずかしいことになりそうだから……。
私は2種類の薬を作るため、薬草を煎じはじめた。
◆◇◆
3人は、アンナに淹れてもらったお茶を飲みながら、サロンで寛いでいた。
「ミアの回復薬か、楽しみだな」
グリフがカップをテーブルに戻して言った。
カインはすでに酒のグラスを手にしている。
「ミアは、ルカ師を基準に育った。俺には魔法は使えないからはっきり言える訳じゃないが、どうもミアは……何か基本から、桁が違うように思えてならないんだ」
エリスも立ち上がって、酒を注ぎに行く。
「だとしたら、ルカ師はそれに気づいてるのかな?」
カインは首をふる。
「それが分からない。そんなふうにも思えるが……」
「何しろ、出来上がった回復薬を……、おい、どうやって試すんだ? もしすげえ効き目だったりしたら、また噂になっちまうよな?」
「……まあ、陛下に相談、かな?」
「完全に陛下の思惑通りになっちまってる身としては、あまりお目通りしたくないんだがな……」
「それだよね……」
3人は揃ってため息をついた。
「まあまあ、若い方が揃ってため息だなんて。さあお食事が出来ましたよ?」
アンナがサロンを覗き込んで笑う。
「今日はワイン煮込みですからね。沢山召し上がって下さいよ」
エリスが階段を登っていった。ミアを呼びにいくつもりだろう。
アンナは魔力は高くないが、火属性魔法を上手に活用し、料理が上手い。料理は保温の魔法がかけられ、食べるまで温かいのが嬉しいところだ。
「お、いい匂いだな」
グリフが鼻をひくつかせる。身体も大きい分大食漢な彼は、アンナの料理が大好きなのだ。
エリスが戻ってきた。
「作業部屋の扉が閉まっていたから、声をかけないできた。時間がかかるとは言ってなかったし、そのうち降りてくるよ」
「熱心ですねえ、ミア様も。……では私はこれで失礼しますね」
◆◇◆
出来上がった回復薬の小瓶を持って食堂に降りて行くと、3人はちょうど食べ始めたところだった。
「遅れてすみません。……わ、美味しそう!」
席につく私の手にあるものに、カイン様が気づいた。
「ミア、それ……」
「はい、回復薬です。一応、ルカ様のレシピ通りに作りました。……どうぞ」
カイン様に渡したけれど、見て違いが分かるようなものでもない。ひとまず横に置いて、カイン様が聞く。
「ルカ師のレシピ、というのは? 質を説明できるか?」
「……以前、陛下のご依頼で作ったと聞いています。質は……、体力や怪我にもよりますが……気絶なら意識が戻るくらい、ちょっとした怪我ならふさがります。重傷の場合は……それでも出血をとめるくらいはできるかと思います」
「すげえ……、売ってる回復薬の最高クラスくらいだな」
グリフ様が瓶を覗きこむ。フォークを置いて、エリス様が尋ねる。
「さっき、一応って言ったよね? もっとアレンジができるの?」
私は頷いた。
「単純に、もう少しなら効果を高くもできますし、あとは術に白魔法の呪文を封じこめて……」
と言いかけて気づいて、分かりやすく言い換える。
「あ、ええと……要するに回復薬に白魔法を込めると、正確なところはやってみないと分かりませんが、怪我を消すとか、全回復とかも……可能だと思います」
「全回復!?」
「はい。……ただ、そのぶん込める魔力も、材料の薬草も要りますので、たくさんは作れません。装備として複数作るなら、それ……、ルカ様のレシピくらいがちょうどよいかと」
カイン様は少し考えこんだ。
「なら、もしこれを50本作るなら、手間や材料はどうだ?」
「ええと……。50本くらいなら、増える手間は材料をすりつぶすことくらいです。あとは大鍋で同時にできますから。材料は当然必要ですが、これに使う薬草は比較的どこでも育ちますから、例えばお庭をお借りして植えておけば大丈夫では……」
「……つまり。町で売ってる最高級回復薬と同じものが、何時間かで揃うってことか?」
「はい。同じかは分かりませんが……」
結果、今日作ったものは見本としてカイン様が預かることになった。
翌日。
「勇者の館」には小さいながら馬場がある。馬小屋には4頭の馬がいた。
カイン様の白馬は、いかにも勇者にふさわしい気品のある、雪のように真っ白な馬。躾も完璧で、まさにカイン様の馬、という感じ。
エリス様の馬は真っ黒な馬で、灰色の鬣(たてがみ)がエリス様とお揃いのよう。エリス様に黒馬は意外だったのだけど、これに跨がったエリス様を見て納得した。黒い馬体に銀の髪が映えること……!
そしてグリフ様の鹿毛の馬は、グリフ様にふさわしく大きな馬体。なのに前足の先だけ白いところと、つぶらな瞳が何故か可愛い。
ウェイン様の栗毛の馬は黄みがかった毛色で、額に白い筋がある。騎士になって3代目の馬だそうで、もう若くはないけれどウェイン様との息の合い具合は流石だ。
そこに今日、新しい馬が来た。
鹿毛に白い大きな斑模様の入った、4頭よりも一回り小さな馬は、ウェイン様が私のために選んできて下さった。女性向きの、気性のおとなしい馬だ。
今後、いつも誰かに乗せてもらう訳にはいかない。それでは騎士様の動きを邪魔してしまう。とは言え、私が馬で4人について行けるようになるのはいつの日か……。とにかく乗馬の練習が私の日課に加わった。
私がウェイン様に教えてもらって、その日の乗馬を終えて(その場で回復をかけました)中へ戻ると、サロンで3人が待っていた。
「よう、どうした?」
ウェイン様が声をかけると、カイン様が立ち上がって言った。
「陛下から討伐依頼だ。受けていいな、ウェイン?」
討伐依頼。勇者には、国王陛下といえども「命令」ではなく「依頼」となる。勇者のみが、それを断る権利も持っているのだ。
聞いた瞬間に息をのんだ私と違い、ウェイン様は当然何度も経験していることだ。依頼書を読んでにやりと笑った。
「嬢ちゃんの初陣にちょうどいいな」
すると3人も笑う。
「やっぱりそう思うか?」
「ひょっとしたら、わざとその辺狙ったんじゃないのか?」
「陛下ならやりかねないね……」
4人の笑い声がサロンに響いた。
……討伐依頼って、そういう思惑が入るものなんでしょうか?
ともあれ、私は初めての魔物討伐に出ることになった。
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