95 / 104
95・新たな発見 上
王家の秘薬は無事完成した。あとはソフィアを捕えるだけ……と、言うのは簡単なのだけど。
ここしばらくそれらしい気配も感じないし(もっとも私が秘薬にかかりきりで、それどころではなかったのだけど)、とくに異常発生の知らせもない。
結局、何かしらの手がかりがないと探しようがなく、私達はもちろん、陛下も頭を悩ませている。
カイン達は変わらず訓練に精を出す一方、宰相閣下に願って国中の行方不明者の情報を集め、女性を中心に調査している。魔導師にこだわっていては取りこぼす恐れがあるので、すべての情報にひと通り目をとおしているらしい。
「こんなに書類と向き合うのは初めてだ」
館に戻ったカインが、そう言いながら私を抱いて口づける。
あの晩からまだ2日。ほんの短い間に、彼らは少し変わった。
ひとつめの変化は訓練場で噂になった。もともと訓練に手を抜くなどということは一切しない彼らだったけれど、「何か憑いてるんじゃないか」と言われるほど、やる気に溢れているらしい。叱咤激励役のグリフはもちろん、エリスまでが声を張り上げて後輩に指導を始めたとか。
「いったい彼らに何があったんだ?」
3人の熱血指導で痛めた箇所をさすりながら、若い騎士らが首をひねる姿があちこちで見られるそうだ。
もうひとつは、大っぴらに私に触れること。お互いの前ではもちろん、ウェインがいようとお構いなしだ。
「お願いだから、せめてウェインの前ではやめて」
と頼んでも、その時だけでいっこうに改める気配はない。しまいにウェインも諦めてしまい、
「ま、ジジイの心臓止めるような場面は見せないでくれよな。……嬢ちゃんも、まあ無理だろうが気にしなくていいぜ」
と、乾いた声で笑っていた。
◆◇◆
ミアが館でひそかにため息をついているころ、王宮では、山のように積まれた書類を前にため息ひとつ漏らさず、宰相ミルカが精力的に仕事を片付けていた。
今朝集められた国内の行方不明者のリストに目を通したミルカは、あるところに目を留めると再度読み返した。そしてベルを鳴らして下官を呼び、何かいいつけた。
やがて宰相の使いの白い鳥が放たれる。鳥は力強く空へ羽ばたき、たちまち小さくなって見えなくなった。
◆◇◆
宰相閣下からお呼びがかかったのは、さらにその翌日の昼頃のことだった。
「最近の行方不明者の中に、気になるものがあった。まずはこれを見てくれ」
私たちの挨拶を鷹揚に遮り、閣下は数枚の書類を並べた。目を通してみると、それはティオの町にいた、カナという少女のものだった。
「その娘は、20日以上も前から行方不明になっている。年齢は15歳、顕現前の娘だった上、始めの調査の時にはまだ不明になっていなかった。今回の調べなおしでようやく報告が上がってきたのだ」
そして、宰相閣下が命じて再度町で聞き取りをさせた結果、足が不自由で外出を控えていた魔導師に行きつき、カナの魔力が顕現寸前だったこと、そしてもし顕現していれば、おそらくかなりの高魔力だったと思われることが分かったのだ。
「これは……」
思わず息をのんで、カインが呟いた。エリスもグリフも、顔が興奮している。私も鼓動が跳ね上がるのを感じた。
やはり経験の差なのか、こういう時に一番冷静なのはウェインだ。
「その後、どこからも目撃されてはいないのですか、閣下」
閣下は頷き、次の書類をめくった。
「ティオの町の門は出ているが、馬車に乗った記録はない。親の商売の手伝いをしていて顔も知られていたそうなので、それは間違いないようだ」
「ということは、顔を見られるのを恐れて馬車を避けたということですね」
「それはあるな」
「ティオの町からここまでは、通常の馬車で4日。ミアと同じように魔法で移動しても、おそらく2日はかかりますが」
「その通りだ。ちょうど中間にある町で、16歳だと名乗る、よく似た娘が宿に泊まっている。普通の宿は、若い娘を1人で泊めたがらない。その娘は、商売に出たきり帰らない父親を探しに来たと言い、同情した主が泊めてやっていた」
「閣下、その娘の名は」
「カナではなく、リザと名乗っていたという。翌朝すぐに出発したそうだ」
しばらくの沈黙の後、エリスが口を開いた。
「閣下、モルシェーンの宿に人をやって、同様の娘がいるか、あるいはいたことがあるか調べさせていただけますか」
「うむ、すぐに調べさせよう」
閣下が下官に命じて小一時間。慌ただしく駆け込んできた若い騎士がいた。
「宰相閣下! あ、カイン殿もここにおられましたか。報告です!」
騎士はそこでやっと息を整え、閣下に向けて報告する形をとった。
「以前より捜索の命の出ておりました、魔導師アデルの遺体が発見されました!」
思わず腰を浮かせてしまった私達を、閣下は片手ひとつ上げただけで押さえた。
「状況を」
「はっ!」
昨日、カナの行方不明の聞き取りを命じた閣下は、その足取りを追うための近隣の捜索も、同時に命じていた。それを受けて騎士達がティオ近辺を調査していたところ、「女性の遺体が見つかった!」と騒いでいるところに行き合わせたのだという。背が高いという話を聞いて、すぐにピンときたそうだ。
「岩陰に隠すように置かれていたそうですが、やはり日が経っておりましたので……」
騎士は私がいるのではっきり言わなかったが、おそらく亡骸はかなり傷んでいたのだろう。
「調べた者によれば、一月は経っていないだろうということでした」
私達はそっと視線を交わし、頷いた。カナが行方不明になって20日あまり。計算は合う……。
閣下は引き続き情報を集めるよう言って、報告者を返らせた。
「やっぱり、そこでアデルからカナに乗り移ったんだろうな」
「うん、私もそう思う」
閣下の調べさせた書類によると、カナは一見子供のような、小柄で線も細い娘らしい。
そんなカナに乗り移ったソフィアが、女性としてはかなり長身のアデルの亡骸を岩陰に隠そうとしている図が頭に浮かんでしまい……、私はふるりと身を震わせた。
「ミア?」
グリフが顔をのぞき込んだのに首を振って、大丈夫だと伝える。
そこへ今度は、王都の宿を調べに行った騎士が入ってきた。
「閣下、名は違いますが、おそらくお訊ねの娘と思われる者が泊まっていた宿が見つかりました。ですが、3日前に急に部屋を引き払い、どうやら町を出たと思われます」
今度こそ私達は、椅子を蹴るように立ち上がった。閣下ももう止めることはしない。
「陛下には私から伝えておこう。行ってくるがいい」
ここしばらくそれらしい気配も感じないし(もっとも私が秘薬にかかりきりで、それどころではなかったのだけど)、とくに異常発生の知らせもない。
結局、何かしらの手がかりがないと探しようがなく、私達はもちろん、陛下も頭を悩ませている。
カイン達は変わらず訓練に精を出す一方、宰相閣下に願って国中の行方不明者の情報を集め、女性を中心に調査している。魔導師にこだわっていては取りこぼす恐れがあるので、すべての情報にひと通り目をとおしているらしい。
「こんなに書類と向き合うのは初めてだ」
館に戻ったカインが、そう言いながら私を抱いて口づける。
あの晩からまだ2日。ほんの短い間に、彼らは少し変わった。
ひとつめの変化は訓練場で噂になった。もともと訓練に手を抜くなどということは一切しない彼らだったけれど、「何か憑いてるんじゃないか」と言われるほど、やる気に溢れているらしい。叱咤激励役のグリフはもちろん、エリスまでが声を張り上げて後輩に指導を始めたとか。
「いったい彼らに何があったんだ?」
3人の熱血指導で痛めた箇所をさすりながら、若い騎士らが首をひねる姿があちこちで見られるそうだ。
もうひとつは、大っぴらに私に触れること。お互いの前ではもちろん、ウェインがいようとお構いなしだ。
「お願いだから、せめてウェインの前ではやめて」
と頼んでも、その時だけでいっこうに改める気配はない。しまいにウェインも諦めてしまい、
「ま、ジジイの心臓止めるような場面は見せないでくれよな。……嬢ちゃんも、まあ無理だろうが気にしなくていいぜ」
と、乾いた声で笑っていた。
◆◇◆
ミアが館でひそかにため息をついているころ、王宮では、山のように積まれた書類を前にため息ひとつ漏らさず、宰相ミルカが精力的に仕事を片付けていた。
今朝集められた国内の行方不明者のリストに目を通したミルカは、あるところに目を留めると再度読み返した。そしてベルを鳴らして下官を呼び、何かいいつけた。
やがて宰相の使いの白い鳥が放たれる。鳥は力強く空へ羽ばたき、たちまち小さくなって見えなくなった。
◆◇◆
宰相閣下からお呼びがかかったのは、さらにその翌日の昼頃のことだった。
「最近の行方不明者の中に、気になるものがあった。まずはこれを見てくれ」
私たちの挨拶を鷹揚に遮り、閣下は数枚の書類を並べた。目を通してみると、それはティオの町にいた、カナという少女のものだった。
「その娘は、20日以上も前から行方不明になっている。年齢は15歳、顕現前の娘だった上、始めの調査の時にはまだ不明になっていなかった。今回の調べなおしでようやく報告が上がってきたのだ」
そして、宰相閣下が命じて再度町で聞き取りをさせた結果、足が不自由で外出を控えていた魔導師に行きつき、カナの魔力が顕現寸前だったこと、そしてもし顕現していれば、おそらくかなりの高魔力だったと思われることが分かったのだ。
「これは……」
思わず息をのんで、カインが呟いた。エリスもグリフも、顔が興奮している。私も鼓動が跳ね上がるのを感じた。
やはり経験の差なのか、こういう時に一番冷静なのはウェインだ。
「その後、どこからも目撃されてはいないのですか、閣下」
閣下は頷き、次の書類をめくった。
「ティオの町の門は出ているが、馬車に乗った記録はない。親の商売の手伝いをしていて顔も知られていたそうなので、それは間違いないようだ」
「ということは、顔を見られるのを恐れて馬車を避けたということですね」
「それはあるな」
「ティオの町からここまでは、通常の馬車で4日。ミアと同じように魔法で移動しても、おそらく2日はかかりますが」
「その通りだ。ちょうど中間にある町で、16歳だと名乗る、よく似た娘が宿に泊まっている。普通の宿は、若い娘を1人で泊めたがらない。その娘は、商売に出たきり帰らない父親を探しに来たと言い、同情した主が泊めてやっていた」
「閣下、その娘の名は」
「カナではなく、リザと名乗っていたという。翌朝すぐに出発したそうだ」
しばらくの沈黙の後、エリスが口を開いた。
「閣下、モルシェーンの宿に人をやって、同様の娘がいるか、あるいはいたことがあるか調べさせていただけますか」
「うむ、すぐに調べさせよう」
閣下が下官に命じて小一時間。慌ただしく駆け込んできた若い騎士がいた。
「宰相閣下! あ、カイン殿もここにおられましたか。報告です!」
騎士はそこでやっと息を整え、閣下に向けて報告する形をとった。
「以前より捜索の命の出ておりました、魔導師アデルの遺体が発見されました!」
思わず腰を浮かせてしまった私達を、閣下は片手ひとつ上げただけで押さえた。
「状況を」
「はっ!」
昨日、カナの行方不明の聞き取りを命じた閣下は、その足取りを追うための近隣の捜索も、同時に命じていた。それを受けて騎士達がティオ近辺を調査していたところ、「女性の遺体が見つかった!」と騒いでいるところに行き合わせたのだという。背が高いという話を聞いて、すぐにピンときたそうだ。
「岩陰に隠すように置かれていたそうですが、やはり日が経っておりましたので……」
騎士は私がいるのではっきり言わなかったが、おそらく亡骸はかなり傷んでいたのだろう。
「調べた者によれば、一月は経っていないだろうということでした」
私達はそっと視線を交わし、頷いた。カナが行方不明になって20日あまり。計算は合う……。
閣下は引き続き情報を集めるよう言って、報告者を返らせた。
「やっぱり、そこでアデルからカナに乗り移ったんだろうな」
「うん、私もそう思う」
閣下の調べさせた書類によると、カナは一見子供のような、小柄で線も細い娘らしい。
そんなカナに乗り移ったソフィアが、女性としてはかなり長身のアデルの亡骸を岩陰に隠そうとしている図が頭に浮かんでしまい……、私はふるりと身を震わせた。
「ミア?」
グリフが顔をのぞき込んだのに首を振って、大丈夫だと伝える。
そこへ今度は、王都の宿を調べに行った騎士が入ってきた。
「閣下、名は違いますが、おそらくお訊ねの娘と思われる者が泊まっていた宿が見つかりました。ですが、3日前に急に部屋を引き払い、どうやら町を出たと思われます」
今度こそ私達は、椅子を蹴るように立ち上がった。閣下ももう止めることはしない。
「陛下には私から伝えておこう。行ってくるがいい」
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
何もしなかっただけです
希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。
それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。
――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。
AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい
歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、
裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会
ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った
全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。
辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。