魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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97・ソフィアを捕らえろ 上

 
「ではミア、私は午後から行くからね」
「はい、ショーン様。よろしくお願いします」
開門まであと少しという時間、私はショーン様と挨拶をしてから、例の、姿と気配を隠す布を被って館を出た。今日はグリフが一緒だ。
「それにしてもつええな、ショーン師。さすがウェインの仲間だよ」
声をひそめて私(のいる方)に囁いているのは、昨夜のショーン様のことだろう。

 にこにこ笑って、ウェインと同じスピードでグラスを空けていく姿には驚いた。そして今朝、酒など一滴も飲んでいないような顔で、私を見送るために起きてきてくれたのだ。寝たのはほんの少し前だというのに。

「うん、でもグリフ達だって、かなり強いと思うけど?」
早朝とはいえ町の人はもう活動し始めている。私はグリフにだけ届くように返事を返した。
「いや無理だ、絶対敵わねえ」
グリフのぼやきに、私はくすくすと笑った。


 昨日と同じ、門の横の見張り部屋へ入る。するとほぼ同時に開門した気配が伝わってきた。
 こうして一日人の出入りを見ていると、さすが王都だけあって、モルシェーンの町がいかに大きいかよく分かる。カイン達騎士はこの人たち……この国の人たちを守っていて、私も微力ながらそのお手伝いをしているのだと思うと、わずかな自信と誇りがわいてくる。

 このお役目、勇者カインの専属魔導師という立場、ひいてはそれに見合う魔力。それをいただけたのは、決して私の力ではないけれど。それでも私は、今の自分が大好きだ。まず自分のために、それから私を大切にしてくれる皆のために、ソフィアの思い通りになるわけにはいかない。


 人の出入りはほとんど絶えることがなく、馬車も何台も何台も出入りする。それでもさほど大きな魔力を持つ人の気配もなく、まもなく昼になろうとするころ。

 なんとなく、空気が重いように感じた。例えるなら、急に天候が変わって嵐になる……その前触れのような。
「グリフ、どこかに雨雲とか見える?」
グリフは不思議そうに私を見て、すべての窓から空を確認する。
「いや、どこにも雲なんかないぜ。いい天気だ」
「そう……」

 そこへ、ショーン様がやってきた。ウェインとカインも一緒だ。
「交代には早いが、アンナのサンドイッチを持ってきたぜ」
そう言ってバスケットを置こうとしたウェインが、例の布から顔を出した私を見て首をかしげる。
「どうした、嬢ちゃん。何か感じるのか?」
「それが……」
私はさっき感じたことを報告し、ショーン様に聞いてみた。

「ショーン様はどうですか? 特に何か変わったことは……」
ショーン様も首をかしげる。
「君の方が魔力は高いからね。もしかしたら私には、まだ感じられていないのかもしれない。疲れているだろうが、ここでもう少し様子を見てくれないか?」
もちろん反対する理由などない。食後、グリフはカインと交代したけれど、私はそのまま残ることにした。


「あれ、雨かい?」
しばらくしてショーン様が呟いた。そして自分で窓の外を見て、苦笑する。
「なるほど、こういうことか……。分かったよ、ミア」
「魔力を感じる、ってのとは違うのか? ショーン」
ショーン様は首をかしげる。
「うん、もっと遠いというか、漠然としているというか……。『魔力』そのものの気配ではないね」
まさにその通りなので、私も頷く。

「私は今感じ取ったばかりだが、ミア、さっきから比べてどうだい?」
「それが……。魔力と違うからなのか、特に近づいているとかそういう気配は……」
「何だろうね、これは。『嫌な予感がする』というのとも違うし……」
私達は黙り込んだ。カインとウェインは、自分たちでは分からないだけに、余計もどかしそうだ。


「……!」
突然、ショーン様が顔を上げた。私はすぐに布を引き上げ、完全に姿と気配を隠す。
「来たね。私の知る、サラだったころの気配とは違うが。―――とても強い魔力だ」
「確かに、私の知る気配でもありません。でも、間違いない気がする。―――カイン」
「いや、俺が行く」
ウェインが音をたてずに立ち上がって、静かに部屋を出ていった。あらかじめ打ち合わせた通り、ソフィアを捕える手配をするのだ。

「よし、ショーン師、そのまま気配をみていて下さい。ミアは念のため、あまり探りすぎるな」
「……まだ、門には遠いと思うが。どうだい、ミア?」
「はい、私もそう思います。でも……」
「うん、早いね。カイン殿、これは馬車かもしれない」
カインは頷いて立ち上がった。そこへ連絡を終えたウェインが戻ってくる。
「ウェイン、馬車らしい。俺達は下へ行くから、予定通りショーン師と頼む」
「ああ、任せろ。嬢ちゃん、用心しろよ」


 外へ出ると、ちょうどエリスと、戻ったばかりのグリフが駆けつけて来た。
「カイン、すぐに手配は出来るよ。―――もう来てるの?」
布のせいで2人には、私がいるのが見えていない。小声で
「馬車だと思うけど、まだ近くはないと思う」
と伝えると、それぞれ頷いてくれた。

 そして私はグリフと一緒に、門を入った少し先の広場へ向かう。門のところで中を検められた後、旅人はここで馬車を降りるのだ。その時目につくかつかないかのぎりぎりのところに、私が姿を見せる。つまり私は囮だ。おそらく私の気配のほうが強いので、カイン達が手にする魔力封じの武器に気付かれにくいはず。

 ちなみに例の「王家の秘薬」は、厳重に封の術をかけた小瓶にほんの少しずつ分けて入れ、私達全員が持っている。ただしあくまでも最終手段で、可能な限り武器だけで捕えるということになっている。


 見張り部屋の小窓から、合図の布が見えた。門の中にいる私達には見えないけれど、外を見ているウェインには、町へ向かってくる馬車が見える。ショーン様がその馬車の気配だと確認したのだろう。

 私達が広場へ着いてまもなく、門を通ってくる馬車が見えた。グリフによるとヨルンの町からきた馬車らしい。門番を務める騎士の指示で、馬車がいったん止まる。もうショーン様はそれ以上探らずに、ソフィアに警戒されることを避けて、門から離れているはずだ。
 中を検め終えて、馬車が再び動き始めた。私は広場の奥の方で立ち、ゆっくりと布を外していった。

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