1 / 29
1・私は魔王 上
しおりを挟む
帰宅ラッシュの人混みをかき分けるようにして、私は駅の階段を駆け下りていた。やたらと明るい発車メロディが鳴り響いて、焦る気持ちを逆撫でする。
―――早く、あれに乗らなくちゃ……!
雑踏の向こうから、私を呼ぶ声が聞こえた。もう、追いつかれてしまうかもしれない。さっき振り返った時は、あいつはもう改札を通り抜けていた。彼の方が足が長いし、もしかしたらもうすぐ後ろに来ているかも……?
私は階段の途中にも関わらず、思わず後ろを振り向いてしまった。いた! ちょうど階段の上に、背の高い……。
「!?」
その瞬間、足が縺れて……私は段を踏み外した。
◆◇◆
「なあに、また討伐隊を送り込んできたの? もう、懲りないわねえ」
真っ赤な血の色のワインを満たしたクリスタルグラスを手にして、私は呆れた声を出した。
「その通りで、陛下」
目の前に跪くのは異形の魔物。頭にはねじれた長い角、蛇みたいな尾。真っ赤な瞳をぎょろりと剥きだして私を見上げる馬面、筋骨隆々とした身体には鱗。
こんな見た目だけどこの上なく有能な、私の一の部下。ここ、魔王城の宰相アードンだ。
私は、魔王オリアニス。漆黒の長い髪に雪のような白い肌、何も塗らなくても艶やかに紅く輝く唇に紫水晶の瞳、黒真珠の輝きを宿して優美な曲線を描く角。自分で言うけど、魔界一の美女って噂もあながち間違ってはいない。
「で、今度の勇者とやらはどうなの? 少しは骨がありそうかしら?」
私が尋ねると、宰相は苦笑に似た表情をつくった。
「いや、魔力も体力も大したことはなさそうですな。これでは第2階層を超えられれば良いほうかと」
「ふうん、相変わらずねえ。少しは懲りるということを覚えればいいのに」
この世界には私の統べる魔王城のほかに、人間たちの住む町がある。あちらも王が国を統べているのだけど、彼らは年に何度か、魔族討伐の名目で、勇者を頭にした討伐隊を送り込んでくるのだ。毎度歯が立たずに追い返されているくせに、それはもうしつこいったら。
「これで、10人? 11人目? 全くあの国王も無駄なことしてるわねぇ……」
ところで、私は齢300年近い魔王だけれど、城の誰にも言っていない秘密がある。それは、もともとは人間だ、ということ。それも、この世界ではない、別のところ。
私は日本人だった。
派手に街中で喧嘩して、元カレから逃げようとした私は、誤って駅の階段から転落した。そして恥ずかしいことに、打ちどころが悪くてそのまま死んでしまったらしい。
気が付いたらここ、魔王城のベッドに横たわって……「魔王オリアニス」になっていたというわけ。
もちろん、驚きましたとも。気がついたらおどろおどろしいインテリアの、窓のない部屋。そこが魔王の私室で、誰もいなかったのがせめてもの救い。鏡に映る自分を見て驚愕し、「これは、少なくとも地球じゃないところへ転生したらしい」と認識するだけの時間はあった。さすがに頭に角生えてれば、信じるしかないでしょう?
どうしてそんなことになったのかは分からない。分かるわけがない。パニック気味の自分を必死で落ち着かせて、可能な限り魔王の記憶を引っ張り出した。
魔王としての基礎知識は頭に入っていたし、(信じたくないけど)300歳近いこの年までに身につけたらしい、術だか魔法だかも使うことが出来た。あの時は嬉しくもなんともなかったけれど。
それから勇気を出して部屋を一歩出れば、案の定、そこらじゅうに異形の怪物がうようよしていた。そして私を見ると道を開け、「陛下」と呼んで頭を下げた。
もちろん、戻る方法など分からない。私は魔王として生きるしかなかった。
そしてそれから3年半。最初は部下の魔物を見るたびに内心で悲鳴を押し殺していた私も、気がつけばすっかり慣れていた。宰相のアードンの馬面なんて、イケメンに見えてきたくらいだ。角だろうが鱗だろうが、脚が何本あろうが……みんな私のかわいい眷属。人間たちに、そう簡単にやられるわけにはいかない。
「これで12人目でしたかな、陛下。どっちにしても、いつも通り部下に任せて問題ないでしょう」
「そのようね。あとは頼んだわ、アードン」
―――早く、あれに乗らなくちゃ……!
雑踏の向こうから、私を呼ぶ声が聞こえた。もう、追いつかれてしまうかもしれない。さっき振り返った時は、あいつはもう改札を通り抜けていた。彼の方が足が長いし、もしかしたらもうすぐ後ろに来ているかも……?
私は階段の途中にも関わらず、思わず後ろを振り向いてしまった。いた! ちょうど階段の上に、背の高い……。
「!?」
その瞬間、足が縺れて……私は段を踏み外した。
◆◇◆
「なあに、また討伐隊を送り込んできたの? もう、懲りないわねえ」
真っ赤な血の色のワインを満たしたクリスタルグラスを手にして、私は呆れた声を出した。
「その通りで、陛下」
目の前に跪くのは異形の魔物。頭にはねじれた長い角、蛇みたいな尾。真っ赤な瞳をぎょろりと剥きだして私を見上げる馬面、筋骨隆々とした身体には鱗。
こんな見た目だけどこの上なく有能な、私の一の部下。ここ、魔王城の宰相アードンだ。
私は、魔王オリアニス。漆黒の長い髪に雪のような白い肌、何も塗らなくても艶やかに紅く輝く唇に紫水晶の瞳、黒真珠の輝きを宿して優美な曲線を描く角。自分で言うけど、魔界一の美女って噂もあながち間違ってはいない。
「で、今度の勇者とやらはどうなの? 少しは骨がありそうかしら?」
私が尋ねると、宰相は苦笑に似た表情をつくった。
「いや、魔力も体力も大したことはなさそうですな。これでは第2階層を超えられれば良いほうかと」
「ふうん、相変わらずねえ。少しは懲りるということを覚えればいいのに」
この世界には私の統べる魔王城のほかに、人間たちの住む町がある。あちらも王が国を統べているのだけど、彼らは年に何度か、魔族討伐の名目で、勇者を頭にした討伐隊を送り込んでくるのだ。毎度歯が立たずに追い返されているくせに、それはもうしつこいったら。
「これで、10人? 11人目? 全くあの国王も無駄なことしてるわねぇ……」
ところで、私は齢300年近い魔王だけれど、城の誰にも言っていない秘密がある。それは、もともとは人間だ、ということ。それも、この世界ではない、別のところ。
私は日本人だった。
派手に街中で喧嘩して、元カレから逃げようとした私は、誤って駅の階段から転落した。そして恥ずかしいことに、打ちどころが悪くてそのまま死んでしまったらしい。
気が付いたらここ、魔王城のベッドに横たわって……「魔王オリアニス」になっていたというわけ。
もちろん、驚きましたとも。気がついたらおどろおどろしいインテリアの、窓のない部屋。そこが魔王の私室で、誰もいなかったのがせめてもの救い。鏡に映る自分を見て驚愕し、「これは、少なくとも地球じゃないところへ転生したらしい」と認識するだけの時間はあった。さすがに頭に角生えてれば、信じるしかないでしょう?
どうしてそんなことになったのかは分からない。分かるわけがない。パニック気味の自分を必死で落ち着かせて、可能な限り魔王の記憶を引っ張り出した。
魔王としての基礎知識は頭に入っていたし、(信じたくないけど)300歳近いこの年までに身につけたらしい、術だか魔法だかも使うことが出来た。あの時は嬉しくもなんともなかったけれど。
それから勇気を出して部屋を一歩出れば、案の定、そこらじゅうに異形の怪物がうようよしていた。そして私を見ると道を開け、「陛下」と呼んで頭を下げた。
もちろん、戻る方法など分からない。私は魔王として生きるしかなかった。
そしてそれから3年半。最初は部下の魔物を見るたびに内心で悲鳴を押し殺していた私も、気がつけばすっかり慣れていた。宰相のアードンの馬面なんて、イケメンに見えてきたくらいだ。角だろうが鱗だろうが、脚が何本あろうが……みんな私のかわいい眷属。人間たちに、そう簡単にやられるわけにはいかない。
「これで12人目でしたかな、陛下。どっちにしても、いつも通り部下に任せて問題ないでしょう」
「そのようね。あとは頼んだわ、アードン」
2
あなたにおすすめの小説
唯一の味方だった婚約者に裏切られ失意の底で顔も知らぬ相手に身を任せた結果溺愛されました
ララ
恋愛
侯爵家の嫡女として生まれた私は恵まれていた。優しい両親や信頼できる使用人、領民たちに囲まれて。
けれどその幸せは唐突に終わる。
両親が死んでから何もかもが変わってしまった。
叔父を名乗る家族に騙され、奪われた。
今では使用人以下の生活を強いられている。そんな中で唯一の味方だった婚約者にまで裏切られる。
どうして?ーーどうしてこんなことに‥‥??
もう嫌ーー
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】
日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。
それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。
ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。
「このままでは、あなたは後宮から追い出される」
実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。
迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。
けれど、彼には誰も知らない秘密があった。
冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる