気に食わないけどなんか気になる美形モデルは最初から兄しか見ていなかった

しち

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気に食わないけどなんか気になる美形モデルは最初から兄しか見ていなかった

 IO、と最初に会ったのはあるブランド単独ショーのキャスティングの時。三年くらい前のことだけど、今でも覚えてる、最初から気に入らなかったから。挨拶の声は小さいし、目合っても逸らすから大人しいのかと思いきや普通に誰にでもタメ口だし。帰国子女だっていうけど小学生までこっちにいたなら敬語くらい何とかしろよ。って思うのに、そういうことを思うこっちがアホみたいに思えてくるくらい、その存在は現実離れして目を引いた。

 子どもんときからこのギョーカイにいる俺が二度見するくらいに小さい顔。気難しい職人が細部まで繊細に創り上げたドールみたいな、男とも女ともつかない顔。
 確かに事務所の奴らがちょっとヤバい子が入って来た、って噂するレベルに見た目は飛び抜けてるけど、ウォーキングだって普通だし。ああ、ポージングも全然なってないじゃん、って何かのスチールの現場の時に思って、じっと見てたら撮影代わるときに「視線、かゆい」って言われた。何だこのガキ、俺の方が年上なんだぞ、って思ったけど、このツンと澄ました見た目だけのお人形モデルに俺やばいかも、って思わせたくて、その日の撮影はいつもよりノったんだった。

 あれから、俺は大学院に進んで、音楽もかじってるからそっちの方も忙しくて、モデルの仕事の比率は下がっていて、IOに現場で会うことはなかった。でも晴れて院を出て、久々にカムバックした雑誌の特集で、何人かの若手モデルがテーマごとにコンビで誌面を飾る、って連載企画があって、そこでIOと再会したんだ。

「……はよ」

 相変わらずちっせぇ声に顔。くあ、とあくびしながらメイクルームの椅子に座るのはなんか気高い猫みたいで。眠気覚ましのつもりか頭を振れば、寝起きのまんまって感じの髪がいい匂いを運んできて俺は舌を打つのをすんでで堪えてIOの隣でスマホを弄る。

「ひさびさだね」

 思いがけない声に、最高得点を叩き出しそうだった画面はあっけなくフリーズした。

「え……なに」

 俺はスマホを持ったまま、隣をガン見してたらしい。ヘアバンドで髪を上げながら、IOは「あったの、久々じゃない? 結構」とちょっと警戒ぎみの声で聞いた。

「一年七ヶ月ぶり」
「あ、そうなんだ……」

 俺の即答ぶりに気圧されたように、IOが鏡の方を向いてスキンケアを始める。何してたの? とか聞かないんだ、と口から出かけた言葉をどうにか飲み込んで、「大学院進んで、忙しくて」「へえ」「インディーズだけど、つい最近CDも出したし」「ふうん、バンド?」「もやるし、DJとかもやるから俺」「そっか。あ、ティッシュとって」

 バンド名もDJ名義も、なんなら聞いてくりゃCDくらい渡してもよかったのに、そのどれも聞かれなくて、俺はやっぱりコイツ嫌いだなと思う。協調性とか、人を気持ち良くさせようって意欲がなさすぎる。別に媚びろとは言わないけど、人と上手くやってくあれやこれや、なんかあるだろ。
 なんて悶々としてたらメイクさんが来て、二人だけだったメイクルームはスタイリストやら編集の人やらで賑やかになり、あれよあれよと俺たちは撮影に入った。


 撮影は、思ったよりスムーズだった。イオのポージングは記憶のそれよりずっと良くなっていたし、カメラの前、横に並んだのは初めてだったけど勘も悪くなかった。

「向かい合って、見つめて」
「挑発的に」

 カメラマンの指示で、IOとの距離が縮まる。IOは香水をつけてなくて、なのにどこか甘い匂いがする。身長は少し俺の方が高い。長い睫毛が創る影すらどこか計算されたように作り物めいた顔が、すぐそばで俺を見つめる。素材の産地も行程も違うだろ、っていう果汁を含んだような唇が、魅惑的に上がった。

(あ、これやば)

 俺は思わず身を引いて、その迷いを裂くようにシャッターが光った。チェックをしてる間、無表情で画面を見つめるIOの横顔に、何故か焦燥が募る。俺の方がキャリアも長いし、実力も上だ。なのに何でこんなおもねるような気分になるんだ。

「ラストカット、もう一回行こうか」

 カメラマンが言うより先に、俺もIOもライトの前に立っていた。IOが少し目を丸くして俺を見上げて、仄かに笑った気がした。


 IOとの撮影は今日で三度目。さすがに俺も勘を取り戻してきたし、IOもメイクルームでは相変わらず無愛想で高飛車な猫だけど、撮影中は楽しそうに見える瞬間もある。

「何見てんの」

 セッティング待ち、隅っこのテーブルでスマホを見てるIOに声をかけたのは、家にスマホを忘れて手持ち無沙汰だっし、便利な機械で限られた時間を有意義に探すコイツの姿が面白くなかったからだった。邪魔するつもりで、声を掛けた。
 案の定IOは微かに嫌な顔をして、「べつに」と画面に目を戻した。本当に協調性がないな、と呆れながら後ろから画面を覗き込む。女とLINEでもしてるのかと思ったら、IOが見ていたのはバスケの試合だった。

「あ、今日からか」

 開幕を思い出して思わず声を上げる俺に、イオが訝しげに振り返る。「見るの? バスケ」「割と」「へぇ」またへぇ、だ。肩をすくめて、高校まで割と真剣に、そこそこの強豪校でバスケをやってたことをどのタイミングで切り出そうかと思っていると、ファウルの笛が鳴った。

「ああ」
「上手いな」

 手を挙げてるのは、5番青田、そうだ、IOの兄だ。

「ファウルが?」
「ここで止めないと、カウンター喰らってた。ほらあっちのエース、もうあんなとこまで走ってる」
「……」
「NBA全盛期の時より多少は落ちてるけど、アイツノせると厄介なんだ。わざとかわかんないけど。少なくともナイスディフェンスだよ」

 IOが振り返って、完全に俺を見る。画面じゃなくて、俺の目を、真っ直ぐに見上げる。

「……何」

 だよ、と言おうとして、言葉のかたまりが喉に沈んだ。小さな、精巧な顔だちを覆う透明ベールが、波紋が広がるように溶けていく。花が咲くように、IOが笑った。その笑みの意外なほどの無邪気さに、俺は打ちのめされる。

「バスケ、詳しい?」
「高校までやってた。青田……お兄さんと同じポジション」
「へぇ、ごうの試合見たことある?」
「……サイン付きのTシャツ持ってる」

 告白すると、イオはますます破顔して隣の椅子を引いた。「一緒に見よ!」仕方ない、というポーズを取って椅子に腰掛ける。

 そこでイオはポツリポツリと、兄の話をした。プロになった頃はオフェンス特化型でディフェンスはザル、なんて言われてたけどそれが悔しくてトレーニングから一変して相当の努力をしたこと、自分が点を取るのも好きだけどチームをアシストする楽しさも分かってきた、と話していたこと。得点王、MVPと華やかな戦歴を持つ花型選手の意外なエピソードを知って、俺も元々好感を持っていた青田豪という選手をより好きになった。

 兄の話をするイオは徐々に早口になり、終始誇らしげな、ちょっとガキみたいな顔をしていて。俺はなんだ全然人形じゃないじゃん、とおかしく思ったりして。
 ゲーム半ばで撮影の声がかかった時は、二人で不満の声を上げたのだった。



「楽しい? イオ」
「まぁそれなりに?」

 耳打ちするとらしい言葉が返ってきて苦笑する。あれから、イオとは随分打ち解けたと思う。例えばモデル仲間の集まりにも全然顔を出さないイオが、俺がコンビ企画もあんだし親睦も必要! って口うるさく言いまくったらやっとこ顔出してくれた、みたいに。

「これおいしい」
「何飲んでんの?」
「いちごのなんちゃら」
「ずいぶんカワイイな」 

 おいそこ、イチャイチャすんな。テーブルの向かいから声が飛ぶ。事務所バラバラの若手ばっか集めたメンズモデルの会。もちろん皆それなりにスタイルも良いしイケてるけど、イオだけ異質だ。俺の後をついて個室に現れたイオに、皆が目を見開いた時、俺は確かな高揚と優越感を覚えた。その感情は飲みが始まって二時間ほど経った今も薄れる事なく、皆もいつもよりちょっとだけ浮き足立って見える。
 出会った当初から傲慢に見えたイオは、どっちかというとただの人見知りだと最近知った。口数は多くないけど話を振られたら喋るし、頭の回転も早い。人の話を聞いてないようで聞いていて、わかりづらいユーモアや暗喩の拾い方も的確だった。

 マニアックなネタを口にすると大体皆出たインテリジョーク、とか言って白けるんだけど、イオは小さな声で「さっきの、ちょっと前の映画のセリフでしょ? それこないだごうと観た。似すぎなんだけど」とケラケラ笑う。酒が入ってるせいもあるかもしれないけど。可愛い、と素直に思った。意外と軽やかな声で本当におかしそうに笑う。そうだこいつには嘘がないんだ。と思った。眠い時は眠い。興味ない話に興味はない。苦い酒を飲んだら苦い顔をするし、人形みたいな顔してめちゃくちゃ人間臭い。

「なに」

 俺の視線にイオが目を合わせる。疑問符のない平坦な声だって今や愛想がないというよりコイツらしいなと微笑ましく思ってしまう。
 トイレに立った一人が、あっちの部屋に愛莉ちゃんいた! と最近朝ドラに主人公の親友役で出て話題になった女モデルの名前を出して、皆マジで? とゾロゾロとそいつに続いた。俺は何故か腰が上がらない。イオもマイペースにいちごなんちゃらを飲み続けている。
 二人きりになった個室で、壁もテーブルも椅子も黒で統一されているせいか、控えめなライティングのせいか、白さが際立っていた肌が少し赤くなっているのにどうしても触れたくなって、俺はイオの頬に手を伸ばす。いつもひんやりした雰囲気の肌は、酒が入れば人並みに温かいのだろうか。
 でもその手は、しなやかな指に静かに払われた。 

「さわんなよっぱらい」

 声に固さはない。でも拒まれた。懐いたと思ったら引っ掻かれた気分。でも存外気分は悪くなくて、めげずにブリーチのダメージがまるで感じられない髪に手を伸ばす。

「だからぁ」
「あ、この辺切れてるわ」
「うそ」
「どこ行ってる?」
「代官山のAってとこ」
「あ、そこ俺もたまに行く。都筑さん?」
「うん。あーそろそろトリートメント行かなきゃ」
「俺いいの持ってるよ」
「マジで。しょっちゅう髪色変えてんのにあんま傷んでないよね。強そう」
「まぁ遺伝だね」

 喋りながらくるくると指で毛を弄ぶ。柔らかい髪質はするりと指から離れていく。何事もなかったかのようにハラリと顔にかかる髪に何かを残したくて、面倒になったのか抵抗をやめたイオのサイドの髪で編み込みを作った。

「器用だね」
「姉ちゃんに仕込まれた。美容師だから」
「へぇ……姉ちゃん」

 ぼんやりとつぶやいたイオのスマホが鳴って、「ちょっとごめん」イオが席を立った。
 入れ替わりみたいに他のメンバーが戻ってきて、「おい、あっち行くぞ」「合コンしてたんだって、でも男のメンツ下心丸出しで微妙すぎて帰したって」「飲み直したいからこっち来ない? って。すごいぞめちゃくちゃレベル高い、移動すんぞ!」口々に言う。

 戻ってきたイオは「おれ帰るわ」と財布から万札を出して「ごめん鞄取って」と俺を見た。俺はイオのショルダーバッグと自分のバックパックを持って、「俺も帰るわ。またな」と個室を出た。

「よかったの? 合コン」

 エレベーターの中、イオは薄く笑って俺を見上げる。「いい。あんま興味ない」「結構硬派なんだね」言いながら、イオは下がっていく階数表示に視線を戻す。その目がどこか真剣で、まるで早く着いてこのビルを出たいと言っているようで、期待してしまう。

 もしかしてイオも俺と同じ気持ちで、早く二人にーー? なんて。 

 チン。
 俺の高揚を笑うような安い音がして、俺たちは外に出た。ふう、と外気を吸って、頭の中で誘い文句を作る。よかったら飲み直す? この辺友達がやってるバーがあるんだけど。うちにトリートメント、取りにくる? 映画好きなら、うちプロジェクターあるけど?

 どの文句が妥当かを探ってるうちに、いきなりイオがサッと前に出て、その日一番の声を出した。

「ごう!!」

 飲み屋の並ぶ通り、人でひしめく遊歩道を、長身の男が歩いてくる。古着っぽい革ジャンにバンTにデニム、シンプルな格好がスタイルの良さと人目を引く華やかな顔立ちを引き立ててる。青田豪だ。たまらず駆け寄るイオの普段とはまるで違う様子と、一瞬俺を射抜くような目で見た青田豪の静かな迫力に、足が動かない。

 イオに何かを言われた青田は、人懐っこい笑顔で俺に頭を下げた。

「イオがお世話になってます、イオの兄です」
「あ……え、と……初めまして、試合よく見てます」
「ごうのサイン付きのTシャツ持ってんだって」
「え~嬉しいなぁ」
「あ、握手いいですか」
「もちろん!」

 差し出された手を握る。その大きさと、握る手の意外なほどの強さに何故か喉が詰まった。

「イオのこと、これからもよろしくお願いします」

 何だろう。顔と、握る力と、セリフが全然合ってない、ような。  

「じゃあ帰ろうか、イオ」

 青田はあっさりと手を離して、優しげな瞳で弟を見た。イオは「うん」と素直に返事して「じゃあね」とおれに手を振った後「あのね、ごう……」青田の裾を握って何かを話しかけている。

 人混みの中を長い足でサクサク歩く兄弟の会話は、すぐに聞こえなくなった。
 それでも道がまっすぐで、二人が背が高いせいで。会えなかった分、言いたかったことを全部吐き出すみたいに一生懸命兄に向かって喋っているイオと相槌を打つ青田の姿は、二人が角を曲がるまで、しばらくの間見えた。

 そのままぼんやり突っ立って二人を見ていると、五十メートルほど進んだころ、青田がイオの頭に手を伸ばした。
 片手で側頭部の髪を摘むようにして、道の端に寄りしばらく立ち止まっている。やがて用が済んだのか、二人はまた歩き出した。俺はイオの髪を編んだことを、ようやく思い出す。その時青田だけが、まっすぐにこっちを見た。こんな距離で見えてるかどうかも怪しいのに、二人から、いつもと違う無邪気さと甘えと妖艶を纏ったイオから目が離せなくて立ちすくむ俺を見透かすような目で、強く。

『俺のイオに、触らないでね』

 そう言うように、青田が軽く翳した手を俺に向かって振った。そのまま、おそらくゴムを持ってる方の手はポケットの中に消える。「回収」。そんな言葉が浮かんだ。
 そして何事もなかったかのようにイオの頭を撫でて、雑踏の中、二人は曲がり角を曲がって俺の視界から消えた。
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