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第一章 聖者降臨

〇〇二 こんにちは、聖者様

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どうやら俺の治癒が終わるのを、診察室の窓から伺っていたらしい。
エリアスはここの所長とは短くはない付き合いらしく、週末に度々来るんだけど、俺とは知り合いとまではいかない、顔見知り程度の仲だ。
なにせガチで本物の勇者だもんな。
年齢は然程変わらなそうなんだが、喪男でスクールカーストの底辺寄りの俺とは対照的で、近寄りがたい優等生のイケメンオーラを纏っている。

けど聖剣、格好良いよなあ。
やっぱ勇者とか聖剣とか本物を目の当たりにすると抑圧されていた持病の中二病がクッソ疼くぜ。
あの聖剣にも呼び名とかあるんだろうか。
この国、どういう歴史があってそうなったのは知らないけど、日常会話ではラテン語っぽい公用語を使うのに、名詞だけはドイツ語っぽくて、さっき言った白騎士隊も実際は「ヴァイス・リッター・オルデン」って言ってる。
だから、聖剣も北欧神話のバルムンクとかエッケザックスとかそういう系かな。
若しくはレーヴァテインやフルンティング、リディル、ダーインスレイヴあたりかもしれない。
あとはティルヴィング……は魔剣か。
いいなあ聖剣。触らせてくれないかなあ。
靴でも舐めればいいんだろうか。
や、流石に舐めないけどな。

「こんにちは、聖者様。驚かせてしまい申し訳ありません」

気持ち的には靴をペロペロしているところへ、勇者様が礼儀正しく優雅なボウ・アンド・スクレープを披露してきたので、俺も慌てて日本式のお辞儀をペコリと返す。

「いえ。こちらこそ。見慣れない装いだったのですぐに気付けなくて」
「着替える時間がなかったものでお許しください。……この色は威圧感があるでしょうか」
「そんなことはありません。とてもお似合いですよ。白は俺の一番好きな色です」
「聖者様は白がお好きだったのですね。それは知りませんでした」

中二病患者にも色々なタイプがあるが、俺の場合はこの世界の公用語で日常会話が出来るようになる前に聖者様と呼ばれるようになってしまったので、それらしく振舞うよう心掛けている。
剣と魔法の世界で聖者様のイメージカラーといえば、やっぱり白だよな。
なんとなく聖属性っぽいというか、そんなフワッとした理由だが。
だから好きな色を訊かれたら一番に白と答えるだろう。
今着ている修道士みたいなスカプラリオ風の長衣に立襟の診察着はこちらの治癒術士が着るものだが、これも白だ。

スカプラリオってのは修道士がチュニックの上に着ている一枚の長方形の布で出来た両脇を縫い合わせない服で、エプロン的な役割を果たしているものだが、異世界なのであくまで「スカプラリオ風」で、正確に言えばスカプラリオともやはりちょっと違う。
俺が着ているのは生地も厚くてしっかりとした生地で、端にちょっとだけ刺繍も入っていて、下に立襟の服を着ている。

ブーツとグローブと、筒状の帽子で後ろにベールが付いたクロブークに似た帽子まで白だからいつも綺麗にしておくのが大変だが、いかにも聖者の衣装らしくて、俺の鬱屈した持病のフラストレーションを緩和するのに大いに貢献してくれている。

「勇者様、せっかくお越し頂いたんですが所長は不在なんです。ギルドの会合で呑んでくるから帰りは夜中になるだろうと言っていました」

所長は引退してこの診療所を開業する前は、宮廷で治癒術士をしていたという。
辺境伯の子息で、当時まだ騎士見習いだったエリアスはその頃から所長と知り合いらしい。
エリアスの生家の爵位である辺境伯とは、辺境と名がつくが辺鄙な田舎などではなく、王都から北側のエルフ領との国境までの広大な領地を治め、国境と貿易の重要な拠点でもある国境沿いの貿易都市を守護するという需要な役割を担う。
それ故に辺境伯は、貴族の中では国家元首に次ぐ権限を与えられている大貴族だ。

しかし、そもそも爵位とは家系に与えられるものではなく、領地に付随しているものなので、大抵は武勲を立てたり功績を認められた折に国家元首より与えられる爵位を複数所有しているのが普通だが、そのうち最も権威のある代表的な爵位を継ぐのは嫡男で、次男以下は嫡男の補佐として家に残るか、親が所有している爵位と領地を上から順に与えられるかの二択である。
末っ子のエリアスが辺境伯位を継げるわけもなく、かといって長兄が継ぐ予定の領地に居ても肩身が狭い。
貰える爵位と領地は兄たちの残り物で領地もたかが知れている。
だからエリアスは二つの選択肢のどちらでもなく、王都で騎士になって剣で身を立てるという三つ目の選択をしたのだと人の噂に聞いている。
ちな、ソースは吟遊詩人な。

庶民とは、そういった裕福な家庭に生まれながら恵まれない境遇にある末っ子が、持ち前の知恵と勇気で巨悪を倒し、勝利と名誉を手にする話が大好きである。
したがってエリアスはこの世界で絶大な人気があった。

宮廷で二人の間にどういう交流があったのかは知らないが、所長が引退してからもエリアスはちょくちょくこの診療所へ顔を見せに来て、休みの日には私塾で子供たちに剣術の指導をしていたのだ。
尤もエリアスが救世の英雄となってしまったので、今後はそういったことは難しくなるかもしれないが。

その勇者様が着替える暇もないほど急いで訪ねて来たからには余程の急用なのだろう。
所長を呼び戻す連絡手段を考えていると、エリアスは続く言葉でそれをあっさり否定した。

「ええ、所長から聞いています。今日はあなたに用があって来ました。少し宜しいでしょうか」

用と言われても俺の方には思い当たる節がない。
それに正直、今ホント時間ないんだけどな。
じきに件の治癒の「代償」が始まってしまう。
今までの経験から、発動までの時間と持続する時間は、治癒対象の人数と容体の程度によって凡そ決まる。
発動時間は、人数が少なければ早く、多ければ遅い。
持続時間は、容体が軽い者ばかりなら短時間で終わるけれど、欠損とか重傷者がいると長くなって、酷いときなんかは一晩中チンコを扱いて過ごしたこともあるくらいなのだ。
だから治癒能力を使った後はなるべく早く部屋で一人になりたいのだが、今日の患者の感じだと発動まではあと三十分くらいで持続時間は三、四時間といったところだろう。
下半身事情を鑑みて暫し逡巡したが、勇者様を体よく追い返す口実も思いつかなかったので仕方なく俺はエリアスを迎え入れるしかなかった。

「少しだけなら……」
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