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第二章 魔王復活

〇一二 お清めセックスは封印された③

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「では、すぐに用意させるから一緒に食事にしよう、私の宝物」

――「私の宝物」だあ!?
流石に全身が痒くなった気がしてボリボリと身体を掻いた。
俺はそういうのに耐性のない日本人なんだよ。
駄目だ。蕁麻疹出そう。

「エリー、さっきから気になってるんだけど、その呼び方なに……?」

エリアスが呼び鈴を鳴らして、ベッドの天蓋の帳を閉めたままで従僕のエミールに食事の用意を指示し終えるのを待って訊いてみる。
覚えている限り、昨夜は「君」って呼んでたはずだ。
一晩でエリアスに一体何が起こったんだよ。
教えてくれ。

「婚約者のことを『君』と呼ぶのは余りにも情緒に欠けるだろう。だから呼べない名の代わりに愛を囁くことにしたんだ、私の可愛い人よ」

――私の可愛い人!?
ゴフッ!
バリエーションがどんどん増えてる!
これが恋愛脳か!
脳味噌お花畑か!

実に恐ろしきは魔王の呪い。
でも、この呪いで一番ダメージ喰らってるの、呪いを掛けられたエリアス本人じゃなく、どう見ても俺なんだけど。なんでだよ。

そういえば、エリアスは俺に求婚したときも「恋の奴隷」だとか何とか言ってたっけ。
あれ以来それっぽいこと言わなくなってたのは、俺が若干退き気味だったんで猫被ってたんだな。
そういう柵が取っ払われるとこうなっちゃうのかよ。
俺は正直、エリアスの素の語彙力を舐めていた。
つい忘れがちだけど、エリアスは勇者である前にハイパーお貴族様だったんだ。
辺境伯生まれにして宮廷仕込みだ。
そういう語彙がこのイケメンの口から飛び出すのは性質が悪いぞ。

この分だと「ハニー」や「ダーリン」や「スイートハート」的なやつで呼ばれる日も遠くないし、もっと言うと「子猫ちゃん」やら「私の小鳥」みたいな小動物系が来たら俺は死ねる。
それって間接的にだが、俺は魔王の呪いで死んだことになるんだぞ。
俺の死を魔王の手柄にしてなるものか。

阻止! 阻止だ、阻止!
これはまずいぞ、阻止しないとまずい!
俺が絶滅してしまう!
背に腹は代えられない。
非常に不本意だが、ここはひとつやるしかない。

暴力は極力避けるもの。
恋は極力秘めるもの。
覚悟完了。

俺は心の中で詠唱を終えて覚悟を決めると、俺史上、類を見ないほどの媚びっ媚びの甘えた声を出しながらエリアスに抱き着いた。

「エリー、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」

たった今、俺は何か大事なものを失った気がするが、ちらりと上目遣いに様子を窺うと、こんな脂下がった顔のエリアス初めて見たってくらいデレッデレで、指の背で俺の顔を撫でてくる。

「なんだ? 何でも言うといい」

チョロくね!?
もしかしてエリアスって案外チョロいのか!?

「じゃあちょっと『ヒジリ』って言ってみてくれ」

エリアスは何か買ってくれって言われると思っていたのか、はたまたエロいお強請りでもされると思ったていたのかは分からないが、意外そうな顔をしつつも、俺の言葉に素直に従う。

「……ヒジリ、と言えばいいのか?」

言えたっ! 成功だ!
やっぱり呪いが有効なのは「ナナセ」って名前だけだった!

ヒジリって、俺の家名なんだけど、呪いが解けるまでそっちで呼んでくれよ」
「家名があったのか……」

エリアスは打って変わって真剣な表情になり、その名を舌の上で転がすように「ヒジリ……ヒジリ、ヒジリ……」と何度も唱えている。
あと、もう一押しか。

「俺の国の言葉で『聖なる者』って意味なんだ。俺には分不相応な名だから、この世界の人には誰にも言ってなかったんだ」

聖という文字は、訓読みのヒジリに限っては人に対しての聖性を限定する意味の言葉になる。
その俺が、異世界で聖者なんて呼ばれるようになるなんて、幾ら何でも出来過ぎてるよな。

「だから俺がこの呼び名を教えるのも、俺のことをヒジリって呼ぶことを許すのも、この世界でエリーただ一人だけだぜ。エリーだけの特別な呼び名だ。だめかな?」

多分、俺がいた診療所の所長は俺の両親と旧知の仲だったらしいから知ってるだろうけど、俺が教えたわけじゃないし、苗字で呼ばれたこともないからギリギリ嘘は言っていない。
名乗ったことがないのは特に理由があってのことではなくて、姓なんて誰にも聞かれなかったから言ってなかっただけなんだが、こんなところで役に立つとはな。

エリアスは感じ入ったように俺の話を聞きながら「私だけに許された……」とか「私だけの特別な呼び名……」と呟いている。
ついでに最後の駄目押しでもうひとつ付け加えてやった。

「因みに記憶を失う前のエリアスにも教えてなかったんだぜ」
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