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しおりを挟むーーーー別れとはこんなに唐突にやってくるものだっただろうか。
国交最終日の朝。気を失ったように眠る俺の前に、その人は突然現れた。
「起きなさい、サファイア」
聞いたことのない声に揺すられ目が覚める。
…誰だ?それにサファイアって…
目を開けると、見たことのない青年が立っていた。
びっくりして後退り、机の上の護身用ナイフを手に取った。
「誰だ!!…マーロさんは?」
「マーロ…護衛ですか?強力な睡眠薬で眠ってもらいました」
青年は扉を指差して言った。
マーロさんがそんな簡単に…?
それより彼は誰なんだ…仮にも王子の寝室に入ってくるなんて…
様々な考えを頭に巡らせるが、時間が経って冷静に考えると、自分が大変なことをしているのに気がついた。
「大変失礼致しました。刃を向けた非礼をお許しください。」
「許しましょう。僕はサフィリスタ国第2王子のイッシュです。」
「第2王子…」
深い青色の髪と瞳は隣国の人種の特徴。その2つを持ち合わせた端正な顔立ちと、王族さながらの服装、そして何より胸元に光る国章が、彼が国交のために隣国から来た王子であることを表していた。
隣国サフィリスタ国の第2王子がなぜアルディスの寝室に、護衛に奇襲をかけてやってくるんだ。
怪しすぎるが、たかが従者の俺が気安く詮索できるお方ではない。
俺から口を開くことはできず、ただただ第2王子の様子を伺う。すると彼は俺の枕元のそれを一握り集めた。
彼はそれを陽の光にかざして見つめ、目を閉じた。
「これで確信しました」
俺を見つめ、ニコリと笑う。
優しい柔和な笑みに何故か胸騒ぎがした。
「あなたは我が国のサファイア…深海の瞳の持ち主だ。」
「…え?」
彼はそのままベッドの脇に跪き、先ほど集めた小さな光の山を俺に見せた。
「これは一つ一つ小さいですが、紛れもなくサファイアです。あなたはこのベッドで涙を流したのでしょう?」
「え…あっ…」
確かに流した、毎夜。もはや誓いの行為であるかもわからない、寝台で二人交わって。彼と想いが通じ合っている気がしなくて…一方的に与えられる寂しさと怒りの激情に、自分の不甲斐なさに涙を流した。
「涙がサファイアに。正しくサフィリスタ国の栄華の象徴、深海の瞳です。
あなたが居るべき場所は、我が国だ。」
同じ色の瞳に捉えられ、動けない。
いきなりすぎて現実味がないし、増してやあの迷信のような伝説を王族が意気揚々と語っている。
まさか本当にここまで信仰心のある国だなんて…。
固まっている俺に彼は続ける。
「ああ、こんなに傷つけられてしまって。こんな悪趣味な首輪と足枷は外してしまいましょう。」
そう言って彼は首輪に手をかける。
ダメだ、首輪も足枷も鍵を持ってるのはアルディスだけ。
外すことはできない……はずだった。
『カチャン』
「え?」
首輪も足枷もいとも簡単に外される。イッシュ王子の手にはアルディスが持っているはずの小さな鍵が。
「どうしてそれを…」
「あぁ、あまりに彼が手離さなかったから、仕方なく作ったんです。おかげで予定通りみっちり7日間国交を行うことになりました。」
ため息まじりに笑いながら、足枷も外していくイッシュ王子。
久しぶりに開放的になった首と足だったが、今になってここに繋がれていた意味がわかった。
アルディスは彼らから俺を隠していたんだ。さっきのイッシュ王子の言葉でハッキリした。目的は深海の瞳、つまり自分。
「さぁ、時間がない。行きましょう。」
「どこへ…」
不安げな俺の気持ちを汲み取ったのか、はたまたただの懐柔か。彼は俺の手の甲にキスを落とした。
「この国の王の御前ですよ」
この国交が終わるのは今日の正午。現在の時間を考えると、これからの謁見が最後の公務。そこに俺を連れて行くということ。
ごくりと思わず生唾を飲み込む。
何か大きな事が起こる気がしてならない。
本当に隣国に連れて行かれるのか?
さすがに急過ぎやしないか…
そもそもイッシュ王子の説では、俺は隣国で生まれたことにならないか?
じゃあ何故この国に居たんだ?
様々なことが頭を巡ってくらくらする。
でも、何より一番怖いのは…
「アルディス…」
一番大切な人の側に居られなくなるのではないか。
「何か言いました?
でもほら、もう着きましたよ。」
大きな大きな扉。この先に国王陛下…そしてアルディスもいるのだろう。
ガチャンと扉が開く音が響いて、隙間から光が溢れる。
この光の先で起こることが、どうかアルディスの未来を苦しめないように。
目の先のステンドガラスに映る女神に祈った。
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