陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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十八、

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 「あと、赤信号でちゃんと止まってくれるから安心する。インド行った時クラクション鳴らされながら突っ込んできて焦った。あっちの世界、車無いから慣れてなくてただでさえ怖いのに」
「え?車無いの?」
「コウモリになれるから飛んだ方が早いし」
「ああ、そうだったな」

 確かに、飛べるなら地上より陸の方が早いだろう。でも、それならこっちの世界にいる時もコウモリの姿で移動すればいいのに……と言っても動けるのは夜間だけか。

「こっちの世界でも夜になったらコウモリになった吸血鬼飛んでることあるよ」
「まじで?」
「本当!すぐに見つけられるか分からないけど」

 そう言って立ち上がり、ベランダに続く掃き出し窓を開ける。俺も気になり、ケリーに続くと「あ、いた!」とすぐに空を指差した。

「あの群れからちょっと離れてる二匹のコウモリが吸血鬼とその友達だよ」

見ると、確かに五匹の群れで飛んでるコウモリから少し離れて、二匹がついて行っている。ぱっと見、違いがわからずどちらもただのコウモリだった。

「友達?」
「テテみたいな感じ」
「なるほど……え、テテもコウモリになるの?」
「ちょっとこの重さだと長距離は飛べないみたいで……」
「シャー!!」

 ケリーの言葉に「うるさい!」と怒ったように威嚇しながら短い手で足をポコポコ叩いている。テテには悪いけど怒りの表し方が可愛らしい。

「ごめんって!でもテテは最高にかわいいよ」
「シャー!!!」
「嫌だよなぁ、テテ。デリカシー無いよなぁ」
「清飛まで!」
「ぴゃー!」

 テテが「もう知らない!」というような感じでケリーから俺の足元に移動し、擦り寄ってくる。テテに見放されたケリーは「そんな……」と言いながら膝から崩れ落ちた。

「テテに初めて拒絶された……」
「……ふふっ」

そんなケリーの様子に思わず笑い声が漏れると、ガバッと顔を上げられ驚いた表情が浮かんだ。

「え?なに?」
「笑い声、初めて聞いた」
「そう?」
「うん!それに笑った顔も初めて見た!嬉しい。テテ、ありがとう!」

何がそんなに嬉しいのかはしゃぎながらテテを抱き上げる。だが、まだケリーに対して怒ってるらしいテテは威嚇しながらその手をポコポコと叩き続けた。

「わかったわかった!テテ、アーモンドあげる!それで許して、ね?」
「……ぴゃー!!」

 アーモンドという単語に機嫌を直したらしいテテは可愛い声で鳴き、ケリーの手をペロリと舐めた。掃き出し窓から離れ、元いた場所に戻るとケリーがアーモンドが入ったビンを持ってきた。その中から三粒出すと、まず一粒テテに与えると器用に両手で持ってかじり始めた。

「はい、清飛。テテにあげて」
「うん」

ケリーから残り二粒のアーモンドを受け取り、一粒目を食べ終えたテテにもう一粒与える。残り一粒も同様に与え、人差し指で頭を撫でた。
 テテを撫でていると、ケリーから頭を撫でられ不思議な連鎖だなと呑気にそう思った。


 シャワーを浴びて、ベッドに座ると隣にケリーが来る。手には薄い手袋をしていて、頬に触れられるまで目で追ってしまう。下瞼の裏の色を見て「うん」と優しい笑顔で頷く。

「貧血になってないね。血もらうけど、今日も首からでいい?」
「うん。肩こり楽になって助かってる」
「それは良かった」

 面白そうに笑った後、「じゃあ」と言って肩に手を置いた後ゆっくりとした動作で首元にケリーの顔が迫る。初回から別に緊張も無かったが、すっかり慣れて物珍しさも感じなくなった。そのせいか違いは無いはずだが、以前よりも痛みが強くなった気がする。ケリーが言ってた「二回目だと痛みを経験して怖くなるんじゃないか」というのは今になってみれば確かに少しわかるかもしれない。
 ただ、相変わらず背中を撫でてくれるケリーの手は心地よくてほんの少しだけこの時間が好きだと、素直にそう思ったのも事実だ。

「ん……」

最後に舐められる感覚はまだ少し慣れない。血を吸われてぼーっとしていると手を握られる感触があった。見ると、右手を握られていてなぜそうされているのか不思議に思ったが、特に何も言わなかった。

「ありがと。大丈夫?」
「うん……」
「眠そうだね」

優しく微笑む顔をじっと見ていると、ふとあれ?と疑問が浮かんだ。
 何度か血を吸われているが、唇や舌からは冷たさを感じたことがないような気がする。もしかして、顔は温かいのだろうか。

「清飛?どうしたの?」

 気になった俺は握られていない左手を伸ばしてケリーの頬に触れた。驚いた表情を浮かべられるが、ぼーっとしている今の状態では気にならない。

(頬は、冷たい……)
「急に触ってどうしたの?」

頬に触れた手を握り込まれ膝の上におろされる。優しく微笑みながら親指で手を撫でるような動作をしている限り、咎めている訳ではないようだ。

 「舌とか唇とか、冷たくないなって」
「ああ、なるほど。冷たいとびっくりしちゃうだろうから、血吸う時だけは温めてるの。姿変える時の吸血鬼の力みたいな感じ」
「そっか。だからか」
「ほら、もう眠いよね。明日も学校だし、もうお眠り」

軽く体を押され、ベッドの上に横になる。いつものように布団をかけると笑いかけられながら頭を撫でられる。

「おやすみ。清飛、いい夢を」
「……おやすみなさい」



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