陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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お墓参りへ

二十八、

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 美恵子さんの家までの道を歩いていると、その景色に懐かしさを感じた。

(あそこの家の木、大きくなったな。逆にあの家は大きくなりすぎて切り倒されたのかな。)

(そうだ、あの家のポスト黄色に塗ってあった。ここに住み始めすぐの頃、家まで帰る目印にしてた。)

(相変わらず、この家のガーデニングは綺麗。おばさんが季節ごとに手入れしてるんだよな。)

 実際に住んでいたのは三年程だったのに、当時の景色から変わらないものと変化していくものを感じて、自分の記憶力に少し驚く。そして、この景色も別に嫌いでは無かったということも。

 物思いに耽っていたが、そろそろ本当に雨が降り始めるかもしれないと内心ヒヤヒヤしてきた。屋根の上で日向ぼっこをしていた猫は家の中に入っただろうかと気になった。

 「天気予報、雨降るって言ってたっけ?」
「そもそもテレビあんまりつけないでしょ」
「そうだった」

 ゆっくりするつもりは毛頭無かったが、本当に一瞬だけ家を見ただけで帰ることになりそうだった。それで良いと言ってくれたケリーだが、少し申し訳なくは感じる。


「そろそろ着くよ」

角を曲がって、視界が開けると目的地である家が見えてきた。

「ほら、あのレンガ色っぽい屋根の家」
「うーん、あ!あれか!」

ケリーにどの家か伝えるとすぐに気付いたようで、二人で近づいて行く。特に外観に変わりはない。いつものように家の前に膝丈ほどのモアイのオブジェが置いてある。

「モアイ?」
「モモタっていうらしい」
「モモタ?」

 昔、まだ俺がこの家で暮らす前、美恵子さんがたまたま訪れた骨董店でこのモアイ像を見つけて一目惚れして買ったそうだ。値切りに値切って三千円で買ったらしい。美恵子さんの感性は分からないが、こういう所は母と似ているので住み始める時に家の前にあったのを見ても違和感は覚えなかった。
 ケリーはモモタをじっと見て何やら首を傾げた。神妙な表情で暫くそうした後、すぐに嬉しそうな表情になった。

「清飛の叔母さんって面白い人?」
「うん。まあ……。賑やかな人だし楽しい人だよ」
「素敵なモアイ像だね!」
(モアイ像に素敵さを感じたことはない。)

母と美恵子さんの感性は似ていたが、もしかしたらケリーとも似ているのかもしれない。ありえなくもない想像に、いつかアパートにモアイを買って来られるかもしれないと恐ろしくなった。

(そんなことあってはならない……!)

 ケリーがこれ以上モモタに惹かれる前に帰ろう。そろそろ雨も降りそうだし、と帰るように促そうとしたその時だった。

「え!清飛!!」

 頭上から声が降ってきて、びくりと固まった。恐る恐る二階のベランダを見ると洗濯物を取り込もうとしていたのか、美恵子さんがそこにいた。

(見つかった……。)

「え、えー!珍しい!本当に来るなんて!!入っておいで!あ、鍵開いてないか。ちょっと待っててね!」

違う、会いにきた訳ではないと言う隙も無く、美恵子さんは家の中に引っ込んでいった。今のうちに、と隣で固まっているケリーに帰ろうと促そうとした時、もう一度美恵子さんが現れ、「帰らないでね!!」と釘をさされた。流石にそこまで言われると帰るのは不可能だった。

「大丈夫?清飛」
「うん……仕方ない」

 すぐに玄関から美恵子さんが出てきた。ベリーショートの快活なお姉さんに見える美恵子さんは跳ねるようにして俺には抱きつき、頭をぐりぐりと撫で回した。

「おかえりー!久しぶり!!」
「……久しぶり、美恵子さん」

いつものことなので静かに受け入れると、満足した様子で抱擁を解き、隣にいるケリーに目を向けた。

「ん?この子は誰?」
「あー……友達?」
「なんで疑問系なのよ」

正確には吸血鬼で同居人なので少し言うのを躊躇う。

「初めまして!清飛くんの友達のケイっていいます。清飛くんにはいつもお世話になってます」

しかし、ケリーの様子は堂々としたものだった。少しも慌てた様子の無いケリーに美恵子さんと疑いを持たず、「あら、好青年!」と口元に手をあてて喜んだ。

「友達連れてくるなら尚更連絡いれなさいよ!お昼ごはんも済ませちゃったじゃない!ほら、疲れたでしょ。入って入って!」
「いや、あの、別に会いにきた訳じゃ……」
「ほら、ケイくんも!雨も降ってきたし!」
「え、いいんですか!」
(なんでケリーは嬉しそうなんだ。)

 俺の言葉は聞き入れられず、美恵子さんに背中を押されて家の中に入っていく。ケリーも俺と美恵子さんに続いて家の中に入って行った。
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