陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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ホッとする人

七十四、

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 (もしかして、清水の気持ちを吐き出させる為に来たのか。)

清水本人の様子は今日一日普段通りだった。いつものように無表情で突拍子もないことを言ったり、いきなりお菓子をくれたり、そこに試合に負けたことを悲観するような様子は無く、一緒にいて少し拍子抜けした程だ。
 しかし、いつもと違う行動がいくつかあった。移動教室で他のクラスの前を通った時、清水は俯きがちに歩く男子生徒を見かけて、突然その背中をバシィン!と叩いたのだ。呆気にとられた俺は何も言えず、目の前の男と清水のやりとりを黙って見ていた。

『いっった!え?なに?』
『なんか辛気臭いなと思って』
『清水!辛気臭かったら叩くのかよお前は!』
『大丈夫。林はかっこいい』
『何が大丈夫かわからん!』

後にその生徒がバレー部の部長だということを教えてくれた。試合に負けて落ち込んでいたらしい彼は、いきなり背中を叩いた清水に怒っていたが、話が終わった後は幾分か晴れやかな顔になっていた。恐らく、あの行為は彼に合った励ましだったのだろう。また違う部員を見かけると、今度は肩を軽く叩いて話しかけた。

『芝、やっほ』
『ああ、清水くん……』
『大丈夫?昨日休めた?』
『うん、休めたよ。ありがとう』
『目の腫れ治ってる。良かった』
『流石に泣き過ぎた……情けない』
『試合中はかっこよかったから大丈夫。また明日から頑張ろ』
『うん』

大人しそうなその生徒も、清水と話した後は顔の強張りが解けたように微笑んだ。その後、バレー部員を見かける度、清水はそれぞれに合った方法で励ましていった。以前、サポートの方が向いているから清水は副部長に落ち着いたと平田は言っていた。確かに、一人一人を気にかけて声をかける様子を見ると適任なのだろうと思う。ずっと人のことを考えてしまう清水のことだから、そういう役回りは苦にならないのかもしれない。
 しかし、清水について平田は、同時に「本人が知らない所で色々と気負ってしまう」とも言っていた。恐らく自分の気持ちを押し殺して部員たちを励ましていたのではなく、自分が我慢しているのに気付いていなかっただけ。濱谷先輩はそれに気付いていて、清水の気持ちを吐き出させる為に今日ここに来たのではないだろうか。

(清水も、子供だ。)

清水が昨日言っていた、「高校生なんて子供だ」の意味を実感した。いくら清水のように大人びていても、安心できる存在に縋りたくなるし、肩の力を抜きたくなる。それに、今の様子を見ていても引かないし、むしろ腑に落ちてしまった。だってまだ高校生だし。

 ひとしきり泣いて、「すみません」と言って顔をあげる清水に先輩は「良いよー!」と元気よく答えた。

「ごめんね!呼び止めて!何か予定無かった?」
「いえ……杉野のバイト先に行こうとしてて」
「あ!そっか、待たせてごめんね!ってか清飛も久しぶり!」
「……え?」

突然名前を呼ばれて驚く。俺と濱谷先輩は話したことは一度しか無いし、しかも二年前だ。それに何を話したのかさえ覚えてないし、たわいもない話だと思う。

「あれ?名前違った?」
「いえ、合ってますけど……」
「濱谷先輩、名前忘れないから。一度聞いたらずっと覚えてる」
「え?そうなの?」
「おおー!覚えてる!!」

すごいな、記憶力……と感心してしまう。先輩はこの明るさと好奇心旺盛な性格で色んな人に話しかけてたし、その全ての人の名前を覚えてるというのはなかなか衝撃的だった。
 そして、更に清水は衝撃的なことを言った。

「俺の志望校、濱谷先輩の通う大学だから杉野も来るなら一緒になるよ」
「へ?」
「おー!清飛も?」
「あ、いや……」
「楽しいからおいでー!」

 まさか濱谷先輩が国公立に通っているとは思わなくて、呆気にとられる。

(なんだが意外だ……頭良いのか。)

清水の志望理由もまあまあ不純と言っていたのは、もしかして濱谷先輩が通っているからなのだろうか。
 
(この人が……濱谷先輩がいる大学……。)

今の様子を見て思う。というか在学中も言われていたけど、濱谷先輩はとても優しい。そんな知り合いが同じ学校にいるのは心強いし、清水に誘われてほんの少しだけ傾いていた気持ちが、濱谷先輩のおかげでもう少しだけ傾いた。

 「そうだ!俺一つ雪久に言いたいことあって来たんだ!」
「なんですか?」
「元気になれば良いなーって思って!」
「濱谷先輩のおかげで既に元気になりましたが」

清水の言うことは本当で、濱谷先輩に会う前とは顔つきが違っていた。同じ無表情なのに、強張りが解けたかのようで(そういえば、少し前はこんな顔だった。)と思った。

「まあまあ!じゃあ雪久にクイズなんだけど、俺たちの代で六月生まれなのは誰?」
「松本先輩ですね」
「ピンポーン!流石!」
(即答……。)
「それで、誕生日会計画してるんだ!なんと、みんな集まれそうで!」
「奇跡ですか。オールスターズですか」
(オールスターズ……。)
「そうなんだよ!それで、ここからが本題!なんと育馬も来るよ!!」
「……霜塚先輩が?」
(あ、昨日の……。)

昨日少し話していた人の名前が出て、清水を見る。その瞬間、あれ?なんだか清水の雰囲気が変わった気がする……と懐かしい気持ちになった。

「うん!来れるって!だから明吉アキヨシにサプライズを……」
「わかりました。何でも協力します。……ああ、でも俺があまり手を出さない方が良いのか。松本先輩が一番喜ぶのは霜塚先輩が何かしてくれる、というよりもただそこに存在していることだろうし。俺が何かするのは邪道か蛇足か。そうだ、俺ができることといえばせいぜい買い出しだけ。後は遠くから先輩方の様子をただ眺め、できるだけ存在を消し、壁となり幸せを享受する……ダメだ、釣り合いがとれていない。そんな徳を積んでいないし、俺が得をしすぎている。何か俺にできることは……霜塚先輩に甘い物を差し上げて喜んだ表情を浮かべていただくと松本先輩も幸せだろうしそうするか。いや、待て。松本先輩がいるのに他店で買ったお菓子を霜塚先輩にあげるなんて……」
「喜んでくれて良かったー!!」
(あ、流すんだ。)

久しぶりに清水の暴走を見たが、濱谷先輩が気にしていないので放っておくことにした。
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