冥き竜王と春乙女

氷室龍

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本編

衝撃の展開

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あれから一月が経とうとしているが、状況は悪化の一途をたどっていた。死者の数は減ることはなく、冥府は死者の魂で溢れかえっており、ラダマンティスが発狂寸前である。

「我が君ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「なんだ」
「もう、嫌ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「仕方があるまい」
「そんな、殺生なぁぁぁぁぁぁ」
「手が止まっていますよ、ラダマンティス」
「ヒュプノス様はどうしてそんなに冷静なのですかぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「淡々とこなさないと終わらないからです」

ヒュプノスがバッサリと切り捨てる。もはや、ラダマンティスの口から魂が抜けているようだ。
それはさておき。事態は一向に好転しない。というか、何も掴めていないというのが正解だった。

「ヒュプノス、タナトスから報告はどうなっている?」
「これといったものは…」
「そうか」
「どうしますか?」
「うむ。とはいえ引き上げさせてたとして、この状況は変わらんだろう。調査を続行するように伝えてくれ」
「かしこまりました」

ポセイドンからは特に連絡はなく、こちらも手詰まりといった様相だった。ゼウスの動向も掴めていないらしい。
ハデスは『彼ら』の目的がはっきりとせず、焦りだけが募っていた。そこへ現れたのは神々の使者・ヘルメスだった。

「ご無沙汰~」
「ヘルメスか…。今日は何用だ?」
「うん。ポセイドンがオリンポスへ来てほしいって」
「ポセイドンが?」
「他の12神も招集がかかってるよ」
「ということは、デメテールも来るのか?」
「そうなるね。今回はゼウスの招集じゃないから」
「なるほど…」
「で、どうするの?」
「わかった。私も行こう」
「じゃ、俺、もう行くね」
「ご苦労だったな」

ヘルメスはアッという間に姿を消した。流石の俊足でならすだけのことはある。だからこそ『神々の使者』を務めることが出来るのであろう。

「さて、私は支度にかかるか…」

ハデスは後のことをヒュプノスたちに託し、再びオリュンポスへと向かった。

****************************************************************

オリュンポス山へ到着し、神殿に入るところでデメテールと出くわした。娘のペルセポネも一緒だ。勿論、ハデスが置いたケルベロスも付いてきている。

「よく招集に応じたな」
「ゼウスがいないから」
「…………」

今回の招集はポセイドンによるものでゼウスからではない。ゼウスからの招集だったら絶対に来ないとデメテールの顔には書いてある。ハデスは苦笑するしかなかった。

「ハデス様?どうなされたのですか?」
「いや、君の母君は歯に衣着せぬ物言いをするなぁと思っただけだ」
「あははは…」

ペルセポネが乾いた笑いをこぼす。この娘も母親の性格をよく知っているようだ。

「それよりも!」
「何だ?」
「奥がいつも以上に騒がしいようだけど?」
「うむ…」

デメテールが嫌そうに奥を見つめている。聞こえてくるのは女の言い争う声。どうやら、前回ハデスが訪れたのと同じ展開が繰り広げられているようだった。

「行かぬ訳にもいかんだろう」
「できたらさっさと終わらせたいわね」
「それは、アフロディーテ次第か?」
「ヘラ次第とも言えるかしら?」

ハデスとデメテールは大きなため息をこぼした。それを不思議そうに首を傾げてい見ているペルセポネ。
その仕草が可愛らしい姿にハデスはドキリとして顔を赤らめてしまった。そのことに気づいたデメテールに思いいきり足を踏まれてしまう。

「兎に角、奥へ行くか」
「そうね。あまり気のりはしないけど」

そうしてハデスたち三人が奥の広間についた時にはくだらない女の言い争いが展開されていた。

「女は経験してなんぼでしょ」
「あんたは『体』の関係だけでしょう!それはほんとの愛などではないわ!!」

いつもの通り、アルテミスがアフロディーテに喰ってかかっている。それをどう仲裁しようか割って入る期をうかがっているアテネ。

「よくも飽きもせずに同じことで言い争えるわね」

デメテールが一喝するように割って入った。しかも怒りオーラ満載で。
興奮気味に言い争っていた二人も流石にこれには驚いたらしくシュンとおとなしくなった。

「それより、肝心のポセイドンがいないようだが…」
「今、ヘラ様とお話をされています」

私は妙な雰囲気になりそうだったのでわざと話題を変えた。アテネはその意図に気づいたようで話に乗ってくる。

「オリオンを伴ってやってこられたので調査の報告をされているようなのです」

アテネのその言葉でいつも以上にヒートアップしていたこの二人の言い争いの原因がわかったような気がした。恐らく、オリオンのことでアフロディーテがアルテミスをからかったのだろう。悪戯にしても少々質が悪い。
今回はデメテールに一喝されたからしばらくちょっかいを出すのは控えるはずだ。そうなれば、別の標的を見つけかねない。故にハデスはさりげなくペルセポネをアフロディーテの視界から隠す。
初めて見るパルテノン神殿に興味津々なのかキョロキョロしている。それを標的にしない手はないであろう。何より、アルテミスに傾倒しているらしいので警戒しておくことに越したことはない。ハデスはそう考えてその大きな体の後ろにペルセポネを隠した。

「それより、今どれくらいの面子が集まっているの?」
「女神はほぼ全員集まりましたが、ポセイドン様とハデス様以外は」
「まだ来ていないのか?」
「アレスはマケドニア東部に戦に出ているので少し時間がかかっているようです」
「他の連中は?」
「兄は演奏会があるとかで遅れるって」
「演奏会?またこの時期に悠長な…」
「人々の漠然とした不安を取り除くには美しい調べは不可欠と申していました」
「音楽をこよなく愛するアポロンらしい考えだな」
「ヘパイストスはどうしたの?」
「それなら私が仕事を依頼したから遅れているのだろう」
「ハデス様が依頼されるなんて珍しいですね」
「最悪の事態も考えて剣の手入れを頼んだのだ。あと、鎧の修復もな」

そこで、場の空気が一気に張りつめたような気がする。それぞれに今回の異変には何かしら思うところがあるのだろう。そこへ、ポセイドンたちが現れた。

「おお、大体の面子はそろったか?」
「あとは、アレス、アポロン、ヘパイストス、ヘルメスがまだです」
「肝心の男連中が遅れるってどうよ」
「お前が急に呼び出すからだ」
「まぁまぁ。そのくらいにしてあげたら?」
「ヘスティアがそうやって甘い顔をするからつけあがるのだ」
「えっと、話を進めてもいいっすか?」

オリオンが口を開き、本題に入るように促した。若干疲れた顔をしているのはきっとあの言い争いを目の当たりにしたからだろう。

「そうだな」
「全員揃ってからと思ったんだが、事態は急を要する。今いる面子だけで話を進める」

ポセイドンが自身の調査状況を説明した。オリオンがくまなく市井を歩いて見聞きしたことだけに真実味が増す。加えて狩人であるから、動物たちの動向なども詳細に報告が上がっていた。

「で、結局のところ現状報告だけってこと?」

真っ先に口を開いたのはアフロディーテ。さっきから苛立ちを露わにしている。デメテールにやり込められたのも気にいらないのだろう。

「現状を把握しなければ対処もできない」
「とはいえ、今のところ打つ手なしだな」
「ところで、ゼウスの所在は分かったの?」
「「「「あ…。」」」」

ヘスティアから言われるまで全員すっかり忘れていたようで変な空気になってしまう。あまり好かれていないだけに致し方ない状況であろう。

「オリュンポスを離れてすぐぐらいまでは掴めていたんだが、途中から足取りがわからなくなった」
「ということは、音沙汰なし?」
「そんなところだ」
「で、これからどうする?」
「まずはペルセポネの保護だな」
「わ、私ですか?」

いきなり話を振られて驚くペルセポネ。驚くのも無理もない。ペルセポネはニューサを出るのも初めてで、このオリュンポスへも初めてやってきたのだ。当然の反応といえる。そして、それは他の面々もも同様で、デメテール以外驚いている。

「どういうことですか?」
「これはあくまでも推測だが。恐らく、今回の首謀者の目的は世界を作り替えることだ」
「世界を作り替える?」
「ハデス、皆に話してやってくれ」
「分かった。まず、急増している死者はエチオピアに集中している。そして、大地溝帯から噴出する異常な邪気。加えて、デメテールが感じるほどの大地の違和感。さらには極東のマリアナ海溝での異変」
「なるほど、それらをもって導き出されるのが世界を作り替えるということになるのですね」
「ですが、ティターン神族は奈落の底のタルタロスに追放されたはず。彼ら以外に世界を作り替える力を持つ存在があるというのですか?」
「それは…」

突然、大きな揺れとともに地下から何かがせりあがってくる。床が割れたと思った瞬間。大地から太い蔦のようなものが蛇のようにうねりながら一気に噴き出してくる。

「きゃっ!」

小さな悲鳴が上がる。皆が慌てて振り返ると、ペルセポネが蔦に絡めとられていた。

「ペルセポネ!!」

デメテールの悲鳴が上がる。愛娘が捕らえられたことで半狂乱となる。そのことでハデスたちは反応を遅らせてしまった。ハデスとポセイドンは事態を打開しようと武器を取り出すが、次から次へと湧き上がる蔦が邪魔をしてうまくいかない。それはアルテミスやアテネも一緒だった。

「くっ!」

ハデスは冥界の王であるため地獄の業火を呼び寄せることが出来る。その炎で蔦を焼き切ることも可能であったが、蔦の表面から漂う油の匂いがそれを躊躇させた。

(ここで使えばペルセポネばかりか皆も巻き込むことになる)

すると、大地から一つの影が浮き上がる。それは恐らくハデスしか見たことのない人物だ。

「どうやら見込み違いのようだったようだ」
「どういう意味だ?」
「お前になら任せてもよいと思ったのだが、買いかぶりに過ぎなかった・・・」
「私は今の世界を作るために戦ったのだ。それを今更作り替えることなどない!」
「愚かな…。本来なら貴様こそが王ではないか」
「私には必要ない地位だ。それより、その娘を離せ。彼女には関係ないはずだ!」
「そうはいかぬ。この娘は地母神の直系。新世界の礎になってもらう」
「どうあってもやるつもりなのか?」
「毛頭ない。止めるというのであれば容赦はせぬ」
「…………」
「もっとも、今のそなたでは我々は止められぬがな」

そう言うと、その影は蔦とともに床に現れた割れ目へと消えていった。皆で追いかけようとしたが、やはり蔦が邪魔をしてかなわなかった。

「ま、まて! ガイア!!!」

ハデスの叫びもむなしく、割れ目は何事もなかったように閉じられたのだった。



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