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新婚編
眠りの神は考察する
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眠りの神・ヒュプノス視点です。いつもより短めかな?
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宴から一夜明けた冥王神殿。ヒュプノスは自らの執務室で主君から聞かされたことを考察していた。彼は眠りの神であり、冥王・ハデスの右腕。そして、この冥府の最奥、常世の楽園・エリュシオンで宰相を務めている。
ヒュプノスは主君・ハデスから妻を娶ることになったと聞き驚きを隠せなかった。それはレウケの一件以降、あのポプラの木を見ては苦悶の表情を浮かべていたからだ。
それなのに昨夜のハデスの表情といったら、まさにデレデレである。
ヒュプノスにとっては青天の霹靂と言ったところだ。
(我々の知らない間に何があったのか。これは調査の必要がありますね)
そう思い立ったヒュプノスはすぐに行動に移した。
「まずは状況把握が必要」
彼は独りごち、地上に向かうことにした。
「まずは」
地上についたヒュプノスは真っ先にある女神のもとを訪れる。
「あら? 珍しいわね」
「お久しぶりです」
その女神は愛と美の女神・アフロディーテ。色恋沙汰はこの女神に聞くのが一番。その思いからいの一番に訪れたのである。何より、この女神が悪戯に恋の矢を放つように命じるのでだいたい拗れる。故に彼女を問い詰めるのが一番の近道といえる。
「何の用?」
「愚問です」
「……………」
「何をしたんですか?」
「いきなりね」
「あれ程、他者と関わることを遠ざけられておられた方が妻を迎えるなど」
「確かにきっかけを作ったのかもしれないけど。私自身は何もしてないわ」
「それはどういうことでしょう?」
「私はただ二人が出会うように仕向けただけ。そこから先は私以外の要素よ」
「惹かれあったのは必然と?」
「さぁ? その辺りは二人にしかわからないこと」
「なるほど」
アフロディーテは妖艶な笑みを浮かべる。だが、ヒュプノスは用は済んだとばかりにその場を後にした。
(さて、では次はどこに向かえべきか? そういえばペルセポネはアルテミスを信奉しているとか)
「では、彼女を尋ねてみるか…」
そう思い立ち月の神殿に向かうことにする。だが、着いた早々不在を伝えられたのだった。
「申し訳ございません。アルテミス様は先ほど鹿狩りにお出かけになりました」
「鹿狩りに?」
「はい。オリオン様がお誘いにいらっしゃいまして」
「それなら仕方ありませんね」
申し訳なさそうに応対する侍女に苦笑してヒュプノスはその場を後にした。
(さて、これは随分と困ったことになった。アルテミスに話を聞いてから次と考えていたので当てが外れてしまいました)
一人難しい顔をしていると不意に声を掛けられる。
「珍しい方がおいでね」
「?」
「タナトスは一緒ではないの?」
「アテネ」
「あなたがここにいるということは誰か鬼籍に入るということかしら?」
「いえ、今回は仕事できたわけではないので」
「ホントに珍しいわね。仕事以外で地上を訪れることなど皆無でしょう?」
「そうですね」
「ということは、ペルセポネのことかしら?」
「察しがいいですね」
「ヘルメスから聞いてます。あなた方は皆主君思いだと」
「お褒めに預かり光栄です」
「で、何が知りたいのかしら?」
「何がどうなって我が君はかの乙女と出会ったのかと思いまして」
「やはりそこが気になるのね」
アテネはクスリと笑う。その笑顔にこの女神も何かを知っていると察するヒュプノス。
「今回の一件でハデス様がオリンポスにいらしたのは知っているでしょ?」
「そう言ってエリュシオンを後にされましたので」
「目的はゼウス様に会うこと。でも、その前にアフロディーテとアルテミスの諍いに遭遇されてしまって」
「は?」
「いつものことなんだけど、貞操観念とかそういうことで言い争いをしてたのよ。ほら、アルテミスって私と同じく処女神だから」
「オリオンとのことを揶揄われたのですか?」
「そんなところよ」
「で、それと我が君がどうつながるのでしょう?」
「ペルセポネはアルテミスを信奉してるから」
「ほう」
「だから、アフロディーテはそれが気に入らなかったみたい。そのあと、ヘスティア様との会話を聞いたようでハデス様を利用することを思いついたんじゃないかしら?」
「なるほど」
「ヘスティア様はハデス様をけしかけていたようだったし」
「けしかける?」
「私にはそう見えただけかも?」
「そうですか」
「ヘスティア様を訪ねてみてはどう?」
「ヘスティア様を?」
「ええ。どうもあの方はハデス様の過去をよくご存じみたいだから」
「我が君の過去、ですか」
「ええ。損はないと思うわ」
アテネの言葉にヒュプノスはヘスティアを訪ねることにした。
「あら? 珍しいわね」
「アテネにも言われました」
「そう。でも、ほんとに珍しいわね」
「少々お聞きしたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
「我が君とペルセポネ様の一件です」
「あの二人のこと?」
「アテネはあなたがけしかけたと言っていましたが」
「あら? 彼女にはそんなふうに見えたのね」
ヘスティアは少し困ったような顔をして肩を竦める。
「私はあの純真無垢で春のような温かさを持つあの笑顔ならハデスの冷え切った心を解かせるのではないかと思っただけよ」
「冷え切った心?」
「ハデスはずっと後悔していたから」
「後悔?」
「白いポプラの木。そう言えばあなたにもわかるでしょ?」
「ご存じだったのですか?」
「ええ。といってもオリュンポスでそのことを知っているのは私だけ」
「そう、ですか」
「もともとね」
「?」
「レウケをハデスに紹介したのは私なの」
「!!!」
「あんなことになってしまったことには少なからず責任を感じてる。だからかしら、ハデスのことを支えてくれる人を迎えてほしいとずっと思っていたわ」
「ヘスティア様」
「今回はゼウスの強引なやり方で決まってしまったけど」
「ヘスティア様は我が君がかの乙女となら幸せになれるとお思いなのですか?」
「ええ、あの娘ならきっとハデスを幸せにしてくれるわ」
ヘスティアは優しくほほ笑む。ヒュプノスはそこでこれ以上の状況把握は不要と思えた。
昨夜のハデスの顔を思い出す。あの恋を知ったばかりの少年のように頬を赤らめて妻を迎えることになったと話していたハデスの顔を・・・。
「どうやら私の成すべきことは決まったようです」
ヒュプノスはそうつぶやき、エリュシオンへ帰還することにした。
「婚礼の宴の差配をしなくてはなりませんね」
三貴神の一人であるハデスがゼウスやポセイドンに劣るわけにはいかない。それは宰相である自分の腕の見せ所。そう考えていたらとても楽しくなってきたヒュプノス。
(どうやら、かの乙女は我が君だけではなく冥府のすべてに変革をもたらしてくれるかもしれません。ならば、私はその変革が良いものになるよう尽力するだけ…。雪が舞い始めるまであと3か月。それまでにすべてを整えましょう)
ヒュプノスは二人にとって素敵な思い出となり、新たなる門出となるように婚礼を差配することを決めたのだった。
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次回はタナトス視点の予定です。
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宴から一夜明けた冥王神殿。ヒュプノスは自らの執務室で主君から聞かされたことを考察していた。彼は眠りの神であり、冥王・ハデスの右腕。そして、この冥府の最奥、常世の楽園・エリュシオンで宰相を務めている。
ヒュプノスは主君・ハデスから妻を娶ることになったと聞き驚きを隠せなかった。それはレウケの一件以降、あのポプラの木を見ては苦悶の表情を浮かべていたからだ。
それなのに昨夜のハデスの表情といったら、まさにデレデレである。
ヒュプノスにとっては青天の霹靂と言ったところだ。
(我々の知らない間に何があったのか。これは調査の必要がありますね)
そう思い立ったヒュプノスはすぐに行動に移した。
「まずは状況把握が必要」
彼は独りごち、地上に向かうことにした。
「まずは」
地上についたヒュプノスは真っ先にある女神のもとを訪れる。
「あら? 珍しいわね」
「お久しぶりです」
その女神は愛と美の女神・アフロディーテ。色恋沙汰はこの女神に聞くのが一番。その思いからいの一番に訪れたのである。何より、この女神が悪戯に恋の矢を放つように命じるのでだいたい拗れる。故に彼女を問い詰めるのが一番の近道といえる。
「何の用?」
「愚問です」
「……………」
「何をしたんですか?」
「いきなりね」
「あれ程、他者と関わることを遠ざけられておられた方が妻を迎えるなど」
「確かにきっかけを作ったのかもしれないけど。私自身は何もしてないわ」
「それはどういうことでしょう?」
「私はただ二人が出会うように仕向けただけ。そこから先は私以外の要素よ」
「惹かれあったのは必然と?」
「さぁ? その辺りは二人にしかわからないこと」
「なるほど」
アフロディーテは妖艶な笑みを浮かべる。だが、ヒュプノスは用は済んだとばかりにその場を後にした。
(さて、では次はどこに向かえべきか? そういえばペルセポネはアルテミスを信奉しているとか)
「では、彼女を尋ねてみるか…」
そう思い立ち月の神殿に向かうことにする。だが、着いた早々不在を伝えられたのだった。
「申し訳ございません。アルテミス様は先ほど鹿狩りにお出かけになりました」
「鹿狩りに?」
「はい。オリオン様がお誘いにいらっしゃいまして」
「それなら仕方ありませんね」
申し訳なさそうに応対する侍女に苦笑してヒュプノスはその場を後にした。
(さて、これは随分と困ったことになった。アルテミスに話を聞いてから次と考えていたので当てが外れてしまいました)
一人難しい顔をしていると不意に声を掛けられる。
「珍しい方がおいでね」
「?」
「タナトスは一緒ではないの?」
「アテネ」
「あなたがここにいるということは誰か鬼籍に入るということかしら?」
「いえ、今回は仕事できたわけではないので」
「ホントに珍しいわね。仕事以外で地上を訪れることなど皆無でしょう?」
「そうですね」
「ということは、ペルセポネのことかしら?」
「察しがいいですね」
「ヘルメスから聞いてます。あなた方は皆主君思いだと」
「お褒めに預かり光栄です」
「で、何が知りたいのかしら?」
「何がどうなって我が君はかの乙女と出会ったのかと思いまして」
「やはりそこが気になるのね」
アテネはクスリと笑う。その笑顔にこの女神も何かを知っていると察するヒュプノス。
「今回の一件でハデス様がオリンポスにいらしたのは知っているでしょ?」
「そう言ってエリュシオンを後にされましたので」
「目的はゼウス様に会うこと。でも、その前にアフロディーテとアルテミスの諍いに遭遇されてしまって」
「は?」
「いつものことなんだけど、貞操観念とかそういうことで言い争いをしてたのよ。ほら、アルテミスって私と同じく処女神だから」
「オリオンとのことを揶揄われたのですか?」
「そんなところよ」
「で、それと我が君がどうつながるのでしょう?」
「ペルセポネはアルテミスを信奉してるから」
「ほう」
「だから、アフロディーテはそれが気に入らなかったみたい。そのあと、ヘスティア様との会話を聞いたようでハデス様を利用することを思いついたんじゃないかしら?」
「なるほど」
「ヘスティア様はハデス様をけしかけていたようだったし」
「けしかける?」
「私にはそう見えただけかも?」
「そうですか」
「ヘスティア様を訪ねてみてはどう?」
「ヘスティア様を?」
「ええ。どうもあの方はハデス様の過去をよくご存じみたいだから」
「我が君の過去、ですか」
「ええ。損はないと思うわ」
アテネの言葉にヒュプノスはヘスティアを訪ねることにした。
「あら? 珍しいわね」
「アテネにも言われました」
「そう。でも、ほんとに珍しいわね」
「少々お聞きしたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
「我が君とペルセポネ様の一件です」
「あの二人のこと?」
「アテネはあなたがけしかけたと言っていましたが」
「あら? 彼女にはそんなふうに見えたのね」
ヘスティアは少し困ったような顔をして肩を竦める。
「私はあの純真無垢で春のような温かさを持つあの笑顔ならハデスの冷え切った心を解かせるのではないかと思っただけよ」
「冷え切った心?」
「ハデスはずっと後悔していたから」
「後悔?」
「白いポプラの木。そう言えばあなたにもわかるでしょ?」
「ご存じだったのですか?」
「ええ。といってもオリュンポスでそのことを知っているのは私だけ」
「そう、ですか」
「もともとね」
「?」
「レウケをハデスに紹介したのは私なの」
「!!!」
「あんなことになってしまったことには少なからず責任を感じてる。だからかしら、ハデスのことを支えてくれる人を迎えてほしいとずっと思っていたわ」
「ヘスティア様」
「今回はゼウスの強引なやり方で決まってしまったけど」
「ヘスティア様は我が君がかの乙女となら幸せになれるとお思いなのですか?」
「ええ、あの娘ならきっとハデスを幸せにしてくれるわ」
ヘスティアは優しくほほ笑む。ヒュプノスはそこでこれ以上の状況把握は不要と思えた。
昨夜のハデスの顔を思い出す。あの恋を知ったばかりの少年のように頬を赤らめて妻を迎えることになったと話していたハデスの顔を・・・。
「どうやら私の成すべきことは決まったようです」
ヒュプノスはそうつぶやき、エリュシオンへ帰還することにした。
「婚礼の宴の差配をしなくてはなりませんね」
三貴神の一人であるハデスがゼウスやポセイドンに劣るわけにはいかない。それは宰相である自分の腕の見せ所。そう考えていたらとても楽しくなってきたヒュプノス。
(どうやら、かの乙女は我が君だけではなく冥府のすべてに変革をもたらしてくれるかもしれません。ならば、私はその変革が良いものになるよう尽力するだけ…。雪が舞い始めるまであと3か月。それまでにすべてを整えましょう)
ヒュプノスは二人にとって素敵な思い出となり、新たなる門出となるように婚礼を差配することを決めたのだった。
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次回はタナトス視点の予定です。
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