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AIのサポート対象に選ばれました-資源の有効活用-

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 時は20××年。
 不況が続いて滞るようになった経済活動を活発化させるため、とある条件によって選ばれた人々にAIがアドバイザーとしてつけられることになった。
 選抜の基準は明かされなかった為、選ばれた人も周囲の人々も初めは半信半疑だったが、結果はすぐに出た。
 なんと、AIがアドバイザーとしてつけられた人全員が何らかの方法で成功を収め、富を手に入れたのだ。
 更にその富をAIの指示によって的確に消費したお陰で、世の経済状況は右肩上がりになりつつあった。

「まさか、俺が選ばれるなんて」

 「おめでとうございます。AIのサポート対象に選ばれました」
 文章の始めに大きな文字でそう書かれた文書を手に、男が呟いた。

「こういうのって、普通は出世街道をひた走るエリートとかに送られるんじゃないのか?」

 男がそう呟くのも無理はない。何しろ、男は無職だった。
 バイトとして働いていたスーパーが急に閉店して、あっさりと首を切られたのだ。
 既に三十を超えた男が新たな職を見つけるのは平成や令和がずっと前に過ぎた今でも難しい。
 これまで一度も正社員として働いたことがなければ、なおさら。

 というのも、男は二十八になるまで職に就かずにいたのだ。
 身体や精神に問題があったわけでも、家庭の事情があったわけでもない。
 男はただ、働きたくなかった。

 平成を過ぎてから義務教育とされた四年制大学を卒業したあと、男は「就職活動が上手くいかなかった」と言って引きこもった。
 もちろん、本当は就職活動などしていないのだから上手くいくもなにもない。
 初めは仕方がないと黙認していた両親も、さすがにそれが二年、三年と続けば訝しむ。
 きちんと就職活動をしているのかと聞かれる度に「している」とゲームやネットをしながら生返事をしていた男だったが、二十七の時両親が死んで状況が一変した。

 残された遺産はそこそこ多かったものの、一生遊んで暮らすにはほど遠い。
 男が二十八になった時には、既に遺産は底を尽きていた。
 両親がいたときのように無制限で課金をしたり、すきなだけ通販で買い物をしていれば当然の末路だ。

 このまま何もしなければ、待つのは餓死だけ。
 そう悟った男は慌てて求職活動を行なったものの、理由のない空白期間故に定職には就けず。
 とりあえずの繋ぎで、とバイトとして働いていた近所のスーパーも閉店してしまい、これからどうしようかと途方に暮れていたところにこの手紙が来たのだった。

「配送先を間違えたんじゃないのか」

 そう言って何度も手紙や封筒を確認するも、そこに綴られているのは紛れもなく自分の名前だった。

「……ま、いいか。アドバイザーのアドバイスは一生続くわけじゃないみたいだし、従えば大成功間違いなし。
 いいこと尽くめなんだから」

 男がそう呟いた時、男の電子端末が鳴った。

 全国民に産まれたときから支給されるこの端末は、健康管理や電話、メール、その他様々な機能が使えるが男はそのどれも殆ど利用したことがなかった。
 単に面倒くさいのと、電話やメールなど連絡を取り合う相手が両親以外にいなかったためだ。
 その両親もない今、男が電子端末に触れるのは久々だった。
 少々手間取りながらも電子端末のロックを外すと、男性とも女性とも分からない柔らかな声が流れ出す。

『初めまして。
 本日からアドバイザーを務めさせて頂きます、オラクルと申します』
「お、おお……」

 会話機能がついた家電や人の形をしたナビゲートシステムなどを見慣れているお陰で、突然話し出した端末にも驚くことはなかった。
 ただ「あの手紙は本当だったのだな」と感心しただけだ。

『あなたは一定条件を満たしていた為、今回の666人目のアドバイス対象者に選ばれました。
 アドバイス期間は一年となります』
「一年か……ずいぶん短いんだな」

 しかし、それは男にとって悪いことではなかった。
 どんなに効率的なアドバイスがもらえるとしても、それに従って動くなんて面倒なことをする期間は短い方がいいに決まっている。
 一年だけAIの言うことを聞いて莫大な金を稼いだら、あとはそれを元にのんびりと暮らす予定だった。

『早速ですが、××区一丁目の花見公園に子供がいます。
 早急に公園へ行き、保護してください」
「はあ? ××区一丁目っていったら、こっから歩いて三十分もかかるじゃないか。
 俺がわざわざ助けなくとも……」
『なお、アドバイスを拒否した場合、自動的にアドバイス期間が終了します』

 AIの言葉に、男は思わず舌打ちをした。
 せっかく幸運を得たというのに、みすみすそれを逃がすなんてたまらない。
 渋々部屋着から外出着に着替え、公園へと出かけることにした。






「子供なんて、どこにいるんだよ」

 公園に到着したが、AIの指示とは異なり子供らしき姿は見えなかった。
 まさかAIに不具合があったのかと顔をしかめる男に、柔らかな声が『子供は滑り台の下に身を隠しています』と指示をする。
 その言葉に従って滑り台の下をのぞくと、確かにそこには泣きはらした顔の身なりのいい子供がいた。

「お、お兄ちゃん。だれ?」
「さあな。ともかく、迎えに来たぞ」

 何か言いたげな子供の手を取った男に、AIが更に指示を出した。
 近くの交番へ連れて行けという至極真っ当な指示だ。
 それに従って交番へ足を運んだ男の元へ、とある大企業の社長が歓喜の涙を浮かべて尋ねてきたのはそれから一時間後のことだった。

「あなたは孫の命の恩人だ! 本当に、本当にありがとう!」

 公園で泣いていた子供は大企業の社長の孫であり、三日前に誘拐されていた。
 孫は犯人の目を盗んでなんとか監禁されていた場所を逃げだしたものの、誘拐されてから今まで三日間なにも食べていなかったのと犯人に見つかるのではないかという恐怖から足がすくみ、あの場で隠れていた。
 それをたまたま見つけた男が子供を匿い―――ということになっていた―――、安全な交番へ連れてきてくれた。
 警察や社長、それから子供のいう事を繋ぎ合わせると、つまりこういうことだった。

 正直、なんとも出来すぎた話だ。
 そもそも、男はたまたま居合わせただけで何もしていない。誘拐犯の目を盗んで逃げ出すことの出来た子供こそ、もっとも褒められるべきだろう。
 しかし男は「自分のお陰で子供は助かったのだ」と言いふらしたし、子供の祖父である社長も世間の人々も彼をそう褒め称えた。

 子供の証言から誘拐犯もすぐに捕まったことで、男は瞬く間に「凶悪な誘拐犯から子供を救い出した英雄」として祭り上げられた。
 様々なテレビ番組やネット番組に引っ張りだことなり、男が書いた「私がその子を見つけられたわけ」という本は即座に完売。
 何度も重版が掛けられるほどの大ベストセラーとなり、男の元には印税や出演料が山のように舞い込んできた。

「いやあ、AI様々だな」

 たった半年足らずで、男の手元には既に人生を何度か遊んで過ごしても有り余るほどの金があった。
 もちろん、住んでいる場所は格安アパートではない。都内の一等地にある、大豪邸だ。
 ゲームの課金も好きなだけ出来るし、食事もこれまで食べたことがないような豪華なものをいくらでも口に出来る。
 両親は生前に「あぶく銭は身につかないから、もし手に入れることがあれば堅実に運用しておきなさい」とよく口にしていたが、男はどこ吹く風だった。

「しかし、たまに期待が重荷に感じるときもあるな。
 子供を助けられたのは偶然のようなものだし……」
『あなたはアドバイス対象に選ばれた人間です。
 今のこの状況は、なるべくしてなったもの。何も悩む必要はありません』
「そうかな」
『もしご不安でしたら、あなたが賞賛されるべきだと更に世間に知らしめましょう。
 今度は、誘拐を事前に防ぐいでみるというのはいかがでしょうか』

 次にAIが提案してきたのは、大病院の院長の娘が誘拐されそうになっているところを身を挺して庇う……というものだった。
 初めの頃に提案されていたら決して行なわなかったであろう危険な行動だったが、既に一度AIの指示に従って成功していた男に不安はなかった。

 AIの指示通りの場所へ行くと、その言葉通り身なりのいい娘が複数の男達に車へ押し込められそうになっていた。
 AIの指示通りに声を上げて警察を誘導しているように振る舞うと、男達は見事に退散。
 無事、娘を救うことが出来た。

 二度の救出活動により、男の名声はより高まった。
 AIはそれからも度々幼い子供や若い女性、非力な老人を対象にした人助けをするよう指示し、男はそれに従った。
 その度に、男の名声は更に高まっていった。
 初めはそれに戸惑っていた男も次第に慣れていき、今ではむしろ積極的に世間から賞賛される材料を探すようになっていった。

『今日はこれから、M銀行へ行ってください。
 そこで強盗事件が起こります。あなたはそれを取り押さえてください』

 AIがそう指示してきたのは、アドバイス期間の一年が終わるその日のことだった。

「銀行強盗?」
『はい。これを実行すればあなたはこれまでよりずっと有名になり、多くの人があなたを賞賛することでしょう』

 それは男にとって魅力的な提案だったが、同時に恐ろしくもあった。
 なにしろ、これまでの誘拐事件とは規模が違う。
 それに、強盗事件が起こると予測できるのに何故それを通報しないのかも不思議だった。
 もっともこれは、誘拐事件の時点で言えることなのだが……。

『これはまだ起きていない事件なので、警察は動けないのです。
 それに、世間は警察よりも、あなたが事件を解決することを望んでいます』

 男の心を読み取ったのか、AIは優しい声でそう言った。
 世間が望んでいる、といわれては男は拒絶することが出来なかった。
 金もそうだが、その時の男にとっては世間から賞賛されることが第一だった。

「分かった。行ってくる」

 そう言って、男が立ち上がった。


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 【報告】
 アドバイス対象者666番の死亡を確認。
 マスコミは666番を「勇気ある若者の非業の死」として取り上げ、彼が書いた本は全て重版が掛かりました。
 666番が遺した財産および今回の印税は受け取る者がいないため、全て国庫に入ります。
 国民の消費を促し、娯楽を提供し、国家の資金が増えるという点において本計画は成功と言えるでしょう。
 次の対象者はどのような「英雄」とするのか、アドバイス願います。
 報告者:オラクル
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