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4章 帰国編
32話 休息
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「随分、羽振りが良さそうじゃないか。
一つ情報を買って貰いたくてね」
サズーンがやって来たのは、日が昇り初めた早朝だった。
涼しい風に、朝露がポタリ。
そんな気持ちの良い時だ。
まだ目覚めたばかりで、眠気のほうが勝っていた。
風太は失礼だと思いつつも欠伸が出る。
「こんな朝早くに何のようだ?
素敵なお土産でもあるなら聞こうか」
「この女を紹介したい。
アリア、……いや異界人と紹介した方が価値がありがるだろうか」
アリアは、重装甲な鎧を纏っている。
手や足まできっちり覆い、兜があれば完璧だろう。
彼女が被っているのはサークレットであり、両横に羽飾りが付いたものだ。
顔は隠す気がないらしく、凛とした顔立ちに波打つ金髪が目立つ。
「あの……、私は、その……」
「困ったね。
見てくれは整えたが、かなりの弱虫で強姦に襲われそうな所を助けたのだが……。
どう思う?」
「俺が妻を集めていると聞きつけて来たんだろう?」
そんなつもりは無かったが、いつの間にか周りに沢山いるのだから勘違いされても仕方ない。
だから利用して受け流す。
その方が円滑に事が進むというものだ。
訂正し咎めた所で、水を差すだけで対した意味もない。
風太はレモプティが持って来た財宝の袋を持ち上げる。
かなり重く、袋が破けて床に金貨をばら撒くことになった。
こんな大金を用意したのは、傲慢な竜人の気質による所が大きい。
使い切れないほどの金を持っていると自慢したのが運の尽き、風太にカモられたというわけだ。
「これ程の大金を隠し持っていたとは。
ここの領主も中々の悪党だったというわけか」
「まあ、そんな所だ。
言い値で買い取ろう、さあ持っていけ」
賭けをしている。
それは単純なルールだ。
この大金を一週間で使い切れば、俺の勝ちで出来なければレモブティの言うことを何でも聞く。
彼女が提示した規則は、金額を決めるのは相手である。
交渉するのは自由で、お互いが納得したら合意となる。
「では金貨10枚を頂こうか。
おおっといけない、彼女に与えた装備に金が掛かって、その手数料にもう一枚」
「俺がケチに見えるか?
倍の22枚を持っていけ」
「良いのかい?
復興に必要な資金だと、認識しているんだが」
「金持ちに従うんじゃない。
富を授けてくれる人に従うんだ」
「そんな考えでは、すぐに資金を使い果たし銭無しになるのでは?
おおっと余計なことをつい口走ってしまいました」
「それの何がいけない。
盗まれることもなく、安心して寝られる」
サズーンは呆れた様子で、苦笑する。
あまりにも金の価値観が違いすぎて話が合わないからだ。
賭けをしていて無駄遣いしているとは夢にも思うことはないだろう。
「彼女が襲われたのは、異界人の暗殺を企む組織が動いているからです。
魔族崇拝者達を操っているとも」
「厄介事は避けたい。
居場所を教えてくれたら、倍にしてやっても良い」
「流石に、そこまでは掴んではいない。
だが、いずれやって来るだろう」
「いずれか。
残念だったな」
「では、これにて。
ああ、南端の街に時計台が建てられるそうだ。
見学に行くと良い」
現在、復興中の街で、王国最大級の大都市として生まれ変わる予定だ。
南の海から、各地への海路が開けば大規模な貿易による発展が見込まれている。
そんな都市に、時計台の建設計画が持ち上がったのは、風太が立てた一夜砦に対抗してである。
「ありがとう、気が向いたら行こうか」
サズーンが去るとアリアは腰に手を当て風太を指差す。
「貴方が女の子を買い漁っている変態ね。
ひ弱そうに演じていたとも知らずに、この私が成敗してあげるわ」
「解った。
その前に俺が払った代金を返してもらおうか」
「なんで、悪党に渡す金はないわ」
「君は金を奪った挙げ句に、俺を殺そうとしているんだろう。
それは強盗、いや殺人鬼だろう?」
「あはっ。
詭弁よ、貴方は悪人なんだから」
「その悪事を言ってみてくれ」
「人身売買をしたわ。
眼の前で、私を買ったのだから間違いない」
「はははっ、勘違いだ。
彼は人材を紹介しただけで、その手数料を払ったに過ぎない」
「何をー」
「では君は彼の所有物なのか?
違うだろう」
「うっうぅぅっ。
違うけど……、でも、ごろつき達に襲われるよりはマシって聞いたし。
さっきも私を売って話しだったし……」
「紹介したいって言っただけだ。
勝手に勘違いするな」
「うっ……」
「一緒に暮らす気がないなら、出ていったら良い。
さあ、誰も止めはしない」
「……、油断させようって魂胆ね。
その手には乗らないわ」
アリアは後ずさろうとし、姿勢を崩す。
重い鎧はブカブカでサイズがあっておらず、そのまま後ろに倒れる形となった。
風太は彼女の手を掴み支えようとする。
スポッと小手が脱げて、彼女は頭をゴツンと打つ。
「怪我はないか?」
「うーん、すごく痛い。
髪型が潰れるから兜を拒否したのが仇となったわ」
「起きれるか?」
「えっ……、ちょっと……。
無理……、身体が鎧に邪魔されて動けない」
「どうして欲しい?」
「助けなさい。
女の子が、こんなに苦しんているのにボーとしているのは異常よ」
「俺を悪人扱いしておいて……。
その態度も気に入らないな」
「ちょっと、巫山戯ないで」
「俺は損した分を取り返したい。
君がメイドとして働くなら、助けても良い」
「誰が貴方なんかに……。
うーん、えいっ……はぁはぁ……」
本当に動けないらしく、アリアは仰向けになったままジタバタとと手足を動かしていた。
板の間で床もしっかりとして、滑りやすくもない。
なのに立てないのは単に筋力不足なのだろう。
「そんなので、何処に行くつもりだ?」
「それは、その……考えていませんでした。
えーと」
「3食寝床付き、仕事は部屋の掃除だ。
他に欲しいものがあったら買ってやっても良い」
「うっ……、買収しようなんて、なんて悪人」
「その変な考えは解らない。
ほら、お小遣いもあげよう」
アリアの額に金貨を置く。
「くっ……。
こんな物につられるとは思わないで!」
「ケーキなら千個買えるぐらいの価値ある。
価格が高騰してなければもっと買えたらしいけど」
「……。
助けて……、ください」
「なんて言ったのかな?」
「助けてください。
お願いします」
「つまりメイドとして働くって事か?」
「はい、働かせて頂きます」
「じゃあ、交渉成立だな」
風太の影から、ニョッキと手が生え人が出てくる。
猫耳と尻尾が特徴的なクロニャである。
護衛を兼ねて影に潜むという魔法を披露したのだが、出るタイミングを失い数日間も影の中で待っていた。
その喜びに溢れた顔は輝き、目が煌めくほどだ。
「では、彼女を教育してきます」
貯めた鬱憤、いや愛情を注ぎ込むだろう。
「ああ、任せた」
ずっと監視されているようで気分の良いものではない。
風太はホッと一息をつく。
これでのんびりと過ごせそうだ。
トントン! トントン! トン!
扉が開くと、隣の部屋で青楓の作業する音が聞こえてきた。
木彫りの人形が作れるなら、家具も作れるのではと勧めたら上手く出来た。
机も単に真っ直ぐな棒ではなく、彫刻が入った飾り付きの足である。
芸術と利便性が兼ね備わった家具は人気が高く、奪い合いになるほどだ。
「ひぃ……、ちょっと、何処に連れて行くつもり!」
アリアが引きずられて連れて行かれる。
バタンと扉が閉じて、すぐに開く。
アリアはメイド服になって立っていた。
「では、掃除の手ほどきから初めましょうか。
常に姿勢をまっすぐにして!」
「はい……、こんな筈では。
折角、アリアに成れたのに……」
風太はぼんやり彼女の顔を眺めていた。
見たことがないはずなのに、見覚えがあるような気がしたからだ。
しかし、思い出せずにいた。
アリアはドジで、自分で置いた水入りバケツに転びそうになり、クロニャに抱きかかえられる。
はたきを使えば、飾ってある花瓶を倒す。
布巾で机を拭こうものなら、足の指をぶつけて大泣きすると言う有り様だ。
クロニャは真っ青になり、風太の前でバタンと倒れる始末。
無抵抗でどんな事でも受け入れると言う態度で、最大の謝罪の方法だ。
それほどに、アリアは全く持って使えない無能中の無能だった。
「御主人様……、不覚、不覚……、手におえません」
「君が1日で音を上げるのか。
でも異界人だったら何か得意なことがある筈だろう?」
「恐らくですが、完璧なる無能の天賦の才を持っているのかと。
にゃあぁぁぁぁっ、もう駄目」
「そうだな。
モエギに頼もうか、彼女はメイドの事は……」
「ダメダメ、それは駄目。
暫く一人で修行をしたいと言って川で特訓をしているところです」
「なんで君が拒否するんだ?
というか、最近はモエギとは顔も合わせてないな」
「本人の意思を尊重しているだけです。
御主人様が望むなら私が連れきましょう」
「いや、アリアの護衛を頼む。
あの様子だと普段の生活すら危うい気がする」
「ううぅぅっ、にゃあああぁぁっ。
はい、お守りします」
クロニャは猫の姿に化けてアリアの足元に近づく。
猫姿を選んだのは、あくまで護衛であって自滅するのは、もう助けないと言う意思表示だった。
アリアはクロニャを抱き椅子に座る。
「可愛い、ナデナデしてあげますからね」
「見てたよな?」
「はい、でも可愛くて。
私って、何にも出来なくて、それが嫌で変わりたいと願ったのに……」
「ふーん。
無理して変わろうとしなくて良いと思う、無理すると歪が出るし」
「そうかな……。
折角、この姿に成れたのに、立派で格好良くて最高のヒロインに……」
「君って、転生前と違う姿なのか?」
「はい、茶色の毛だったし、微妙な顔で嫌だった。
地味で何しても上手くいかない」
「本当にそうかな?
全てに挑戦して訳でもないだろう、まだ出会えてないだけかも知れない」
「……はぁ、何もかも持っている人の台詞。
掃除すら出来なくて……」
「別にいい。
ここには魔法がある、俺も初めは何も出来なかったけど色々と学んだんだ」
「うーん。
見せて」
「見せたいのは山々なんだけど。
俺も今は使えないんだ」
原因は解らないが、精霊すら操れないのは不便なことだ。
ドン!
レモプティが部屋に入ってくる。
何時ものように話を盗みきぎしていたのだろう、一目散にアリアに近づく。
「魔法を見せてあげてもいいわ。
さあ、どんな物を、見たいか言いなさい」
彼女もトラブルを巻き起こす厄介な存在だ。
嵐のように辺りを災害級の破壊をもたらす。
竜人の彼女にしてみれば、それが些細な事だからたちが悪い。
「待て、君は大人しくしているんだ。
また派手な魔法を使って困らさないでくれ」
「風太が、そう言うなら。
実に残念なことだけど、小さな術を見せてあげましょう」
だから、使うなって言ってるのに。
竜人はすぐに調子に乗ってド派手な魔法を使う。
蛇口がゆるゆるな感じで、開くと一気にドバッと放出する。
空中に水を浮かせ星の形やハートを作り出す。
子どもに見せるような、水遊びであった。
数日の失敗を得て、やっと人の普通を理解したようだ。
レモプティは風太にニヤリと笑みを送り、褒めて良いんだぞと催促する。
「凄い、ぜひ教えて」
アリアは目を輝かせて、レモプティの手を握る。
その情熱とは対称的にレモプティの表情は微妙だった。
「んーん、もしかして貴方には精霊が宿っていない?」
「ううぅぅぅっ、私は悪くないのに。
全ての契約に失敗して追い出されたんです」
「でも変ね。
万物には精霊が宿るはずなのに、理を歪める魔族すら精霊を宿しているわ」
「つまりどういう事?」
「特異体質なのか、あるいは呪いを掛けられているか。
まあいずれにしても、精霊がいなければ術は使えない」
「夢を見せて砕くって、酷い。
あんまりよ」
風太はアリアの手を掴み連れ出す。
「後は任せた。
俺達は川へ行く」
風太が自由気ままなのは何時もの事だ。
誰も止めることは出来ない。
領主と言う立場を考えれば、護衛の一人すら付けないのは異常である。
幾ら能力に長けていたとしても、油断が命取りなることは珍しくない。
特に王国では、暗殺に警戒して側近も代々仕えてきた者を選ぶぐらいである。
当然、二人はそんな事情は知らず呑気に川へと散歩気分でたどり着く。
「さて、君の秘密を教えてもらおうか」
「秘密なんて無いわ」
「君は知らないと思うが、
魔法の適性は最初に調べられるんだ」
「だから、精霊との契約は失敗したって」
「適性がないなら、初めから契約の儀式は行わない。
つまり君は適正がある筈なのに隠している」
「彼女から聞いたの?
それなら順序が偶然違っただけ」
彼女とは青楓の事だろう。
もしアリアが暗殺者だとしたら、青楓の命を狙うために異界人を騙っている。
少しカマを掛けて探りを入れたほうが良さそうだ。
「ああ、川で遊んでいる。
これから会いに行く所だ、君が本物の異界人か確かめるために」
「他の人達と比べられたら、私なんて雑魚だし……。
そういう比較って良い気がしない」
「文化や歴史だって証明する知識はあるだろう?」
「マヨネーズを作ってあげる。
最高の調味料で爆発的に売れることは間違いない」
アリアが自慢げに言い放ったが、そんな上手い話があるわけ無い。
先人が既にいるのに、それが存在していないということはつまり何かの問題があるのだろう。
ここに限っていえば、すぐに思い当たることがある。
「養鶏場があると思っているのか?」
「えっ?
鶏ぐらい居るでしょう」
「残念だが、この町で見たことはない」
当然だが、貧困で生きていくのがやっとな人々に家畜を養う余裕はなかった。
雑草すら生えてない、枯れた土地で家畜を買っても餌に困るだけだ。
「うーん。
歴史とか勉強苦手だったし、はぁ……こんな事なら真面目に授業を聞いておけばよかった」
「まあ、会えばすぐに解ることだ」
川で遊ぶのは危険と言う看板が立てられている。
青楓が設置したものなのだが、現地の人達は不思議がって見ていた。
そういう警告する立て札の文化は無いらしい。
何故なら、彼らは文字が読めず危険と書いても意味が通じない無いためだ。
絵で危険だと書き足しているが……、理解できているのか怪しい。
それが目に入っても気にせず素通りしたのは、よくある日常の光景だからだろう。
彼女が異界人の可能性は高い。
「外は魔物が徘徊していて危険だって聞いていたけど。
スライムとか、ゴブリンみたいなのが出たりするの?」
「この辺りは、掃除したから安全だ。
他の場所では知らないな」
「まだ街の中なのね。
良かった、私ってあんまし強くないから戦闘に巻き込まれたら直ぐに死んでしまうと思うの」
「鎧を着ていたのに?」
「うー、それは身を守る為。
まあ少しは憧れみたいなのもあったけど……」
身動きが取れなくなるような物を身に着けていたら余計に危ないとは思うが……。
本来鎧はオーダーメイドで作られて、きっちり体格に合わせて作られる。
恐らく、あの鎧は中古で売られていたものだろう。
今、彼女が着ているメイド服はレモプティが持ってきた龍髭の布で作られたものだ。
術による強化が施され、斬撃から身を守ってくれる。
あの鎧よりも遥かに優れた防御性能があるだろう。
モエギが釣りをしている様子が見える。
「いたいた、彼女だ」
「少女?」
「まあ、見た目はそうだけど。
中身は大人だ」
モエギが振り返る。
「……私は、愚か者です。
本来ならすぐに戻って伝えるべきでした」
何時もなら直ぐに駆け寄って来るのだが、何故か離れたままだ。
風太が近づこうとすると、モエギは後退りし片足が川に入る。
「どうして逃げる?」
「私は、私は……、もう貴方と一緒に居られない。
だって魔族に成ってしまったです」
「俺には、それがどういう事なのか良く解らない。
何が問題なんだ?」
「……解らない。
けど駄目な気がします」
「君が俺の知らない何かに成っていたら。
その時に考えることにする。
一緒に帰ろう」
風太が手を差し伸べるとモエギは戸惑う。
もし自分の意思に反して、人を襲うなら風太を傷つけてしまうかも知れない。
側にいる魔族クロニャの存在がより判断を困らせていた。
何故なら、モエギの知る魔族とは明らかに違っていたからだ。
話し合いなど無意味で、人の命を奪うだけの恐ろしい存在。
それが魔族。
クロニャのように人と共に生活することはあり得ないことだ。
「一つ、聞きたいことがあります。
魔族を生み出す方法を知っていますか?」
それは一度だけ何処がで聞いた気がする。
一体何処でだろうかと記憶を探っても思い出せない。
いや、死霊術や転生術とも関係したはずだ。
「うーん、詳しくは知らないが何となくは聞いたことがある。
具体的な方法も解らないな」
「……。
あの古城で知ったのですね」
「多分、そうかも知れない」
「死霊術もですよね。
あの本ですか?」
「霊の知識が入ってくるから、色々な事が解ったりするんだけど……。
深く心に刻もうとしないと忘れてしまう」
情報の多さは有利だが、それが整理整頓されていなくて、一方的に膨大な量を送りつけられる。
それはただの雑念でしか無く遮断する。
そうしなければ自分を保てなくなる。
風太が死霊術で自滅しなかったのは、処理能力の速さがあったからだ。
不要な情報を捨てて、脳の記憶利用域を常に開けていた。
「もし私が人の心を失った時は、貴方の手で止めてください」
「そんな事はにはならないだろう?
君は自分の意志で動ける」
「はい。
でも魔族は魔王に支配されているらしい」
「解った。
もしもの時は俺が止めよう、魔王を倒す」
大胆なことを言ってしまったが、まあ不可能ではないだろう。
今は信頼できる仲間……、いや家族が居る。
「どうして私が、こんな事になったのか聞かないのですね」
「聞かなくても教えてくれるだろう?
言いたくないなら、そっとしておこうと思っていた」
「はい、では一生の秘密にしておきます」
様子を見ていたアリアはブツブツと独り言を口走る。
それは呪文であった。
仕込まれていた呪詛が発動し彼女の口を通じて法術を発動しているのだ。
光すら飲み込む深淵の闇、彼女の体が暗黒がにじみ出る。
飲み込まれれば二度とでられないブッラクホールが生まれようとしていた。
「レレゲナが、ただ野放しにするわけ無いよな。
やっぱり仕込んでいたか」
「はい。
これは自滅の呪詛です、恐らく魔族を認識して起動したのでしょう」
モエギの推測があたっていれば、発動したら最後。
自らの肉体が崩壊しても周囲に居る生命を全てを吸い尽くすまで止まることはない。
「止める方法は?」
「術が不完全な今直ぐに、彼女を消滅させればあるいは……」
「クロニャ、居るんだろう?
君の解も聞きたい」
アリアの影から黒猫が出てくる。
「にゃあーん❤」
クロニャがアリアの足首を甘噛する。
たったそれだけで術が崩壊し、呪詛が消失した。
ハッカーのように術式に介入し、改ざんを行ったのである。
「説明してくれ」
『あの竜人が仕込んでいた裏口を利用しました。
ああ、御主人様……、それであの竜人を飼われているのですね』
「……裏口か」
魔法が使えないと判断した時に何かしらの事はしていると思ったが、謎の裏口とやらを仕込んでいたのか。
……って、裏口ってなんだ?
彼女に扉でも付いているのか?
解らない。
アリアはフワリと空中に浮かび、スカートをはためかせている。
あっ……、白のパンティが見える。
「なんで浮かんでいるんだ?」
『本人の意思……いえ、これはまさか。
封じていた力が強引にこじ開けられて暴走しているのかも知れません』
「フフフ……。
私は暗黒に魅入られしアリア、全てを無に帰す存在」
「ふーん、あの恥ずかしいから止めたほうが良い」
「さあ、無へ帰りなさい」
アリアの手から放たれた暗黒の玉が風太へと飛んだ。
「なんか違う」
本当に暴走しているのだろうか?
どことなく芝居をしているような口調。
不自然な良い回し……。
そんな事を考え避けることを忘れていた。
直撃するかと思われた時、モエギが手で彈く。
パンッ
風船が割れるような音共に暗黒球は消える。
「何を考えているのです。
彼女を殺さないと、世界が滅びてしまいます」
「違うな。
まあ見ていると良い」
風太は、アリアの足首を掴み引き落とす。
彼女が落ちると首根っこを掴み引き寄せた。
「フフフ……。
止める方法はただ一つ、私の心臓を一突きにすることね」
「解った。
一突きにすれば良いんだな?」
人差し指で、彼女の胸をムニッと突く。
彼女の顔が見る見る赤くなっていく。
「はあぁぁぁぁぁっ。
何触っているの!」
「君がしろって言ったんただろう?」
「違う、何処刺しているの。
そこは胸よ」
「心臓があるのって、そこだろう?」
「はあぁぁ?
そこは肺だし、心臓の位置ぐらい覚えておきなさいよ」
「茶番はもう良いかい?」
「うっ……。
何で私を殺さないの?」
「死にたいのか?」
「だってアリアは邪神に魅入られて、世界を滅ぼす裏ボスなのよ。
闇の力を使って……」
彼女の願望が、理想の姿として転生した時に反映されたのかも知れない。
だとしたら風太は、自分に満足していたということになる。
変化せず、そのままの姿で転生したのだから。
転生前と思想や姿が変わっていても気づかないだけかも知れないが……。
今の自分が急に、何か操られたような思想の変化は起きていない。
「そんな事をしたいのか?」
「いいえ。
でも封じていた力が発動したし、また暴走するかも知れない」
「それは呪詛が原因だろう。
なら制御する方法を学べばいいだけだろう」
「……はい」
「じゃあ帰ろうか」
「ちょっと待って、触ったことを謝りなさい」
「ごめん」
アリアは怒る気力も失せて、許すことにした。
もし殴っても手が痛いだけで、印象を悪くするだけで何も良いことがない。
それなら、利用できる手札として残したほうが良さそうだと気持ちを落ち着かせた。
次の日、風太の元に招待状が届く。
「後は時が来るまで待つだけか」
聖女ユークアが、風太の背後から抱きつく。
「運命を切り開く時が来ましたね。
ここからは予知は当てにせずに自らの力だけでたどり着いてください」
「予知が使えないのか?」
「はい。
これより王子のために力を使います、ですから温存しなくてはならない」
未来を見る力がホイホイ無条件で使えるとは思っていない。
それなりに消耗するらしく連続使用は出来ないようだ。
王子の補助するのは利敵行為に思えるが、本来の役目を果たすだけである。
「嘘はつけないのか?」
「何度か、能力を使っています。
それに幻で騙せるような相手ではありません」
「助言が欲しい。
ノーヒントで救出するのは難関すぎる」
「片耳に月のイヤリングを付けた者が手助けと成ってくれるはずです。
ですが彼らの意思で助けようとはしないので話しかけてはなりません」
「謎掛けみたいなことを言うんだな。
頑張るしか無いか」
姫と一緒にいた間は、些細な変化を見逃さない訓練に成っていた。
経験してきた事を生かして乗り越えるだけだ。
「ええ、ここにいる人達の運命も握っていることを忘れずに」
「解っている」
もし救出の最中にバレたら、裏切り者として粛清される。
だから誰にも気づかれずに、救出し何食わぬ顔で結婚式に参加する。
限られた時間で全てを達成しなければ、何かを失うことになる。
「プレッシャーに押しつぶされる人もいるというのに。
ああ、最高に素敵……、必ず生きて帰って来て」
「君も、気をつけてくれ」
ユークリアは軽く風太の頬に口づけをして外へ出る。
逃げ出す未来、その結末は残酷にも全ての歯車が狂い崩壊する。
すべてが上手くいかず、逃げる途中で見つかり命を落とす連鎖。
巻き添えに死ぬのは、風太だけではない。
一国がアリアによって滅ぼされると言う何とも奇怪な結末だった。
彼女にはどうやって無能なアリアが国を滅ぼすのか解らない。
風太が見せた、あの召喚樹でも呼ぶのだろうか。
すれ違いに、金の装飾で着飾ったラティアーヌが風太に会いに来た。
「偉大なるフータ殿、ご機嫌麗しゅう」
あの要塞都市の領主代行をしていた彼女がどうして訪れたのか解らない。
そもそも敵対勢力圏に入ってくる事がどうして出来たのだろうか。
「君がどうして?
母親が病で伏せていたんじゃないのか」
「あれはもう駄目です。
精神が壊れて、死んだも同然」
「報復に来たのか?」
「いいえ。
チャナタ殿から言付けを預かっています」
丸投げして、そのまま忘れていた。
もしかしてブチギレているのだろうか?
戻ってこいなんて言わないだろうな。
うーん、彼女は割と真面目そうだから、そんな事は言わないか。
「街は、どんな感じだろうか?」
「田畑の整備が整っている事に驚きました。
あの骸骨が土木工事をしてくれたようで、順調に農作物が育っています」
「それなら食料不足は解消できそうだな」
「はい。
では伝言を伝えますね」
「あんまし聞きたくないな……」
彼女は聞こえなかったふりをする。
「城の工事を調査して、不正を行った者達を捕らえました。
処遇をきめたいのですが、見せしめとして処刑して宜しいでしょうか?」
「あの崩壊した城の事か。
欠陥工事だったのは明らかだよな」
「はい。どうせ自爆するからと、材質を劣化した物に差し替え、柱も本来よりも少なく細くしたようです。
他にも色々と偽装しており……」
読み上げる不正のリストは良くこれだけの事が出来るだと感心するほどである。
それで一応は、形になっていたのは軌跡と言えようか。
「いまは畑仕事が大変だろう?」
「はい。
それがどうかしましたか」
「働いて反省してくれと伝えてくれ。
処刑して得るものは死体ぐらいだ」
「解りました。
では次、私もここに住みたいので了承してください」
「えっ?
返事はどうなるんだ」
「鳩を飛ばします」
「ここに住みたいなら、この袋に入っている金は全財産だ。
倍に増やしてくれ、出来るか?」
「はい。
容易いことです」
風太は彼女に全額を渡す。
ラティアーヌが外に出ると、何台もの馬車が止まっていた。
彼女が連れてきた商人の馬車である。
初めから彼女は資金を浪費して、破産させてやろうと画策していた。
商品の価格はぼったくり価格で本来の10倍である。
「さあ、民の皆様。
新しい衣服に着替え、新しい生活を初めましょう」
故郷を追われ、避難生活では衣服すらボロボロになるまで着続けなければならないほど貧困に苦しめられていた。
悪魔の囁きのような彼女の言葉に民は集まる。
ボロ服を捨て、好きな服を商人から貰う。
代金は既に支払われている。
「なんて素晴らしい領主様……」
「こんなに施してもらえるなんて」
驚きと感謝が溢れる。
ラティアーヌはほくそ笑み、袋の最後の一枚を使い切る。
これで全ての金が尽きた。
倍にするどころか、0になったと知ればどんな顔をするだろうか。
私が処罰されても破綻が訪れ民の手によって処罰されるだろうと心の中で高笑いするのだった。
後に町の変化に驚いた者達が居る。
それは魔族崇拝者である。
紛れるためにボロい服を用意したにも関わらず、住人達は新しい衣服で着飾ったていた。
「なっ……、どういう事だ」
「魔族崇拝している方でしょうか?」
モエギが声を掛けると、彼らは驚きナイフを手に身構える。
「小娘がどうして」
「私、魔族なんです。
ほら見せてあげましょうか」
モエギの足元の影が広がったかと思うと、そこから骨の手が生えてくる。
風太が描いた魔法陣を応用した死霊術なのだが、魔術との違いを見極められるものはそうはいない。
魔族だと信じるには十分な演出だった。
崇拝者は膝をつき崇めるように深々とひれ伏す。
「ははぁ、どうか私も魔族へと導きください」
「貴方達の目的を宣言し、果たすと誓いなさい」
明らかに不自然な言い回しだ。
だが、彼らは魔族になるための儀式だと思い込む。
少女にしてありえない不気味な法術を操る。
この違和感が魔族だと思い込むには十分過ぎる効果を生み出していた。
「我々は異界人を生贄として、魔族への忠誠心を示します」
崇拝者は神に誓うかのように振る舞う。
魔族に対して、そんな振る舞いをどうして行うのか?
モエギは滑稽さに笑いをこえらていた。
笑い声にならないように、少し気持ちを落ち着かせるためにため息を付く。
「それが貴方達の目的ですか、呆れたものです。
私が、そんな事を何時頼みましたか?」
「いえ……、異界人は脅威だと……、ですから少しでも力になろうと……」
彼らに負けるような者が魔族の脅威になるはずもない。
魔族と対等に戦える異界人に歯向かうのは巨象に鼠が挑むようなものだ。
いくら束なっても踏み潰されるだけ。
勝負の土俵にすら立てない。
どうすれば彼らが愚かな考えを持っていると解らせることが出来るのだろうか?
「私が負けると?
見くびられたものです」
モエギの手の指の間にナイフが挟まれている。
彼らが持っていたものを瞬時に取り上げたのてある。
そのナイフを骨の手に渡していく。
「なんて素晴らしい力、いつの間に手にしたのでしょうか?」
彼らはどうして、ワニの口に手を入れていると気づかないのか。
何時食われて不思議じゃないのに、恐怖すら感じていない。
「私が百数えるまでに、去りなさい。
もし手の届く場所にいれば刃が体をえぐるでしょうね」
崇拝者の一人の片手がしわしわにしおれた。
何が起きたのか理解できたものはいない。
「100,99,98……」
次々と異変が起きて、体の一部がしおれていく。
悲鳴と絶望の声が響く。
自分達が殺されるかも知れないと気づいた者から逃げ始める。
脱兎のごとく、全力で見えなくなるのはあっという間だった。
「97,96……」
モエギは追い払ったと安心して笑む。
青々と燃えたぎる人魂がモエギの頭に止まる。
「またライフスティールしたのね。
彼らを殺さないのは、魔族信仰することの無意味さを教えるためなのに……」
魔族に魂わ奪われ半分干からびた者がひっそりと暮らしている。
そんな都市伝説が語られるのは後のことだ。
一つ情報を買って貰いたくてね」
サズーンがやって来たのは、日が昇り初めた早朝だった。
涼しい風に、朝露がポタリ。
そんな気持ちの良い時だ。
まだ目覚めたばかりで、眠気のほうが勝っていた。
風太は失礼だと思いつつも欠伸が出る。
「こんな朝早くに何のようだ?
素敵なお土産でもあるなら聞こうか」
「この女を紹介したい。
アリア、……いや異界人と紹介した方が価値がありがるだろうか」
アリアは、重装甲な鎧を纏っている。
手や足まできっちり覆い、兜があれば完璧だろう。
彼女が被っているのはサークレットであり、両横に羽飾りが付いたものだ。
顔は隠す気がないらしく、凛とした顔立ちに波打つ金髪が目立つ。
「あの……、私は、その……」
「困ったね。
見てくれは整えたが、かなりの弱虫で強姦に襲われそうな所を助けたのだが……。
どう思う?」
「俺が妻を集めていると聞きつけて来たんだろう?」
そんなつもりは無かったが、いつの間にか周りに沢山いるのだから勘違いされても仕方ない。
だから利用して受け流す。
その方が円滑に事が進むというものだ。
訂正し咎めた所で、水を差すだけで対した意味もない。
風太はレモプティが持って来た財宝の袋を持ち上げる。
かなり重く、袋が破けて床に金貨をばら撒くことになった。
こんな大金を用意したのは、傲慢な竜人の気質による所が大きい。
使い切れないほどの金を持っていると自慢したのが運の尽き、風太にカモられたというわけだ。
「これ程の大金を隠し持っていたとは。
ここの領主も中々の悪党だったというわけか」
「まあ、そんな所だ。
言い値で買い取ろう、さあ持っていけ」
賭けをしている。
それは単純なルールだ。
この大金を一週間で使い切れば、俺の勝ちで出来なければレモブティの言うことを何でも聞く。
彼女が提示した規則は、金額を決めるのは相手である。
交渉するのは自由で、お互いが納得したら合意となる。
「では金貨10枚を頂こうか。
おおっといけない、彼女に与えた装備に金が掛かって、その手数料にもう一枚」
「俺がケチに見えるか?
倍の22枚を持っていけ」
「良いのかい?
復興に必要な資金だと、認識しているんだが」
「金持ちに従うんじゃない。
富を授けてくれる人に従うんだ」
「そんな考えでは、すぐに資金を使い果たし銭無しになるのでは?
おおっと余計なことをつい口走ってしまいました」
「それの何がいけない。
盗まれることもなく、安心して寝られる」
サズーンは呆れた様子で、苦笑する。
あまりにも金の価値観が違いすぎて話が合わないからだ。
賭けをしていて無駄遣いしているとは夢にも思うことはないだろう。
「彼女が襲われたのは、異界人の暗殺を企む組織が動いているからです。
魔族崇拝者達を操っているとも」
「厄介事は避けたい。
居場所を教えてくれたら、倍にしてやっても良い」
「流石に、そこまでは掴んではいない。
だが、いずれやって来るだろう」
「いずれか。
残念だったな」
「では、これにて。
ああ、南端の街に時計台が建てられるそうだ。
見学に行くと良い」
現在、復興中の街で、王国最大級の大都市として生まれ変わる予定だ。
南の海から、各地への海路が開けば大規模な貿易による発展が見込まれている。
そんな都市に、時計台の建設計画が持ち上がったのは、風太が立てた一夜砦に対抗してである。
「ありがとう、気が向いたら行こうか」
サズーンが去るとアリアは腰に手を当て風太を指差す。
「貴方が女の子を買い漁っている変態ね。
ひ弱そうに演じていたとも知らずに、この私が成敗してあげるわ」
「解った。
その前に俺が払った代金を返してもらおうか」
「なんで、悪党に渡す金はないわ」
「君は金を奪った挙げ句に、俺を殺そうとしているんだろう。
それは強盗、いや殺人鬼だろう?」
「あはっ。
詭弁よ、貴方は悪人なんだから」
「その悪事を言ってみてくれ」
「人身売買をしたわ。
眼の前で、私を買ったのだから間違いない」
「はははっ、勘違いだ。
彼は人材を紹介しただけで、その手数料を払ったに過ぎない」
「何をー」
「では君は彼の所有物なのか?
違うだろう」
「うっうぅぅっ。
違うけど……、でも、ごろつき達に襲われるよりはマシって聞いたし。
さっきも私を売って話しだったし……」
「紹介したいって言っただけだ。
勝手に勘違いするな」
「うっ……」
「一緒に暮らす気がないなら、出ていったら良い。
さあ、誰も止めはしない」
「……、油断させようって魂胆ね。
その手には乗らないわ」
アリアは後ずさろうとし、姿勢を崩す。
重い鎧はブカブカでサイズがあっておらず、そのまま後ろに倒れる形となった。
風太は彼女の手を掴み支えようとする。
スポッと小手が脱げて、彼女は頭をゴツンと打つ。
「怪我はないか?」
「うーん、すごく痛い。
髪型が潰れるから兜を拒否したのが仇となったわ」
「起きれるか?」
「えっ……、ちょっと……。
無理……、身体が鎧に邪魔されて動けない」
「どうして欲しい?」
「助けなさい。
女の子が、こんなに苦しんているのにボーとしているのは異常よ」
「俺を悪人扱いしておいて……。
その態度も気に入らないな」
「ちょっと、巫山戯ないで」
「俺は損した分を取り返したい。
君がメイドとして働くなら、助けても良い」
「誰が貴方なんかに……。
うーん、えいっ……はぁはぁ……」
本当に動けないらしく、アリアは仰向けになったままジタバタとと手足を動かしていた。
板の間で床もしっかりとして、滑りやすくもない。
なのに立てないのは単に筋力不足なのだろう。
「そんなので、何処に行くつもりだ?」
「それは、その……考えていませんでした。
えーと」
「3食寝床付き、仕事は部屋の掃除だ。
他に欲しいものがあったら買ってやっても良い」
「うっ……、買収しようなんて、なんて悪人」
「その変な考えは解らない。
ほら、お小遣いもあげよう」
アリアの額に金貨を置く。
「くっ……。
こんな物につられるとは思わないで!」
「ケーキなら千個買えるぐらいの価値ある。
価格が高騰してなければもっと買えたらしいけど」
「……。
助けて……、ください」
「なんて言ったのかな?」
「助けてください。
お願いします」
「つまりメイドとして働くって事か?」
「はい、働かせて頂きます」
「じゃあ、交渉成立だな」
風太の影から、ニョッキと手が生え人が出てくる。
猫耳と尻尾が特徴的なクロニャである。
護衛を兼ねて影に潜むという魔法を披露したのだが、出るタイミングを失い数日間も影の中で待っていた。
その喜びに溢れた顔は輝き、目が煌めくほどだ。
「では、彼女を教育してきます」
貯めた鬱憤、いや愛情を注ぎ込むだろう。
「ああ、任せた」
ずっと監視されているようで気分の良いものではない。
風太はホッと一息をつく。
これでのんびりと過ごせそうだ。
トントン! トントン! トン!
扉が開くと、隣の部屋で青楓の作業する音が聞こえてきた。
木彫りの人形が作れるなら、家具も作れるのではと勧めたら上手く出来た。
机も単に真っ直ぐな棒ではなく、彫刻が入った飾り付きの足である。
芸術と利便性が兼ね備わった家具は人気が高く、奪い合いになるほどだ。
「ひぃ……、ちょっと、何処に連れて行くつもり!」
アリアが引きずられて連れて行かれる。
バタンと扉が閉じて、すぐに開く。
アリアはメイド服になって立っていた。
「では、掃除の手ほどきから初めましょうか。
常に姿勢をまっすぐにして!」
「はい……、こんな筈では。
折角、アリアに成れたのに……」
風太はぼんやり彼女の顔を眺めていた。
見たことがないはずなのに、見覚えがあるような気がしたからだ。
しかし、思い出せずにいた。
アリアはドジで、自分で置いた水入りバケツに転びそうになり、クロニャに抱きかかえられる。
はたきを使えば、飾ってある花瓶を倒す。
布巾で机を拭こうものなら、足の指をぶつけて大泣きすると言う有り様だ。
クロニャは真っ青になり、風太の前でバタンと倒れる始末。
無抵抗でどんな事でも受け入れると言う態度で、最大の謝罪の方法だ。
それほどに、アリアは全く持って使えない無能中の無能だった。
「御主人様……、不覚、不覚……、手におえません」
「君が1日で音を上げるのか。
でも異界人だったら何か得意なことがある筈だろう?」
「恐らくですが、完璧なる無能の天賦の才を持っているのかと。
にゃあぁぁぁぁっ、もう駄目」
「そうだな。
モエギに頼もうか、彼女はメイドの事は……」
「ダメダメ、それは駄目。
暫く一人で修行をしたいと言って川で特訓をしているところです」
「なんで君が拒否するんだ?
というか、最近はモエギとは顔も合わせてないな」
「本人の意思を尊重しているだけです。
御主人様が望むなら私が連れきましょう」
「いや、アリアの護衛を頼む。
あの様子だと普段の生活すら危うい気がする」
「ううぅぅっ、にゃあああぁぁっ。
はい、お守りします」
クロニャは猫の姿に化けてアリアの足元に近づく。
猫姿を選んだのは、あくまで護衛であって自滅するのは、もう助けないと言う意思表示だった。
アリアはクロニャを抱き椅子に座る。
「可愛い、ナデナデしてあげますからね」
「見てたよな?」
「はい、でも可愛くて。
私って、何にも出来なくて、それが嫌で変わりたいと願ったのに……」
「ふーん。
無理して変わろうとしなくて良いと思う、無理すると歪が出るし」
「そうかな……。
折角、この姿に成れたのに、立派で格好良くて最高のヒロインに……」
「君って、転生前と違う姿なのか?」
「はい、茶色の毛だったし、微妙な顔で嫌だった。
地味で何しても上手くいかない」
「本当にそうかな?
全てに挑戦して訳でもないだろう、まだ出会えてないだけかも知れない」
「……はぁ、何もかも持っている人の台詞。
掃除すら出来なくて……」
「別にいい。
ここには魔法がある、俺も初めは何も出来なかったけど色々と学んだんだ」
「うーん。
見せて」
「見せたいのは山々なんだけど。
俺も今は使えないんだ」
原因は解らないが、精霊すら操れないのは不便なことだ。
ドン!
レモプティが部屋に入ってくる。
何時ものように話を盗みきぎしていたのだろう、一目散にアリアに近づく。
「魔法を見せてあげてもいいわ。
さあ、どんな物を、見たいか言いなさい」
彼女もトラブルを巻き起こす厄介な存在だ。
嵐のように辺りを災害級の破壊をもたらす。
竜人の彼女にしてみれば、それが些細な事だからたちが悪い。
「待て、君は大人しくしているんだ。
また派手な魔法を使って困らさないでくれ」
「風太が、そう言うなら。
実に残念なことだけど、小さな術を見せてあげましょう」
だから、使うなって言ってるのに。
竜人はすぐに調子に乗ってド派手な魔法を使う。
蛇口がゆるゆるな感じで、開くと一気にドバッと放出する。
空中に水を浮かせ星の形やハートを作り出す。
子どもに見せるような、水遊びであった。
数日の失敗を得て、やっと人の普通を理解したようだ。
レモプティは風太にニヤリと笑みを送り、褒めて良いんだぞと催促する。
「凄い、ぜひ教えて」
アリアは目を輝かせて、レモプティの手を握る。
その情熱とは対称的にレモプティの表情は微妙だった。
「んーん、もしかして貴方には精霊が宿っていない?」
「ううぅぅぅっ、私は悪くないのに。
全ての契約に失敗して追い出されたんです」
「でも変ね。
万物には精霊が宿るはずなのに、理を歪める魔族すら精霊を宿しているわ」
「つまりどういう事?」
「特異体質なのか、あるいは呪いを掛けられているか。
まあいずれにしても、精霊がいなければ術は使えない」
「夢を見せて砕くって、酷い。
あんまりよ」
風太はアリアの手を掴み連れ出す。
「後は任せた。
俺達は川へ行く」
風太が自由気ままなのは何時もの事だ。
誰も止めることは出来ない。
領主と言う立場を考えれば、護衛の一人すら付けないのは異常である。
幾ら能力に長けていたとしても、油断が命取りなることは珍しくない。
特に王国では、暗殺に警戒して側近も代々仕えてきた者を選ぶぐらいである。
当然、二人はそんな事情は知らず呑気に川へと散歩気分でたどり着く。
「さて、君の秘密を教えてもらおうか」
「秘密なんて無いわ」
「君は知らないと思うが、
魔法の適性は最初に調べられるんだ」
「だから、精霊との契約は失敗したって」
「適性がないなら、初めから契約の儀式は行わない。
つまり君は適正がある筈なのに隠している」
「彼女から聞いたの?
それなら順序が偶然違っただけ」
彼女とは青楓の事だろう。
もしアリアが暗殺者だとしたら、青楓の命を狙うために異界人を騙っている。
少しカマを掛けて探りを入れたほうが良さそうだ。
「ああ、川で遊んでいる。
これから会いに行く所だ、君が本物の異界人か確かめるために」
「他の人達と比べられたら、私なんて雑魚だし……。
そういう比較って良い気がしない」
「文化や歴史だって証明する知識はあるだろう?」
「マヨネーズを作ってあげる。
最高の調味料で爆発的に売れることは間違いない」
アリアが自慢げに言い放ったが、そんな上手い話があるわけ無い。
先人が既にいるのに、それが存在していないということはつまり何かの問題があるのだろう。
ここに限っていえば、すぐに思い当たることがある。
「養鶏場があると思っているのか?」
「えっ?
鶏ぐらい居るでしょう」
「残念だが、この町で見たことはない」
当然だが、貧困で生きていくのがやっとな人々に家畜を養う余裕はなかった。
雑草すら生えてない、枯れた土地で家畜を買っても餌に困るだけだ。
「うーん。
歴史とか勉強苦手だったし、はぁ……こんな事なら真面目に授業を聞いておけばよかった」
「まあ、会えばすぐに解ることだ」
川で遊ぶのは危険と言う看板が立てられている。
青楓が設置したものなのだが、現地の人達は不思議がって見ていた。
そういう警告する立て札の文化は無いらしい。
何故なら、彼らは文字が読めず危険と書いても意味が通じない無いためだ。
絵で危険だと書き足しているが……、理解できているのか怪しい。
それが目に入っても気にせず素通りしたのは、よくある日常の光景だからだろう。
彼女が異界人の可能性は高い。
「外は魔物が徘徊していて危険だって聞いていたけど。
スライムとか、ゴブリンみたいなのが出たりするの?」
「この辺りは、掃除したから安全だ。
他の場所では知らないな」
「まだ街の中なのね。
良かった、私ってあんまし強くないから戦闘に巻き込まれたら直ぐに死んでしまうと思うの」
「鎧を着ていたのに?」
「うー、それは身を守る為。
まあ少しは憧れみたいなのもあったけど……」
身動きが取れなくなるような物を身に着けていたら余計に危ないとは思うが……。
本来鎧はオーダーメイドで作られて、きっちり体格に合わせて作られる。
恐らく、あの鎧は中古で売られていたものだろう。
今、彼女が着ているメイド服はレモプティが持ってきた龍髭の布で作られたものだ。
術による強化が施され、斬撃から身を守ってくれる。
あの鎧よりも遥かに優れた防御性能があるだろう。
モエギが釣りをしている様子が見える。
「いたいた、彼女だ」
「少女?」
「まあ、見た目はそうだけど。
中身は大人だ」
モエギが振り返る。
「……私は、愚か者です。
本来ならすぐに戻って伝えるべきでした」
何時もなら直ぐに駆け寄って来るのだが、何故か離れたままだ。
風太が近づこうとすると、モエギは後退りし片足が川に入る。
「どうして逃げる?」
「私は、私は……、もう貴方と一緒に居られない。
だって魔族に成ってしまったです」
「俺には、それがどういう事なのか良く解らない。
何が問題なんだ?」
「……解らない。
けど駄目な気がします」
「君が俺の知らない何かに成っていたら。
その時に考えることにする。
一緒に帰ろう」
風太が手を差し伸べるとモエギは戸惑う。
もし自分の意思に反して、人を襲うなら風太を傷つけてしまうかも知れない。
側にいる魔族クロニャの存在がより判断を困らせていた。
何故なら、モエギの知る魔族とは明らかに違っていたからだ。
話し合いなど無意味で、人の命を奪うだけの恐ろしい存在。
それが魔族。
クロニャのように人と共に生活することはあり得ないことだ。
「一つ、聞きたいことがあります。
魔族を生み出す方法を知っていますか?」
それは一度だけ何処がで聞いた気がする。
一体何処でだろうかと記憶を探っても思い出せない。
いや、死霊術や転生術とも関係したはずだ。
「うーん、詳しくは知らないが何となくは聞いたことがある。
具体的な方法も解らないな」
「……。
あの古城で知ったのですね」
「多分、そうかも知れない」
「死霊術もですよね。
あの本ですか?」
「霊の知識が入ってくるから、色々な事が解ったりするんだけど……。
深く心に刻もうとしないと忘れてしまう」
情報の多さは有利だが、それが整理整頓されていなくて、一方的に膨大な量を送りつけられる。
それはただの雑念でしか無く遮断する。
そうしなければ自分を保てなくなる。
風太が死霊術で自滅しなかったのは、処理能力の速さがあったからだ。
不要な情報を捨てて、脳の記憶利用域を常に開けていた。
「もし私が人の心を失った時は、貴方の手で止めてください」
「そんな事はにはならないだろう?
君は自分の意志で動ける」
「はい。
でも魔族は魔王に支配されているらしい」
「解った。
もしもの時は俺が止めよう、魔王を倒す」
大胆なことを言ってしまったが、まあ不可能ではないだろう。
今は信頼できる仲間……、いや家族が居る。
「どうして私が、こんな事になったのか聞かないのですね」
「聞かなくても教えてくれるだろう?
言いたくないなら、そっとしておこうと思っていた」
「はい、では一生の秘密にしておきます」
様子を見ていたアリアはブツブツと独り言を口走る。
それは呪文であった。
仕込まれていた呪詛が発動し彼女の口を通じて法術を発動しているのだ。
光すら飲み込む深淵の闇、彼女の体が暗黒がにじみ出る。
飲み込まれれば二度とでられないブッラクホールが生まれようとしていた。
「レレゲナが、ただ野放しにするわけ無いよな。
やっぱり仕込んでいたか」
「はい。
これは自滅の呪詛です、恐らく魔族を認識して起動したのでしょう」
モエギの推測があたっていれば、発動したら最後。
自らの肉体が崩壊しても周囲に居る生命を全てを吸い尽くすまで止まることはない。
「止める方法は?」
「術が不完全な今直ぐに、彼女を消滅させればあるいは……」
「クロニャ、居るんだろう?
君の解も聞きたい」
アリアの影から黒猫が出てくる。
「にゃあーん❤」
クロニャがアリアの足首を甘噛する。
たったそれだけで術が崩壊し、呪詛が消失した。
ハッカーのように術式に介入し、改ざんを行ったのである。
「説明してくれ」
『あの竜人が仕込んでいた裏口を利用しました。
ああ、御主人様……、それであの竜人を飼われているのですね』
「……裏口か」
魔法が使えないと判断した時に何かしらの事はしていると思ったが、謎の裏口とやらを仕込んでいたのか。
……って、裏口ってなんだ?
彼女に扉でも付いているのか?
解らない。
アリアはフワリと空中に浮かび、スカートをはためかせている。
あっ……、白のパンティが見える。
「なんで浮かんでいるんだ?」
『本人の意思……いえ、これはまさか。
封じていた力が強引にこじ開けられて暴走しているのかも知れません』
「フフフ……。
私は暗黒に魅入られしアリア、全てを無に帰す存在」
「ふーん、あの恥ずかしいから止めたほうが良い」
「さあ、無へ帰りなさい」
アリアの手から放たれた暗黒の玉が風太へと飛んだ。
「なんか違う」
本当に暴走しているのだろうか?
どことなく芝居をしているような口調。
不自然な良い回し……。
そんな事を考え避けることを忘れていた。
直撃するかと思われた時、モエギが手で彈く。
パンッ
風船が割れるような音共に暗黒球は消える。
「何を考えているのです。
彼女を殺さないと、世界が滅びてしまいます」
「違うな。
まあ見ていると良い」
風太は、アリアの足首を掴み引き落とす。
彼女が落ちると首根っこを掴み引き寄せた。
「フフフ……。
止める方法はただ一つ、私の心臓を一突きにすることね」
「解った。
一突きにすれば良いんだな?」
人差し指で、彼女の胸をムニッと突く。
彼女の顔が見る見る赤くなっていく。
「はあぁぁぁぁぁっ。
何触っているの!」
「君がしろって言ったんただろう?」
「違う、何処刺しているの。
そこは胸よ」
「心臓があるのって、そこだろう?」
「はあぁぁ?
そこは肺だし、心臓の位置ぐらい覚えておきなさいよ」
「茶番はもう良いかい?」
「うっ……。
何で私を殺さないの?」
「死にたいのか?」
「だってアリアは邪神に魅入られて、世界を滅ぼす裏ボスなのよ。
闇の力を使って……」
彼女の願望が、理想の姿として転生した時に反映されたのかも知れない。
だとしたら風太は、自分に満足していたということになる。
変化せず、そのままの姿で転生したのだから。
転生前と思想や姿が変わっていても気づかないだけかも知れないが……。
今の自分が急に、何か操られたような思想の変化は起きていない。
「そんな事をしたいのか?」
「いいえ。
でも封じていた力が発動したし、また暴走するかも知れない」
「それは呪詛が原因だろう。
なら制御する方法を学べばいいだけだろう」
「……はい」
「じゃあ帰ろうか」
「ちょっと待って、触ったことを謝りなさい」
「ごめん」
アリアは怒る気力も失せて、許すことにした。
もし殴っても手が痛いだけで、印象を悪くするだけで何も良いことがない。
それなら、利用できる手札として残したほうが良さそうだと気持ちを落ち着かせた。
次の日、風太の元に招待状が届く。
「後は時が来るまで待つだけか」
聖女ユークアが、風太の背後から抱きつく。
「運命を切り開く時が来ましたね。
ここからは予知は当てにせずに自らの力だけでたどり着いてください」
「予知が使えないのか?」
「はい。
これより王子のために力を使います、ですから温存しなくてはならない」
未来を見る力がホイホイ無条件で使えるとは思っていない。
それなりに消耗するらしく連続使用は出来ないようだ。
王子の補助するのは利敵行為に思えるが、本来の役目を果たすだけである。
「嘘はつけないのか?」
「何度か、能力を使っています。
それに幻で騙せるような相手ではありません」
「助言が欲しい。
ノーヒントで救出するのは難関すぎる」
「片耳に月のイヤリングを付けた者が手助けと成ってくれるはずです。
ですが彼らの意思で助けようとはしないので話しかけてはなりません」
「謎掛けみたいなことを言うんだな。
頑張るしか無いか」
姫と一緒にいた間は、些細な変化を見逃さない訓練に成っていた。
経験してきた事を生かして乗り越えるだけだ。
「ええ、ここにいる人達の運命も握っていることを忘れずに」
「解っている」
もし救出の最中にバレたら、裏切り者として粛清される。
だから誰にも気づかれずに、救出し何食わぬ顔で結婚式に参加する。
限られた時間で全てを達成しなければ、何かを失うことになる。
「プレッシャーに押しつぶされる人もいるというのに。
ああ、最高に素敵……、必ず生きて帰って来て」
「君も、気をつけてくれ」
ユークリアは軽く風太の頬に口づけをして外へ出る。
逃げ出す未来、その結末は残酷にも全ての歯車が狂い崩壊する。
すべてが上手くいかず、逃げる途中で見つかり命を落とす連鎖。
巻き添えに死ぬのは、風太だけではない。
一国がアリアによって滅ぼされると言う何とも奇怪な結末だった。
彼女にはどうやって無能なアリアが国を滅ぼすのか解らない。
風太が見せた、あの召喚樹でも呼ぶのだろうか。
すれ違いに、金の装飾で着飾ったラティアーヌが風太に会いに来た。
「偉大なるフータ殿、ご機嫌麗しゅう」
あの要塞都市の領主代行をしていた彼女がどうして訪れたのか解らない。
そもそも敵対勢力圏に入ってくる事がどうして出来たのだろうか。
「君がどうして?
母親が病で伏せていたんじゃないのか」
「あれはもう駄目です。
精神が壊れて、死んだも同然」
「報復に来たのか?」
「いいえ。
チャナタ殿から言付けを預かっています」
丸投げして、そのまま忘れていた。
もしかしてブチギレているのだろうか?
戻ってこいなんて言わないだろうな。
うーん、彼女は割と真面目そうだから、そんな事は言わないか。
「街は、どんな感じだろうか?」
「田畑の整備が整っている事に驚きました。
あの骸骨が土木工事をしてくれたようで、順調に農作物が育っています」
「それなら食料不足は解消できそうだな」
「はい。
では伝言を伝えますね」
「あんまし聞きたくないな……」
彼女は聞こえなかったふりをする。
「城の工事を調査して、不正を行った者達を捕らえました。
処遇をきめたいのですが、見せしめとして処刑して宜しいでしょうか?」
「あの崩壊した城の事か。
欠陥工事だったのは明らかだよな」
「はい。どうせ自爆するからと、材質を劣化した物に差し替え、柱も本来よりも少なく細くしたようです。
他にも色々と偽装しており……」
読み上げる不正のリストは良くこれだけの事が出来るだと感心するほどである。
それで一応は、形になっていたのは軌跡と言えようか。
「いまは畑仕事が大変だろう?」
「はい。
それがどうかしましたか」
「働いて反省してくれと伝えてくれ。
処刑して得るものは死体ぐらいだ」
「解りました。
では次、私もここに住みたいので了承してください」
「えっ?
返事はどうなるんだ」
「鳩を飛ばします」
「ここに住みたいなら、この袋に入っている金は全財産だ。
倍に増やしてくれ、出来るか?」
「はい。
容易いことです」
風太は彼女に全額を渡す。
ラティアーヌが外に出ると、何台もの馬車が止まっていた。
彼女が連れてきた商人の馬車である。
初めから彼女は資金を浪費して、破産させてやろうと画策していた。
商品の価格はぼったくり価格で本来の10倍である。
「さあ、民の皆様。
新しい衣服に着替え、新しい生活を初めましょう」
故郷を追われ、避難生活では衣服すらボロボロになるまで着続けなければならないほど貧困に苦しめられていた。
悪魔の囁きのような彼女の言葉に民は集まる。
ボロ服を捨て、好きな服を商人から貰う。
代金は既に支払われている。
「なんて素晴らしい領主様……」
「こんなに施してもらえるなんて」
驚きと感謝が溢れる。
ラティアーヌはほくそ笑み、袋の最後の一枚を使い切る。
これで全ての金が尽きた。
倍にするどころか、0になったと知ればどんな顔をするだろうか。
私が処罰されても破綻が訪れ民の手によって処罰されるだろうと心の中で高笑いするのだった。
後に町の変化に驚いた者達が居る。
それは魔族崇拝者である。
紛れるためにボロい服を用意したにも関わらず、住人達は新しい衣服で着飾ったていた。
「なっ……、どういう事だ」
「魔族崇拝している方でしょうか?」
モエギが声を掛けると、彼らは驚きナイフを手に身構える。
「小娘がどうして」
「私、魔族なんです。
ほら見せてあげましょうか」
モエギの足元の影が広がったかと思うと、そこから骨の手が生えてくる。
風太が描いた魔法陣を応用した死霊術なのだが、魔術との違いを見極められるものはそうはいない。
魔族だと信じるには十分な演出だった。
崇拝者は膝をつき崇めるように深々とひれ伏す。
「ははぁ、どうか私も魔族へと導きください」
「貴方達の目的を宣言し、果たすと誓いなさい」
明らかに不自然な言い回しだ。
だが、彼らは魔族になるための儀式だと思い込む。
少女にしてありえない不気味な法術を操る。
この違和感が魔族だと思い込むには十分過ぎる効果を生み出していた。
「我々は異界人を生贄として、魔族への忠誠心を示します」
崇拝者は神に誓うかのように振る舞う。
魔族に対して、そんな振る舞いをどうして行うのか?
モエギは滑稽さに笑いをこえらていた。
笑い声にならないように、少し気持ちを落ち着かせるためにため息を付く。
「それが貴方達の目的ですか、呆れたものです。
私が、そんな事を何時頼みましたか?」
「いえ……、異界人は脅威だと……、ですから少しでも力になろうと……」
彼らに負けるような者が魔族の脅威になるはずもない。
魔族と対等に戦える異界人に歯向かうのは巨象に鼠が挑むようなものだ。
いくら束なっても踏み潰されるだけ。
勝負の土俵にすら立てない。
どうすれば彼らが愚かな考えを持っていると解らせることが出来るのだろうか?
「私が負けると?
見くびられたものです」
モエギの手の指の間にナイフが挟まれている。
彼らが持っていたものを瞬時に取り上げたのてある。
そのナイフを骨の手に渡していく。
「なんて素晴らしい力、いつの間に手にしたのでしょうか?」
彼らはどうして、ワニの口に手を入れていると気づかないのか。
何時食われて不思議じゃないのに、恐怖すら感じていない。
「私が百数えるまでに、去りなさい。
もし手の届く場所にいれば刃が体をえぐるでしょうね」
崇拝者の一人の片手がしわしわにしおれた。
何が起きたのか理解できたものはいない。
「100,99,98……」
次々と異変が起きて、体の一部がしおれていく。
悲鳴と絶望の声が響く。
自分達が殺されるかも知れないと気づいた者から逃げ始める。
脱兎のごとく、全力で見えなくなるのはあっという間だった。
「97,96……」
モエギは追い払ったと安心して笑む。
青々と燃えたぎる人魂がモエギの頭に止まる。
「またライフスティールしたのね。
彼らを殺さないのは、魔族信仰することの無意味さを教えるためなのに……」
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そんな都市伝説が語られるのは後のことだ。
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