「どうか、結婚してください!」

あるのーる

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第3章

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 物心ついたころから傍にいて、ずっと世話を焼いていた。だからこそプロポーズなんてものをされたのだし、そこに恋愛感情なんてものを見出す方がおかしい。
 今でも続けて俺を好きだというのは引っ込みがつかなくなっているからであり、本気にするのはセオドアのためにもならない。

「……限度というものを知らないのか、あいつは」

 そんなことをここひと月の間考えていたというのに、視界いっぱいに広がる花の山に俺は頭が痛くなってしまう。
 先週セオドアは部隊長就任のため王都へ戻るため村に寄っていった。どうやらその時メグさんの花屋から全て買い上げる勢いで花を注文し、それが届けられているようだった。
 セオドアが帰ってくる予定日は今日。とはいえ本人はまだ見えないが、こんなに大量の花を俺にどうしろというんだろうか。

「マリーとマリオンに頼んで酒場と宿屋で使ってもらって……後は好きな人に貰ってってもらうか。だったら花屋に置いて配ってもらうのも……」
「ウィル兄」
「っ、セオ……」
「驚いた?」
「あ、ああ……って、いくらなんでも多いぞこれは!」

 一人ぶつぶつと花の配分先を考えていると、その影からひょっこりとセオドアが現れる。王都で任命式を終えてからすぐに馬車に乗ったらしく、その衣装は立派な騎士のものだ。
 見違えるほどに輝かしいセオドアの姿に、俺は一瞬息を呑む。成長したと思ってはいたがやはり「弟のようなセオドア」という意識がどこかにあり、俺が守ってやらなければという心が多少なりともあった。
 だが精悍な顔つきに堂々とした立ち振る舞いは、決して弱々しいものではない。始めて「騎士としてのセオドア」に見惚れてしまったが、俺の視線にニコッと笑ったセオドアの顔は覚えのあるものであり、ようやく止めていた呼吸を再開しながらセオドアへ苦言を呈すことができた。

「そう? 多いって言っても元々この村にある分しかないけどな。それに、俺の気持ちはこれよりももっと大きいし」
「また、お前は……」
「ねぇウィル兄? そろそろ俺が本気だっていうのを認めてよ」
「!」

 しかし、それも笑顔のままセオドアに迫られるとそうも言ってられなくなる。じりじりと後退する俺に合わせて距離を詰めるセオドア、そのせいで壁際まで追い込まれた俺は、じっとセオドアに目を合わせられた。
 逃げようにも、真剣な色に視線をそらしてはいけないと感じてしまう。成人を迎えたセオドアはやはりどこか色気があり、見ているとだんだん心臓の高鳴りが大きくなっていく。駄目だと分かっているのに体は動かず、伸ばされたセオドアの手が顔に触れたことに反応するので精一杯だった。

「……嫌なら、さっさと拒否すればいいのに」
「ぁ……それ、は」
「大丈夫だよ? そんな、ウィル兄に振られたからって……ショックだし絶対泣くけど、大丈夫」
「大丈夫じゃない、だろ」
「でも、ずっと保留にしたままも酷いよ。ウィル兄、その気がないならそう……」
「っきなり! いきなり、どうしたんだ!? 俺は、セオのことが嫌いじゃないから……」
「嫌いじゃないから、何?」
「……っ!」

 ぐ、とさらに詰め寄られ、寄せられた顔に俺は怯む。
 何、と聞かれ、俺は答えられなかった。俺がセオドアのプロポーズから逃げているのは理由はともかく事実としてあり、セオドアの言う通り酷いことでもある。セオドアが自分から終わりにすることが出来ないなら、俺がその気はないと伝え区切りをつけることもセオドアのためなのだ。
 だというのに、俺はセオドアの求婚をのけられないでいる。それは突き詰めてしまえばセオドアの隣が心地いいという俺の身勝手な思いからであり、なんだかんだと言い訳をしてセオドアが俺を求めてくるのを喜んでいるからだ。

(……俺の方こそ、セオに甘えてるな)

 すっかり自立したセオドアを盾に、俺は逃げている。手紙があったとはいえ離れている期間も長かったのだ、いくらでも俺への思いを見直す時間もタイミングも、切り捨てる機会も十分にあった。それでも変わらずプロポーズするセオドアに、恋愛感情が分かっていないからだと思い込みたかったのは俺の方。

「セオ、ごめんな」

 だから、もうセオドアを自由にしてやろう。そんな思いで俺は顔に添えられているセオドアの手に自分の手を重ねる。わずかに目を見開いた後すぐに悲しそうに顔を歪め、セオドアは俺の体を抱きしめた。
 震える背中を撫でさすり、しばらくした後にやっと震えの止まったセオドアは小さく俺に尋ねる。

「……なんでか聞いてもいい? やっぱり、弟としか見れない?」
「……確かに、セオは俺の可愛い弟分だ。とはいえ、騎士になってからはあんまりそういう意味では断ろうと思ってなかったな」
「……? じゃあなんで……?」
「その……恥ずかしいが、俺が弟離れできていなかったってことだ。セオが近くにいる方が、なんだかあるべき姿みたいに調子よかったんだな。それはセオじゃなくて俺の問題だから……もう、甘えるのはやめにする」
「……ん? あの、それだけ?」
「いや、まだある。ほら、セオはもう村から出ていろんなところに行けるだろ? 騎士っていう肩書も、地位もある。イケメンだし、それこそ引く手数多だ。実際、そうだっただろ?」
「え、ま、まぁ。それなりにはお茶のお誘いとかはされたけど……」
「手紙にも書いてあったしな。そういう風に人と触れ合っていけば、俺以上に好きになる人だって見つかると思う。まだセオは21だしな」

 うんうん、と言ったことに頷きながら、俺は自分の心を整理していく。俺の身勝手な欲望を抜きに考えれば、未来あるセオドアを縛りたくないというのが一番の理由だ。
 実のところ、俺は王都で貴族にセオドアが見初められる可能性だってあると思っている。セオドアから貴族になりたいなんて言葉は聞いたことないが、それがいつ変わるかはわからない。そのとき俺と付き合ってるなんてことになっていれば、優しいセオドアは悩むことになるだろう。結果的に苦しませてはしまったが、それは俺の本意ではないのだ。
 そう俺がセオドアのプロポーズをはっきり断らなかった理由と、ついでに受けなかった理由を話せば、セオドアはガバリと体を起こし俺の肩を掴んで再度視線を合わせてくる。

「ウィル兄、俺がプロポーズして迷惑だとか、嫌だったとかは?」
「そ、そういうのはなかったな……?」
「……正直なところ、俺に興奮したりとかは?」
「こうっ……! 興奮はしない、が、こうやって真っすぐ見られると……」
「見られると?」
「その…………困る」

 どう伝えたものかと必死に考え、ようやく絞り出した単語を俺は口にする。なんだかんだで俺はセオドアにプロポーズされる以外は恋愛的なものとは無縁に過ごしてきた。そのためセオドアに時折感じるときめきを変に受け取って勘違いしてしまったらどうしようかと、俺は俺で悩んでいたところがある。
 そんな思いを「困る」という一言に込めセオドアに告げれば、セオドアの顔はだんだんと明るいものへと変わっていった。

「……なんだ。だったら、いいよね」
「セオ?」

 一抹の寂しさを感じるものの、これでセオドアは俺に振り回されることもなくなる。そう思っていたのに、すっかり笑顔に変わってしまったセオドアは俺を抱き寄せ嬉しそうに頬ずりした。

「お、おい」
「ちょっとね、俺が可哀想でウィル兄が付き合ってくれてるんだって思ってたのはあったんだ。でもウィル兄、そうじゃないんでしょ?」
「まぁ……最初はそうだったが、今は違うな」
「それなら、俺にもチャンスはある。ウィル兄、最初にも言ったけど、俺は本気なんだ。ウィル兄以外を好きになることなんてない。だから、ウィル兄が考えてるような心配は必要ないんだよ」
「そうは言っても」
「そうは言わないんだよ。ああ、こうして抱き付いてるとウィル兄の体温が上がってるのも分かる……うん、対象外ではないんだね」
「セオ!? おい……」
「ウィル兄。俺、これから全力でウィル兄を口説くからね!」

 わさわさと体に這わされる手によくない感覚を引き出され、思わずセオドアから離れようとする俺。その俺の手をパッと掴み、セオドアは見せつけるように手首に口づけを落とす。
 これでセオドアとはただの仲のいい幼馴染になる、そんな俺の思惑とは違い何故か見たこともないぎらついた目で俺を見てくるセオドアに、不覚にもまた心臓が大きく跳ねたのだった。
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