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第3章
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『魔王討伐作戦』。そう銘打たれた作戦の実態は、ただ森の奥へと分け入り魔王がいないか確認するというものだ。
魔王がいればそれはすなわち強敵と相対するということであるし、いなくとも現状から見れば森の中心などふもととは比べ物にならないほど手強い魔物がいるはずである。そうでなくても道中も進むほどに危険になり、疲弊した状態でどれだけ力が通用するか分かってもいない。
しかし、何度も森へ足を踏み入れるのは余計に魔物を刺激するという理由で、一度の進攻で進めるだけ進むということに決まったようだ。呆然としつつも勝手に動いてくれたらしい体は聞き覚えのない内容をメモに書き留めており、そこには厳選しつつも大量の物資を用意するよう記されている。
準備を終えるのは来月、その時にはもう作戦を決行するため森に入るそうで、実質今日が村に集まる最後の日となった。
いや、周囲の様子などをまとめるために会議自体は開かれる。しかしそこに作戦部隊の隊長となったセオドアがいるはずもなく、最後の日というのはセオドアと会える、という意味で、だ。
「セオ」
だというのにセオドアは馬車の前に立ったまま、いつものように俺の手を握ろうとしない。俺が名前を呼べばぴくりと肩を跳ねさせるが、結局そのまま俯いていた。
「……セオ」
「……ってことで、ウィル兄! 俺はちょっと魔王倒しに行ってくるよ!」
それでももう一度名を呼ぶと、パッと顔を上げたセオドアは明るい声でそう言う。悲壮感など全くなく、少し難しいけれどできない仕事ではないというような表情。そこに込められたセオドアの思いを察せたのは、俺が今まで多くの笑顔をセオドアに向けられていたからだろう。
「すぐに帰ってくるからね! そしたらウィル兄、今度こそ……だから……」
「ああ、待ってる」
「っ!」
笑顔が徐々に曇り、声も力ないものへと変化する。縋るようなその音に思わず垂らされていたセオドアの手を取った俺は、俺から握り締めてセオドアに『待つ』と告げた。
きっと、今までの俺なら「頑張れ」だとか「信じてる」だとか、そういう言葉をかけていただろう。
だが、セオドアが俺を想ってくれるように、俺もセオドアを想いたい。無事でいられるか自信がなく、「待っててほしい」と言葉にすることは出来なかったセオドアに変わり、俺はしっかりとセオドアの目を見て帰還を望む言葉を放った。
「ウィル兄」
「セオ、大丈夫だ。俺は、5年だって10年だって、お前が帰ってくるまで待つ」
「……嬉しいな。俺、それだけで頑張れそうだ」
「……」
「ウィル兄、俺はね、魔王を倒しに行くのは本当に嫌じゃないんだ。やっと俺の力が皆を守ることに繋がると思えば、望んで立候補すらした。だけど、やっぱりウィル兄を置いていくのは嫌なんだ。なんだったらウィル兄を一緒に連れていきたいくらい」
「なんだ、行ってやろうか?」
「っ……そんな危ない事、できないよ……」
「……なら、俺は村でお前のことを考えて祈ってやる。無事に帰ってこれますようにってな」
「!」
「毎日欠かさず。お前が返ってくるまでずっと」
「それは……!」
驚きに目を見開いたセオドア、それに俺が笑いかければ、セオドアは勢いよく俺に抱き付いてきた。
直接的ではないが、これで俺がセオドアのプロポーズを受けるつもりがあるというのは伝わったはずだ。当然命を捨てるつもりはないのだろうが、万が一があった場合のことを考えてセオドアは俺へのアピールを躊躇っていたのだろう。
そんなことをしなくてもいいとそれとなく伝えようと思っていたのだが、想像以上に耐えていたセオドアからの抱擁は少し痛い。
「っ、ウィル兄、俺と……」
「おっと、それはダメだ。それは、帰ってきてから聞かせてくれ」
「う……分かった……」
「……でも、代わりに」
こんな状況でプロポーズなんて、なんだか縁起が悪い。そんな思いと、ついでに未練があれば戻ってくる確率が高くなりそうで、俺はセオドアの言葉を遮る。
俺の言うことを聞いたセオドアだがその顔には不満がありありと浮かんでおり、だったらと俺はセオドアの首へと手を回した。
「!!!!!!」
それは、一秒にも満たないほどの接触だっただろう。しかし僅かな間触れた感触を確かめるように唇に指を伸ばすセオドアは、今度こそ驚愕の表情のまま動きを止めた。
「その……俺からの餞別、だ。まぁなんだ、俺も、そういうことだから……」
「……ウィル兄、ありがとう。俺、絶対皆の……ウィル兄の平穏を手に入れる」
自分でしかけておいて恥ずかしくなった俺は、セオドアにそう言いながらだんだんと顔を逸らしていく。ついには顔を真っ赤に染めた状態で真横を向いてしまった俺、その横顔にセオドアの覇気に満ちた声が届いた。
思わずセオドアへと視線を戻すと、どこか混じっていた弱々し気な空気はすっかり消え、真っすぐに立つセオドアの姿があった。
慣れた手つきで俺の手を取り、その手首に口づけを落とすセオドア。
「いってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
馬車へ乗り込むセオドアを笑顔で送り出し、馬車が見えなくなるまで俺は手を振る。そしてすっかり影も形も見えなくなった瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。
心配で、不安で、暴れ出しそうになる。そんな気持ちをなんとか抑え、セオドアを送り出せたのは俺の意地だ。
ただ無事で帰ってきてほしい。それだけを胸に、俺は早速セオドアへの加護をどこへともなく祈った。
魔王がいればそれはすなわち強敵と相対するということであるし、いなくとも現状から見れば森の中心などふもととは比べ物にならないほど手強い魔物がいるはずである。そうでなくても道中も進むほどに危険になり、疲弊した状態でどれだけ力が通用するか分かってもいない。
しかし、何度も森へ足を踏み入れるのは余計に魔物を刺激するという理由で、一度の進攻で進めるだけ進むということに決まったようだ。呆然としつつも勝手に動いてくれたらしい体は聞き覚えのない内容をメモに書き留めており、そこには厳選しつつも大量の物資を用意するよう記されている。
準備を終えるのは来月、その時にはもう作戦を決行するため森に入るそうで、実質今日が村に集まる最後の日となった。
いや、周囲の様子などをまとめるために会議自体は開かれる。しかしそこに作戦部隊の隊長となったセオドアがいるはずもなく、最後の日というのはセオドアと会える、という意味で、だ。
「セオ」
だというのにセオドアは馬車の前に立ったまま、いつものように俺の手を握ろうとしない。俺が名前を呼べばぴくりと肩を跳ねさせるが、結局そのまま俯いていた。
「……セオ」
「……ってことで、ウィル兄! 俺はちょっと魔王倒しに行ってくるよ!」
それでももう一度名を呼ぶと、パッと顔を上げたセオドアは明るい声でそう言う。悲壮感など全くなく、少し難しいけれどできない仕事ではないというような表情。そこに込められたセオドアの思いを察せたのは、俺が今まで多くの笑顔をセオドアに向けられていたからだろう。
「すぐに帰ってくるからね! そしたらウィル兄、今度こそ……だから……」
「ああ、待ってる」
「っ!」
笑顔が徐々に曇り、声も力ないものへと変化する。縋るようなその音に思わず垂らされていたセオドアの手を取った俺は、俺から握り締めてセオドアに『待つ』と告げた。
きっと、今までの俺なら「頑張れ」だとか「信じてる」だとか、そういう言葉をかけていただろう。
だが、セオドアが俺を想ってくれるように、俺もセオドアを想いたい。無事でいられるか自信がなく、「待っててほしい」と言葉にすることは出来なかったセオドアに変わり、俺はしっかりとセオドアの目を見て帰還を望む言葉を放った。
「ウィル兄」
「セオ、大丈夫だ。俺は、5年だって10年だって、お前が帰ってくるまで待つ」
「……嬉しいな。俺、それだけで頑張れそうだ」
「……」
「ウィル兄、俺はね、魔王を倒しに行くのは本当に嫌じゃないんだ。やっと俺の力が皆を守ることに繋がると思えば、望んで立候補すらした。だけど、やっぱりウィル兄を置いていくのは嫌なんだ。なんだったらウィル兄を一緒に連れていきたいくらい」
「なんだ、行ってやろうか?」
「っ……そんな危ない事、できないよ……」
「……なら、俺は村でお前のことを考えて祈ってやる。無事に帰ってこれますようにってな」
「!」
「毎日欠かさず。お前が返ってくるまでずっと」
「それは……!」
驚きに目を見開いたセオドア、それに俺が笑いかければ、セオドアは勢いよく俺に抱き付いてきた。
直接的ではないが、これで俺がセオドアのプロポーズを受けるつもりがあるというのは伝わったはずだ。当然命を捨てるつもりはないのだろうが、万が一があった場合のことを考えてセオドアは俺へのアピールを躊躇っていたのだろう。
そんなことをしなくてもいいとそれとなく伝えようと思っていたのだが、想像以上に耐えていたセオドアからの抱擁は少し痛い。
「っ、ウィル兄、俺と……」
「おっと、それはダメだ。それは、帰ってきてから聞かせてくれ」
「う……分かった……」
「……でも、代わりに」
こんな状況でプロポーズなんて、なんだか縁起が悪い。そんな思いと、ついでに未練があれば戻ってくる確率が高くなりそうで、俺はセオドアの言葉を遮る。
俺の言うことを聞いたセオドアだがその顔には不満がありありと浮かんでおり、だったらと俺はセオドアの首へと手を回した。
「!!!!!!」
それは、一秒にも満たないほどの接触だっただろう。しかし僅かな間触れた感触を確かめるように唇に指を伸ばすセオドアは、今度こそ驚愕の表情のまま動きを止めた。
「その……俺からの餞別、だ。まぁなんだ、俺も、そういうことだから……」
「……ウィル兄、ありがとう。俺、絶対皆の……ウィル兄の平穏を手に入れる」
自分でしかけておいて恥ずかしくなった俺は、セオドアにそう言いながらだんだんと顔を逸らしていく。ついには顔を真っ赤に染めた状態で真横を向いてしまった俺、その横顔にセオドアの覇気に満ちた声が届いた。
思わずセオドアへと視線を戻すと、どこか混じっていた弱々し気な空気はすっかり消え、真っすぐに立つセオドアの姿があった。
慣れた手つきで俺の手を取り、その手首に口づけを落とすセオドア。
「いってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
馬車へ乗り込むセオドアを笑顔で送り出し、馬車が見えなくなるまで俺は手を振る。そしてすっかり影も形も見えなくなった瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。
心配で、不安で、暴れ出しそうになる。そんな気持ちをなんとか抑え、セオドアを送り出せたのは俺の意地だ。
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