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第4章
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途中途中で立ち寄った町で休息を挟みつつ、順調に進んだ俺達はもう王都のすぐそこまでやってきていた。進むにつれてそわそわと落ち着きがなくなるセオドアは、しきりに俺に触れては蕩けたような顔を向けてくる。俺も俺でついに一線を越えた関係になる日が近づき、ちょっと緊張気味だ。
とはいえ領主に届け出を出して終わり、やっても教会で身近な人たちを招いてお披露目をする、くらいな村とは違い、受理されるまでどれくらいかかるのか見当もつかない。
手持ちが少々心許ないが、諸々の手続きが終わるまでしばらく泊まる宿を見つけなければ……。
そう思っていた俺だったが、王都に到着しても安価な宿場が比較的多い周辺地を抜けなお馬車は走ることを止めない。なぜ? と困惑して顔を向ければ、セオドアは笑っている。
こうして俺も王都にきているのは成り行き上のことだと思っていたが、もしかしたらセオドアは俺の返答はどうであれ元から俺を連れてくるつもりだったのかもしれない。
だとしたらセオドアのことだ、滞在中の宿はもう取ってくれているのだろう。そんな俺の予想は当たり、馬車は古びてはいるが立派な屋敷の前に停められた。
「ここは、地方を治めているうち王都に屋敷のない貴族が、呼び出されたときに泊まれるよう王家が用意してる屋敷なんだって。俺はまだ正式に貴族じゃないけど、使ってもいいって許可が出た」
そうなんてことないように話すセオドア。扉を開けば穏やかな顔つきの老いた男女が恭しく頭を下げており、あまりに慣れないその対応に早速場違い感が強まっていく。
しかしセオドアはと言えばこの屋敷付きの使用人だという2人にハキハキと指示を出しており、気負う様子がまったくない。
こんなところで『セオドア』の王都での立場を見せられ、知らない後ろ姿に少しばかり哀しくなる俺。だが大きな部屋に二人っきりになった途端表情を緩め俺に近付くセオドアは昔と変わらない笑顔で、俺はほっと安心した。
「どうかした? ウィル兄」
「ん、なんでもない。ちょっと想像以上にセオが立派になってて、俺の頭が追いついてないだけだ」
「……覚えていてほしいんだけど。俺の今の待遇って、ウィル兄がいてくれたからだからね。ウィル兄が待っててくれたから俺は頑張れたんだ。ウィル兄がどう思ってどう感じても、俺にとって一番大切で求めているのはウィル兄だって事実は変わらない」
「っ!?」
「…………駄目だな、色々と抑えられそうにない。大丈夫だとは思うけど、一通り屋敷の中を見てくるね。ウィル兄は座って休んでて」
パタン、と扉が閉まる音と同時に、腰の抜けた俺はその場に座り込む。
いつものように真っ直ぐ目を見て俺に好意を告げるセオドアだったが、先程その目の中にはっきりと内包されていた熱。俺の腕に添えられていた手は言葉ごとに背後に周り、抱き寄せるようにしてセオドアに包まれた俺は次第に近付くセオドアの顔をただ呆然と見ていることしかできなかった。
僅かに身動ぎした俺に気付き苦しいまでの圧をセオドアが解いてくれなければ、そのまま俺はセオドアに何もかもを奪われていたんじゃないか。
「……って、俺が抱かれる側な訳はないか」
頭をよぎったのは、俺を押し倒すセオドアの姿。しかし筋肉質でどう見ても男、抱き心地も悪そうな体を求めはしないだろう、と思い直す。というかそもそもセオドアは俺と……その、セックスするつもりがあるんだろうか。
いや、もう疑いようもなく恋愛的に好かれているのは分かっている。体を触れ合わせることも、キスも好んでいるだろう。
だが、だからといって交わりたいかどうかは別問題なのではないか。時折ぶつけられる重苦しい視線も、今までの執着によるものからだと思えば先走るのはよくない。そういったことをしなければならないと無理をしているなら、頑張らなくてもいいと言いたい。
セオドアにその気はなく、本心では清い付き合いを望んでいるのなら……俺は、それに合わせるつもりである。すでに昂った前科のあるこの体だ、どれくらい誤魔化せるかは不安だが、あれだけセオドアを待たせた俺なのだからそれくらい受け流してみせよう。
そして、肉体関係を持ちたいというならリードしてみせようじゃないか。なにせ6歳差もあるのだ、田舎と都会で入ってくる知識量に差があるとしても、俺の方が余裕を持てるはず!
「そうだな……男同士だとしっかり準備しないと怪我をするらしいから、始めは慣らすところまでで……」
いざというときのためあれこれ想像していた俺は手持ち無沙汰なこともあってすっかり夢中になり、扉の開く音に大げさに驚いたせいでセオドアに不思議がられた。その後もはしたない妄想をしていたのが気まずく、なんだか会話がぎこちないものになってしまった。歳上だから、と意気込んでいたのが聞いて呆れる慌て方である。
しかし顔を見るのも恥ずかしく、このままでは碌なことをしでかしそうにない。気遣わしげに声をかけてくるセオドアには悪いが、流石に疲れたからと用意された部屋に引っ込み仕切り直させてもらうことにした。
一晩寝れば、頭の隅にチラつく頬を赤らめたセオドアの顔も消えるだろう。そうすればあれだけ求愛を拒んでいたというのにいざ正式に付き合うとなったら直ぐ様その気になった情けない俺も、少しはまともに見せられるはずだ。
だから今晩だけ。夕食後早々に立ち上がった俺を悲し気な目で見てきたセオドアに罪悪感を持ちつつも、冷静になる時間を持たせてほしかった。
「ウィル兄、入るよ」
だというのに、それほど経たないうちにセオドアが俺の元へとやってきた。
とはいえ領主に届け出を出して終わり、やっても教会で身近な人たちを招いてお披露目をする、くらいな村とは違い、受理されるまでどれくらいかかるのか見当もつかない。
手持ちが少々心許ないが、諸々の手続きが終わるまでしばらく泊まる宿を見つけなければ……。
そう思っていた俺だったが、王都に到着しても安価な宿場が比較的多い周辺地を抜けなお馬車は走ることを止めない。なぜ? と困惑して顔を向ければ、セオドアは笑っている。
こうして俺も王都にきているのは成り行き上のことだと思っていたが、もしかしたらセオドアは俺の返答はどうであれ元から俺を連れてくるつもりだったのかもしれない。
だとしたらセオドアのことだ、滞在中の宿はもう取ってくれているのだろう。そんな俺の予想は当たり、馬車は古びてはいるが立派な屋敷の前に停められた。
「ここは、地方を治めているうち王都に屋敷のない貴族が、呼び出されたときに泊まれるよう王家が用意してる屋敷なんだって。俺はまだ正式に貴族じゃないけど、使ってもいいって許可が出た」
そうなんてことないように話すセオドア。扉を開けば穏やかな顔つきの老いた男女が恭しく頭を下げており、あまりに慣れないその対応に早速場違い感が強まっていく。
しかしセオドアはと言えばこの屋敷付きの使用人だという2人にハキハキと指示を出しており、気負う様子がまったくない。
こんなところで『セオドア』の王都での立場を見せられ、知らない後ろ姿に少しばかり哀しくなる俺。だが大きな部屋に二人っきりになった途端表情を緩め俺に近付くセオドアは昔と変わらない笑顔で、俺はほっと安心した。
「どうかした? ウィル兄」
「ん、なんでもない。ちょっと想像以上にセオが立派になってて、俺の頭が追いついてないだけだ」
「……覚えていてほしいんだけど。俺の今の待遇って、ウィル兄がいてくれたからだからね。ウィル兄が待っててくれたから俺は頑張れたんだ。ウィル兄がどう思ってどう感じても、俺にとって一番大切で求めているのはウィル兄だって事実は変わらない」
「っ!?」
「…………駄目だな、色々と抑えられそうにない。大丈夫だとは思うけど、一通り屋敷の中を見てくるね。ウィル兄は座って休んでて」
パタン、と扉が閉まる音と同時に、腰の抜けた俺はその場に座り込む。
いつものように真っ直ぐ目を見て俺に好意を告げるセオドアだったが、先程その目の中にはっきりと内包されていた熱。俺の腕に添えられていた手は言葉ごとに背後に周り、抱き寄せるようにしてセオドアに包まれた俺は次第に近付くセオドアの顔をただ呆然と見ていることしかできなかった。
僅かに身動ぎした俺に気付き苦しいまでの圧をセオドアが解いてくれなければ、そのまま俺はセオドアに何もかもを奪われていたんじゃないか。
「……って、俺が抱かれる側な訳はないか」
頭をよぎったのは、俺を押し倒すセオドアの姿。しかし筋肉質でどう見ても男、抱き心地も悪そうな体を求めはしないだろう、と思い直す。というかそもそもセオドアは俺と……その、セックスするつもりがあるんだろうか。
いや、もう疑いようもなく恋愛的に好かれているのは分かっている。体を触れ合わせることも、キスも好んでいるだろう。
だが、だからといって交わりたいかどうかは別問題なのではないか。時折ぶつけられる重苦しい視線も、今までの執着によるものからだと思えば先走るのはよくない。そういったことをしなければならないと無理をしているなら、頑張らなくてもいいと言いたい。
セオドアにその気はなく、本心では清い付き合いを望んでいるのなら……俺は、それに合わせるつもりである。すでに昂った前科のあるこの体だ、どれくらい誤魔化せるかは不安だが、あれだけセオドアを待たせた俺なのだからそれくらい受け流してみせよう。
そして、肉体関係を持ちたいというならリードしてみせようじゃないか。なにせ6歳差もあるのだ、田舎と都会で入ってくる知識量に差があるとしても、俺の方が余裕を持てるはず!
「そうだな……男同士だとしっかり準備しないと怪我をするらしいから、始めは慣らすところまでで……」
いざというときのためあれこれ想像していた俺は手持ち無沙汰なこともあってすっかり夢中になり、扉の開く音に大げさに驚いたせいでセオドアに不思議がられた。その後もはしたない妄想をしていたのが気まずく、なんだか会話がぎこちないものになってしまった。歳上だから、と意気込んでいたのが聞いて呆れる慌て方である。
しかし顔を見るのも恥ずかしく、このままでは碌なことをしでかしそうにない。気遣わしげに声をかけてくるセオドアには悪いが、流石に疲れたからと用意された部屋に引っ込み仕切り直させてもらうことにした。
一晩寝れば、頭の隅にチラつく頬を赤らめたセオドアの顔も消えるだろう。そうすればあれだけ求愛を拒んでいたというのにいざ正式に付き合うとなったら直ぐ様その気になった情けない俺も、少しはまともに見せられるはずだ。
だから今晩だけ。夕食後早々に立ち上がった俺を悲し気な目で見てきたセオドアに罪悪感を持ちつつも、冷静になる時間を持たせてほしかった。
「ウィル兄、入るよ」
だというのに、それほど経たないうちにセオドアが俺の元へとやってきた。
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