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第31章 思い出
恩師
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「やっているな……どこだ?」
カウラがそうつぶやいたのは、ミットでボールを受ける音が響いてきたからだった。うれしそうな表情のカウラに誠は安心したように目をやった。エメラルドグリーンの髪が北風にたなびいている。
「どうした?先に行くんだろ?」
立ち止まって見とれていた誠とカウラは視線を合わせる。思わず誠は止まっていた足を再び進める。部活動棟のプレハブの建物が尽きると都心部の学校らしく狭苦しいグラウンドが柵越しに見ることが出来た。
グラウンドの中央を使って練習をしているのはサッカー部員。センタリングからシュートへつなげる練習を繰り返している。奥でダッシュの練習をしているのはラグビー部員。こちらは全国大会の出場経験もあり、態度が大きかったのを誠も思い出していた。
「あそこか……ずいぶん肩身が狭そうだな」
カウラが目をやったのはグラウンドの隅の隅。5、6人の野球のユニフォームを着た選手がキャッチボールをしているのが見えた。
「9人いないんじゃないのか?」
呆れているようなカウラの声に昔を思い出す誠がいた。進学校にありがちなことだが、練習の出席率はひどいものだった。誠の時代も予備校に通っていない生徒は誠一人。部活動より予備校が優先と言う伝統があって普段は部員の半分は練習を休むのが当たり前だった。
それ以前にこの狭いグラウンドである。まともに外野の守備練習が出来るのは週に二、三回だった。
「どうだ?注目の後輩とかはいるのか?」
笑顔で尋ねてくるカウラ。誠は愛想笑いを浮かべるとそのまま裏門に向けて歩き始めた。
「監督!」
誠は裏門から見えた太った白いユニフォームの男に声をかけた。振り向いた男は誠の顔をすぐに思い出したように近づいてくる。
「ああ……なんだ、神前じゃないか!元気そうだな」
懐かしそうな瞳の監督。この都立新城高校の物理の教師でもある指導者に誠は頭を下げる。そして監督はすぐに誠の隣に明らかに不似合いなエメラルドグリーンの女性を見つけた。
すぐに表情が困惑したものに変わる。それを見て誠が浮かべた苦笑い。それを見ると監督の目は明らかに誠を冷やかすような色に染まった。
「なんだ?クリスマスイブのデートで母校の後輩の指導でもするのか?そりゃあ助かるな」
監督にぶしつけにそう言われて誠はカウラを見た。嘘のつけない彼女は完全に監督の言う通り指導するつもりのようだった。すぐにそれに気づいて自分の思惑が完全に裏目に出たことがわかった誠に出来ることは頭を掻いて照れることぐらいだった。
「どうも、初めまして」
「え……ええ。ああ……どうも」
カウラの圧力すら感じる眼光に監督は怯んだ。
「ええと彼女は今の職場の上司でして……」
そう言ってみると監督はようやく誠が見知らぬ不思議な緑の髪の色の美女と歩いていることが腑に落ちたような顔になる。
「ああ、そうか。お前は軍に入ったんだよな。つまりこの人は例のゲルパルトの実験の関係者か何かと言うわけだ……なるほど」
納得がいったようにうなづくが、誠には少しつまらない反応だった。
「どうです?今年のチームは」
明らかにカウラの姿に戸惑っている監督を見て誠は声をかける。それには今度は監督のほうが参ったと言うように帽子を取って白髪の混じる頭を掻いた。
「どうもこうも……お前がいた頃とはまるで違うチームだよ。あの時よりは守備がしっかりしているのが自慢だが、お前さんみたいに大黒柱となる選手がいない。まあ毎年のことだからな」
そう言って苦笑いを浮かべる監督について誠とカウラはグラウンドに足を踏み入れた。
『こら!ぼんやりするな!』
グラウンドの中央に立つサッカー部のコーチの檄が飛ぶ。目を向けると突然現れたカウラに目が行ってボールを見失った選手がコーチに頭を下げてボールを拾いに走っている。
「これのせいかな」
力の無い声でカウラは自分の後ろにまとめたエメラルドグリーンの髪を見つめる。確かにそれもあるが、明らかにカウラの顔を見つめて黙り込んでいる野球部の生徒を見ればそればかりではないことがわかった。
「全員注目!」
監督は叫ぶとキャッチボールをしていた野球部員達が誠達を見る。そしてその視線が高校史上最高のエースと呼ばれた誠ではなく、見知らぬ美女と言うようなカウラに向いていることがわかって誠は苦笑いを浮かべた。
「今日は君達の先輩であの六年前の準々決勝進出の立役者が挨拶にみえた」
昔ながらの野太い声を聞いて誠は懐かしさを感じていた。だが、部員達は誰一人として自分ではなくカウラが気になっているのは見るまでも無くわかっていたことだった。
「すみません。ピッチャーは……」
声をかけてきたのが誠でなくカウラだったことを意外に思ったのか監督はぽかんと口を開けてカウラを見つめた。だがしばらくしてなぜか一人納得したように頷いていた。
「ああ、彼女はうちの草野球のチームのリリーフピッチャーもやっているんです」
「ほう?まあ軍の方なら鍛えているでしょうからな……新見!」
カウラについての一言を聞くと監督は一番前にいた丸刈りの小柄な生徒を呼んだ。新見と呼ばれた生徒はカウラをちらちらと見ながら近づいてくる。明らかにカウラよりも小さい身長だが、肩幅が広く筋肉質な体型は他の生徒よりも迫力があった。
「君がエースか。ちょっと私が打席に立つから投げてみてくれないかな」
カウラに声をかけられて頬を染めながら新見少年は監督を見上げる。
「いい機会だ。見てもらえ」
そう言うと一番奥のどちらかと言うよ細身のレガースとミットですぐにキャッチャーとわかる少年に新見少年は目をやった。
「別に良いですよ、打っても……木島!バット持って来い!」
自信があるような調子で新見少年は後輩に指示を出す。その初々しい自信に笑顔を浮かべながらグラウンドの端に作られたマウンドに走る少年をカウラは見送る。
「手加減してやってくださいよ」
誠の声に聞き耳を立てていた監督が不愉快だと言うような顔をしている。カウラはそのまま色黒の一年生ぐらいに見える生徒からバットを受け取ると静かにそのまま少年達について行った。
新見少年はすぐにキャッチャーに座るように指示を出すとカウラが到着するのを待たずに投球練習を始める。
「結構速いな」
カウラはそう言ってうなづく。彼女の指摘通り、小柄な全身を使って投げるスタイルは無駄が無く、もしも体格に恵まれていたなら注目を集めるような球を投げれるような素質があるように見えた。
だが誠は不安があった。カウラは手加減が出来ない性質である。バットを持たされたと言うことは打ってもいいと言われたと同じだと思っているだろう。確かに誠達がバッターボックスの手前にたどり着くまでに投げた速球はそれなりの威力があるように見えた。それを見ればまじめなカウラが思い切りスイングしてくることは分かっている。
新見少年も相手が女性。しかもかなり細身で華奢に見えるというところで安心しているのだろう。しかし、それが完全に間違いであることに誠は気づいていたが、後輩への贈り物としてカウラとの対戦をさせてやりたいと思うようになった。
カウラは私服の時にはスニーカーにパンツと言うことが多いので、手渡されたバットを握ると首に巻いたマフラーを取って誠に渡した。
「教育してくるな」
明らかに模擬戦の時のぎらぎらした緑の瞳が誠にも見える。完全に誠は彼女が戦闘状態に入ったことを理解していた。
静かにカウラが右のバッターボックスに入る。
「よろしくお願いします!」
元気良く新見少年が怒鳴るように叫ぶのを満足げにうなづきながら、カウラはじっと相手投手を見つめた。そしてそのままいつものようにホームベースぎりぎりのところに立って、ゆっくりと静かにバットを構える。
「ぶつけたりしないでくださいね!」
野次馬と化した野球部員の一人が叫んだ。周りの少年達もうなづきながらじっと見つめる。だが誠はカウラの実力を知っているだけにただ苦笑いを浮かべるだけだった。明らかに新見少年は投げづらそうに、誠がいたころと同じようにかなり荒れた状態のマウンドの上で、眉を寄せてカウラを見下ろしていた。
誠が周りが静かになったのに気づいてグラウンドを振り返れば、シュート練習をしていたサッカー部員も、サンドバッグにタックルの練習をしていたラグビー部員も、野球部に飛び入りでやってきた緑の髪の女性の姿に目を向けているのがわかった。
新見少年はようやく自分の置かれている状況を理解したと言うようにマウンドの上で大きくため息を付く。そしてそのままゆっくりと振りかぶった。
明らかに動きが先ほどの投球練習より硬く見えた。新見少年の手を離れたボールはキャッチャーが飛びついたミットの先を抜ける外角へ大きく外れた暴投になった。
「おい!新見!いつもどおり投げろ!」
監督の檄が飛んで、ようやく吹っ切れたように野次馬の野球部員から新しいボールを受け取る。
「カウラさん。もう少し離れて立ってあげれば……」
誠の言葉にカウラの真剣そうな視線がやってきたので黙りこむしかなかった。肩を何度かまわすような動きの後、新見少年は再び振りかぶる。明らかにカウラはバットを握る手に力をこめていた。おそらくは初見の女性のバッターを相手にして緊張しているのだろう。それを読んでいたかのように先ほどとは雰囲気の違う構えのカウラがそこにいた。
ピッチャーは先ほどの力みすぎての暴投から学んで、今度はスピードを殺したような変化球をストラークゾーンに投げ込んだ。当然そのような球を見逃すカウラではない。
その華奢な外見からは想像も付かない速さのスイングで、内角低めに落ちていくボールをバットで捉えた。打球は新見少年の額の上を強烈な勢いで通り抜けていく。そしてそのままフェンスに激突したボールが大きな音を立てる。
グラウンド中が静まり返った。誠は予想していたこととはいえさすがにバツが悪そうに監督の目を見た。
「彼女は何者だ?」
呆れたような調子で監督は誠につぶやいた。
「いちおう豊川の草野球リーグでは僕の前はエースナンバーを背負ってましたから。他にも勝負どころでは右の代打に出ることもあります」
誠の言葉に監督はうなづいた。
「草野球ったってあそこは都市対抗崩れの菱川重工の元レギュラーがゴロゴロいるんだろ?おい!遊びはそれくらいで今度はランニングに行け!坂東!」
叫んだ先には長身の落ち着いた印象の選手が立っている。
「それじゃあスパイクを履きかえるぞ!」
その言葉からして坂東少年がキャプテンを勤めているらしい。そんな光景を誠は笑いながら見つめる。カウラは物足りなそうに手を差し伸べている小柄な部員にバットを渡すとそのまま誠の方に歩いてきた。
「少しぐらい手を抜いてあげればよかったのに……」
部活棟のプレハブの建物に向かってダッシュする誠の後輩達だが、明らかに落ち込んだように最後尾を走っている新見少年を見ながらの誠はそうつぶやいていた。
「加減をしたら失礼だろ?私くらいのスイングをする高校生の打者はたぶん五万といるぞ」
「それは……確かに、そうなんですけどねえ」
ようやく興奮が収まってきたと言うようにカウラは静かに誠から受け取ったマフラーを首に巻く。そんな彼女を温かいほほえみを浮かべていた。
カウラがそうつぶやいたのは、ミットでボールを受ける音が響いてきたからだった。うれしそうな表情のカウラに誠は安心したように目をやった。エメラルドグリーンの髪が北風にたなびいている。
「どうした?先に行くんだろ?」
立ち止まって見とれていた誠とカウラは視線を合わせる。思わず誠は止まっていた足を再び進める。部活動棟のプレハブの建物が尽きると都心部の学校らしく狭苦しいグラウンドが柵越しに見ることが出来た。
グラウンドの中央を使って練習をしているのはサッカー部員。センタリングからシュートへつなげる練習を繰り返している。奥でダッシュの練習をしているのはラグビー部員。こちらは全国大会の出場経験もあり、態度が大きかったのを誠も思い出していた。
「あそこか……ずいぶん肩身が狭そうだな」
カウラが目をやったのはグラウンドの隅の隅。5、6人の野球のユニフォームを着た選手がキャッチボールをしているのが見えた。
「9人いないんじゃないのか?」
呆れているようなカウラの声に昔を思い出す誠がいた。進学校にありがちなことだが、練習の出席率はひどいものだった。誠の時代も予備校に通っていない生徒は誠一人。部活動より予備校が優先と言う伝統があって普段は部員の半分は練習を休むのが当たり前だった。
それ以前にこの狭いグラウンドである。まともに外野の守備練習が出来るのは週に二、三回だった。
「どうだ?注目の後輩とかはいるのか?」
笑顔で尋ねてくるカウラ。誠は愛想笑いを浮かべるとそのまま裏門に向けて歩き始めた。
「監督!」
誠は裏門から見えた太った白いユニフォームの男に声をかけた。振り向いた男は誠の顔をすぐに思い出したように近づいてくる。
「ああ……なんだ、神前じゃないか!元気そうだな」
懐かしそうな瞳の監督。この都立新城高校の物理の教師でもある指導者に誠は頭を下げる。そして監督はすぐに誠の隣に明らかに不似合いなエメラルドグリーンの女性を見つけた。
すぐに表情が困惑したものに変わる。それを見て誠が浮かべた苦笑い。それを見ると監督の目は明らかに誠を冷やかすような色に染まった。
「なんだ?クリスマスイブのデートで母校の後輩の指導でもするのか?そりゃあ助かるな」
監督にぶしつけにそう言われて誠はカウラを見た。嘘のつけない彼女は完全に監督の言う通り指導するつもりのようだった。すぐにそれに気づいて自分の思惑が完全に裏目に出たことがわかった誠に出来ることは頭を掻いて照れることぐらいだった。
「どうも、初めまして」
「え……ええ。ああ……どうも」
カウラの圧力すら感じる眼光に監督は怯んだ。
「ええと彼女は今の職場の上司でして……」
そう言ってみると監督はようやく誠が見知らぬ不思議な緑の髪の色の美女と歩いていることが腑に落ちたような顔になる。
「ああ、そうか。お前は軍に入ったんだよな。つまりこの人は例のゲルパルトの実験の関係者か何かと言うわけだ……なるほど」
納得がいったようにうなづくが、誠には少しつまらない反応だった。
「どうです?今年のチームは」
明らかにカウラの姿に戸惑っている監督を見て誠は声をかける。それには今度は監督のほうが参ったと言うように帽子を取って白髪の混じる頭を掻いた。
「どうもこうも……お前がいた頃とはまるで違うチームだよ。あの時よりは守備がしっかりしているのが自慢だが、お前さんみたいに大黒柱となる選手がいない。まあ毎年のことだからな」
そう言って苦笑いを浮かべる監督について誠とカウラはグラウンドに足を踏み入れた。
『こら!ぼんやりするな!』
グラウンドの中央に立つサッカー部のコーチの檄が飛ぶ。目を向けると突然現れたカウラに目が行ってボールを見失った選手がコーチに頭を下げてボールを拾いに走っている。
「これのせいかな」
力の無い声でカウラは自分の後ろにまとめたエメラルドグリーンの髪を見つめる。確かにそれもあるが、明らかにカウラの顔を見つめて黙り込んでいる野球部の生徒を見ればそればかりではないことがわかった。
「全員注目!」
監督は叫ぶとキャッチボールをしていた野球部員達が誠達を見る。そしてその視線が高校史上最高のエースと呼ばれた誠ではなく、見知らぬ美女と言うようなカウラに向いていることがわかって誠は苦笑いを浮かべた。
「今日は君達の先輩であの六年前の準々決勝進出の立役者が挨拶にみえた」
昔ながらの野太い声を聞いて誠は懐かしさを感じていた。だが、部員達は誰一人として自分ではなくカウラが気になっているのは見るまでも無くわかっていたことだった。
「すみません。ピッチャーは……」
声をかけてきたのが誠でなくカウラだったことを意外に思ったのか監督はぽかんと口を開けてカウラを見つめた。だがしばらくしてなぜか一人納得したように頷いていた。
「ああ、彼女はうちの草野球のチームのリリーフピッチャーもやっているんです」
「ほう?まあ軍の方なら鍛えているでしょうからな……新見!」
カウラについての一言を聞くと監督は一番前にいた丸刈りの小柄な生徒を呼んだ。新見と呼ばれた生徒はカウラをちらちらと見ながら近づいてくる。明らかにカウラよりも小さい身長だが、肩幅が広く筋肉質な体型は他の生徒よりも迫力があった。
「君がエースか。ちょっと私が打席に立つから投げてみてくれないかな」
カウラに声をかけられて頬を染めながら新見少年は監督を見上げる。
「いい機会だ。見てもらえ」
そう言うと一番奥のどちらかと言うよ細身のレガースとミットですぐにキャッチャーとわかる少年に新見少年は目をやった。
「別に良いですよ、打っても……木島!バット持って来い!」
自信があるような調子で新見少年は後輩に指示を出す。その初々しい自信に笑顔を浮かべながらグラウンドの端に作られたマウンドに走る少年をカウラは見送る。
「手加減してやってくださいよ」
誠の声に聞き耳を立てていた監督が不愉快だと言うような顔をしている。カウラはそのまま色黒の一年生ぐらいに見える生徒からバットを受け取ると静かにそのまま少年達について行った。
新見少年はすぐにキャッチャーに座るように指示を出すとカウラが到着するのを待たずに投球練習を始める。
「結構速いな」
カウラはそう言ってうなづく。彼女の指摘通り、小柄な全身を使って投げるスタイルは無駄が無く、もしも体格に恵まれていたなら注目を集めるような球を投げれるような素質があるように見えた。
だが誠は不安があった。カウラは手加減が出来ない性質である。バットを持たされたと言うことは打ってもいいと言われたと同じだと思っているだろう。確かに誠達がバッターボックスの手前にたどり着くまでに投げた速球はそれなりの威力があるように見えた。それを見ればまじめなカウラが思い切りスイングしてくることは分かっている。
新見少年も相手が女性。しかもかなり細身で華奢に見えるというところで安心しているのだろう。しかし、それが完全に間違いであることに誠は気づいていたが、後輩への贈り物としてカウラとの対戦をさせてやりたいと思うようになった。
カウラは私服の時にはスニーカーにパンツと言うことが多いので、手渡されたバットを握ると首に巻いたマフラーを取って誠に渡した。
「教育してくるな」
明らかに模擬戦の時のぎらぎらした緑の瞳が誠にも見える。完全に誠は彼女が戦闘状態に入ったことを理解していた。
静かにカウラが右のバッターボックスに入る。
「よろしくお願いします!」
元気良く新見少年が怒鳴るように叫ぶのを満足げにうなづきながら、カウラはじっと相手投手を見つめた。そしてそのままいつものようにホームベースぎりぎりのところに立って、ゆっくりと静かにバットを構える。
「ぶつけたりしないでくださいね!」
野次馬と化した野球部員の一人が叫んだ。周りの少年達もうなづきながらじっと見つめる。だが誠はカウラの実力を知っているだけにただ苦笑いを浮かべるだけだった。明らかに新見少年は投げづらそうに、誠がいたころと同じようにかなり荒れた状態のマウンドの上で、眉を寄せてカウラを見下ろしていた。
誠が周りが静かになったのに気づいてグラウンドを振り返れば、シュート練習をしていたサッカー部員も、サンドバッグにタックルの練習をしていたラグビー部員も、野球部に飛び入りでやってきた緑の髪の女性の姿に目を向けているのがわかった。
新見少年はようやく自分の置かれている状況を理解したと言うようにマウンドの上で大きくため息を付く。そしてそのままゆっくりと振りかぶった。
明らかに動きが先ほどの投球練習より硬く見えた。新見少年の手を離れたボールはキャッチャーが飛びついたミットの先を抜ける外角へ大きく外れた暴投になった。
「おい!新見!いつもどおり投げろ!」
監督の檄が飛んで、ようやく吹っ切れたように野次馬の野球部員から新しいボールを受け取る。
「カウラさん。もう少し離れて立ってあげれば……」
誠の言葉にカウラの真剣そうな視線がやってきたので黙りこむしかなかった。肩を何度かまわすような動きの後、新見少年は再び振りかぶる。明らかにカウラはバットを握る手に力をこめていた。おそらくは初見の女性のバッターを相手にして緊張しているのだろう。それを読んでいたかのように先ほどとは雰囲気の違う構えのカウラがそこにいた。
ピッチャーは先ほどの力みすぎての暴投から学んで、今度はスピードを殺したような変化球をストラークゾーンに投げ込んだ。当然そのような球を見逃すカウラではない。
その華奢な外見からは想像も付かない速さのスイングで、内角低めに落ちていくボールをバットで捉えた。打球は新見少年の額の上を強烈な勢いで通り抜けていく。そしてそのままフェンスに激突したボールが大きな音を立てる。
グラウンド中が静まり返った。誠は予想していたこととはいえさすがにバツが悪そうに監督の目を見た。
「彼女は何者だ?」
呆れたような調子で監督は誠につぶやいた。
「いちおう豊川の草野球リーグでは僕の前はエースナンバーを背負ってましたから。他にも勝負どころでは右の代打に出ることもあります」
誠の言葉に監督はうなづいた。
「草野球ったってあそこは都市対抗崩れの菱川重工の元レギュラーがゴロゴロいるんだろ?おい!遊びはそれくらいで今度はランニングに行け!坂東!」
叫んだ先には長身の落ち着いた印象の選手が立っている。
「それじゃあスパイクを履きかえるぞ!」
その言葉からして坂東少年がキャプテンを勤めているらしい。そんな光景を誠は笑いながら見つめる。カウラは物足りなそうに手を差し伸べている小柄な部員にバットを渡すとそのまま誠の方に歩いてきた。
「少しぐらい手を抜いてあげればよかったのに……」
部活棟のプレハブの建物に向かってダッシュする誠の後輩達だが、明らかに落ち込んだように最後尾を走っている新見少年を見ながらの誠はそうつぶやいていた。
「加減をしたら失礼だろ?私くらいのスイングをする高校生の打者はたぶん五万といるぞ」
「それは……確かに、そうなんですけどねえ」
ようやく興奮が収まってきたと言うようにカウラは静かに誠から受け取ったマフラーを首に巻く。そんな彼女を温かいほほえみを浮かべていた。
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毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
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