レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
522 / 1,557
第9章 奢りと罠

飲み

しおりを挟む
 急に開いた引き戸。暖簾の下で一瞬、男女の影が映った。

「待て!」

 そのまま踵を返して走り去ろうとした二人をかなめは飛び出して追っていく。

「まったく何がしたいんだ、あいつは」 

 そう言いながらカウラは自分の空の烏龍茶のコップにラム酒を注ぐ。明らかに間違えている彼女の行動を注意しようとする誠だが、入り口付近で騒ぐ声に気を引かれて黙り込んでしまった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」 

 気の小さい技術部の技師、レベッカ・シンプソン中尉が謝っている姿が誠達の目に飛び込んでくる。

「良いじゃないですか!僕達がどこで食事しようが!」 

 同じく技術部整備班の最年少である西高志兵長が口を尖らせて襟をつかんでいるかなめに抗議していた。

「色気付きやがってこの熟女マニア!何か?19で酒飲んでいいのか?ここは胡州じゃないぞ、東和だぞ。お酒は20になってからだぞ!」 

 かなめの声にそれまで反抗的だった西はしゅんとなる。眼鏡をいじりながら身なりを整えたレベッカは一瞬だけ勇気を出してかなめをにらみつけようとするが、威圧感では隊でも屈指のかなめの眼光に押されておずおずと視線を落とす。

「そんな……僕達はまじめにお付き合いを……」 

「西。オメエ19だろ?で、レベッカが28……そんなに胸がでかい女が好きなのか?」 

 意味ありげな瞳を向けるかなめの後頭部をシャムが蹴飛ばした。

「だめだよ!かなめちゃん。愛に決まりなんて無いの!それにかなめちゃんも29で誠ちゃんが24でしょ?大して変わらないじゃないの!」 

 シャムのまっとうな言葉に頭をさすりながらかなめが視線を上げた。かなめのその目は明らかに泳いでいた。

「な、何馬鹿なこと言ってるんだ?アタシがあのオタクが好き?そ、そんなわけ無いだろうが!」 

 あまりにも空々しい否定。声がひっくり返っての弁明。その姿に一同はただ生暖かい視線を向けた。

「はい、はい、はい。ご馳走様ですねえ、外道。お母さん!お客さんだよ!」 

 シャムとそろいの猫耳セーラー服にエプロンをつけた姿の小夏が厨房に消えていく。レベッカと西も愛想笑いを浮かべながらシャムに引っ張られて誠達の隣のテーブルに向かい合って座った。

「酒は……やめておけよ」 

 カウラが一語一語確かめるようにして口にするのを見た誠とかなめは、空だったはずの烏龍茶のコップになみなみと琥珀色の液体が満たされているのに気づいた。

「おい!お前、勝手に人の酒飲むんじゃねえよ!」 

 そう叫ぶかなめをカウラはとろんとした目で見つめる。その様子に気づいてレベッカと西もカウラに目を向ける。

「大丈夫なんですか?アイシャさんもそうですけど『ラストバタリオン』の人ってあんまり飲めないんじゃ……」 

 そう言う西をカウラは完全に据わった眼でじっと見つめる。だが、すぐにその瞳はレベッカの豊満な胸へと集中していった。

「……なんで私は……」 

 うつむくカウラ。誠もかなめもどう彼女が動くのかを戦慄しながら見つめていた。

「あら、西君。また来たの……ってかなめさん!」 

 春子が明らかにおかしいカウラを見るとすぐに威圧するようにかなめに目を向けた。

「アタシじゃねえよ!こいつが勝手に飲んだんだよ!」 

 そこまでかなめが言ったところでカウラは急に立ち上がった。

 全員の視線を受けてカウラはよたよたと歩き出す。彼女はそのまま春子が持っていた盆を引っ張って取り上げるとそのまままっすぐにレベッカと西のテーブルにやってくる。

「おきゃくひゃん。つきだしですよ?」 

 そう言ってカウラは震える手で二人の前につきだしを置く。

「……どうも……」 

 そう言ったレベッカを今度は急に涙目で見つめるカウラがいた。

「どうも……ですか。すいましぇんねー。わたひは……」 

 そのまま数歩奥の座敷に向かう通路を歩いた後、そこに置かれていたスリッパに躓いて転んだ。思わず立ち上がった誠はカウラのところに駆け寄っていた。

「大丈夫ですか!」 

「誠……このまま……」 

 そこまでカウラが言ったところでかなめが立ち上がる。誠は殺気を感じてそのままカウラを二階へあがる階段のところに座らせる。

「おい!神前、帰るぞ」 

 そう言うとかなめは携帯端末をいじり始めた。

「でも運転は……」 

「だから今こうして代行を頼んでるんだろ?……はい、運転代行を頼みたいんですが……」 

 あっさりと帰ろうと言い出したかなめのおかげで惨事にならずに済んだということで女将の春子は胸をなでおろしている。

「じゃあ……たこ焼き二皿!それに烏龍茶二つ!」

 とりあえず大ごとにならなかったことに安心してか、元気よく西が注文する。

 誠はただ呆然と彼等を眺めた後、カウラに目を向けた。彼女の目はじっと誠に向けられている。エメラルドグリーンの瞳。そして流れるライトグリーンのポニーテールの髪に包まれた端正な顔立ちが静かな笑みを浮かべていた。

「おい!もうすぐ到着するらしいから行くぞ!それとカウラはアタシが背負うからな」 

 有無を言わせぬ勢いで近づいてきたかなめはカウラを介抱している誠を引き剥がすと、無理やりカウラを背負った。

「なにするのら!はなすのら!」 

 カウラが子供のように暴れる。女性としては大柄なカウラだが、サイボーグであるかなめの腕力に逆らえずに抱え上げられる。

「じゃあ、女将さん!勘定はアイシャの奴につけといてくれよ!」 

 そう言うと、突き出しをつつきながら談笑しているレベッカと西を一瞥してそのまま店を出て行くかなめ。誠は一瞬何が起きたのか分からないと言うように立ち尽くしていたがすぐにかなめのあとを追った。

「別に急がなくても良いじゃないですか。それにカウラさんかなり飲んでるみたいですよ。すぐに動かして大丈夫なんですか?」 

 抗議するように話す誠を無視するようにかなめはカウラのスポーツカーが止まっている駐車場を目指す。

「こいつなら大丈夫だろ?生身とはいえ戦闘用の人造人間だ。頑丈にできてるはずだな」 

「うるはいのら!はなすのら!」 

 ばたばたと暴れてかなめの腕から降りたカウラはそのままよたよたと駐車場の中を歩き回る。

「まったく酔っ払いが……」 

 かなめはそう言うと頭を掻きながらカウラを見ていた。

「こいつもな、もう少しアタシのことを気にせずにいてくれると良いんだけどな」 

 ポツリとかなめがつぶやく。

「え?」

「何でもねえよ!」

 誠を一瞥するとかなめは静かに夜寒の空を見上げた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...