レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第32章 安息日

帰りがけ

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 繁華街の警察署を出ればすぐに下町のごみごみした建物の中の道へと入ることになる。久しぶりの定時の退社。街は人であふれている。

「ぶつけないでくれよ」 

「誰にものを言っているんだ?」 

 かなめの言葉にカウラは苦笑いをうかべる。そしてすぐさま目の前に飛び出してきた小学生に急ブレーキを踏んだ。

「言ったばかりだろ?」 

「予測はしていた」 

 いつものようなやり取りに誠は沈黙とグラフばかりに集中していた時間を終えたことを実感した。そして再び走り出した車は見慣れたあまさき屋に続く商店街のアーケードの道にたどり着いた。

「ちっちゃい姐御に茜とラーナ。吉田は姐御の運転手か……あとは誰が来るんだろうな……」 

「かなめちゃんはすっかり乗り気ね」 

「当たりめえだよ。おごりで飲めるんだ。たっぷり元をとらないとな」 

 にんまりと笑う隣の席のかなめに思わず誠は苦笑いを浮かべる。いつもどおり駅へ向かう道は渋滞していた。そしていつも通り近くの商業高校の学生達の自転車が車を縫うようにして道を進んでいる。

「まったく自転車通学か……寒いのにご苦労さんだね」 

「かなめちゃん。私達も近々寒くてご苦労さんなことをするかもしれないんだけど」 

 助手席から身を乗り出してアイシャは突っ込みを入れる。カウラは苦笑いを浮かべて信号が変わって動き出した車の流れにあわせてアクセルを踏む。

「久々に島田とサラが来るんじゃねえかな。それと……シャムは吉田少佐とセットだからな。連中は暇そうだし」 

「でもなんだかシャムちゃんは白菜がどうとか言ってたわよ。収穫に人手が足りないとか。もしかしたら警備部の人達のお手伝いとかしてるかも」 

 植物大好きな野生少女のシャムは部隊創設二年をかけて敷地の半分を占める荒地を開墾していた。それどころか今では隣の菱川重工豊川工場の職員に野菜を販売するまでになっていた。誠もその労力を想像する度になんで司法局実働部隊が同盟のお荷物と呼ばれるかがよく分かると納得していた。

「サラが来るとなると……パーラが運転手役で出てくるな。それと……」 

「カウラちゃんを見に菰田君達が来るかもよ」 

「勘弁してくれ」 

 カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖菰田のことを思い出すとカウラは渋い顔をしてハンドルを大きく切った。

「いきなり曲がる……?」 

「どうしました、西園寺さん」 

 急にコインパーキングに向かって乗り入れた車の中で頭をぶつけてうめいたかなめの視線に何かが映っているようで誠は彼女の視線の先を見た。

「あそこ、あまさき屋ですよね」 

 誠が見た先には何かの事件でもあったような人だかりができていた。よく見ると立ち去る人々の顔にはそれぞれ笑顔が浮かんでいる。それを察したアイシャは当然のようにカウラが車を停めたのを好機として扉を開く。

「突然降りるな」 

「良いじゃないの……誠ちゃんも見たいでしょ?」 

「見たいって……」 

 呆然としている誠を車から引っ張り出してアイシャはそのまま歩き始める。驚いたように車を飛び出したかなめがその後に続く。

「なんだよ……オメエは知ってんのか?」 

 かなめがそう言うのを聞きながら誠があまさき屋の店先を見るといつものように猫耳をつけてジャケットを着たシャムと中学校の制服姿で同じく猫耳を付けたあまさき屋の看板娘の小夏が子供達と握手をしていた。

「何やってんだ?オメエ等」 

 そう言うとそのまま小夏をにらみつけるかなめ。いつものようにそのガン付けに小夏はにらみ返す。

「知らないの?二人で漫才してるのよね」 

「漫才?」 

 アイシャが当然のように言うので誠も少しばかり驚いた。かなめもまた珍しそうにシャム達の隣で困った表情を浮かべているラン、ラーナ、茜の三人に目をやった。

「副長……良いんですか?」 

「おう、着いたか」 

「着いたかじゃなくて……」 

 ランも少しばかり戸惑ったような表情で満面の笑みのシャム達を眺めていた。

「まあ……仕事が終われば別に良いんじゃねーの。それほど任務に支障はなさそうだしな。ただ……」

「ネタが分かりませんわ……どこで笑ったら良いのか……」 

 ランと茜は首をひねりながらシャム達の後ろの引き戸を開いて店の中に消えていった。

「先にやってるわよ!」 

 真ん中のテーブルにはサラの赤い髪が揺れていた。すぐに隣にはうつむいてじっとたこ焼きをにらんでいる島田がいる。

「んだ……上は?」 

「警備部の旦那衆が宴会だって……すごい盛り上がってるわよ」 

 そのまま自分の脇をすり抜けて厨房に向かう小夏の言葉に頷きながらかなめは先頭で店に入った。

「あら、神前君達も来たの……上は使っているからこちらでいいかしら」

 小夏の母で女将の家村春子が厨房から顔を出して声をかける。いつものことながら紫色の小袖と軽くまとめた黒髪があまりにも似合うので誠は瞬時立ち止まってしまう。 

「かまいませんよ……それよりシャム。吉田はどこ行った」 

 猫耳を直していたシャムはランの言葉にしばらく沈黙する。

「俊平は……」 

 そう言いかけたとき奥の上の座敷へと続く階段を降りてくる吉田の姿が入り口で躊躇している誠の目にも入って来た。

「中佐!先に始めさせてもらっています!」 

 よく見れば吉田の手にはビールを入れたグラスが握られていた。

「上の連中はウォッカだろ?」 

「いえいえ。最近はマリアの姐御がうるさくて……ビールでちびちび飲みながら上司の愚痴を……」 

 吉田はニヤニヤと笑うとそのまま入り口手前のテーブルに腰を下ろしてビールをあおった。

「なんだか嫌な飲み会ね」 

「まあシュバーキナ少佐は厳しいですから」 

 サラのきつい言葉にフォローを入れながらずっとたこ焼きを口に入れるのを躊躇していた島田がたこ焼きを箸でつかむ。

「どれか一個が烏賊なのよ……当たるかしら」 

 にんまりと笑うパーラ。ようやく島田が何かをかけて烏賊とタコの区別をつける遊びをしていることがわかって誠は納得する。

「つまらねえことやってるな」 

「当たればガソリン一回満タンですよ……」 

 苦笑いを浮かべると島田は真ん中のたこ焼きを口に放り込んだ。

「これは……」 

「島田君がんばってね!」 

 厨房からビールを運んできた小豆色の渋めの留袖姿の女将、家村春子の言葉に島田は首をひねった。

「わかるもんかよ……女将さん。とりあえずアタシ等もビール」 

 そう言うとかなめは奥のテーブルに着席する。そしてそのまま隣の椅子を叩いた。察した誠はアイシャ達に照れながらかなめの指示通りその隣の椅子に腰掛けた。

「女将さん、私とカウラは烏龍茶で」 

「はいはい」 

 そう言うと春子はビールを島田の隣に置いて厨房へと消えていった。

「分かるのか?」 

 かなめの正面の椅子に座りながらカウラは視線を島田に向ける。アイシャは椅子にも座らずに島田を興味深そうに眺めていた。

「うーん……」 

「正人……」 

 唸る島田。サラはいつものように島田の名前を呼ぶ。

「降参?降参?」 

 迫るパーラ。ただ島田は黙ってたこ焼きを噛み始めた。
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