レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第6章 日課の8キロ走

帰路

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 来た道を帰る。つまりこれまで南下していた道を北上すること。当然風は逆風である。障害物の無い正門前の大通りには強い季節風が吹きつけている。小柄なシャムは誠達を風除け代わりにしているが、先頭を走るフェデロには直接その強い風が当たっていると言うのにスピードはまるで落ちない。

「いつまで続くかね」

 かなめのつぶやきが聞こえてシャムも視界が開けるように歩道の車道よりを走ることにした。フェデロは相変わらずハイペースで前を行く明石の自転車を急かすように走り続ける。

 ハイペースで続くランニング。すぐにその列は大通りを抜け大型モーターを製造している長いラインが入っている緑色の巨大な建物に突き当たった。道は左へと曲がっている。当然明石はその道に沿って進んだ。建物のおかげで風がさえぎられるだけでなく背中に日差しを浴びて少しばかり暖かく感じながらシャムは走り続けた。

「あ……」 

 突然誠が気づいたように口を開いた。シャムはその表情が見たくなって一気に誠達に追いついた。

「なんだよ、突然」 

「マルケス中尉。勘違いしていますよ」 

「勘違い?」 

 誠の言葉にかなめが首をひねる。カウラも勘違いの内容が分からずにしばらく考え込むような表情をした後そのまま視線を前へと向けた。

「今日は確か柔道部の公開練習です。しかも男子の重量級がメインのはずですよ」 

「神前……なんでそんなことを知ってるんだ?」 

 カウラが呆れたようにてつぶやく。

「まあ……島田先輩の大学の同期がいるらしいんでそれで……」

「島田経由か……まめだねえアイツも」

かなめはそう言ってもらえてニヤリと笑う。もし島田の言葉が事実なら、それがフェデロに与えるショックを考えると何も知らないシャムですら自然と笑みが浮かんでくる。

 一台明らかに報道関係と思われる車がシャム達を追い抜いて行った。大きく敷地に沿って右に曲がる道を走っていく。そしてそのまま街路樹として植えられた常緑樹の向こうに消えた。

「もうすぐだね」 

 シャムは思わずつぶやいてそのまま前を見据えた。相変わらずフェデロは飛ばしている。すでに100メートル近い差がシャム達からついていた。

「あのカーブを曲がりきれば……相当がっかりするだろうな」

 そう言う風にかなめに言われてついその時のフェデロの顔を想像すると笑みが浮かんでくる。フェデロはそのままカーブの向こうの街路樹の影に消えた。

 シャム達はしばらくは黙って走り続ける。そして目の前に巨大な銀色の屋根とその下にならんだ報道車両と大型バスの群れが彼等の目に飛び込んできた。それに向かって明石の自転車を追い抜いてまで必死で走るフェデロの姿も目に入る。

「馬鹿が、まだ気づかないのかよ」 

 そんなかなめの言葉だが、ここまで見事にだまされているフェデロを見るとさすがに哀れに思えてきた。フェデロはそのままコースを外れて体育館に横付けされた大型バスの隙間に消えた。

「つまみ出されるだろ、あれなら」 

 次第に大きくなる屋根を見上げながらカウラがつぶやく。シャムも三人と同様に興味心身で前を見つめていた。時々走る取材スタッフ。工場の中で正門でチェックが済んでいるだけあってこういう場に必ずいるだろう警備員や警官の姿は無い。

「意外と大丈夫なんじゃないの。一応フェデロもここの関係者だし」 

 シャムの言葉に誠が噴出す。すでに明石は体育館から真っ直ぐ圧延板の貯蓄倉庫へ向かう側道に自転車を走らせていた。ランやロナルド、岡部などもちらりと体育館を一瞥しただけでそのまま明石の後を走っていく。

「あれ?フェデロを置いていくのかな?」 

「フェデロのことだ。野郎の組手なんか見ててもすぐに飽きるぞ。そのうち戻ってくるだろ」 

 ランはそれだけ言うと目の前の大型バスの後ろを左に切るとそのまま体育館に沿ってしばらく走り、側道の少しばかり痛んだコンクリートの道を走り続ける。

「格闘技の練習にはいいかもな」 

 カウラのつぶやきにシャム達は大きくうなづく。前を見れば明石は自転車を止め、ランやロナルドは足踏みをしながらシャム達を待ち受けていた。

「説明があるみたいだぞ」 

 にやけるかなめを見ながらシャムはわくわくしながら体育館の影で少しばかり寒く感じる北風にも負けずに走り続けた。

 そのまま明石達の合流すると、彼等がそれぞれ携帯が義務付けられている隊支給の通信端末を見ていることにシャムも気づいた。息を切らせながらようやく到着したシャムは携帯端末を開く。

『うご!』 

 叫び声が端末から響いた。フェデロの叫びであることはすぐに気づいた。

「実は東和海軍の柔道の強化選手が来ていることを聞いていてね」 

 ロナルドがウィンクしながらつぶやく。なるほどと納得する誠。呆れるカウラ。にやけるかなめ。

「うちの若いのが行くから鍛えてくれって連絡しといたんだ。これでランニングの分も鍛えられるだろ」 

「確かに……でも準備がいいねえ」 

「合衆国海軍の情報網をを舐めないことだ」 

 かなめの茶々にそう言うとロナルドは端末をしまった。明石も自転車のハンドルを握りなおし再び走り出す体勢が整う。

「これで思う存分走れんだろ?このまま競走だな」 

 そう言うとランがダッシュで走り始める。それに奮起したのは意外にもかなめだった。元が軍用のサイボーグである。勝負になるわけが無かった。瞬時に追い抜いたかなめのしなやかな肢体が側道の木々の合間に消えていく。

「何かあったのかな?」 

 尋ねるシャムに誠は首をひねった。

「アイツのことだ。野球の練習の時間が短くなるのが嫌だったんだろ?」 

 シャムはカウラの一言で納得した。フェデロの自転車強奪から始まっていつもより明らかにこの珍道中の時間がかかっているのは確かだった。最近は異動前は正捕手で四番を打っていた明石がいるからにはかなめは最低でも試合形式の実戦練習くらいはやってみたいと思っていたことだろう。

 そう考えると野球部監督のかなめの面子を立ててやろうと、シャム達はすぐに走り始めた。

 さすがに全力でとなると身体能力の関係でタフな岡部が先頭を走ることになる。続くのは戦闘用の人造人間として製造されただけに強化された筋肉を持つカウラだった。その後ろは団子状態でラン、ロナルド、誠、そしてシャムが続いた。

「無理せんでええで」 

 すぐに追い抜かれた明石が緊張感の抜けるような声で叫んでいる。

 側道を抜けるとそのまま隊の周りを囲むコンクリートの塀が目に入る。広がっている三ヶ月前まで飛行機の主翼を作っていた工場の跡地の平らな荒地に続く道にはすでにかなめの姿は無かった。

 先頭を走る岡部との距離をカウラが一気に詰める。それを見て団子状態の後続集団から誠がじりじりと抜け出し始めていた。

『ここは先輩だから譲らないとね』

 シャムがペースを落とすとその気持ちを読んだようにランとロナルドも微笑を浮かべながらペースを落とす。

 二位の争いは余裕をもって追いついたカウラと一杯一杯の岡部、そして明らかに無理をしている誠で繰り広げられながらそのまま部隊のゲートまでもつれ込んだ。

 ゲートに消える誠達を見ながらシャムはそのまま軽く流して部隊の敷地にたどり着いた。そのまま植え込みの中に出来た踏み固められた道を抜けるとそこにはシャムの畑が広がっていた。

「白菜が順調。いい感じ」 

 手前に並ぶ白菜を見ながらシャムはそのまま走り続ける。遠くで警備部だろう、射撃訓練の銃声が響いていた。朝の作業の疲れも癒えぬままマリアにまたしごかれている新入警備隊員。少しばかり同情しながらシャムはそのまま大根が植えられた敷地を一気に通り過ぎてグラウンドへとたどり着いた。

 グラウンドの果て、ハンガーの目の前にいる自転車に乗った禿頭を見てすでに勝負がついたことを確認するとそのままシャムはその姿の方に走り続けた。

 大の字になって倒れこんでいる岡部の姿が見える。その隣ではクールダウンのために足首などを回している余裕のあるカウラ。じっと下を向いたまま動かない誠の姿も見える。

「ナンバルゲニア中尉!早く!」 

 すでに自転車を返すのを済ませたらしく、ジャージ姿のアンが手を振っている。シャムは手を振り返しながらそのまま腰に手を当てて仁王立ちしているランのところにたどり着いた。

「おせーじゃねーかよ」 

「いや、みんな早いね。驚いちゃった」 

「シャム。わざとらしいぞ。お前、手を抜いたろ」 

 アキレス腱を伸ばしながらカウラがつぶやく。その言葉にどうにか勇気を振り絞って岡部が起き上がった。

「そんな無理すること無いじゃないか」

「一応隊の面子もあるんで」 

 ロナルドの言葉に岡部は苦笑いで答える。誠はというとまだ下を向いたまま肩を揺らして必死に呼吸を続けている。

「それじゃあ着替えろ。報告書の残り……とっとと上げてくれよ」 

 そう言うとランはそのまま半開きのハンガーの扉の中に消えた。なんとか立ち上がった岡部とそれに付き添うようにしてロナルドもそれに続く。

「神前先輩。大丈夫ですか?」 

 相変わらず下を向いたままの誠にアンが声をかける。なんとか息が整ってきたらしく大きく伸びをすると誠はアンの顔を見下ろす。

「まあな。それじゃあ行きますか」 

 クールダウンを終えて自分を待っているカウラに目をやると苦笑いを浮かべながら誠はハンガーへと歩き出した。

「でも……フェデロは?」 

「ああ、さっき工場の庶務課に電話をしたら無事だそうですよ。こちらに向かっているそうです」 

 アンの言葉に安心しながらシャムもまたハンガーの中の轟音の響く世界へと足を踏み入れた。
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