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第9章 飲み会
シメ
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「ご苦労さん」
明石は茶漬けを受け取るとそう言って笑った。こういうときでもサングラスは外さない。隣のランも楽しげに茶漬けに箸を伸ばす。
軽く茶碗の中をかき混ぜると明石は静かに汁を啜り込んだ。
「ええなあ、こういう時の茶漬けは」
しみじみとそう言いながら黙って座っているシャムを見つめる。少しばかり恥ずかしそうに箸を持った手で頭を掻くと明石は静かに茶碗を置いた。
「ナンバルゲニア。聞きたいことがあるんちゃうか?」
突然の明石の言葉にシャムはあまさき屋に着いてから常に疑問に思っていたことを思い出した。
「うん、あるよ」
「ならはよう言わんとな……神前のことか?」
静かな調子でつぶやく明石にシャムは素直にうなづいた。しばらく遠くを見るように視線をそらす明石。その先には裸で寝っ転がっている誠がいた。
「ワシが帝大の野球部に入ったときはひどいもんやったわ」
昔を思い出す表情。明石にどこか照れのようなものが感じられてついシャムは意地悪な笑みを浮かべてしまう。それを知って知らずが明石は言葉を続ける。
「入学前から知っとったが帝大野球部は29期連続勝ち星なし。しかも平均失点が8点。そのほとんどが5回以内で先発が捕まって勝負が決まっとる……そんなチーム。どない思う?」
シャムは突然明石に話題を振られて戸惑うように首をかしげた。シャムはそのようなチームに所属したことは無い。遼南の出身高校の央都農林高校は野球の強豪校で知られ、シャムと同期には後に東都でプロになった速球派のエースがいた。ピッチャーが粘るから打線も守りも手が抜けない。そんな環境を経験してきたシャムには未知の世界。明石は笑顔を浮かべた。
「入った直後は一年坊主や、ワシも。確かに高校時代はそれなりに打撃で顔は知られとったがいきなりブルペンで球を受けろと監督に言われたときは肝を冷やしたわ。ぽこぽこ打ち返されることで有名な投手陣と言ってもみんな先輩や。下手に『これならワシでも打てまっせ』なんて言おうもんならどないなことになるか……」
そこまで言うと明石は再び茶漬けに手を伸ばす。静かに一口啜り込むとじっと口の中で味わっているように視線を落とす。シャムがそんな明石から目を離すと隣で明石の話に聞き込んでいるランと岡部の姿があった。
「正直びくびくもんや。どんなひょろひょろ球が来るか……逆に怖かったくらいや……で、どんな球が来たと思う?」
急に問い返されて慌てたシャム。顔が赤く染まるのが自分でも分かる。そんなシャムを面白そうに楽しんだ後、明石は口元を引き締めた。
「ちゃんとええ球が来たんでびっくりしたわ。キャッチボールの時の球に毛が生えたようなのが来る思うとったのがびしばしミットに響く力のある球や。二年生の補欠まで受けたが数人外れは確かにおったが……なんであんなに打たれるのか不思議な感じがしてな……」
明石はそう言うとじっとサングラス越しにシャムを見つめる。シャムは話がようやく本題に入ってきたのに気づいて握る手に力を込めた。
「そこで、ワシは言うたわけや……」
明石の言葉にシャムは息を飲んだ。沈黙が場を支配する。いつの間にかランも岡部も箸を休めて明石の言葉に聞き入っていた。
「なんて言うた思う?」
「……うーん……」
考えるシャム。打たれるはずがないのに打たれる。シャムは今回の誠が初めて見るケースだった。それを18歳で目にした明石。その言葉がどんなものだか想像もつかない。
「分からんか?」
「……うん」
渋々認めるシャムににんまりと笑顔を浮かべて見せる。明石はそのまま茶碗を手に取ると再び一口汁を啜った。
「打たれてみ、言うたったわけや。ええやん。打たれとうないって投げて打たれるんなら打たれて当然や思うて打たれた方が気が楽やろ?」
「でもそしたら打たれるよ」
シャムの言葉に明石は意味ありげに誠を見る。シャムもその視線を追った。確かに誠は打たれなかった。おそらく明石が言ったのも先ほどと同じ言葉だろう。
「でもなんで?」
素直なシャムの疑問に明石は大きくうなづいた。
「あのなあ。母校やから言うんとちゃうが一応帝大は最高学府や。アホは入れん大学や。そこで酔狂に野球をしようなんて言う輩はそれなりの覚悟があってやっとる。最低限の時間でできる筋肉トレーニング。より速い球を投げるためのフォームの修正。変化球の微妙な握りを研究しての独特な変化をする持ち球。一つ一つは野球一本でやってきた実業大やらの連中にも負けへんものがある……では無いのはなんや思う?」
「ええと……自信かな?」
シャムのとりつくような言葉に明石は満足げにうなづいた。
「それやねん。実績言うものは人を大きくするもんや。実力が同じでも実績が違えば出せる力の差は数倍にも跳ね上がるもんや。自信を持て言うて持てるならワシかて誰にだって一日中言い続けてもええ思うがそれは無理な話やからな。自信が無いところからの出発……難しいで」
それだけ言うと明石は手にしていたどんぶりから一気にお茶漬けをのどに流し込む。その見事な姿にシャム達は目を引きつけられた。
「でも……打たれていいのと自信とどう関係するの?」
食べ終わって一息ついた明石にシャムは尋ねた。明石はただじっと茶碗を見つめた後、静かにそれを鉄板の隣に置いた。
「自信をつけるには実績が一番の薬やけど……これを手にするのはなかなか難しい。正直、才能が上の相手を迎え撃ってそれを倒してこその自信やからな……なかなか難しい」
まるで自分に言い聞かせるように明石はそう繰り返した。
「そやけどそれが面白い」
にやりと笑う明石。シャムもつられて笑っていた。
「神前の時もただワシはキャッチボールで肩を作らせただけやねん。最初からベルガー、お前さん、クラウゼを相手に好きに投げてみて言うただけや」
「でもちゃんと抑えたよ」
シャムの言葉に大きくうなづく明石。そして静かに明石はサングラスを外した。大きな頭に不釣り合いな小さな細い目がシャムを捉える。
「結果は一番ええことになった。でもな、抑えんといても次抑えればええと思えるようになったんとちゃうやろか?打たれて当然や。そう思っとって気がついたら抑えられとる。その時にどこからかわいてくる自信。それを待つより他に策は無い」
「ずいぶんとまー気長なことだな」
話を黙って聞いていたランが呆れてつぶやく。
「先任。下手な考え休むに劣る言うことですわ。帝大時代も結局30期で連敗は脱しましたから御の字やったいうことで」
そう言って明石はサングラスをかけ直すと大声でからからと笑った。シャムもつられて笑っている。
「おい、タコ。もう締めようや」
手にしたテキーラの瓶が空になったのか振り回しながらかなめが声をかけてくる。明石は満足したようにうなづいた。
「おう、もうええやろ……ラビロフの機嫌もようなったみたいやからな」
シャムがちらりと明石の視線をたどるとサラと笑いあっているパーラの姿が見えた。それを見てシャムの顔にも笑みが浮かんでくる。
「よし!帰ろう!」
立ち上がるシャムにあわせてランと岡部も立ち上がる。あぐらを掻いていたランはまだしもまた岡部は正座していた膝が痺れるらしくふらふらしながらどうにも足下がおぼつかない。
「おう、岡部。しばらく休んどき」
明石はそう言いながら懐に手を入れて財布を取り出す。おごりと決まったこともあり、気を利かせたかなめが明石の肩に黒いコートと赤い長いマフラーをかけた。
「ありがとな」
「いや、ごちそうさんです!」
すっかり上機嫌で叫ぶとかなめはそのまま下手に転がる誠とアイシャに駆け寄った。すでにカウラは寝ぼけているアイシャの頬を叩いて起こしにかかっていた。
「なんや、アイツ等は大変やのう」
「いつものことじゃねーか?お前の時もそーだろ?」
鷹揚に振る舞うランに参ったというように頭を掻く明石。シャムが自分のいた鉄板を見れば。神経を肝臓の生体プラントに集中してアルコールを分解している吉田の姿が見て取れた。
明石は茶漬けを受け取るとそう言って笑った。こういうときでもサングラスは外さない。隣のランも楽しげに茶漬けに箸を伸ばす。
軽く茶碗の中をかき混ぜると明石は静かに汁を啜り込んだ。
「ええなあ、こういう時の茶漬けは」
しみじみとそう言いながら黙って座っているシャムを見つめる。少しばかり恥ずかしそうに箸を持った手で頭を掻くと明石は静かに茶碗を置いた。
「ナンバルゲニア。聞きたいことがあるんちゃうか?」
突然の明石の言葉にシャムはあまさき屋に着いてから常に疑問に思っていたことを思い出した。
「うん、あるよ」
「ならはよう言わんとな……神前のことか?」
静かな調子でつぶやく明石にシャムは素直にうなづいた。しばらく遠くを見るように視線をそらす明石。その先には裸で寝っ転がっている誠がいた。
「ワシが帝大の野球部に入ったときはひどいもんやったわ」
昔を思い出す表情。明石にどこか照れのようなものが感じられてついシャムは意地悪な笑みを浮かべてしまう。それを知って知らずが明石は言葉を続ける。
「入学前から知っとったが帝大野球部は29期連続勝ち星なし。しかも平均失点が8点。そのほとんどが5回以内で先発が捕まって勝負が決まっとる……そんなチーム。どない思う?」
シャムは突然明石に話題を振られて戸惑うように首をかしげた。シャムはそのようなチームに所属したことは無い。遼南の出身高校の央都農林高校は野球の強豪校で知られ、シャムと同期には後に東都でプロになった速球派のエースがいた。ピッチャーが粘るから打線も守りも手が抜けない。そんな環境を経験してきたシャムには未知の世界。明石は笑顔を浮かべた。
「入った直後は一年坊主や、ワシも。確かに高校時代はそれなりに打撃で顔は知られとったがいきなりブルペンで球を受けろと監督に言われたときは肝を冷やしたわ。ぽこぽこ打ち返されることで有名な投手陣と言ってもみんな先輩や。下手に『これならワシでも打てまっせ』なんて言おうもんならどないなことになるか……」
そこまで言うと明石は再び茶漬けに手を伸ばす。静かに一口啜り込むとじっと口の中で味わっているように視線を落とす。シャムがそんな明石から目を離すと隣で明石の話に聞き込んでいるランと岡部の姿があった。
「正直びくびくもんや。どんなひょろひょろ球が来るか……逆に怖かったくらいや……で、どんな球が来たと思う?」
急に問い返されて慌てたシャム。顔が赤く染まるのが自分でも分かる。そんなシャムを面白そうに楽しんだ後、明石は口元を引き締めた。
「ちゃんとええ球が来たんでびっくりしたわ。キャッチボールの時の球に毛が生えたようなのが来る思うとったのがびしばしミットに響く力のある球や。二年生の補欠まで受けたが数人外れは確かにおったが……なんであんなに打たれるのか不思議な感じがしてな……」
明石はそう言うとじっとサングラス越しにシャムを見つめる。シャムは話がようやく本題に入ってきたのに気づいて握る手に力を込めた。
「そこで、ワシは言うたわけや……」
明石の言葉にシャムは息を飲んだ。沈黙が場を支配する。いつの間にかランも岡部も箸を休めて明石の言葉に聞き入っていた。
「なんて言うた思う?」
「……うーん……」
考えるシャム。打たれるはずがないのに打たれる。シャムは今回の誠が初めて見るケースだった。それを18歳で目にした明石。その言葉がどんなものだか想像もつかない。
「分からんか?」
「……うん」
渋々認めるシャムににんまりと笑顔を浮かべて見せる。明石はそのまま茶碗を手に取ると再び一口汁を啜った。
「打たれてみ、言うたったわけや。ええやん。打たれとうないって投げて打たれるんなら打たれて当然や思うて打たれた方が気が楽やろ?」
「でもそしたら打たれるよ」
シャムの言葉に明石は意味ありげに誠を見る。シャムもその視線を追った。確かに誠は打たれなかった。おそらく明石が言ったのも先ほどと同じ言葉だろう。
「でもなんで?」
素直なシャムの疑問に明石は大きくうなづいた。
「あのなあ。母校やから言うんとちゃうが一応帝大は最高学府や。アホは入れん大学や。そこで酔狂に野球をしようなんて言う輩はそれなりの覚悟があってやっとる。最低限の時間でできる筋肉トレーニング。より速い球を投げるためのフォームの修正。変化球の微妙な握りを研究しての独特な変化をする持ち球。一つ一つは野球一本でやってきた実業大やらの連中にも負けへんものがある……では無いのはなんや思う?」
「ええと……自信かな?」
シャムのとりつくような言葉に明石は満足げにうなづいた。
「それやねん。実績言うものは人を大きくするもんや。実力が同じでも実績が違えば出せる力の差は数倍にも跳ね上がるもんや。自信を持て言うて持てるならワシかて誰にだって一日中言い続けてもええ思うがそれは無理な話やからな。自信が無いところからの出発……難しいで」
それだけ言うと明石は手にしていたどんぶりから一気にお茶漬けをのどに流し込む。その見事な姿にシャム達は目を引きつけられた。
「でも……打たれていいのと自信とどう関係するの?」
食べ終わって一息ついた明石にシャムは尋ねた。明石はただじっと茶碗を見つめた後、静かにそれを鉄板の隣に置いた。
「自信をつけるには実績が一番の薬やけど……これを手にするのはなかなか難しい。正直、才能が上の相手を迎え撃ってそれを倒してこその自信やからな……なかなか難しい」
まるで自分に言い聞かせるように明石はそう繰り返した。
「そやけどそれが面白い」
にやりと笑う明石。シャムもつられて笑っていた。
「神前の時もただワシはキャッチボールで肩を作らせただけやねん。最初からベルガー、お前さん、クラウゼを相手に好きに投げてみて言うただけや」
「でもちゃんと抑えたよ」
シャムの言葉に大きくうなづく明石。そして静かに明石はサングラスを外した。大きな頭に不釣り合いな小さな細い目がシャムを捉える。
「結果は一番ええことになった。でもな、抑えんといても次抑えればええと思えるようになったんとちゃうやろか?打たれて当然や。そう思っとって気がついたら抑えられとる。その時にどこからかわいてくる自信。それを待つより他に策は無い」
「ずいぶんとまー気長なことだな」
話を黙って聞いていたランが呆れてつぶやく。
「先任。下手な考え休むに劣る言うことですわ。帝大時代も結局30期で連敗は脱しましたから御の字やったいうことで」
そう言って明石はサングラスをかけ直すと大声でからからと笑った。シャムもつられて笑っている。
「おい、タコ。もう締めようや」
手にしたテキーラの瓶が空になったのか振り回しながらかなめが声をかけてくる。明石は満足したようにうなづいた。
「おう、もうええやろ……ラビロフの機嫌もようなったみたいやからな」
シャムがちらりと明石の視線をたどるとサラと笑いあっているパーラの姿が見えた。それを見てシャムの顔にも笑みが浮かんでくる。
「よし!帰ろう!」
立ち上がるシャムにあわせてランと岡部も立ち上がる。あぐらを掻いていたランはまだしもまた岡部は正座していた膝が痺れるらしくふらふらしながらどうにも足下がおぼつかない。
「おう、岡部。しばらく休んどき」
明石はそう言いながら懐に手を入れて財布を取り出す。おごりと決まったこともあり、気を利かせたかなめが明石の肩に黒いコートと赤い長いマフラーをかけた。
「ありがとな」
「いや、ごちそうさんです!」
すっかり上機嫌で叫ぶとかなめはそのまま下手に転がる誠とアイシャに駆け寄った。すでにカウラは寝ぼけているアイシャの頬を叩いて起こしにかかっていた。
「なんや、アイツ等は大変やのう」
「いつものことじゃねーか?お前の時もそーだろ?」
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毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
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