レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第6章 梅の花

車列

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「おい……あそこの車の列……」 

 カウラがハンドルから手を離して指さす田んぼの隣の車の列。最後部には警備員が看板を持って立っているのが見える。

『豊川市立植物園駐車場最後尾』 

 看板の赤い文字にアイシャが思わず頭を抱える。

「やっぱりみんな考えることは同じね……どこか近くに駐めて歩く?」 

「この近辺は駐車禁止だ」 

 カウラに一言で自分の案を否定されたアイシャが情けない表情で後部座席に目を向けた。

「そんな目でアタシを見ても仕方ないだろ?待つしかねえよ。梅は逃げたりしねえから」 

「いつもは待つのは嫌だって逃げるくせに……珍しいのね」 

 確かにいつもにないのんびりしたような表情のかなめを見て誠も首をひねった。あらゆる意味でまな板の上の鯉の誠達。かなめは彼女なりに覚悟を決めているのだろう。そう思うと誠も自然に頷いていた。

「へえ、後部座席のお二人さんはお待ちするようですよ」

「なら待つしかないだろ」 

 いつでもそのまま最後尾の車を追い越せる位置で車を停めていたカウラは覚悟を決めたようにそのまま駐車場へ続く車列の最後尾に車を着けた。

「30分くらいかしらねえ……」 

「昼過ぎだからな……確かにそのくらいは時間がかかるんじゃねえか?そう言えばここの駐車場はでかいのか?」 

「市営施設だからそれなりにでかいはずだぞ……ちょっと待て」 

 かなめの質問に暇をもてあましていたカウラはナビゲーションを弄って駐車場の規模を調べる。

「2百台……多いのか少ないのか微妙だな」 

 カウラの苦笑いに誠も自然と笑みが漏れてくるのを感じていた。

 止まった車の中に入り込む日差しはまだ弱く、少しばかり眠気を誘う。

「眠いわね……」 

 思わず呟いたアイシャにカウラが苦笑いを浮かべる。

 すぐに前の車が動き出した。

「意外と早く入れたりして」 

「それは無いだろう。たまたまだ」 

 かなめの言葉を軽く否定するとカウラはそのまま車を動かす。

「こんな良い日より……いつまで続くか……ガイガーカウンターでも買おうかしら?」 

「ああ、売り切れ続出らしいな。そういうところはちゃっかりしている庶民様だ。まあそんなことをしたところで降り注ぐ放射線を払うことなんてできねえのによ……」 

 また振り出しに戻る会話。

 太陽の力はまだ弱く。アイシャとかなめに弱音を吐かせる勢いは無い。ただ、その眠気は着実に襲ってきているようで次第にアイシャの口数が減り始める。

「まあ……梅でも見て。帰りに酒でも買って帰るか?」 

「お前はそればかりだな」 

 かなめの言葉にカウラはいつもの呆れたという笑みを浮かべる。誠がちらりと助手席を見れば、すでにアイシャはうたた寝を始めていた。

「眠くなるのも分かる日差しだな……暖房も適度だし……アタシも寝ようか?」

「遠慮するな。静かで気楽になる」 

 カウラの言葉にかなめはパッと目を見開いて誠を睨み付ける。

「あ……ただ見てただけですよ」

「で?見た感想は?」 

「え?まあ……眠そうだなと……」 

「そうか……」 

 少し残念そうにかなめはうつむく。誠は彼女が何を求めていたのか分からずにただ仕方なく自分も眠れるように背もたれに頭を載せた。

「また動くな……やはり早く着くんじゃないか?」 

 車が動き出すとかなめは勝手につぶやいていた。確かに明らかに早めに車は動いていた。駐車場の存在を示す看板も見え始めている。

「早く着くと良いですね……」 

 睡魔と戦いながら誠は投げやりにそう言った。

「梅……意外と終わってたりして」 

 不意に目を開けたアイシャのつぶやきにかなめが顔を顰める。

「そりゃ嫌だな。せっかく並んだのに見てみたら散った後……最悪」 

「そんなことは無いと思いますよ。今年は梅は遅いって言ってましたから」 

 誠の言葉にもかなめの表情は冴えない。ただ動いていく景色を眺めながら大きくため息をつく。

「でもそれは咲くときの話だろ?このところかなり暖かいじゃねえか。すぐ散ったりしてるかもしれねえだろ?」 

「心配性ね……なんなら降りて確かめてくれば?」 

「ふざけるな!」 

 かなめの怒声にアイシャはそのまま寝たふりを再開した。カウラはそれを眺めながらじりじり進む前のバンの後ろをゆっくりと車を進める。

「全部は散って無くても……紅梅だけ散ってるとか?」 

「それも嫌だな。紅白揃ってこその梅じゃねえか」 

「意外だな。西園寺が花にこだわるとは……」 

 カウラの何気ない一言にかなめが黙り込む。一応は彼女も風雅を重んじる胡州随一の名門西園寺家の次期当主である。そう言うことに疎い誠ですら殿上貴族のたしなみとして彼女が幼い頃から梅見などに興じる日々を過ごしてきたことは容易に想像がついた。

「結局……隊長が梅見でもして鋭気を養えと言ったが……そのまんまになりそうだな」 

 駐車場の入り口に立つ警備員の指示に従ってハンドルを切りながらのカウラのつぶやき。誠は目の前に臨時駐車場と書かれた看板を見てようやくこの行列がなぜ早く進んだのかを理解した。

「なんだよ……今頃臨時駐車場をオープンか?今の季節なんだから朝から開けとけよ」 

「まああれだ。普段の駐車場がいっぱいになるまで閉めておく取り決めにでもなっていたんじゃないのか?」 

「これだからお役所仕事は……」 

「私達も公務員じゃないの」 

 かなめの悪態に薄目を開けたアイシャが突っ込みを入れる。カウラはそのまま車を砂利の敷き詰められた空き地に進めて誘導員の指示に従ってバンの隣に車を停めた。

「じゃあ行くから……でかいの二人!降りろ」 

「何よその言い方……」 

 悪態続きのかなめをちらりとにらんだ後、アイシャは渋々助手席のドアを開けると外に出た。誠も苦笑いを浮かべながら助手席を倒して外に出る。

「やっぱり寒いな……」 

「なら上を着てくればいいのに……」 

 ジャンバーの下はタンクトップといういつもの姿のかなめにアイシャが嫌みを込めた調子で呟いた。

「ぐだぐだ言っていないで行くぞ」 

 いつまでも揉めていそうなアイシャとかなめを横目で見ながらカウラはそう言うとそのまま植物園の入り口に向けて歩き始めた。

 平日の日中。客の多くはリタイヤした高齢者が多く見られた。仲むつまじく歩く姿、何人もでがやがやと談笑しながら入り口に向かう姿。そこにはいつもの東和の日常があった。
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