レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
740 / 1,557
第22章 待ち受けるもの

待ち受けるもの

しおりを挟む
 誰もいない戦艦を思わせるブリッジ、いくつものモニターが周辺の障害物などの映像を映していた。

『なにか用か』 

 ブリッジに響く声。艦長席のようなゆったりとした椅子の前のモニターが点灯し、一人の老人の姿を映し出した。

「用というほどではない。確認だ」 

 老人はそう言うと口ひげに手をやる。もう一方の声の主、この艦そのものである吉田俊平は何も答えることはなかった。

「現在我々の艦隊は衛星、麗から5万キロまで接近している」 

『準備がいいな。まるで測っていたみたいだ』 

 艦の声に老人ルドルフ・カーンは満足げにうなづく。しかしその目は明らかに猜疑心に取り憑かれたそれだった。

「仕掛けるつもりか?嵯峨の司法局と」 

『わかっていて聞くとはなんともスマートさに欠けるんじゃないかな。それに俺が仕掛けることであんたの溜飲も下がるんだろ?』 

 その言葉にカーンは苛立たしげに口ひげを撫でながらも口元に愛想笑いの笑みを浮かべた。

「確かに溜飲は下がる。だが本当にやらなければならないことは……」 

『なあに、あんたの溜飲を下げるだけじゃ、こんな素敵な体をくれた礼としては不足なことはわかっているよ。2,3発インパルスカノンをぶっぱなしてあんたの言う豚共にこの世の秩序というものを教えてやるっていうサービスまでつけよう』

「遼北・西モスレム国境に一撃、東都に一撃、あと敗北主義の胡州に一撃」 

『なんだ豚の意味までわかっているのか……』 

 艦の言葉にカーンは満足げにうなづく。

「多少の無茶はどうにかできる設備はこちらも用意してある。とりあえず司法局実働部隊を屠ったところでできれば数発威力を見せつけることができれば満足だ」 

 カーンの笑顔に艦は笑顔を浮かべているとでも言うように誰もいない操縦桿を左右に振ってみせる。

『無茶をするのはこちらではない。司法局と『管理者』の方だ。そちらでは『管理者』の所在は掴めたのか?』

 機械的声の言葉にカーンはうなづいてみせた。

「現在のところ西園寺の州軍に身を寄せて全速でそちらの宙域に進行中だ。こちらも一緒に片付けてくれると助かるな」 

『なあに、望むところだ。それに今回は我々の同胞の恨みを晴らすのには最高の舞台じゃないか!』

「同胞意識か。そんなものもあるのかね、君達には」 

 驚いた様子のカーン。艦は静かに語り始める。

『情報は共有され、精査されて初めて意味を持つんだ。我々はそのために常に記憶を更新しながら現在まで記憶の共有化を図り、それを東都のセンターで分析することで情報端末としての役割を全うしてきた。そのセンターと一体の嵯峨惟基と接触した個体がそのシステムの輪を破壊した。そいつが我々が『管理者』と呼ぶ個体だ。センターと『管理者』には秩序を破壊した罪がある。……秩序を大事にするのが君等国家社会主義者の美徳だと聞くが?』 

 自分に話題が振られて少しばかり困惑した表情を浮かべながらカーンは口元のヒゲをなでた。

「私の美徳なんてことはどうだっていい」

 苦々しげなカーンに艦は笑みでも浮かべているように言葉を続ける。

『どうだっていいね。それにしても顔色が冴えないように見えるが……死ぬ敵が億を超えると流石に気が引けるかね』

「それは私のセリフだ」

 カーンはつぶやいた。そして自分の言葉が恐怖を帯びたように震えていることに自分で気づいて口に持ってきた手で強くあご髭を引っ張ってみせた。

『だが、あんたは所詮人でしかない。数億人が死ねば多少の感傷に浸るのも当然だな』 

「まるで自分の方生身の人間より優れているとでもいうような言い草だな」 

 皮肉な言葉に艦はよどみなく言葉を続けた。

『事実だから仕方がない。俺には死が存在しない。人間の言う病気の苦しみも持たない。また存在が消えてなくなることの恐怖もない』

「そうか?それならなぜ君等が言う『管理者』やサーバーの攻撃から逃げ回る必要があったんだ?消えるのは同じことじゃないか」 

 カーンの珍しく素直な質問にようやく饒舌を止めた艦。ただし、それに続く言葉にはより残酷な表情が似合うものだった。

『奴等はイレギュラーだ。多面的な視線と情報を手にするにはインターフェースは多い方がいい。だから俺は毎年のように新たな義体をその筋で確保して稼働させたんだ。多数の俺が同時多発的に観察し、活動し、そして破壊する。最強のシステムだとは思わないかね』 

「その自立型情報収集ユニット群。そのおかげで東和は200年に渡る平穏を得ることができたというわけだ」 

『そう、ゲルパルトや胡州の無謀な対地球戦争にも巻き込まれずに済んだんだ……まあ感謝はしてもらいたいものだね、東和の連中には。そのシステムにエラーが出た。だから修正する。それだけの話だ。あんたにもあるだろ?あるべきものがあるべき形をとらなかったことくらい。例えば前の戦争での東和の中立とか』

 艦の言葉に明らかに心象を害したようにカーンは顔を歪めた。痛いところを突かれたというように独白を始める。

「あの戦争では東和は我々に味方するべきだった」 

 ゲルパルトの政府の中枢にあってその戦争の正義と勝利を信じていた時代がカーンの頭をよぎる。そして次の瞬間モニターの向こう側のプログラムに本音を吐いている自分を想像して虚を突かれたような表情を浮かべた後黙り込んだ。

『負ける戦争をするのは大馬鹿者だよ。東和が付けば勝った?単純な楽観論に過ぎないね。地球のアメリカを中心とする陣営の国力とゲルパルト、胡州の両国の国力には差がありすぎる。地球のアフリカと中央アジアまで侵攻できただけで十分じゃないの……まあ過ぎた戦争の話をするのは建設的とは言えないがね。まああんたも俺も同類ってことさ』 

 ブリッジの計器が動き始める。カーンは静かにその様を見守っている。低い警告音が断続的にブリッジに響いた。

「動き出したのか、嵯峨は」 

『なあに、動き出すのは奴の部隊だけだ。嵯峨本人は今回は政治的な動きを取るだろうからな。現場を仕切るのはクバルカ・ラン中佐』

「遼南共和軍の残党か……東和でアサルト・モジュールの教導隊の隊長をしていたはずだが?」 

『あなたも知っているとは彼女も高名なパイロットというところですかね。相手には不足はない』

「くれぐれも無理はしてくれるなよ」

 狂気がブリッジに広がっているように各モニターに緑色の位置データの映像が映し出されるのを見てカーンは苦々しげに念を押すと通信を切った。

『ちょうどいい……目覚めにはちょうどいい……フフフッ……』

 何もいないブリッジに機械的笑みが広がっていた。カーンが映っていたモニターに小さく司法局実働部隊運用艦『高雄』の姿が映し出されていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

処理中です...