特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第七部 「低殺傷兵器(ローリーサルウェポン)」

橋本 直

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動き出す状況

第62話 襲撃

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 トレンチコートの男は夕闇が迫る路地に立っていた。その目の前には古びたアパートがある。男は周りを見回した。子供の声が遠くで聞こえるが見る限り人影は無い。それを確認すると、その男、桐野孫四郎はコートの下からまるで図面でも入れるためのような長い紙の筒のふたを開けた。逆さにして滑り出した物の重量がどっかりと桐野の左手にのしかかる。それは図面などではなく真剣だった。『備前忠正』。桐野はダミーのつもりで入れいていた図面入れを投げた。そしてそのまま朱塗りの鞘を静かに払って鞘をベルトに指した。その動作はあまりに自然だった。アパートの一階に並ぶ洗濯機の列の乱れて汚れた感じと比べれば桐野の一連の動作の方が理にかなっているように見る者がいれば思ったことだろう。だが誰もその姿を見る者はいない。そして桐野はさも当然のようにそのままぎしぎしときしみをあげる作りの悪い階段を昇った。

 彼の意識はすでに人を斬るときのものに切り替わっていた。意識でたどれる範囲では法術の気配は無かった。アパートの二階の四つの部屋。目的の一番奥の部屋までの三つの部屋には人の気配自体が無かった。このアパートに着いた直後に桐野を襲った脳髄を刺激するほどの力の存在はすでに消えうせていたのが残念に感じられた。

「時間だな」 

 そう言うと桐野は目的の扉に向けて体当たりをかました。安い板とアルミの枠でできた扉は大柄な桐野の体当たりで見事に押し破られた。

「うわ!」 

 飛び込んだ部屋の中に一人のうだつの上がらない中年男が腰を抜かして倒れている。突然の出来事に混乱しているのは見れば分かる。桐野はすでに何人もの人を殺めたが、彼の手にある真剣を見て驚くその表情はどれも同じで時々デジャブーを見ているような気分になる。今もまたそんな気分で腰を抜かしたままじりじりと部屋の奥へ這っていく男を玄関先で見下ろしていた。

「失礼したね……どうやら驚かせてしまったようだ」 

 そう言うと桐野はそのまま土足でアパートの一室に上がりこんだ。男は奥の窓の下に張り付いてただ震えながら桐野を見上げている。意識してか、無意識にか。その手にしている引き裂かれたノートが何かをその貧弱な男が決意したことを示しているように桐野には見えた。

「水島……徹さんだね」 

 自分の間合いに入ったところで静かに桐野は男に尋ねた。そのいかにも平和に慣れ親しんできたと言う水島の顔の周りの肉。自分のこれまでの境遇とはあまりにかけ離れたその造形に桐野にはふつふつと殺意が沸き上がってくる。だがそれに身を任せるのはいつでもできることだった。窓から没した太陽の残り火が差し込む中、桐野は黙って震える水島を見下ろしていた。

「そう……ですけど……あなたは?」 

 泣き叫ばないだけましなのか。桐野は震えながらも自分の名前を聞いてくる水島を見て少しばかり感心した。顔は恐怖で引きつっているが、桐野の頭の中を必死で探っている水島の力のかけらは感じている。力には力で応じる主義の桐野は右手に握った刀の柄に力を込めた。

「なんだ……旦那。先にはじめちゃったんですか?」 

 入り口の壊れたドアを呆れたように見つめている男がさらに現れた。その革ジャンと洗いざらしのジーンズ。その姿を見て水島の表情が明るく変わる。しかし、その希望は馴れ馴れしく桐野に話しかけている事実を見れば自然に霧消する儚い希望に過ぎなかった。

「さっきまでいたのは……どこですかね?ゲルパルトのネオナチの旦那達……東モスレムの原理主義者連中……それとも?」 

 革ジャンの男、北川公平は見慣れた桐野の手荒いやり口に苦笑いを浮かべながら目の前で震えている水島に気づいてそれを見下ろした。水島はその目を見てすぐに気づいた。その革ジャンの男の方が刀を手にした大男より信用に足らない。おそらくは革ジャンの男が今回の襲撃を仕組んだ本人で刀の大男はただの手駒に過ぎない。

 水島は混乱していた。クリタ少年の言葉通りなら彼の部屋の前には紳士的な東都警察の捜査官か兵隊やくざの司法局実働部隊の武装隊員が現われるはずだった。だが目の前にいる二人は警察官にも軍人にも見えない。無頼漢。まさにその言葉がぴったりと来る二人のコンビをただ黙って見上げる水島。

『おじさん……ピンチなの』 

 頭の中でクリタ少年の声が響いた。

「なんでだ!話が違うぞ!」 

「話が違う?なにも俺は話してないですけど……」 

 革ジャンの男の言葉に水島は我に返った。

「北川。たぶんこいつはどっかの勢力に買われたんだろ。そいつからの思念通話だ」 

 落ち着いて分析してみせる刀を手にした桐野の死んだような表情に水島は死を直感した。ゆっくりと刀が振り上げられる。

「飼い主が決まるまで静かにしていれば良かったのにねえ……それともたった今落札されたところかな?だとしたら運が悪かったね」 

 北川と呼ばれた革ジャンの男の笑み。自分が斬り殺されるのを覚悟しながら恐怖に震えるしかない自分に呆れながら水島は考えていた。

『助けてくれ!』 

 次の瞬間、振り下ろされた桐野の刀は何も無い畳に突き立てられた。桐野はその独特の感覚から一瞬だけ干渉空間が目の前に展開されたことを悟った。すぐに備前忠正の刃に目をやる。

「刃こぼれは無いか……」

「何言ってるんですか?旦那。逃げられちゃったじゃないですか」 

 北川はそう言うと水島が消えた畳を丁寧にさする。

「いい飼い主が見つかったようだな。他にも空間制御系の能力者、しかも有力な奴を飼っている。なかなか面白い展開だ」 

 暗がりの中に光る刃をじっくりと眺めた後、静かに鞘に収める桐野。その不満そうな表情を見ると北川はいかにも滑稽なものを見たというように爆笑を始めた。

「何がおかしい」 

「旦那……せっかくの獲物に逃げられて無様に刀を納めるなんて……」 

「そういうオマエは手ぶらで帰るつもりか?」 

 不愉快そうにつぶやく桐野に笑みを浮かべると北川は長身の桐野の耳元に背伸びをしてつぶやく。

「なあに、相手の法術師はやり手みたいですが……詰めが甘いですね。飛んだ先も俺のテリトリーの中ですよ。場所は割れてます。行きましょう」 

 そう言うとそのまま部屋を出て行く北川。彼の背中を見ながら桐野は剣を手に古いアパートの壁をさすりながら用がなくなった部屋を後にした。
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