遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣

橋本 直

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第九章 『特殊な部隊』の銃と女達

第26話 モテないシューターと殺意の銃史

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 射場の空気は金属の匂いと古いオイルの匂いが混じり、土嚢の影に小さな夏の風が抜けていく。的は幾度も弾痕を重ねて銀色の地肌を覗かせていた。

 誠はそれからもかなめの指導の下、射撃練習を続けた。

 マガジンを入れるのにやたらと時間がかかったり、何も知らずに銃口をかなめ達に向けたりとても軍人とは思えない誠の銃の扱いにかなめ達は呆れていた。

 射場では初歩のミスが笑い話では済まされないが、同時に先輩たちも新人の成長を見ることに陰の満足を覚える。かなめはその眼差しで誠の動きを追い、些細な癖を見逃さない。

「大丈夫よ。拳銃なんて所詮ハッタリだから。まあ、かなめちゃんがなんで誠ちゃんに『グロックG44』を選んだかは……想像がつくけど……かなめちゃん……本当に気になるんでしょ?誠ちゃんの事……やっぱりかなめちゃんも地球人の血を引いてるってそれでよく分かるわね」

 そう言ってアメリアが笑った。

 アメリアの笑みは茶目っ気にあふれ、緊張をほぐす潤滑油のように場を和らげる。誠はその笑みに少し救われながらも、胸の中で小さな疑念を抱いていた……自分はここで何を成すのか。

 かなめは無言で銃を構えるが、誠はどこか落ち着かない気分になった。

 銃を構えるとかなめの顔にはいつもとは違う集中の皺が寄る。銃を介した静かな対話がそこに生まれるのだ。

「……そんなわけねえだろ……それにこいつが『モテない宇宙人』の血を引いてるのとアタシが同じ遼州人の血を引いてるのを一緒にするな。アタシは『モテないコンプレックス』を異性と手も結ばねえでその100年の生涯を閉じる70%の東和人ではなく、ちゃんと地球人の血を引いてほとんどの女が結婚できる甲武国の生まれだ。まあ、前の戦争では男がほとんど死んだから20年前は男一人に女10人という比率になって結婚できない女も結構いたらしいが。アタシの年ではこの『恋愛未経験者天国』の東和と同じで男女の比率はほぼ同じだ。この甲武だったらこの年で女の一人もいないことが奇跡に近い神前と一緒にされるのは迷惑だ」

 そう言いつつも、弾を入れないドライファイアーを何度かした後かなめはほんの少しだけ誠を横目で見た。

 その一瞥は単なる確認ではなく、測りかねた期待のようでもある。かなめは誠の可能性を試しているのだ。

 アメリアは誠の銃の扱いに呆れつつ、意味ありげに笑っている。誠はその言葉の意味が理解できずにただ銃を持って呆然と立ち尽くしていた。

 射場の端でカウラが静かに装備を点検している。彼女たちのやりとりは、外から見れば騒がしいだけの戯れに見えるかもしれないが、実はそれぞれが相手を試し、補い合うコミュニケーションである。

「何か意味があるんですか?僕が『グロックG44』で西園寺さんが使ってる『スプリングフィールドXDM40』とか言うのだと……それと甲武では僕の年だとみんな恋愛経験者なんですか?僕の同級生で彼女がいる人間なんて聞いたことが無いですよ……女性は……大学時代の『理科大クイーン』に選ばれた女子が卒業と同時に大企業の御曹司と結婚した話を聞いたことがありますけど」

 誠は銃に詳しくなかったのでアメリアの言葉の意味が分からず聞き返した。そして地球人達はなぜそんなに恋愛をするのか遼州人で『モテない宇宙人』の誠には理解不能だった。

『……銃を選ぶって、単に『好きだから』じゃないんだな。職務とか体格とか、お金のことまで全部込みで決まる。西園寺さんがG44を選んだ理由も、本当はもっといろいろあるんだろうけど……今の僕にはまだ、そこまでは見えないよ』

 かなめはアメリアの余計な話で話題がずれていることに苦虫をかみつぶしたような表情をした後、誠を押しのけて射場に入った。

「アメリアの話は無視してだ。このXDM40という銃はな……機構的には完全にグロックのコピーなんだわ。グロックは二十世紀初頭の拳銃のいくつかの忘れられた構造と、ポリマーフレームというプラスチック加工メーカーならではの強みを生かして作った傑作なんだ。それまで常識とされていたシステムを忘れられた作動方法によりプラスチック部品を多用できることで、性能を犠牲にせずに圧倒的にコストを落とした優秀な銃だった。そしてコストを落とす過程で部品を減らすという考え方が動作部品が少ないから信頼性が高いという良いサイクルを生んでベストセラーの銃となった。丁度、腕や足などの可動部分が多いから採用国が少ないシュツルム・パンツァーに対して、確かに車長・砲手・操縦手の三人の乗員が必要だが、その可動部分がほぼ砲身関係と駆動系しかない飛行戦車が現在の宇宙の主力兵器であるのと事情は同じだ。でもなあ……」

 かなめは話しながら手際よく銃の装填を済ませる。口ぶりは熱を帯び、歴史への敬意と道具への愛着が混じる。銃器好きの語りはいつだってどこか宗教的だ。それをシュツルム・パンツァーパイロットの誠なら分かる飛行戦車との違いを語ることで誠にも分かるように説明してくれたかなめの気遣いはありがたかった。

 そんな誠の視線を感じたかなめは頬を少し赤らめるとすさまじい速度で銃を連射した。

 十二発爆音が響いた後、かなめの銃のスライドは弾を撃ち尽くしたことを示すようにスライドが開いたままで停止して煙を放っていた。

 射場に残る銃煙がぽつりと消えていく。弾着は正確で、的の中央付近に連なっている。その見事さに誠は無意識に息を呑んだ。

「グロックはあまりに優秀だったから、どこも真似しようとしたんだよ。まあ、飛行戦車ではすでに起きている話だ。ゲルパルトのⅤ号飛行戦車『パンサー』。あれは設計思想が当時のゲルパルトの兵器生産工場の最高技術に追いつかなかったから高性能だが信頼性が低いと戦場では散々の評価だったが、一度戦場に出てしまえば圧倒的な戦果を誇った。そして兵器生産工場の技術ではゲルパルトを圧倒する地球圏の国々はどう見てもこの『パンサー』を少しデザインを弄っただけの飛行戦車をどこの国でも作った。飛行戦車に特許はねえからな。アメリカの『M5』、フランスの『ハヌマーン』、ロシアの『T24』。見た目こそ違うが兵器の構造の分かる人間が見たら明らかに『パンサー』のコピーと分かる代物だ。同じようなことがグロックでも起きた」

 しずかにマガジンに銃弾を込めながらかなめは話を続けた。誠は型番までは覚えきれないが、『パンサーを各国が真似した』という話だというのは分かった。

「だが、銃には特許があるから真似をしたとバレるとすぐに販売を裁判所から差し止められる。すでに十分な販路を得ていて価格決定力のあるグロックに対してコピーを作るメーカーにはそんな確定している販路があるわけではないから価格競争でもグロックの敵にすらならない。そうしてほとんどのメーカーが失敗したわけだ。まあ、後により技術が進むと生産工程の効率化とかグロックの特許を侵害しない作動方法でグロックの信頼性を確保することは出来たのが歴史の語る事なんだが……その20世紀末から21世紀初頭にかけて無双を誇ったグロックとの生存競争中で唯一生き残ったのがこのXDM40ってわけ」

 かなめはそう言うとスライドを戻して銃を誠に手渡した。

 右手にかなめのXDM40、左手にG44を持ちながら誠は両方を見比べた。

 対照的なデザインの銃を手にした時、誠は道具によって人物の印象がどう変わるかをぼんやりと考えた。重心の取り方、グリップの角度、トリガーの戻り方……それらは全て「『練で向き合うべき相手』だ。

「確かに見た目はそっくりですね……コピーと言われてもこれじゃあ反論できないですよ」

 誠は自分の銃とかなめの銃を見比べてそうつぶやいた。

「そうだろ?でもこの二つの間には決定的な違いがあるんだ」

 かなめはそう言うとにやりと笑った。

 彼女の笑みはいつも一歩先を見ている。教える側の優位さを楽しむ余裕があるのだ。

「決定的な違い……この握りの部分が動くってところですか?」

 誠はかなめのXDM40のグリップセフティーを指さしてそう言った。

 細部に気づく誠の観察眼は誉められるべきものだ。だが、銃は細部の集合体であり、その細部の意味を知ることが次の段階である。

「そんなのは些末なことだ。グロックはオーストリア軍の新型正式拳銃コンペで生まれたいわゆる拳銃開発の王道から生まれた銃だが……このXDMシリーズは戦争の中で生まれた『殺し合いの道具』なんだ……人を撃つということに特化していった結果、そんな王道の銃と似通った形になった。オメエ、理系ならそう言う生命の進化について詳しいんじゃねえのか?見た目は似てるけど元々の先祖はまるで似ていない生き物が地球や遼州にもいっぱいいるのはアタシも知ってるぞ」

 『殺し合いの道具』……かなめがあえてそう言ったことに、背筋が少しだけ冷たくなった。そんな誠の気持ちを思いやってであろうかなめは誠の理系知識に会わせるつもりで進化の過程で目的のために生物が似た形になりがちな収斂しゅうれん進化の話をしようとしているらしかったが誠は生物学は専門ではなく一般教養課程で学んだ程度だったのでただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「戦争の中で?『殺し合いの道具』として?」

 誠は歴史知識がほぼなかったので、二十世紀は半ばあたりに『第二次世界大戦』があったという程度の地球の歴史知識しかなかった。

 かなめは言葉を慎重に選ぶ。武器の起源を語るとき、彼女の声にはいつも覚悟の色が差す。

「二十世紀末のバルカン半島。1989年。ベルリンの壁が崩壊し冷戦が終わった。しかし、それは新たな戦いの始まりだったんだ。壊したドイツ人は喜んだろうが、そのドイツにかつて支配されたことがあるユーゴスラビアには戦争の終結ではなくそれから延々と続く戦争の始まりの合図だったんだ。そこでは社会主義という複数の民族の共通価値観が破壊されることで多民族国家が崩壊して元々異民族を認めることのできない地球人の本能をむき出しにした民族間の殺し合いが始まったが……今じゃあ、地球には多民族国家なんて存在しないからな……民族の共存……それは夢物語に過ぎねえ。それが証明されたのは21世紀。あの『悪夢の世紀』だ」

 いつも自分を語る時のかなめの鈍い鉛色の瞳がそこにあった。かなめの地球の話は、教科書で習ったどんな『世界史』よりも生々しく感じられた。

「そんな歴史に話なんてどうでもいいんだ。そう言うことはインテリだと自分で言ってる叔父貴にでも聞け。それよりそんな殺し合いの戦場で必要にされるのは確実に弾が出る銃。それが戦場では最も重要なんだ……。当たるか、撃ちやすいか、安全かなんてことは二の次三の次。銃は弾が出なければ銃じゃねえ。そのことをこの銃は形で証明して見せた訳だ」

 かなめはそう言うとテーブルの上の愛銃を手に取る。

 そしてすぐに空きマガジンを落とすと弾の入ったマガジンに差し替えて十二連射を決めた。

 彼女の所作は無駄がない。握って、差し替え、撃つ。その一連の流れが体に染みついている。誠の手つきとは遠く離れているのが見て取れた。

「当たらなくても弾が出ればいいだけの銃……凄い割り切り方ですね」

 誠はかなめの銃知識に感心しながらそうつぶやいた。

 彼女の説明は冷静で実務に即している。道具の生まれた背景を知ることは、扱う者に責任感を与える。

「なあに、こいつの前身のモデルは本当にどんな環境でも動くだけのひどい銃だったが、改良を加えられてそれなりに使えるグロックとガチンコ勝負して市場で勝てる銃になった。何よりグロックより安いからな」

 かなめはそう言って銃のマガジンを刺し替えた。

「値段が安いといいことなんですか?どこもかしこも予算、予算ってもううんざりですよ」

 誠の問いにかなめはあきれ果てたという表情を浮かべる。

 予算の制約は軍の現実だ。装備の選択は常に性能と費用の綱引きで決まる。誠はそこでの合理性を学ぶ必要がある。

「そう言うが世の中そんなもんなんだ。特に武器は数を揃えてなんぼなんだ。当時、メインの市場だったアメリカは景気が悪くて田舎の警察なんかは銃を新調する余裕が無かったんだ。元々、その安いのが売りのグロックすら買えない貧乏警察はこの東欧製のこいつに白羽の矢を立てたって訳だ。ちょうどそのアメリカの銃器メーカースプリングフィールド社が当時死に体ですぐに潰れた老舗銃器メーカーコルトの二の舞を舞うまいとまさにバーゲンセールの価格だったからな」

 かなめの言葉を聞きながら誠は自分のG44とかなめのXDM40を見比べた。

 道具の背景を知ると、誠の所有物がただの形ではなく歴史を背負っていることが分かる。彼の持つ22口径の小ささにも意味があるのだ。

「性能が同じなら安い方を選ぶんですね、警察も」

 誠はそう言いながらかなめの手にあるXDM40に視線を向ける。

「そう、ユーゴスラビア内戦と言う地獄をくぐった銃だからな……人殺しの道具として最低限必要な機能だけを集めたらグロックと似たようなモデルになったって訳」

 そう言ってかなめは静かに銃をホルスターに収めた。銃が『人を殺す』道具だという事実を改めて知り、誠は少し悲しい気分になった。

 武器について語る場面では、いつも人の心に小さな影が落ちる。かなめの口調に、その影が見えた。

「見てろ、これが正しい銃の扱い方だ」

 かなめは誠手からXDM40を奪い取ると、すぐさまマガジンを叩きこんでスライドを引くとものすごい勢いで全弾発射した。

 轟音が辺りに響いた後、誠が的を見ると的の中央のペンキが剥がれてすべての弾がそこに命中したことを示していた。

 的に並ぶ弾痕は規律の証だ。かなめの掌の動きは厭世的に冷たくもあり、確固たる自信に満ちている。

「これが見本だ。生身のオメエにここまでは期待してねえが、うちの恥にはならねえでくれ」

 かなめは銃を持ったまま固まっている誠に向けてそう言った。

 その言葉の裏側には、『期待』よりも『責任』がある。かなめは誠にただ上手くなってほしいのではなく、部隊の一員として責任感を持ってほしいのだ。

「その点……これは……そんな殺伐とした背景は無いのよね♪いわゆるドイツ的『技術的挑戦』が生み出した最高傑作って訳」

 アメリアが持ち出したのは奇妙な形の銃だった。どう見てもスライドが小さすぎてまるで小型拳銃ではないかと思えてしまうが、アメリアの大きな手に隠れている部分からして普通の拳銃の使う一般的な銃弾を使う銃であることは銃に詳しくない誠にも分かった。

 見るからに細すぎるスライドとその割に太めのグリップ。アメリアはちらちらと自慢するように自分の銃をかなめに見せびらかす。

「出たよ……珍銃『H&Kヘッケラーあんどコッホ P7M13』」

 明らかに嫌な顔をしながらかなめがアメリアの銃を見つめていた。

 珍銃の話になると、射場はたちまち機械文化博物館に変わる。アメリアの好奇心とかなめの職人感が交錯する瞬間だ。

「何と言ってもこのコンパクトなスライド!ガスディレードブローバック方式だからこんなにスライドがコンパクトで軽いし!」

 得意げに語るアメリアもまた銃器を軽く扱うところがいかにもここが銃器を扱うことになれた『特殊部隊』なのだと誠は改めて思った。

「そんなの20世紀経済全盛期のドイツの警察特殊部隊じゃなきゃ買えない値段じゃねえか……そもそもあの会社の銃はどれもこれも値段が高くて作動方式がどうかしている銃ばっかりだな」

 アメリアの売りをかなめが一刀両断に斬り捨てた。

 火花のような口論は軽い戦闘になり、場は一瞬で和む。誠はそのやり取りに居心地の良さを感じる。ここでの仲間関係は訓練と同じくらい重要なのだ。

「いいじゃないの!中古なんだからコストの話は無し無し!それに売りは『スクイーズドコック』」

 アメリアはそう言うと誠に両手に乗せて自分のP7M13を見せびらかした。

「『すくいーずどこっく』?なんです?それ」

 誠は全く見たことが無いアメリアの珍しい銃を食い入るように見つめた。

「そう!このグリップに秘密があるのよ!」

 そう言ってアメリアはグリップを指さして見せた。そこには握りこむような大型のレバーがあった。

「なんです?この握りの部分がやたら大きいのは」

 誠の食いつきにアメリアは満足げな笑みを浮かべた。

「これはね、ここを握った量だけ撃針……まあ、カートリッジの後ろを叩いて発射する機能なんだけど、そこが握るとそれが後退していつでも引き金を引けば撃てるようになるのよ!だからこの部分をしっかり握らないと絶対に弾が出ない超安全機構なの!」

 安全機構の話は、訓練場では常に神経を落ち着かせる話題だ。誠は銃の安全と危険を同時に学ぶ。

 アメリアはそう言うとかなめを押しのけて射場に乱入した。

「でも……あの会社らしいひねくれたシステム導入ってことで、ガス圧利用式なんて動作を採用したおかげで連射するとスライドの中のシリンダーがガスの熱で熱せられて持てなくなるよな、それ……それで3弾倉も撃てばオメエの手は焦げてそのグリップから離れなくなるぞ」

 陽気に話すアメリアにかなめが茶々を入れた。

 技術的欠点をあげつらうその会話は、実務家たちの愛あるからかいだ。誠はそんな彼らを見て、自分もいつかそんな会話に混じりたいと漠然と思う。

「私は少佐!私は運行部長!私は艦長なの!私が銃を撃つようになったらうちの部隊はおしまい。だからワンマガジン撃てて、軽くて小さい銃がいいの!」

 彼女の誇示は冗談だが、その背後には『役割を演じる楽しみ』がある。部隊内の役割分担は、互いのキャラを引き立て合う。

「自分が銃を撃ったらお終いの立場だったらいっそのこと安いからデリンジャーでも持てよ……自決用に」

 呆れたかなめの言葉を無視してアメリアはいつも通り明るく笑っていた。

「あの『GSG9』という二十世紀後半のドイツの誇る人質解放作戦専門の特殊部隊の制式拳銃よ!まさにうちのような正義を守る『特殊な部隊』の部長職にピッタリ!」

 訳も分からず立っている誠をアメリアはその糸目で見つめた。

「……そうですか……よかったですね……」

 銃にあまり興味のない誠はただそう言って笑うことしかできなかった。

 アメリアは反応の薄い誠を無視して銃を構えた。

 場の主導権を握るのはいつでも経験者だ。誠は観察者として多くを学ぼうと胸に決める。

「アメリアさんは銃は得意なんですか?」

 誠の子供のような問いを聞いて明らかに落胆した表情を浮かべるとアメリアもまたすさまじい勢いで十三発の連射をやって見せた。

 彼女の撃ち方は豪快で、リズムがある。弾幕が的を縫うように並ぶさまは一種の芸術のようにも見える。

「私は『戦闘用人造人間ラスト・バタリオン』よ。銃の扱いぐらい『ロールアウト』時にはインプットされてるのよ」

 アメリアはそう言って銃を腰のホルスターにしまう。

 『ロールアウト』という言葉は、ここで生まれた特殊な存在たちの生産と教育の文脈を示す。誠はその外側にいる人間として、羨望と同時に距離を感じる。

 誠はその手慣れた所作を見ながら自分が本当に『特殊部隊』の隊員になったことを自覚した。

「それでは私の銃を……」

 カウラの言葉が聞こえて誠が振り返ると、カウラの左腰に下がる武骨な銃に手を伸ばした。

 彼女のどこかで見慣れた存在感のある銃には誠はある種の安心感を感じた。重厚で、過去の戦闘の匂いをまとっている。

「あのー……カウラさん。それ……『ガバメント』ですね!この銃は知ってます!僕も小さい時この銃の水鉄砲を持ってました!」

 誠は初めて見覚えのある銃をそう呼んだ。

 子供の頃の遊びと現実の接点が、誠の胸を温かくする。銃という道具が文化に浸透していることを実感する瞬間だ。

「『コルト・ガバメント』はこの銃の販売を最初に始めたコルト社の商品名だ。正式には19ないんてぃーん11いれぶんと呼ぶ。コルト社が開発後、特許が切れた後はほとんどすべてのアメリカの銃器メーカー、そして非合法では地球圏のほとんどの武装組織がこのコピーを作ったような定番の傑作拳銃だ」

 カウラはそう言ってホルスターから銃を引き抜いた。

 銃の白い金属面が朝の光を受けて鈍く光る。カウラの動作は無駄がなく、誠はその佇まいに尊敬を覚えた。

19ないんてぃーん11いれぶん。こいつも安全な作動方式と単純な構造で優れた銃だったからこいつもコピーが一杯で回ったからな」

 かなめはそう言って呆れたような表情で銃を構えるカウラを見上げた。

 コピーの多さはその銃の普遍性を示す。信頼性と単純さは、戦場で最も尊ばれる特性だ。

「こいつの使っている45ACP弾はストッピングパワーに優れている。室内戦闘で刃物を振り回している相手や薬物でトリップしているターゲットにもその打撃力で反撃を阻止することができる。まあ、代表的なこの銃のコピーであるトカレフTT1930では銃弾として当時帝政ロシアが大量に保有していてそれがいまだ使いきれずに会ったモーゼルC96の7.62mm弾を使用していたからアレにはストッピングパワーは期待できない。ああ、隊長はその7.62mm弾を使用するVZ52というこれまた奇妙な銃を使用しているから機会があったら見せてもらうがいい」

 カウラはそう言って一発だけターゲットに発砲した。一発だけ、それで十分というカウラならではの撃ち方だった……と誠は思った。

 銃声が低く響き、的の中心に黒い薄い痕が浮かぶ。誠の胸に『力の現実』が落ちる。

「ストッピングパワーなんて40S&すみすあんどうぇっそん弾で十分だって言うの……まあ確かに薬でラリってる相手ならアメリアの9パラじゃあ貫通するだけで反撃されるのは事実だけどさ」

「かなめちゃん……私は一撃で額をぶち抜くから大丈夫よ」

 そう言ってアメリアは珍銃P7M13を抜く。

 冗談交じりの会話だが、彼女たちの間にある安全のための厳しさが伝わる。誠はその温度差を冷静に受け止める。

 かなめは呆れたようにその様子をうかがっていた。

 かなめとアメリアの雑談を聞きながら誠はカウラが安全装置をかけてそのままホルスターに収める様子を見守っていた。

 カウラの所作は、規律の象徴だ。安全第一、無駄撃ちはしない。誠はその姿から学ぶことが多い。

「なんで連射しないんですか?カウラさん。みんなたくさん撃ってるじゃないですか。見せてくださいよ、カウラさんの銃の腕」

 先ほどまでの銃自慢の二人に比べてのあっさりとしたカウラの反応に戸惑いながら、誠はカウラにそう尋ねた。

 彼の問いには純粋な憧れが混じる。尊敬する先輩の技を見たいという気持ちは、訓練者にとって究極の賛辞である。

「西園寺じゃあるまいし弾を無駄にしたくない。うちの予算は少ないんだ。派手好きなアメリアではあるまいし、私には小隊長としての自覚くらいある」

 カウラはそう言って借りてきた猫のようなおとなしさの誠に笑いかけた。

 その笑みは冷静さと温かさを同居させる。カウラは無駄を嫌うが、無駄を省くための配慮を怠らない。

 その表情はいつもよりも冷たく、まるで機械のような印象を誠に与えた。

 機械のような冷静さは戦場で生き残るための必須素養だ。誠はその冷たさに真理を見る。

「カウラちゃんは私達『ラスト・バタリオン』の中でも後期生産型だから……銃を持つとテンションが変わるのよ……それにしてもカウラちゃんたら妙に冷静に落ち着いちゃって。まあ戦場では落ち着きが何より大切だから」

 アメリアのフォローに誠は静かにうなずきながら誠はカウラを冷ややかな目で見つめていた。

 人は見かけで計れない。カウラの中にある過去と訓練は、銃の一撃一撃に宿る。

「じゃあ、射撃訓練だな。一応、うちでは拳銃は百発。ショルダーウェポンは千発が月のノルマだ。東和陸軍とかじゃもっと撃ち込んでるがうちは予算が無いからな」

 かなめはそう言うと段ボールから自動小銃を取り出した。

 誠はその数字にめまいがした。百発、千発……訓練の量は熟練を作る。だが量だけでなく、品質が問い直される。

「拳銃、百発……ショルダーウェポン、千発……。ショルダーウェポンって……長い銃のことですか?」

 誠の間抜けな問いにかなめは明らかに軽蔑のまなざしを誠に向けてきた。

『走るのも嫌いだし、銃も絶望的に下手……でも、ここでやっていくなら、どっちからも逃げられないんだろうな』

 そんな思いが誠に引きつった笑みを作っていた。そんな誠にかなめは軽蔑の視線を浴びせてくる。

「長い銃って……ライフルって言えよ。まあ、いいや。うちの長物の基本はHK33なんだよ。まあ、パイロットは基本HK33のカービンタイプのHK53を使うんだけどな」

 そう言ってかなめは黒くて短い小銃を誠に手渡す。

 手にすると銃の冷たさが掌に伝わる。誠はその冷たさを心地よく感じ、次第に集中していった。

「やっぱり銃器はドイツ製よね……こいつはローラーロッキングシステムなんていうH&Kヘッケラーあんどコッホお得意の特殊システムで反動が小さいのよね……ドイツ製はメカが凝ってるだけで使い物にならないから意地でもSTV‐40を使う誰かさんには耳が痛いでしょうけど……ああ、わたしはこっちのMSG-90を使うの。一応、かなめちゃんに次ぐ二番狙撃手なんで」

 アメリアはそう言うと誠のHK53の2倍以上の長さを誇る物のどこか似た雰囲気のあるセミオートマチックの狙撃銃を構えた。

「うるせえ!アメリア!銃なんざ弾が出て当たればみんな一緒だ!それにオメエもどうせならPSG-1を使ったらどうだ?あの重機関銃並みの重さもオメエのでかい身体なら平気だろ?」

 MSG-90という名の誠のHK53より大型の銃弾が入ったマガジンを取り出したアメリア銃にそれを叩き込むとボルトを引いて遠方の照準をスコープで狙い始める。そして、一発、一発と銃弾を丁寧に打ち込んでいく。

 その姿は華麗だ。重めのリズムで的を刻み、的の中心がひとつ、またひとつと埋まっていく。

 アメリアもまた戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』である。誠の狙うはるか先、かなめの狙っている誠には見えない地点にある的をかなめに対抗するように打ち続けていた。

「僕も今度こそ当てるぞ!」

 誠はそう叫ぶとそのままかなめやアメリアの五分の一ぐらいの距離にある的に向けて狙いをつけた。

 彼の声は自己鼓舞の呪文だ。小さな決意が体を突き動かす。

 引き金を引くが弾が出ない。

「マガジンが入ってないな。ボルトも引いていない。普通それでは弾は出るわけがない」

 誠と同じHK53を手にしたカウラの言葉に誠は照れながらマガジンを差し込んでボルトを引く。さすがにセレクターを安全状態からセミオート射撃に切り替えることを忘れるほど誠は間抜けでは無かった。

 確認の儀式を一つ一つ経て、誠はようやく射撃を行う準備が整った。緊張が現実味を帯びる。

「さっきのは銃に慣れて無いからの偶然です!今度こそ当てますよ……」

 そう言いながら誠は引き金を引いた。

 アメリアの銃の上げる断続的な射撃音に紛れて一発の銃声が鳴るが、弾は的のはるか上方を超えて行った。

 標的を外した弾道を見て、誠は一瞬吐き気を覚えた。だがそれは恥の叫びでもあり、次の学びを促す疼きでもある。

「オメエはホント……銃は向いてねえな」

 かなめはそう言うとかなめのライフルであるSTV-40で視線のはるか先のターゲットを狙う。

 射場の二極化が顕著になる。熟練者の静かな精度と、新人のぎこちなさが並列する光景は、ここではごく普通だ。

「便利ねえ、かなめちゃんは。光学機器無しでこの距離を狙えるんだもの」

 誠から見ても見るからに重そうなMSG-90を置いたアメリアはそう言って自分の銃の上部にあるスコープを指さした。

 光学機器に頼るのは確かに有利だが、肉眼で狙える技術は場数の証だ。かなめの眼は長年の訓練で磨かれている。

「当たりめえだろ?銃の弾道は全部頭ん中で計算済み。当たって当然って奴だ」

 そう言って十発射撃を終えたかなめはさらにマガジンを交換して射撃を続ける。

 連射の律動が射場に反響するたび、誠は自分がいかに遠い位置にいるかを思い知らされる。しかし、同時に小さな向上の芽も見えはじめていた……トリガーを引くときの余計な力が少し減った、構えの角度が微かに安定してきた、など。

「拳銃百発……長物は千発……そんなに撃つの?それこそ一日中走ってる方がマシだよ」

 かなめの言葉に誠は少し落ち込みながら見事に的を外しつつ射撃訓練を続けることにした。

 走ることも、撃つことも、どちらも『反復』がものを言う。誠は遼州人としての精神を胸に、無理はしないが諦めもしない、そんな姿勢で弾を積み重ねていくしかないと心に決めた。
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 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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