遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣

橋本 直

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第二十二章 『特殊な部隊』の特殊な事情

第59話 出航の鈍響、陰謀の微笑——時代は動き出す

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 結局、金目鯛のあとに炙ったイカを肴に人生を語りながら、一升は軽く空けていた……その小さな背中を見て、『やっぱりこの人は人外魔法少女だ』と誠は確信した。そのランと別れ、居住スペースへ向かった。
 
 金属の床に靴底が吸い付くぺたという感触。これまで乗ったどの艦より通路は広く、天井は一段高い。非常灯の緑、壁の誘導の矢印、角ごとに置かれた観葉植物の土の匂いが、艦内の金属臭を和らげている。若干閉所恐怖気味の誠には、その『余白』が救いだった。

 男子居住スペースのエレベータホール……壁際の掲示板には、釣り部の『今週の潮汐表』と『船上神経締め教室』の紙。エレベータを降りたところで、誠はカウラとアメリアに遭遇した。

 すでに制服に着替え、ランの食事と称する飲みにランが満足するまで付き合わされることを想定したようなタイミングで現れた二人に誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「カウラさん……とアメリアさん……さっきは突然姿を消したから僕はクバルカ中佐の酒の相手をさせられたんですよ。お二人が居ればあの人だってさすがに日中から飲まなかったでしょうに。あの人があれだけ飲んで顔色一つ変えないって……というかあれだけの酒と食べ物があの小さい身体のどこに入るんですか?まあ、あの人は『人類の例外』だから深く考えるとこの宇宙の物理法則のすべてを疑わなくならなきゃならなくなるかもしれないからしませんけど」

 軽い泣き言を言う誠を二人は『ランにはこの宇宙の法則は一切通用しない』という『特殊な部隊』の常識を3週間勤務しても理解できない不思議な生き物を見るような目で見つめてきた。さすが相手は、この艦で一番タフな二人である。誠にとって幸いなのはこの二人に負けないタフを通り越して『危険人物』であるかなめがこの場にいない事だった。

「ああ、あの『人外魔法少女』の珍奇行動について深く考えてたら禿げるわよ!私は禿は認めないから!特に若いのに前髪が心配になるようなエリートパイロットが居たらすぐにかなめちゃんじゃないけど射殺するから。それより、上官が酒を飲みたいと言ったら付き合うことくらい社会人の務めでしょ?特に相手が酒が何よりのランちゃんで、その酒の席で部下に人生を語るのがランちゃんの何よりの生き甲斐なんだもの。ちっちゃい子が喜んでるのを見るのは誠ちゃんも楽しいし、それも大人の務め!それは当たり前の社会の常識よ!それよりなんで名前を呼ぶ順番が私が後なの?私はこの艦の艦長!一番偉いの!この艦においては隊長だって私には逆らっちゃいけないの!この艦で生きていこうと思ったら艦長である私に媚びへつらうことが必要になる訳!それもまた常識!」

 アメリアは腕を組み、胸を張る。艦長の主張を、カウラは完全無視で受け流した。

「そうだな、艦長なら艦長らしく貴様はブリッジで貴様の得意な放送禁止用語満載のお笑い小唄の練習でもしていろ。うちは『特殊な部隊』だ。その艦の艦長のクルーたちからの扱いが一般的なそれと違うのは当たり前だ。貴様は戦場において艦を運用する知識は優れているかもしれないが、それ以外の艦を運航する際には余計なことばかりを要求するだけで役に立っているのは貴様の部下の運航部の面々と艦の整備をしている機関員たちのシフト表を作ることくらいじゃないか。しかも、どう見てもそれは自分が楽をする為の恣意的なシフトが組まれている。そんな貴様に神前を任せるわけにはいかない。私は神前の案内をする」

 ポニーテールがふいと揺れる。カウラは歩度を乱さず真っ直ぐ進む。

「言うわね、カウラちゃんも。私はただ単に遼州圏に住む一人の人間として愛を滅ぼして人口爆発が発生しない様に務めてるだけよ!運航部の私の部下の『ラスト・バタリオン』の女の子は地球人の遺伝子を加工して作られたから私のように東和で遼州人に囲まれて生活することで遼州人の『モテない宇宙人』の精神を完全に学ぶことができた人間とは違うからその点の配慮はしているのよ。それより、誠ちゃんはこれからどうするの?私はプレゼントを持って来たんだけど……」

 わざとらしく驚いた顔で、アメリアがトートバッグをガサと持ち上げた。こんな時にアメリアが持ってくるものがろくなものではないことはこの3週間の付き合いで誠にも十分理解できていたので、誠は引きつる頬を抑えつつアメリアを見つめて出来るだけ自然体を装うように努力した。

「そう言えば、アメリアさんは何か袋を持ってますね?何が入ってるんですか?」

 わざとらしく見たくもないものを押し付けられることに恐怖していることを隠しようがない誠の問いかけを合図に、アメリアはバッグの口を開く。中から顔を出したのは健康器具めいた足踏み板が飛び出した。誠はそのあまりに予想通りの展開にただ茫然とその場に立ち尽くした。

「これね、演習が決まった時に誠ちゃんなら必ず必要になるんじゃないかなーと思って通販で買ったんだけど、宇宙酔いに効くツボを押す足踏み器があったのよ。あげるわね♪」

 突起のついた板の表面は、素足で乗ったら悲鳴が出そうだった。確かに低重力区画が多く存在する甲武や、惑星遼州の半分の大きさでテラフォーミングはしたものの重力発生装置がどこにでもあるわけではない遼州星系第四惑星の国ゲルパルトに行く人間なら、必要と思う人もいるかもしれない。だが、そもそもビジネスで必要が無い限り宇宙に出ることにあまり興味の無い東和の遼州人達が宇宙酔いという状況に遭うこと自体があまり考えられないので、相当長いこと在庫してあったらしく表面のプラスティックにうっすら埃が塗れているのがせめてそれくらいは拭いて欲しいと誠はアメリアを見ながら思った。

 ただ、自分のグッズを明らかに気に入らないという表情を浮かべる誠の感情を無視することにかけてはアメリアはかなめに匹敵する図太さがあった。さらにトートバックを漁る姿は誠の不安を掻き立てる。

「それとこれは遼帝国の巫女が1か月祈りを込めた乗り物酔いを防ぐお札。ああ、これはバスに乗る前に渡すべきだったわね♪でも、これはどこに行くにも肌身離さず持っていけるサイズだから『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれる乗り物酔い体質の誠ちゃんにぴったり!あの法術師の総本山である遼帝国の巫女が作った一品よ!効果は保証済み!受け取ってね!」

 薄い木板に練朱の印、細い墨書。端に小さな貝の飾り。妙に本格で、妙に怪しい。この効果を笑顔のアメリアが一切信じないでそんなことを口にしているのが嫌というほどこれまでの付き合いで分かっているので誠には苦笑いしか浮かばなかった。

「ありがとうございます……ありがたく受け取ります」

 怪しさ満点でも、誠は素直に受け取るしかない。要するにこれは『相手の弱みに付け込んで面白がる』というアメリアが飲みに行くたびにかなめに仕掛ける罠に自分がはまっているというだけの話なんだと誠は自分に言い聞かせた。自分の『弱点』は自分が一番知っている。

「そんな非科学的なものが何の役に立つ……そもそも宇宙酔いは純粋に医学的・生物学的な現象だ。宇宙空間に地球人が進出していなかった時代に生まれたツボを刺激することで健康を維持しようとする東洋医学や、一説には地球人が来るまで宗教という物を持たなかったという遼州人のニワカの巫女のお札が何の役に立つというんだ?アメリアが馬鹿なのはいつもの事として、神前はこれからどうするつもりだ?」

 カウラは木札をちらりと見て、視線だけで切り捨てた。

「僕はとりあえず荷物の整理をします。少ないですけど現地までは軍艦扱いで通常航海で甲武星宙域まで向かうんですよね。となると、もしかしたら色々必要なものとか出てくるかもしれないんで」

 とりあえず荷物は少ないが片付けるのが趣味の一つの誠はそう言って部屋に向かおうとした。

「私も手伝うわよ、誠ちゃんの部屋については私も興味あるし……どんなエログッズが出て来るか……見ものよね……」

 アメリアの彼女らしいいたずら顔がそこにあった……ここはどんな手段を使って断っても無駄だ、そして下手な反論は身を亡ぼす。そう誠は悟って歩き出した。

 『ふさ』の居住区は、軍艦の合理を踏まえつつ、それを過剰に上書きしていた。通路はホテルの廊下のように広く、照明は昼白色と電球色を段階的に混ぜ、影が柔らかい。食堂の隣が道場、その隣はフリースペース。卓球台と自動麻雀卓、壁際の本棚には『船釣り大全』と『星間航路の労務管理』という真面目なのか不真面目なのかよくわからない組み合わせの本が並んでいる。

「やっぱり変でしょ?この船の内装。全部隊長が娘さんの許可を得て甲武国最大の兵器生産コロニー『泉州』の荘園の収入を持ち込んで自腹で改修資金出した施設だから。おかげで定員が1200名から360名に減っちゃったけど」

 アメリアは、どうでもいい事実のように言う。誠は思わず足を止めた。

「それってまずいんじゃないですか?白兵戦とか長期にわたる航海の際の予備要員とか……必要になりません?」

 下士官区画は扉が半開きの部屋が多く、技術下士官たちがトランプや将棋で出航までのを潰している。通気のために開け放たれた扉から、油と洗剤の匂いが漏れる。

「うちはあくまで『武装警察』という触れ込みだから他の軍みたいに敵艦にとりついて白兵戦等をしようって訳じゃないじゃない?うちの持ち味は少数精鋭が売りだしね。倍の戦力で白兵戦を仕掛けられても問題にもならないわね。そもそもうちに喧嘩を売るってことは同盟機構そのものに喧嘩を売るってことなんだから、その艦に乗ってる全員がその敵艦の艦長の命令に素直に従って一斉攻撃してくること自体ナンセンスだし。それにこれは司法局に船籍を変える段階で東和で偽装や艦船運行システムをデジタルシステムメインのゲルパルトのそれから『アナログ式量子コンピュータ』の上を走るAIに依存した運行システムに変更してるから。実際、艦内のシステム管理要員は技術部の数名だけで十分だし、運航部の女子も誰か一人ブリッジで漫画でも読んでいればちゃんと目的地まで着くんだから。出港時は一応、法律上艦長である私含め規定の人員がブリッジにいる必要があるし、戦闘中域では不測の事態に備えて運航部のほとんどが対応に当たることになるけど、それ以外の時はただ居ても退屈なだけ。この艦には別にそんなにたくさんの人間は要らないの」

 得意げに話すアメリアに続いて誠とカウラはエレベータに乗り込む。壁に貼られた『重力制御調整点検済み』の検印が新しい。

「しかし長期待機任務の時はどうするんですか?さっき行った食堂の『釣り部』の人達無駄に気合が入ってましたよ。あの人達が倒れるんじゃないですか?それと長期任務なら不測の事態とかが起きる可能性もあるんですから予備の人員とか必要になりません?」

 誠はあまりに少なくなった乗員に不安を感じてそんなことを口にした。

「部隊編成自体、長期間の戦闘を予測してないのよ。第一、今のところシュツルム・パンツァー一個小隊しか抱えていない司法局実働部隊に大規模戦闘時に何かできるわけ無いでしょ?それにうちは軍隊じゃなくあくまで司法機関の機動部隊という名目なんだから、そんなことまで考える必要なんてないわね。着いたわよ」

 扉が開き、パイロット区画。床は深い紺のカーペット、壁は淡色。誠は一番奥の個室に通された。鍵付き、明るい、広い。窓の代わりに大型のウォールスクリーン、机、ロッカー、ベッド。ベッドの上には、先ほど運び込まれたバッグ。

「荷物……ずいぶん少ないわね。せっかくいろいろとグッズ見せてもらおうと思ったのに……とくにエログッズとか……無いわね……つまんないの。メインで持って来たのは画材なんだ。後は戦車のプラモ……まあ誠ちゃんらしいわね」

 アメリアが覗く。誠はベッドの上に着替えを広げ、ロッカーへすべり込ませる。畳んだTシャツの端が、きちんと揃って気持ちが落ち着く。

「ええ、帰りに宇宙でも描こうと思って……絵は昔から得意なんで」

 誠は整理整頓が趣味の一つなので箱の中の持って来た荷物を仮設の棚に並べながらそう言った。

「宇宙?何にもないだろ?そんなものを描いて何がしたいんだ?貴様は」

 カウラの素の一言に、アメリアが吹き出した。

「あのねえ、カウラちゃん。宇宙はロマンなのよ。絵師なら描きたくもなるわよねえ」

「そんなもんなのか……」

 カウラはまだ納得していない顔で、誠の薬箱を引き出しから出して中身を確認し、戻した。
 
 三人で無言の片づけを続ける時間は、思いのほか穏やかだった。衣類の布の音、引き出しのレール音、遠くの艦鳴りが響く。さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、そこだけ切り取られたような静けさだった。

「ふう。これから先は二人でやってね。じゃあ、私は行くから。もう時間だし」

 アメリアは誠のイラストを机の引き出しにそっとしまい、立ち上がる。

「そうだな。もうそろそろ出航の時間だ」

 カウラは酔い止めを薬箱ごと下段に入れ替え、ラベルを上に向ける。

「動くんですか?……って艦なんですから動きますよね……そして大気圏を離脱して宇宙空間へ……」

 自分で口にして、誠は間抜けだと思う。艦は動くものだ……ただ、自分の胃袋はそれに同意しない。

「大丈夫よ!重力制御装置は最近ではかなり性能がいいから。しかも、この艦はハンガーや倉庫まで重力制御が効いてるのが自慢なの!まるで無重力状態になると胃袋が逆流する誠ちゃんのためにあつらえたみたい!それじゃあ!」

 アメリアの声が弾み、ドアがぱたんと閉まる。言葉に、誠は少しだけ救われた気がした。

 誠の胃は、重力の制御を離れるとすぐ暴走するやんちゃな臓器だ。飛行機も苦手、宇宙なんてなおさら。パイロット課程の時でさえ最強クラスの酔い止めでやっと凌いだのだ。今回の演習は、正直、怖い。

「神前……大丈夫か?」

 カウラの静かな声。誠は自分のこめかみを流れる冷や汗に気づいた。

「大丈夫だと思いますけど……」

 鍵をかけて立ち上がる。ちょうどその時だった。

 ぐらり。床が低く、うねる。耳の奥で重力の針が少しだけ傾く。寮の狭いベッドと、窓の外のコンビニの看板が、急に遠くなった気がした。

「出航だな」

 カウラの言葉。誠は青ざめてうなずく。

「とりあえず……僕は医務室で……酔い止めとかもらってきます……」

 飲み込んだ唾が熱い。誠は口角を引きつらせたまま、カウラの横顔の線の美しさを、なぜか確かめていた。

  

「来ちゃったね……神前……こういうのもなんだけど今度は『吐くのが嫌だ』という理由で逃げると思ってたんだが……来ちゃった」

 『ふさ』艦内、司法局実働部隊隊長室。壁の時計は出航時刻を三分過ぎ、薄い煙が蛍光灯の光を曇らせる。嵯峨は灰皿の縁にタバコを置き、からのカップに視線を落としてから、窓のない壁に目をやった。

「しゃーねーだろ。それに隊長もそれを望んでるんじゃねーのか?」

 ランはソファにだらと腰を落とし、足首を組む。面倒くさそうな声音は、しかし芯がある。

「いやあ、そうなんだけどさ。今回ばかりはヤバいよね……近藤の旦那、ついに演習場で音信を途絶して籠城を始めちゃったそうじゃないの……今月は七月だよ……二月二十六日じゃないんだからさ……ああ、あれも最初は襲撃して途中から鎮圧部隊に包囲されてしたくも無い籠城をしたわけだから状況が違うと言えば違うな」

 嵯峨の言い方は、既に予見済みの出来事に印鑑を押す調子だ。

「まーな。季節的にクーデターの似合う季節じゃねーのは同感だ」

 短く笑う。二人の間に、冷えたアイロニーの風が通る。

「それとだ、さっき命令が出た。『遼州同盟』の偉いさん達の連名だ。『甲武国』の『近藤貴久中佐』の身柄を確保しろって内容だが……」

 嵯峨は死んだ表情で目の前のランに向けてそう言って笑いかける。その笑いはあまりに乾いた笑いでランはあからさまに嫌な顔をした。

「無茶を言うじゃねーか。相手はシンパがたくさんいる軍艦に乗ってんだぞ。それを『確保』?そんなもんどーやってやれって言うんだよ……そんなことができる方法があるのなら教えてくれよ」

 ランの言葉を、嵯峨は手のひら一枚で止めた。

「はっきり言っちゃあいないが乗艦『那珂』を奴さんごと沈めろ……ってのが本音らしいわ。ちゃんと『抵抗された場合の発砲許可』は出てるそうだ。死んだ『甲武国』の軍人は全員『犯罪者』として『処刑』された扱いになるらしい。残酷な話だねえ」

 口調は穏やか、内容は血の温度に慣れた調子の嵯峨の口調だがランもまたそのような状況には何度となく経験してきたのでため息しか出なかった。嵯峨の目は、いつも通り死んでいて、だから余計に怖い。

「端っから近藤の旦那を殺すつもりかよ……それにしても近藤の野郎の動きが早いな。誰かが後ろで糸を引いてるんじゃねーか?近藤の旦那をアタシ等の実力を『威力偵察』するための噛ませ犬くらいに考えて。近藤の旦那は、先の見えねー馬鹿なりに筋を通そうとしてる。そんな奴を『にえ』にするのかよ……この味方を使い捨てにするのはまるでネオナチの手口だな」

 ランの目に火が入る。膝の上の拳が小さく鳴る。

「そうだろうねえ、今回の近藤さんの決起は俺にはその手口に覚えのある『あの男』の威力偵察って奴だ。『あの男』の狙いはもっと大きい……この遼州圏だけじゃ無いよ。『あの男』は地球圏すら眼中に据えてるんだ。同盟司法局の目的は甲武国不安定化により地球圏との関係がぎくしゃくする隙を狙ってことを起こそうと企む『あの男』の意図を挫くこと。その為に『那珂』には沈んでもらう……近藤の旦那は『あの男』に思い通りに事は運ばないと見せつけるための『にえ』って訳。『あの男』も同盟機構のそんな意図を知ってて捨て石を気どりたがる近藤さんをたきつけたんでしょ?『あの男』も同盟機構もどっちも近藤さんの決起を利用して自分の目的を達成したいという点では同じ穴のむじなだな。この作戦が終わったあと、圧倒的軍事力で遼州同盟内に強力な発言力を持っていた元地球人の国々は、『司法局の介入はいつでも起こり得る』出来事なんだと認識する。その結果、そもそも遼州同盟の存在を疑問視してきた加盟国は、発言力を弱めざるを得なくなる。逆に、遼州人の国である『東和共和国』と『遼帝国』は、近藤さんが死ぬときに全宇宙の人間が目にする遼州人の『力』を背景に、発言権を強めることになる。所詮は人種間のパワーゲームだ。それに今回は『法術』と言う遼州人が持つ『力』がカギを握る要素として絡んでいるだけ。世の中そんなもんさ」

 言いながら、嵯峨はタバコをコーヒー缶に沈める。じゅ、と小さな音がした。
 
 壁の上に、見えない地図が広がる。国境と利害と、嘘と沈黙。これらが今、大気圏を抜けようとすることによる轟音がかすかに響く隊長室にも聞こえた。

「それで肝心の近藤の旦那は何を考えてると思う?奴はアタシ等に勝てると思ってるのか?」

 ランの言葉には自分達は勝つことを前提にして動いているんだという彼女らしい信念が垣間見えた。

「なあに数だけ見れば有利だし、まあ俺達を倒したとしてもそうしたら『あの男』の思惑通り近くの小惑星で待機中の米軍が介入して潰されるがそれは甲武の軍部にもプライドがあるから助けてくれると踏んでるんじゃない?完全に貴族主義の炎で甲武を焼き尽くすための着火剤だとでも考えてるんじゃないの?そんなあの旦那の考え通りに自分が決起すれば宿敵米軍が動き出すということで甲武国軍の貴族主義の同志も決起してくれるって……そんなに世の中甘くないって。『官派の乱』の時、頭を抱えて震えてた連中にそんな度胸は無いよ。近藤さんには迷惑だから切腹してもらいたいくらいだよ。俺は介錯は慣れてるから立候補したら近藤の旦那も安心して籠城解いてもらえるかな?」

「馬鹿が……」

 ランはあきれ、踵を返す。視線はもう、格納庫の方向へ向いていた。

「どこ行くの?」

「アタシはパイロットだ。機体の組み上げを見てくる」

「ほんじゃあ頑張ってね」

 嵯峨の声は空気のように軽い。扉が閉まる。
 
 残された部屋に、薄い煙と独り言。

「……『あの男』は、昔からそうだと聞いているよ。人でも国でも、駒にしか見ちゃいない……そんな事だからあんなことでも平気で出来た……俺も似たようなことはしてきたがとても平気じゃいられなかったよ……その点は賞賛すべきなのかもしれないがね。近藤さん……とんでもない奴に目を付けられちまったね」

 嵯峨は言うでもなくそんな言葉を口にしながら新造艦らしい汚れ一つない天井を見上げた。

「時代は動き始めた……近藤さん、アンタの手柄じゃねえよ……そうなる定めだったんだ。そもそも俺達なんて瞬殺できるつもりでいるらしいが……そこにはちょっとした世の中の残酷な仕組みってのがあってね。近藤さんは絶対に負ける……勝負にならないんだよ。いくら頑張ってもアンタはただの生贄いけにえって訳。俺達『法術師』が世の中を大手を振って歩けるようになるためのね。これまで遼州独立のどさくさで遼州圏と地球圏で手打ちになって隠されてきた俺達が持っている『力』の存在……地球圏の皆さんは認めたくないらしいが、認めてもらうよ。その為の今回の戦いなんだ」

 言い切ると、嵯峨は口の端に冷たい笑いを刷いた。
 
 艦のどこかで、重力制御の微調整音がコトと鳴る。
 
 動き出したのは艦だけじゃない。時代そのものが、舵を切った瞬間だった。
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