遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣

橋本 直

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第二十九章 『特殊な部隊』の大宴会

第74話 英雄とクエ鍋と、揺れる小隊長

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 ソファーに座ってのんびりしていた誠の左腕を強引につかんだ女性の手を感じて誠はそちらに目を向けた。その人物は他でもないアメリアだった。

「はいはーい! どいてくださいよ! 誠ちゃん。お席のほうが出来ましたのでご案内します!」

 喧噪渦巻くハンガー前の通路に、やたらと明るいアメリアの声が響いた。
 
 そこにいつの間にか現れて、誠の腕をするりとさらっていこうとするのは、他ならぬアメリアだった。

「おい! いつの間に湧いたんだ!」

「卑怯者! 誠の世話の担当は私だ!」

 かなめとカウラが、同時にアメリアへ噛みつく。
 
 さっきまで階段の踊り場で犬と狼みたいに唸り合っていた二人の視線が、今度は共通の『敵』に向いた。

「だって二人ともこれから決闘でもするんでしょ? じゃあ誠ちゃんはお邪魔じゃない。だからこうして迎えに来てあげたってわけ」

 アメリアはまったく二人の様子など気にする様子もなく誠の手を引いて通路を進んでいこうとする。

『そんな理屈が通用するか!』

 二人はステレオで、エレベータに向かおうとするアメリアを怒鳴りつけた。
 
 通路にいた技術部員とブリッジクルーが『また始まった』という顔で振り返る。

「クラウゼ大尉! 三人で連れてってやったらどうです?」

「西園寺さん! 良いじゃないですか!」

「酷いよねえ。神前君って三人の心を弄んで……そんなことモテないことにアイデンテティがある東和で許されると思っているのかしら」

「そう言うなよ。戻ったら三人をストーキングしている技術部の馬鹿につけ狙われるんだから。それまで楽しんでろよ」

「新入りの分際で!」

 周りのブリッジクルーの女性陣、技術部の男性部員が、待ってましたとばかりに茶々を入れてくる。視線は完全に『見世物』を楽しむ観客だ。

「黙れー!」

 感情瞬間湯沸かし器であるかなめが大声で怒鳴りつけると、その場の空気が一瞬だけ震えた。

「じゃあ、行くとするか。西園寺、アメリア。ついて来い。大丈夫か誠。一人で立てるか?それとも吐くか?」

 カウラはそう言うと、さっさとハンガーに向けて歩き出した。
 
 誠はすさまじく居辛い雰囲気と、明らかに面白がっているギャラリーの視線に耐えながら、大柄なアメリアの『ラスト・バタリオン』の普通の女性をはるかに上回る怪力でエレベータへと引きずられていく。

 エレベータの中は、外よりも狭いぶんだけ、女性三人と誠一人の距離が近い。金属壁に反射した照明の光が、彼女たちの表情をくっきりと浮かび上がらせていた。

「それにしても初出撃で巡洋艦撃破ってすごいわよねえ。これじゃあさっきのニュースも当然よね」

 アメリアが、ポケットから端末を取り出してひらひらと振る。そこには、同盟ニュースチャンネルのロゴがまだ残っていた。

「何があった?」

 相変わらず機嫌の悪いかなめが、腕を組んだままアメリアを睨む。

「同盟会議なんだけど。そこで誠ちゃんみたいな法術師を極秘で配置してたんだけど、その軍の前線任務からの引き上げが決まったのよ。遼州圏全域で『法術師の戦闘利用制限条約案』が提出されたの。地球の主要国なんかはこれに同調する動きを見せているわ。まあ、誠ちゃんの『光のつるぎ』。実績も無い覚醒したばかりの『法術師』が一撃で巡洋艦をあっさり撃沈して見せる光景。あんなの見せられたら、さもありなんというところかしら」

 誠は、自分のしたことの大きさを、アメリアの何でもないような口調で初めて突きつけられた気がして、喉がひゅっと鳴った。

「地球圏の情報戦に力を入れている有力国は、既にこの状況を予想していた。言ってみれば当事者みたいなものだからな。その動きは当然だ。しかし他の勢力が黙っていないだろうな」

 カウラは、淡々と政治的な結末を口にする。
 
 エレベータの振動が、船体から微かに伝わってくる。狭い箱の中で、誠だけがじわりと汗ばみ始めていた。

「一番頭にきてるのは同盟会議の法術師の数が少ない反主流派の国ね。同盟会議の声明文に連名で名を連ねているものの、声明文が準備されている段階ではこんな大変なことになるとは思ってなかったでしょうから。同盟機構に文句はあるけど、なんとか金は出してその維持に努めてきてやったのに、何でこんなおいしい情報をこれまでよこさなかったのか……ってね」

 アメリアの声は明るいが、内容は決して軽くない。

「それと地球圏ではフランスやドイツなどのヨーロッパ諸国が声明文の黙殺を宣言したし、インド、アメリカ合衆国自治国ブラジル、南アフリカ、イスラエルもヨーロッパ諸国の動きに同調するみたいよ。少ない法術師を維持に金ばかりかかる『核の代わり』の新戦略兵器として使う気満々ってわけ。『法術』の存在が誰が口にしてもいい風痛の存在になった今、なんと言っても普通の軍人の給料を払うだけで核兵器よりもはるかに高性能な大量破壊兵器を保持できるって言うんだから飛びつかない方がどうかしてるわよ」

 社会常識に疎い誠は、次々と出て来る知らない国の名前を聞きながら、自分の力の大きさを、やっと別の角度から思い知らされる。
 
 ……自分が剣を振っただけで、知らない国々が机の上の地図を引っ掻き回している。

「まるで核兵器が普通に使用されるようになった21世紀に起きたの地球のパワーゲームみたいだな。『法術』は核よりもっとたちが悪い。下手な核兵器よりも製造が簡単で、持ち運ぶも何も足が生えてて勝手に歩き回るからな。それに維持にかかるコストはその肝心の『法術師』に不満を持たせないだけの普通の将校クラスの給料で済むと来てるんだから。核の維持のコストで国家財政が破綻寸前の地球圏の国々にとっては良いことずくめってわけだ」

 アメリアの解説を聞いて、かなめはようやく冷静に現状分析を始めた。
 
 かなめの表情が険しくなる。

 同じくカウラも、難しい表情を浮かべていた。
 
 そして誠も、もう『普通の人間』ではなく『戦略兵器』として認識されているという、逃げ場のない事実を理解する。

「法術師が配備されたとなれば、他の国も対抗手段を考える。核を使うことにためらいの無い地球圏の連中も核の意味がなくなる可能性だってある。遼州圏から奴隷同然で連れてこられた遼州人や見た目が似ているから地球圏は豊かだと騙されて東アジアに移民したア遼州人が利用される可能性があるが……」

 カウラの言葉に、誠は背筋に冷たい汗を感じた。
 
 ……どこかの国の見えない会議室で、自分たちと同じような『自分では望んでもいない力を持った兵士』が、己の意志とは関係なく数字として並べられている。

「でも……こいつがか?そんな国家間の大問題を引き起こした英雄だなんて……信じられないな。この前まではただ乗り物酔いがひどいだけの仕えないパイロットだぞ……コイツは。」

 そう言うとかなめはまじまじと誠の顔を眺める。
 
 距離が近い。かなり近い。

『かなめさんのタレ目が近い……』

 不謹慎にも、誠はそう思った。
 
 さらに『特殊な部隊』一番の胸のボリュームに、視線が自然と流れてしまう自分を、自覚した瞬間に慌てて目線をそらす。

「アタシもさあ。コイツの『干渉空間』のおかげで命を拾ってその活躍を実際、間近で見てて凄いなあと驚いたんだけど……やっぱり普通のゲロを吐く生き物じゃん。その事実はどうしても消せねえよな」

 かなめの言葉が、誠の心をきれいに砕いた。

 口からよく何かを吐くのは事実なので、誠にその言葉を否定することはできない。

「誠ちゃんが口から『重力に逆らえないエクトプラズム』を吐くことがあるのは知ってるからでしょ?知らなきゃただの英雄よ。それに地球圏が純粋に兵器として扱う『法術師』が誠ちゃんみたいに使えないパイロットで同じように乗り物を見て吐く存在だと思う?たぶん彼等も公にはしてないけど『法術』が存在することは知ってたんだから、それ相応の訓練はその『法術師』に施すわよ」

 アメリアの、酷いようでいて妙に的を射た論評も、事実だけに、誠は何も言い返せなかった。

「まあそうなんだけど。こいつが叔父貴と同類の法術師?あのネバダ州を誰も入れない虚数空間に変えた化け物?信じられねえよなあ」

 かなめはさらにじろじろと誠の全身を観察し始めた。
 
 誠は、これまで人にここまで注目されたことが無かったので、ただひたすら戸惑うしかなかった。

「西園寺!イヤラシイ目で神前を見るな!」

「誰がイヤラシイ目で見てるって?アタシは軍人として神前の戦力を評価していただけだ!オメエがそう見てるからアタシも同じ目で見てると妄想するんだろ?」

 苛立つカウラを、かなめはいつもの調子で受け流す。
 
 エレベータが停止し、扉が開くと、三人+誠の言い合いはそのまま通路へと流れ出ていった。

 そして、そのままハンガーへ向かう通路を歩き続ける。

「誠ちゃん、着いたわよ!」

 アメリアはそう言って笑った。

 ハンガーの出入り口には、宴会場の設営の為に動き回る各部隊員が出入りしていた。格納庫の天井クレーンには、さっきまで05式がぶら下がっていたチェーンの残骸が見える。その下に、今は長机とゴザがずらりと並んでいる。

「ヒーローが来たぞ!」

 椅子を並べる指示を出していた司法局実働部隊の制服を着た男性将校の一言に、会場であるハンガーが一斉に沸いた。
 
 口笛、歓声、なぜか拍手。整備班の誰かがどこからかタンバリンまで持ち込んでいる。

『英雄……僕が?あの期待されてマウンドに上がってもキャッチャーを殴ってすべてを台無しにした僕が?吐き癖のある僕が?そんな……冗談が過ぎますよ……』

 誠が戸惑うその視界の端で、一升瓶を抱えたランが誠達に歩み寄ってきた。
 
 ちんまりとした背丈に不釣り合いな大きさの一升瓶。それを片腕で軽々と持ち上げている姿は、やっぱりどう見ても『中身がおかしい』。

 満足げなランの表情を見て、誠はようやく、自分が一人の幼女……おそらく地球圏のどんな国家が誇る『法術師』すら駆逐する永遠の八歳児である中佐……の期待に応えたという事実を、ほんの少しだけ実感できた。

「いいタイミングだな。酒を選ぶのに悩んだが……『クエ鍋』だかんな。やはりここは日本酒の伏見の『辛口』で行こーと思うんだわ。西園寺!ラム一ケースあるがどうする?オメーの好きな『レモンハート』は切れてたらしくて二番目に指定していた銘柄の『ハバナクラブ』だ」

 いくら『不老不死』とは言え、どう見ても八歳女児が『日本酒伏見の辛口』などと言っている姿に、誠は本能的な違和感を覚えずにはいられなかった。

「別に気にしねえよ。勝利の後はラム!これがアタシの美学だ。それと糞餓鬼!アタシのラムは誰にもやらねえよ!まあ宇宙のパワーバランスを変えたほどのヒーローになら『御褒美』としてなら神前にならあげても良いかも知れねえがな」

 かなめはそう言うと、ランが指さした木箱に向けてそそくさと走り去った。
 
 ラムのラベルを食い入るように見つめるその背中には、『女王様』というより、ちょっといい酒に弱い庶民の匂いも混じっている。

「誠ちゃんはそこに座って!」

 りん、とした調子でアメリアが誠達に声をかける。
 
 そこはどう見ても上座らしく、ちっちゃなラン用の座椅子と、その横に誠用のクッションが置いてある。

 誠は、そのまま手を差し出すアメリアに導かれて、そのテーブルへと引かれていった。

「アタシ等はどうするんだよ!」

 木箱から一本のラムの瓶を取り出してきたかなめが、口をとがらして抗議した。

「かなめちゃんはどこか隅っこにでもゴザを敷いて座れば良いじゃない。庶民の気持ちがわかるかもよ」

「殺すぞテメエ」

 かなめは誠の予想通り銃に手をやる。
 
 その手を、すかさずひよこが後ろからそっと押さえた。

「ただの暴力馬鹿が……」

「カウラ……てめえ、また誠をたぶらかそうってのか?」

「誠にたぶらかされるほど、私は愚かではない。……貴様みたいに」

「言ったなぁ!!」

 何気なくつぶやくカウラの一言に、さすがのかなめも銃から手を離さなかった。代わりにラムの瓶を握りしめる握力だけが上がる。

「これがメインの『クエ』三匹分です! サイズは40キロ、38キロ、36キロと食べごろサイズですよ!」

 先ほどの軍医が、部下に大皿を持たせて堂々と現れた。
 
 白衣の上から割烹着、頭には手拭い。どう見ても今日は軍医ではなく「板前」である。

 その隣には同じく割烹着姿の、医務室の天使と呼ばれる神前ひよこが大皿を手に立っていた。
 
 皿の上には、光を受けて透き通るように白いクエの切り身が整然と並んでいる。脂の乗った部分が、わずかにきらりと光った。

 その他、次々と……どう見ても日本料理屋の店員にしか見えない司法局実働部隊艦船管理部、通称『釣り部』の隊員が、鍋の具材を配って回った。野菜、豆腐、しいたけ、春菊、大根。スーパーの鮮魚売り場とは明らかに『本気度』が違う。誠の行ったことが無いテレビに出てくる料亭のそれだった。

「技術部の兵隊! 全員食材及び酒類の配置にかかれ!」

 くわえタバコの島田の一言で、つなぎ姿の整備員が一斉に動きだす。
 
 テーブルの間を縫うようにしてビールケースや一升瓶が運ばれ、土鍋がガスコンロの上に並べられていく。

「ここは多めの奴くれよ!」

 箸で小皿を叩いて待ち構えているサラを横目に、かなめは叫んでいた。

「はい!これが一番多いですよ!」

 そう言ってひよこが、大皿をかなめに手渡した。
 
 ひよこの表情は、今のところはまだ穏やかだ。

「さあ……入れるぞ!」

 かなめはさっそく、クエの身のほとんどを土鍋の中に放り込む。
 
 ドボドボ、と豪快な音を立てて白い身が熱湯に沈む。その瞬間、ひよこの表情が曇るのが、誠にもはっきり見えた。

「普通だしが先じゃないのか?」

 カウラは、鍋の隣に置いてあった小鉢に入った、いかにも『だし』だとわかる黄金色の液体を指さした。
 
 クエの骨から取った濃厚な香りが、小鉢からふわりと立ち上る。

「なんだこれ?」

 自分のした間違いを認めたくないかなめは、白々しくそう言った。

「クエのアラで取っただしを入れないとおいしくないですよ!」

 ひよこはそう叫んで、急いでクエのアラで取っただしを鍋に投入した。
 
 じゅわっ、と音が立ち、さきほどまでただの『熱湯』だった鍋から、一気に上品な香りが立ち昇る。

 誠が隣の鍋をのぞき見ると、いつの間にか現れた嵯峨が、鍋に隣に置いてあった『クエのだし』を、ごく自然な手つきで先に入れているところだった。
 
 手慣れすぎていて、もはや料理人である。

「正確な判断力に欠けて、感情に流される。西園寺の悪いところだな」

 同じように嵯峨の行為を見ていたカウラは、かなめに向けてそう言い放った。

「うるせえ!腹に入ればなんでも同じだ!カウラだってクエの身を入れようと準備してたじゃねえか!テメエも同罪だ!」

 かなめが怒りに任せてそう怒鳴る。
 
 確かに、カウラの箸の先にも、クエの切り身が一切れ乗っている。

 カウラは呆れたような表情で黙り込んだ。
 
 そしてアメリアは早速、かなめの鍋を見限って、他の鍋への襲撃計画を練り始めているようだった。視線が、より具沢山の鍋を物色している。

 島田とサラは馬鹿なので、あまりカウラの辛辣な言葉が分かっていないような笑みを浮かべていた。
 
 ひよこは少し呆れたような笑みを浮かべると、そのまま他のテーブルへと小走りに向かっていった。

「まあ良いじゃないですか。お二人とも仲良くしましょうよ。お二人が居なければ今の僕は無いんですから。それより、ビール回ってますか」

 誠が、なだめるように顔を出した。
 
 英雄と持ち上げられた本人は、相変わらず空気を読む側に回っている。

「割に気が利くじゃねえか……」

 誠の気遣いで少しばかり怒りを沈めたかなめが、缶ビールを受け取った。プルタブを引く音が、妙に大きく聞こえる。

「私ももらおうか?」

 カウラのその言葉。周りの空気が、今度こそはっきりと凍りついた。

 誠から見ても、誰もが酒を手にするカウラを見るのが初めてだということは、空気で理解できた。

「おい、大丈夫なのか?」

 さすがのかなめも尋ねる。ラムの瓶を握ったまま、真顔だ。

「正人……カウラちゃんがビールを飲むんだって」

 具の乱切り大根とシイタケ、水菜を鍋に投入しているサラは、そう言って隣の島田の肩を叩いた。

「まさかー。そんなわけないじゃないですか!ねえ。いつもの烏龍茶を運ばせますから」

 烏龍茶は会場に用意が無かったので、気を利かせて島田が部下に声をかけようとする。

「いや、ビールをもらおう」

 カウラのその言葉に、島田の動きも止まった。
 
 周囲の視線が、ビールグラスを待つカウラの横顔へと集中する。

 ……少し酔えば、言えるだろうか。
 
 ……自分でもよく分からないこの感情を、言葉にするための『燃料』として。

 カウラは、自分でも驚くほど素直にそう考えていた。
 
 戦場では、迷いなく引き金を引けるのに。
 
 目の前の青年一人に対してだけは、どうしても一歩が踏み出せない。

「カウラが酒を飲む?大丈夫か?お前。なんか悪いものでも喰ったのか?それとも……神前と何かあったのか?」

 にらむ先、かなめの視線の先には誠がいた。誠は何もできずに、ただ愛想笑いを浮かべていた。

「僕は何もしてないですよ!」

 そう言い返すほかに、誠にできることは無かった。

「だろうな。テメエにそんな度胸は無いだろうし」

 かなめはそう言って缶ビールを空にして、次の缶へと手を伸ばした。
 
 あっさりそう言われるのも誠は癪だったが、事実なので仕方がない。

 カウラはと言えば、別に気にする様子もなく、ビールを待っている。
 
 その指先だけが、ほんのわずかに落ち着きなくテーブルをなぞっていた。

「まあ飲めるんじゃない?基礎代謝とかは私たち『ラスト・バタリオン』はほぼ同じスペックで造られているから……まあかなめちゃんみたいにサイボーグの鉄の肝臓を頼りにラムを水でも飲むみたいにガバガバストレートで飲むんなら別だけど」

 乾杯の音頭も聞かずに飲み始めているアメリアが、空になったグラスを振りながらそう言った。
 
 人造人間の規格がほぼ同じであろうことは誠も想像がついていたので、いつも月島屋でビールを飲んでいるアメリア程度の量なら、カウラも飲めるだろうと思えた。

「じゃあいいんですね」

 誠はそう言うと、運ばれてくるビールのグラスに目を向けた。泡立つ黄金色の液体が、宴会の始まりを告げる鐘のように見える。

「はい、そこどいた! 熱い鍋持ってるんだから!」

「こっちの酒、早く持ってきてくれー!」

 会場は既に、別の意味での『戦場』のような騒ぎだった。
 
 クエの香りと酒の匂い、笑い声と怒鳴り声が入り混じるその中心に自分がいる。
 
 世界の軍事バランスを揺るがした青年と、彼をめぐって静かに、そして騒がしく火花を散らす女たちがいた。
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