遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第三章 『特殊な部隊』の新兵器

第5話 優しすぎるパイロット

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「神前さん、まずはコックピットへ!機体起動します!」

 西の叫びが誠の耳に響いた。
 
「戦場は時間との勝負って、いつもクバルカ中佐が言ってるじゃないですか」

 そんなことは言われなくても分かっていると言い返したいのを我慢しながら誠はトレーラーに足早に向かった。
 
「この兵器、起動に時間がかかる仕様みたいなんです。だから今のうちに動いとかないと、実際の戦場とかでは一緒に行動することになるあの西園寺さんにキレられますよ。あの人、せっかちですからね!」
 
 ランをほとんど神のように崇め奉っている整備班長島田の影響下にある整備班員の一人である西は機体によじ登ろうとしている誠の背後からそう言うとトレーラーに飛び込んだ。それを見ながら誠はそのままトレーラーの足場に取り付いた。

 誠は標準色・オリーブドラブに塗られた機体をよじ登り、コックピットへと滑り込んだ。

『近藤事件』以来、久々の実機操作……とはいえ、シミュレータで繰り返し訓練してきたから操作は手に馴染んでいる。

 誠はスイッチ類に指を走らせながら、静かに息を整えた。

『神前さん!各部のチェックはいいですか?おとといから班長の監視の元非番の隊員まで召集して整備して完璧に仕上げたんです!当然、一部の隙も無く完璧に仕上がってるのが分かりますよね!もし問題があるようならすぐに言ってくださいね!班長は……ああ、留守でした。僕が何とかします!こう見えても整備班では一番腕が良いって班長から言われてるんですから!』 

 『やれやれ、またか……』と誠は肩を落としつつ、画面に向かってうなずいた。広がる全周囲モニタの中にウィンドウが開き、気弱なことで知られてきた誠に対しては大きな態度を取ることが最近増えてきた隊最年少の兵である西の姿が映った。

「ああ、異常なし。そのまま頼む。苦労したんだろ?シートまでぴかぴかだ。まるでこいつが隊に来た時と全然変わりがないくらいだ」 

 誠の言葉に西がうなずくと誠の体が緩やかに起きはじめた。周囲が明るくなっていく、誠はハンガーの外に見える廃墟のような市街戦戦闘訓練場を眺めていた。そしてそこに一台のトレーラーが置いてあるのにも気付いた。

「西!あそこに見えるのが今日のテスト内容かな?随分と派手な……あれは攻撃兵器?それにしても05式であんなでかい兵器を扱えるのか?少し大げさすぎやしないか?」 

 神前の言葉に、西はそのまま一度05式用トレーラーから降りてハンガーの外の長い砲身をさらしている兵器を眺めた。九メートルの巨体を誇る05式と比べてその長さは優に05式の倍以上の長さに見えた。その砲身の左右にはスリットが設けられ、発射時の熱を放出する役割を果たすのだろうと、理系ならではの見方で誠はその『新兵器』を眺めていた。

『あれが『展開干渉空間内制圧兵器』です!長ったらしいですけど、ざっくり言えば『干渉空間の中で敵を制圧する』って意味です』

 西の言葉の意味は誠にもあまり理解できなかった。
 
『……あ、名称だけじゃわからないですよね。僕も中身は聞かされてないんで、詳しくは中佐かひよこさんに聞いてください』

 西もよく知らないらしい兵器について誠はどう対応すればわからずにいた。

「展開干渉空間内制圧兵器?……名前、長すぎないか?僕の選んだ理科大の入試科目は英・数・理の三科目で国語は入って無いんだ。国語は高校時代は何回も赤点取ったくらいだから……特に現代文は苦手で……」

 誠はヘルメットを被らず頭を掻きながらそう言った。頭をかく誠の耳に、さらに意味不明な専門用語が押し寄せる。

『おかしいなあ、クバルカ中佐は『この名前を聞けばいくら国語が苦手な神前でもこの兵器の使い方は嫌でも分かる!』って言ってたのに……。僕は平の整備班員なんで、この兵器の効果については何も聞かされていません!詳しいことは法術の専門家のひよこさんか実験責任者のクバルカ中佐に聞いてくださいよ。僕だって理屈はよくわからないんですから。まあ来る途中で仕様書を見たんですが『干渉空間生成の特性を利用してその精神波動への影響を利用することにより敵をノックアウトする非破壊兵器だ』ってことなんですけど……そんな兵器作って司法局も何がしたいんでしょうね?敵を倒してこその兵器でしょ?ただ気絶させるだけで戦争が終わるなら西園寺さんがあんなに銃を振り回して威張り散らすことなんかなくなるじゃないですか?』 

 誠は正直なところ西の説明を聞いて目の前の兵器が何をするものなのかさらにわからなくなった。

 自分が『法術』と呼ばれる空間干渉能力者であるということは『近藤事件』で嫌と言うほどわかった。空間に存在する意識を持った生命体そのもののエネルギー値の差異を利用して展開される切削空間、その干渉空間を形成することで様々な力を発動することができるとランに何度も説明されているのだがいまいちピンとこない。

 直立した自分の機体で待機する間、誠はただ目の前の明らかに長すぎる砲身を持った大砲をどう運用するのかを考えようとしていた。だがいつものように何を考えているのか良く分からない司法局実働部隊隊長の嵯峨惟基のにやけた顔が思い浮かぶ。そうなるといつものように煙に巻かれると諦めがついてきた。

『誠さん。起動は終わりましたか?何度も言いますが、戦争は常に時間との戦いですよ!班長からもそう言われてます!仕様書を読んだ限りこの兵器は発射までの法術チャージに相当時間がかかるみたいなんですよ。だからその時間を織り込んで出来るだけ早く行動する。もしこの兵器を使う機会が有ればそのことを念頭に作戦行動をお願いします!技術者として私が言えることはそれだけです』 

 別のウィンドウが開いてふんわかカーリーヘアーのひよこの顔が目に飛び込んでくる。どうやらラン達は本部棟で実験の様子を観測してデータを取るらしいことは誠にも分かった。

「ああ、ひよこちゃん着いたんだ。今、終わって待機しているところ。これからあの名前の長い兵器を持って実験に入ろうと思うんだけど……あれは本当に何?」 

 誠の言葉にひよこは満足げにほほ笑んだ。誠はただ次の指示が来ることを待っていた。

『これまでにない画期的な兵器です!みんなが笑顔になれる素敵な兵器なんですよ!そんな今までにない05式乙型に乗る誠さん専用に開発された兵器なんです。みんな笑ってますけど……見せてやりましょうよ!05式特戦の雄姿を!』 

 緊張した面持ちでひよこがそう言うと、あわせるようにして誠は固定器具のパージを開始した。

「05式乙型……『ダグフェロン』。君は、僕に何を求めている?」

 誠の手に冷たい操縦桿が吸い込まれるように収まり、静かに沈黙を守っていた。

 東和陸軍の面々はハンガーの入り口で誠の重装甲を感じさせる迫力のあるボディーの05式を眺めている。機動性を犠牲にすることで『タイマン勝負』に特化した05式の一風変わった姿にギャラリーはため息をつくのが誠にも見えた。

『凄いっすねえ、神前曹長。人気者じゃないですか!連中も05式とタイマン勝負を挑むような馬鹿は居ないでしょう!05式は戦争じゃなくてタイマン勝負なら今宇宙のあらゆる軍が採用しているどんなシュツルム・パンツァーにも負けないんです!』 

 冷やかすように言う西を無視して誠は機体をハンガーの外へと移動させた。

「おい、西。頼むからあの野次馬何とかしてくれ。これじゃあ新兵器のところまでたどり着けない。何人か踏んづけちゃう」 

 神前の言葉を聞いた西が部隊の整備員達を誠の足元に向かわせる。ハンガーの前に止めてあったトレーラを見下ろした。視点が上から見るというアングルに変わり、誠はその新兵器を眺めた。

 特に変わったところはない。05式で二番機担当の狙撃手、西園寺かなめ大尉が使っている230ミリロングレンジレールガンを2回りほど大きくしただけのようにも見えた。

 これまでも法術や空間干渉能力を利用した兵器の実験に借り出されたことは何度かあったが、そのときの兵器達とは違い、これは明らかに兵器らしい兵器。攻撃可能な射撃兵器に見えた。

 今回のそれは『巨砲』と言う言葉がぴったりとくるほどの大きさを誇っていた。それだけに誰もが認める射撃下手な誠にとってこの兵器は使い方が難しいと感じて誠は憂鬱な気持ちになった。

『これ……でかすぎる。西園寺さんなら喜びそうだけど。あの人は『大艦巨砲主義』だから。この前の射撃訓練の時も意味もなく実戦じゃ役に立たないような古い大口径の拳銃を持ち出して撃って遊んでた。あの人も何を考えているのやら……』

 誠は隊で一番の銃器マニアの西園寺かなめの顔を一番に思い出した。
 
『僕は……拳銃すらまともに当てられないのに。何で僕が、射撃兵器なんて……なんで僕がこの射撃用にしか見えない兵器の実験なんかするんだ?もっと別の人がやれば良いのに……でも西園寺さんもカウラさんも法術は使えないからな。結局僕にすべて押し付けられることになるんだ』

 誠は自分と違い、いついかなる時でも銃を手放さない女上司の西園寺かなめのたれ目やパチンコ依存症で脳内ではいつもパチンコ台がフィーバーしている無表情な小隊長のカウラ・ベルガーのエメラルドグリーンのポニーテールを思い出して苦笑いを浮かべた。

『それとさっき西君もひよこちゃんもこいつの事『人道兵器』とか言ってたよな……と言うことは実弾兵器みたいに物が壊れたり、人が死んだりすることは無い兵器なんだ……非殺傷兵器……』

 誠はどうやらこの兵器が大量殺りく兵器では無い事だけは理解した。
 
『人を殺さずに済むなら、それが一番いい。でも……』

 巨砲が誠の目の前にある。それを撃つことになるのも誠だった。
 
『『当たらなきゃ意味がない』。そういう兵器は、戦場では無力だ』

 誠の心は少しだけ、胸が軽くなった。その長いライフルをじっと見つめる。しかし、その原理が全く説明されていない以上、それが兵器であるという事実以外は分かるはずも無かった。

『誠さん。とりあえずシステム甲二種、装備Aで接続してください』 

 何かを頬張っているひよこの言葉が響く。司法局実働部隊の出撃時の緊急度によって装備が規定されるのは部隊の性質上仕方の無いことだった。甲種出動は非常に危険度が高い大規模テロやクーデターの鎮圧指示の際に出されるランク。そして二種とはその中でもできるだけ事後の処理をスムーズにする為に、使用火器に限定をつけると言うことを意味していた。

『非殺傷兵器と言うことだから二種なのかな……』 

 そう思いながらオペレーションシステムの変更を行うと、目の前のやたらと長い大砲のシステム接続画面へと移って行く。モニターの中に『05式広域鎮圧砲』という名前が浮かんでいる。それがこの兵器の司法局での正式名称らしい。直接的な名称はいかにも無味乾燥で兵器の開発には慣れない警察仕事が中心の司法局中心での開発が行われたと言う名残だろうと誠は思った。そのまま彼の機体の左手をバカ長いライフルに向けた。

 そのライフルは明らかに左手で引き金を引き、右手でハンドルを支えて照準を付けるようにできているように誠には見えた。

『左利き用なのか?僕専用ってこと?僕のために。僕にだけ、託されたもの。そう思うと、誇らしいような、重たいような』 

 そのまま左手のシステムに接続し、各種機能調整をしているコマンドが見える。

「接続確認!このまま待機します」 

 誠はそう叫んだ。右腕でライフルのバーチカルグリップを握って誠の機体はハンガーの前に立った。

「待機って……またこのまま何時間も待たされるのかな。実験のたびに思うんだ。待機、待機、待機って……そんなに僕を待たせるのが実験している人たちは楽しいのかな?僕は嫌だな、待たされるのは」

 誠はこれまでの法術兵器の実験の際の経験から待機がいつ解けるか分からない性質のものなのだと理解するようになっていた。

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