遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第四章 『特殊な部隊』の実験

第9話 見えない制圧

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 干渉空間には、大きく分けて二種類がある。

 ひとつは『直接展開空間』。法術師の身体の周囲に発生させる限定的な空間で、瞬間移動や防御などに用いられる特殊な領域だ。視覚上はまるで金属の板のような形で法術師の前に展開し、ほとんどの物理的攻撃を跳ね返すことが出来る。この技を使える者は限られており、司法局内でも数人しかいない。

 もうひとつが『テリトリー』。発動者の意識によって変化する広域型の空間で、対象への精神干渉を主目的とする。その展開した姿は目に見えることがなく、ただ同じく『テリトリー』を展開できる法術師にのみそれが分かる目に見えない『網』のようなものだった。

 今回、誠が展開するのはこの『テリトリー』だった。

 テリトリーが演習場全域に広がると同時に、誠の全身から力が抜けるような感覚が走った。誠は意識が拡散していくような感じが好きだった。まるで自分が広がっていくような感覚。これは同じ能力を持った人間にしか理解できないだろう。誠はこの快感を感じるたびにそう思っていた。

「干渉空間展開率……30、40、50……」

 画面に表示されたマップが次第に赤く染まっていく。視界には、干渉された空間が陽炎のように揺らいで見えた。

「法術エネルギーブースト開始。最終安全装置、解除を確認。法術ゲージ、すべて正常……発射態勢整いました!」

 誠は火器管制モードの画面を見つめた。冗談を挟む余裕もなく、機体の足元で観測装置を操作している西の姿を見守る三人も、言葉を飲んで静かに様子を見守っていた。

『周囲に生体反応なし。発射、許可します!』

 ひよこの指示に、誠はトリガーに指をかけた。

「発射!」

 トリガーを引いた瞬間、淡い桃色の光が干渉空間を包み込んだ。反動も爆音もなく、ただ静かに視界が桃色で満たされる。それは一秒にも満たない短い瞬間だった。

 やがて光は消え、演習場の風景は発射前とまったく変わらぬ姿で広がっていた。

『……手応えがない。でも……なんだ、この静けさは』

 疲労ではなく、不思議な満足感が誠の内側に広がる。だが、目に見える変化がないことに戸惑う者もいた。

『なんだこりゃ? 何が起きたのかさっぱりだぞ……説明しろ、西!これ、ただのエンタメ用ピンク光線なのか? 兵器ってのはもっとこう、派手に壊れるもんじゃねえのか?ちゃんとわかるように言わねえと射殺するぞ!』

 最初に声を上げたのはかなめだった。誠も確かに、視覚的な実感がほとんどなかったことに違和感を抱いていた。

 目に映ったのは一瞬の光、肌にピリつくような感覚、空気の重さ。それだけだった。しかし、それこそが『非破壊兵器』の本質なのだと、誠は改めて実感していた。

『西園寺さんは、気に入らないと何でも『射殺』って言うんですね……。でも誤解しないでください。あの光の下にいた意識ある生物は、対法術シェルに守られていなければ全員意識を失っています。これがこの兵器の真価なんです』

 西が真面目に説明しようとすると、かなめがそれを遮る。

『それは分かってんだよ!だけどな、こんなでっかくてゴツい兵器が、たった一瞬ピンクに染まって終わりとか、見ててなんも楽しくねえ!どうせなら、そこにいる技術兵全員並ばせて意識が吹っ飛ぶ様を見せりゃよかったんじゃねえか?』

 アメリアも乗ってくる。

『そうね、カタルシスって大事よ。派手に反動で機体が吹っ飛ぶとか、あたり一面が焦土になるとか。そういうのが見たかったのよ。まさか実験の見せ場が『ピンクの霞』だけなんて、ちょっと拍子抜けじゃない?』

 誠は思わず苦笑した。だが、いつもなら襲ってくる法術発動後の極度の疲労感が、今回は不思議なほど軽かった。

『……貴様ら、何をしに来たんだ?動物園か映画館じゃあるまいし、非破壊兵器に壊れた演出を求めてどうする。こんな基本も理解せず、神前を迎えに行きたいと言い出したのか?馬鹿にも程があるぞ』

 カウラが呆れた表情で二人をたしなめた。

 誠もまた、彼女たちの反応に苦笑しながらも、手ごたえの薄さに内心ではわずかな不安を抱いていた。



 一方、管理棟ではひよこが観測機器のデータを次々と受信していた。

「センサーのアストラルダメージ値、全ポイントで想定以上です。この実験、成功です!実戦投入レベルと断言できます!」

 その報告に、ランは指揮席で姿勢を正し、満足そうにうなずいた。

「威力は申し分ない……問題は運用範囲と実戦での使いどころか。こんなもん、よく思いついたな。どうせ別の目的の法術兵器の開発過程で法術のもたらす影響の研究中に偶然見つけましたとか言う兵器の効果なんだろーが……とはいえ、それを見逃さなかった司法局の研究者連中には頭が下がる。……ムダ金だが、アタシやあの『駄目人間』にとってはこういう兵器の方が都合がいー……実に都合がいーんだ」

 ランはモニターの中で首を傾げる誠を見つめながら、静かに呟いた。

「この成果に見合う予算は確保してますからね。司法局の最大出資国は東和です。その財務担当としては、相応の結果が必要なんですよ。それに……兄さん、これをどこで使う気ですか?やはりベルルカンか……」

 画面の端でひよこが次の試射準備を進める様子を見ながら、高梨が声を潜める。

「……まあ、嵯峨隊長の本心なんて、クバルカ中佐が話すはずもないでしょうけど。それにしてもこの兵器、指揮官としてはどう見ます?」

 ランは腕を組み、しばし考えた。

「使いどころが難しい兵器だ。効果は確かだが、チャージ時間が長すぎる上に使える人間も限られてる。正規軍相手には向かねえな。ベルルカン大陸のゲリラ相手の制圧兵器……その程度だ」

 高梨は苦笑した。

「まあ、それでも非武装の市民であふれる都市部で使われたらそれだけで大混乱ですよ。僕のような国防技術を扱う官僚としては、技術が流出しないことを祈るばかりです……まあ、今回は司法局の直接開発の兵器ですから……おそらく司法局の外部への技術流出の心配が無い事だけが救いです」

 非破壊兵器であっても、その効果は絶大だ。高梨はそのリスクにいち早く気づいていた。

「神前君、よくやりましたよ。……ただ、やっぱりクバルカ中佐は厳しいですね」

 高梨が笑うと、ランはため息交じりにうなずいた。

「まあ、今回はうまくいった。……それだけでもありがたい。次はあの馬鹿娘たちの教育が待ってる。そっちの方がむしろ頭がいてーや」

 そう言って、隣のテント下でじゃれ合っているかなめたち三人を映し出した。

「クバルカ中佐のご苦労、お察しします」

 管理職経験のある高梨が、思わず同情をにじませる。

「でも、それも中佐の『教官』としての腕の見せどころですね。彼女たち、素質は十分あるそうですし」

 高梨の言葉に、ランは椅子にもたれかかって目を細めた。

「問題児ほど鍛えがいがあるってことか。……楽しみだ」

 パイロットを育てる。今は無き母国遼南共和国から亡命してから十年余り、ずっとやってきたことだ。壊すだけだった過去から、人を育てる現在へ。皮肉な転換にランは微笑み、高梨の方を見た。

「エリートに育てられる才能だけの凡人より、アタシにしか育てられねー問題児の方が面白い。特に西園寺……アレはお仕置きが必要だな。アメリアは放っておけばいい。カウラのギャンブル癖?それはもうカウンセラーにでも任せとけ」

 映像の中では、かなめがアメリアにヘッドロックをかけ、誠がなだめていた。

「神前、よくやった。これで隊長が言ってた『第一段階』は突破だ。次の『ミッション』に進むぞ」

「え?中佐、『ミッション』って……?」

 ひよこが首を傾げる。

「なんでもねーよ。実験成功、オールオッケーってだけだ」

 ランは立ち上がり、満足そうに伸びをした。それを見て、ひよこも再び作業に戻っていった。

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