遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第十四章 『特殊な部隊』のデート

第32話 君の知らない顔を見せたくて

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「じゃあ……って、誠ちゃんはクレーンゲーム得意だったわよね?でも、ここのUFOキャッチャーは景品がちょっとしょぼくてね」

 そう言いながら、アメリアはゲームセンターを後にして誠の手を取った。

「次は、私のお気に入りの場所。きっと誠ちゃんも気に入ると思うの」

 彼女の指先は迷いなく歩く様子は、まるで昔からこの街を歩き慣れているかのようだった。平日の昼下がり、ベビーカーを押す母親たちや買い物帰りの主婦たちの間を抜けていく二人。アメリアの姿に思わず道を譲る人々の目には、ほんの少しの驚きと羨望が混じっていた。

 紺のコートにジーンズ。決して目立たない服装なのに、歩く姿は自然と人の視線を集めていた。誠には、それがこの街の空気から少しだけ浮いて見えた。まるで掃き溜めに鶴……そんな言葉が自然と浮かんでくる。

「ここよ」

 アメリアが立ち止まった先にあったのは、古びた木造の喫茶店だった。外観はくすんだペンキの外壁と、手書き風の看板。けれども、その奥にはどこか懐かしいような空気が漂っている。

「こんなお店を知ってるなんて……ちょっと意外です」

「言わなくても分かるわ、まるでそんな顔してるもの。いいから、入りましょ。長居してると他の人に見つかっちゃうかも」

 そう言ってアメリアは木の扉を押し開けた。鈴の音が柔らかく響いた瞬間、誠の中のアメリア像が少しだけ書き換えられるのを感じた。

 中はさらに誠のアメリアのイメージを変えるものだった。年代モノの西洋風の家具が並び、セルロイド製のフランス人形がケースに入って並んでいた。

 誠は初めて入る趣のある喫茶店の雰囲気に飲まれて少し居心地の悪さのようなものを感じていた。

「驚いたような顔をしてるわね。そんなに私がこんな店に通ってるのが意外?私が育ったゲルパルトではね、社会教育訓練中によく、こういうお店に入り浸ってたの」

 アメリアに問いかけられ、誠は静かに頷くことしかできなかった。

「久しぶりじゃないか、アメリアさん。最近は忙しかったのかな?それとも他の店に浮気をしてたとか」 

 そう言って白いものが混じる髭を蓄えたマスターが二人を出迎えた。客は誠達だけ、アメリアは慣れた調子でカウンターに腰をかけた。たぶんこの部屋の雰囲気はマスターの趣味なのだろう。いつも一人で行動することに慣れている誠にはあまりなじみのない世界観に誠は圧倒されていた。

「マスター冗談はよしてよ。この町でこれ以上落ち着く喫茶店なんて他にないわ。それに私の生まれた国、ゲルパルトにはこんな感じの店が沢山あるから。自分の出発点を確認するにはこの店が一番なの。そう思うと時々どうしてもここに寄りたくなるのよ……あんなに嫌なことしかなかった国だって言うのに不思議なものよね」

 アメリアはいつもの人懐っこい口調でそう言うとカウンター越しにコーヒーカップを磨くマスターを見つめた。

「ブレンドでいいんだね。アメリアさんは香りにはうるさいからね。私もいつも気を使っているんだ」 

 そう言うマスターにアメリアは頷いてみせる。これまでの二人の会話で、ここがアメリアの秘密の隠れ家のような存在なんだと誠は理解した。

「良い感じのお店ですね。僕は友達が少ないんであまり喫茶店とかは行かないんですけど……なんとなく分かります」 

 マスターに差し出された水を口に含みながら誠はアメリアを見つめた。

「驚いた?私がこう言う店を知ってるってこと。私がアニメと漫画とお笑いとエロゲだけの女じゃないなんて知って驚いたって顔してるわよ」 

 そう言いながらアメリアにいつものいたずらに成功した少女のような笑顔がこぼれた。

「もしかして彼が誠君かい?アメリアさんから話は聞いているよ。あの『近藤事件』の英雄。テレビでも何度も見たよ。すごいじゃないか。私も遼州人だが、君のような法術とは無縁でね。ただの一喫茶店のマスターさ。あの力のおかげで私も地球人の奴隷にならずにこうして一般人として暮らしていけるんだ。感謝しないとね」 

 カウンターの中で作業をしながらマスターがアメリアに話しかけた。褒められるのに慣れていない誠は照れ半分に目の前の氷の入った水を飲み干した。

「そうよ。彼があの『英雄』神前誠曹長。それと外でこの店をのぞき込んでいるのが私の同僚達」 

 誠は木の扉のガラス窓に目をやった。そこには中をのぞき込んでいるかなめとカウラの姿があった。

 目が合った二人が頭を掻きながら扉を開く。だがそれだけではなかった。

「いつから気づいてた」 

 かなめはそう言いながらスタジアムジャンパーの袖で額を拭った。

「やっぱ気づくよな……私の髪が目立ったせいか?」

 人目につくエメラルドグリーンのポニーテルに手をやりながらカウラがすまなそうに頭を下げる。

「謝らなくても良いわよ、カウラちゃん。それに気付いたのは別の理由。物騒なの持ち歩いてる誰かさんの態度がデカいから」

 そう言うとアメリアはテーブル席に腰かけようとしていたかなめに目を向けた。

「誰の態度がでかいって!?それ、そっくりそのまま返すわ!アタシはいつも通りにしてただけだ!」 

 かなめが反射的にそう叫んだ。隣には子供服を着ているランが肩で風を切って入ってくるなり誠の隣に座った。あまりに自然なランの動きに呆然と見守るしかなかったかなめとカウラだが、ようやく誠の隣の席を奪われたことに気づいて、仕方がないというようにテーブル席のかなめの正面に座った。

「ずいぶん友達がいるんだね。大歓迎だよ。何ならもっと早く紹介してくれればよかったのに」 

 そう言いながらマスターは水の入ったコップを配った。

「マスターも商売上手ね。本当はこの連中にはこの店の事は内緒にしておきたかったんだけど……秘密なんていつかはバレるものですもの。仕方ないわ」

 アメリアはそう言いながら闖入してきた同僚達をいつもの細目をさらに細めて嬉しそうに眺めた。

「パフェが無いんだな。私は喫茶店ではパフェを頼むことにしている」 

 メニューを見ながらカウラは落ち込んだようにうなだれた。誠は彼女が甘いものを欲しがる場面に遭遇したことが無かったので少し驚いた。

「お嬢さんは甘いのが好きなんだね。まあ、うちはコーヒーとケーキだけの店だから。甘いケーキならたくさんあるよ、きっとお嬢さんにも気に入ってもらえる」 

 淡々とマスターは優しい口調で話す。彼はそのまま手元のカップにアメリアと誠のコーヒーを注いだ。

「日本茶もねーんだな。アタシは酒は日本酒、茶は日本茶って決めてるんだ。コーヒーは苦くって……どーも」 

 そう言いながらランが顔をしかめる。アメリアはにんまりと笑みを浮かべながらランを見つめていた。

「なんだよ!アタシの顔になんか付いてんのか?」 

 穴が開きそうになるまでアメリアの細い目で見つめられてランは照れながらそう言い返した。

「ああ、鬼の教導官殿は好みが和風のようですねえ。確かに毎週、なじみのすし屋で日本酒を一杯やるのが習慣の方ですから……でも残念でした。ここには日本茶は有りませんので」 

 誠の隣の席を奪われた腹いせにかなめがつぶやいた。すぐさまランは殺気を帯びた視線をかなめに送った。

『……これじゃ、全然デートにならない。気分転換のはずが、いつもの隊と変わらないじゃないか。これじゃあ休んだ気にならないよ』 

 そう思いながら誠はアメリアを見つめた。そこにはコーヒーの満たされたカップを満足そうに眺めているアメリアがいた。まず、何も入れずにアメリアはカップの中のコーヒーの香りを嗅いだ。

「……前より、香りが強いわね」

 そう言うと一口コーヒーを口に含む。アメリアがコーヒーにうるさいと言う話はこれまで一度も聞いたことが無かったので、誠はアメリアのその言葉に驚きを隠せなかった。

「わかるかい、できるだけ遼州の豆で味が保てるか実験してみたんだけど……地球産の豆は値上がりが激しくてね。うちとしても困ってるんだ。その点遼州の南ベルルカン大陸で採れる豆は品質も安定してるし価格も安い。うちとしても助かるんだ」

 マスターは少し自信なさげにお得意様であるアメリアの感想を待った。 

「ええ、以前よりいい感じよ。私もこの遼州圏で製造されて遼州圏を生きているんだもの。遼州圏を生きる人間にはこっちの香りの方が似合うと思うわ」 

 そう言うとアメリアは手元のミルクを少しだけカップに注いだ。誠もそれに習って少しだけミルクを注ぐ。カップの中で、注がれたミルクが静かに白い螺旋を描いた。
 
「じゃあアタシもアメリアと同じブレンドで。まあベルルカン大陸は中央の無人の砂漠地帯を挟んで北は『修羅の国』でクーデターと内戦ばかり、南はこれまた平和ボケの戦争とは無縁の『地上の楽園』と言われてる。実に奇妙な大陸だよ」 

 かなめがそう言いながら隣でじっとメニューとにらめっこしているカウラを見つめた。

「私もおなじでいい。確かに南ベルルカンは平和だな。あそこは本当に農業以外に産業は無いが平和なのは良いことだ」 

 そんなカウラの言葉が落ち着いた室内に響いた。

「じゃあ、アタシもブレンドって奴で良い。南ベルルカンにはうちは縁は無さそうだな。あそこの国々がハンミン国と同時に地球圏からこの遼州圏の国々が独立して以来ずっと遼州同盟を提唱してきたんだ。最初は誰もが『平和ボケが何を言ってやがる!』って無視してたんだが、それが実現するとは……時代は変わるもんだ」 

 メニューを穴があくまで見つめても日本茶の文字が無いのを見て諦めたようにランがそう言った。

「わかりました、皆さんブレンドですね。さすがに司法局の方々は国際情勢にはお詳しい。参考になります」 

 そう言うとマスターは忙しげに手元のカップを並べていった。誠達以外の客は居ない。静かな店内にはカップが当たる心地よい音が響き渡るだけだった。

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