遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘

橋本 直

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第十六章 『特殊な部隊』と権威

第39話 義兄弟、二つの国を背負いて

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「遅いぞ、まったく」

 粉光こなひかりを帯びる繊細な扇の美しさとはうらはらに、その眼光には凹めた笑みも見えない。西園寺義基が声をかけてきた。

「つい地が出そうになった。今の俺は『平民宰相』として民の前に立つものだ。そんな俺に儀式もどきの真似ごとをさせるなんて、まったく性格が悪いなお前たちは」

 くだけたほほ笑みを添えながら美しい手持ちの扇ををぱたぱたと使うその気脈は、一見輝きのあるようなお喜劇のようでありながら、その底には苦味も覚らせるしゃれっ気が浸みこんでいる。

「……しかし、一番悪いのはかなめだな。四大公家の第一位を継ぎながら、やるべきことを何一つしようとしない。良い酒や良いタバコを吸っていれば家ごとを助けることになるわけじゃない。嫌な儀式に顔を出し、嫌な相手の家督を認める。それでようやく、責任を果たしたと言えるんだよ。まったくかえでと言いかなめと言い……俺の娘にはろくなのが居ないんだ。新三郎、貴様の娘、茜とうちのかなめとかえでを取り換えるってのはどうだろうか?アイツは出来た娘だ。なんと言ってもあの西園寺家一番の問題児であるお前を管理して尻に敷いているくらいだからな」

 嵯峨は黙って聞いていたが、ふっと笑みを浮かべると足を投げ出した。

「義兄上も変わりませんね。言ってることはもっともですが、酒が入るとすぐ甘くなる」

 義基が一瞬だけ真顔に戻ったのを見て、嵯峨は気づく。

 ……ここからが『本題』だ。嵯峨の顔が引き締まった。

 そう言いつつ義基は手にした扇子を右手にばたばたと仰ぐ。嵯峨も兄の間延びした顔を見て足を投げ出した。

「これで新三郎はめでたく甲武の枷から外れたわけだ。しかし、その仕事に対する頑固さ。なんとかならんのか?もうちょっと仕事はいい加減にやってくれた方が俺としては助かるんだが……」 

 義基の顔が緩んでいたのは一瞬のことだった。すぐに生臭い政治の世界の話が始まるだろうと嵯峨は覚悟を決めた。

「醍醐のとっつぁんの話なら無駄ですよ。これは俺一人じゃどうしようもありませんから。これは同盟機構の沽券こけんにかかわる話だから。義兄あにきも遼州同盟成立文書に調印した当事者ならそれくらいの事は分かってるんじゃないかと思うんですがね」 

 まだ緊張から固まったように座っているかえでの肩を叩く嵯峨はそう言い切った。家督相続の儀式を半分終えた安心感から、大きくため息をついた彼女を見て嵯峨は少し自分を取り戻して兄の顔を見つめた。

「そうは言うがな。少しばかり話を聞いてくれないかね。同盟機構の沽券?別に同盟非加盟の失敗国家の独裁者を排除できなかったことで傷つくほど同盟機構は弱い組織じゃないと思うがね」 

 そう言いながら笑みを浮かべる兄を前にして仕方が無いと言うように嵯峨はタバコを取り出した。

「この部屋は禁煙だ。その事だけは覚えておけよ、前嵯峨家当主殿」 

 そう言う西園寺義基に嵯峨は悲しげな目を向ける。

「こいつは俺が『殿上会』のすべてを仕切る『関白太政大臣』だった時代に作った法律なんだがな。まあ新三郎対策とでも言うべきかな?ヤニで汚れたら甲武の伝統が汚れるだろ?」 

 そう言いながら西園寺義基はにやけた顔で嵯峨を見つめる。仕方なく嵯峨はタバコを仕舞う。

「僕は席をはずした方がいいですか?」 

 重い政治向きの話がなされるのを察したかえでが席を立とうとするが嵯峨は首を横に振った。

「お前も今から、四大公家末席嵯峨家の当主だ。それなりの責任は果たす必要があるんじゃないか?これは甲武国の命運を左右する問題だ。まあ新三郎から言わせればそれよりも遼州同盟の面子めんつの方が大事だと言う話なんだがな」

 皮肉めいた笑みを浮かべて西園寺義基は嵯峨を見つめる。

「甲武国の命運ねえ……それは自力で何とかしてくださいよ。あなた、宰相でしょ?米帝のおこぼれにあずかろうなんて貴族のすることじゃないですよ。それに連中が約束を守ったことあります?これまで何度煮え湯を飲まされたと思うんですか?信じるなら相手を選んでくださいよ」

 嵯峨は皮肉めいた笑みを浮かべて三宝に置かれた酒の注ぎ手から直接口に酒を運んだ。

「その信じるに値しない米帝の口添えがあればこそ……凍結されてる我が国の資産が戻ってくる。その金があれば前の戦争で死んだ兵士たちに見舞金も出せる。俺の改革で失業した下級士族にも仕事が回る。それが『地に足の着いた政治』ってもんだろう?それに俺はもう平民だ。貴族じゃない。それに何度裏切られても誠意を見せ続ければ人は分かってくれるものだ。それは俺が外交官をしていた時代から続けている信念みたいなものだ。それを今更曲げるわけにはいかないな」

 いつもの兄弟の会話がそこで繰り広げられる。

「まあ俺の私情はこれくらいにしてだ……」 

 そう言いながら西園寺義基は弟に向かい合って座りなおした。

「醍醐君の気持ちも汲んでやってくれよ。あの人もそれなりに考えて今回のバルキスタンへの介入作戦を提案してきたんだからな。それに地球圏との関係。今のままでいいとは俺には到底思えないんだ。新三郎は遼州人だから俺とは違う考えかもしれないが……正直、今の甲武にはこの国の凍結されてる地球での資産が喉から手が出るくらい欲しい。状況はそこまで苦しいんだ。お前さんもここに着いたところで没落士族に狙撃されそうになったという話じゃないか。だったらこの国の窮状……分かって当然じゃないかな?」 

 兄の言葉に空々しさを感じて嵯峨は思わず薄ら笑いを漏らした。

「まあそうでしょうね。醍醐のとっつぁんが有能な官吏で軍人だって事は私も十分承知していますよ。確かにあの人の立場に俺がいたら……そう、今回の作戦と変わらない作戦を提案するでしょうから。軍を退役しても見舞金1つ出す金が国庫には無い。だが、米帝の口添えで地球圏の甲武の凍結されてる資産が戻ってくれば、生きるのに精いっぱいの下級士族達を救うことが出来る。良い話だが……良い話ってのは大概裏があるもんでしてね」 

『今回の作戦』と言う嵯峨の言葉に、西園寺義基は少し表情を強張らせた。

 義基は外交官の出身である。戦時中はゲルパルトとの同盟に罵詈雑言を新聞記者の前で繰り返し、官職を取り上げられ飼い殺しにされていた彼は、戦局が敗北の色を帯び始めた時点で講和会議のために全権大使として再登用された。地球圏の連合軍に多くのコロニーを占領され、死に体であった甲武だが、そんな中で西園寺が目をつけたのは戦争遂行能力に限界の見えてきた遼北人民共和国だった。

 素早く遼北の最高実力者、周衛しゅうえい首相を密かに訪れ電撃的な休戦協定を締結する方向に動いた。

 遼北の突然の停戦宣言で地球圏の連合軍と遼州と地球圏の連合軍は甲武の首都、鏡都のある第二惑星降下作戦発動のタイミングを失った。そして連合軍は渋々講和のテーブルに付き戦争は終結へと向かった。その勲功により終戦を待たずして世を去った父重基を継ぐようにして政界へ西園寺義基を押し上げるきっかけを作った実績は誰も否定することが出来なかった。

 嵯峨が『今回の作戦』と言う言葉を使ったことが、醍醐陸相から首相である西園寺義基に受けている作戦要綱以上の情報を嵯峨が手に入れていると言う意味であることを義基は聞き逃すことは無かった。

「それなら今の立場。遼州同盟司法局の実力部隊の隊長としてはどう動くんだ?」 

 その言葉に嵯峨は思わず笑みを漏らしていた。

「義兄さんが動かすのは言葉と数字。俺が動かすのは兵と銃火だ。その違い……分かってるからこそ、話は平行線なんですよ。それは醍醐さんにも話しときましたよ。実力司法組織として、でき得る最高レベルの妨害工作に出ると。有力加盟国の独走を許せば同盟の意味が無くなりますからね。それはその有力加盟国の首相である義兄さんも知ってるはずのことじゃないですか」 

 西園寺義基の表情は変わらなかった。そして、そのままかえでへと視線を移した。

「『最高レベル』の妨害か……アメリカ軍と事を構える気か?」

 緊張している。それは敗戦国の宰相である西園寺義基にとって戦勝国であるアメリカと事を構えようと言う義弟の言葉に息をのんだからだった。

「別に事を構えることだけが妨害って訳じゃないでしょ?妨害の方法にもいろいろある。まあこれは同盟機構の極秘事項なんでこの場では言えませんが」

 嵯峨はそう言って不敵な笑みを浮かべた。

「かえで、お前の義父になる男はこういう男だ。気を付けた方が良いぞ。今回は完全に俺の負けだ、妨害工作とやらを好きにやんな。俺はもう知らねえと言いたいところだが、そう言えないのが政治家と言う職業の悲しいところだ」

 父に見つめられたかえでは首を横に振った。もとより西園寺義基はかえでには嵯峨の説得が不可能なことはわかっていた。だが、とりあえず威圧をしておくことが次の言葉の意味を深くする為には必要だと感じていた。

「そうか。なら同盟の妨害工作が動き出すと。その命令はどのレベルからの指示だか教えてもらいたいな。妨害の内容は別として遼州同盟加盟国の為政者としてそのくらいのことは教えてくれても良いんじゃないかな」 

 甲武も遼州星系同盟機構の構成国家である。比較的緩い政治的結合により地球圏からの独立を確保する。その目的で成立した同盟機構には超国家的な権限は存在しない。そのことを言葉の裏に意識しながら西園寺義基は血のつながらない弟に詰め寄った。

「同盟機構の最高レベル。そう言うことにしておきますかね。それこそ構成各国の首脳にすら秘匿されるレベルの物……だって義兄さんが知らないってことはそう言うことでしょ?察してくださいよ」 

 嵯峨のその言葉は西園寺義基の予想の中の言葉だった。しかし、それは最悪に近い答えだった。

 この甲武国は『鏡の国』と呼ばれる帝国だった。遼州独立戦争。この星系に棄民同然に送られた人々と、先住民族『リャオ族』の同盟が地球の支配に反抗して始まった戦争で甲武の祖先達は独立派の中で数少ない正規部隊として活躍し、『リャオ族』の巫女であった遼薫りょうくんと言うカリスマを引き立てることで独立を手に入れることになった。

 当時の遼州の各国家の意識はどれも国家意識と呼べるようなものではなく、独立の象徴として祭り上げられた巫女、遼薫を皇帝として元首に据えることを甲武は選んだ。そしてその名代として一枚の『鏡』をここ金鴉殿に設置してその国の柱石とした。それは甲武では『御鏡みかがみ』の名で国家の象徴とされ、ここ金鴉殿の中枢に鎮座していた。

 しかし、初代皇帝遼薫は国を閉ざして両国は決別し、甲武国は『皇帝不在の帝国』として今度は遼州内国家でのパワーゲームの1つの極をなす国家となった。

 そしてその『御鏡』の前で行われる今日の『殿上会』。それはあくまで遼帝国皇帝から賜った国家の象徴。イソップ童話で言うところの蛙に与えられた木の棒のような存在だった。そして、その意味を嵯峨も西園寺義基も深く理解していた。

 にやりとその意味を悟って笑う弟の姿に西園寺義基は背筋の凍る思いがした。

「それじゃあ、失礼するよ。ああ、そうだった康子が帰りには必ずうちに寄るようにって言ってたぞ。その意味……分かってるだろうな?ああ、あれだけ康子に痛めつけられた新三郎なら言うまでもないか」 

 そう言って西園寺義基は立ち上がった。彼は義兄の発した彼の妻からの伝言に次第に青ざめていく弟を見ながら笑顔で『茶臼の間』を立ち去った。

 義基の背が去った後、嵯峨は一度だけ口元を緩めた。

「……相変わらず、ズルいんだよな。義兄貴は」

 かえでは、その言葉の裏にある信頼を感じ取って、黙ってうなずいた。

「まあ本音を言うと義姉ねえさんか……人呼んで『甲武の鬼姫」。あの人には会いたくないんだよな……」

 おもわず嵯峨から本音が口に出た。その様子が本当におかしかったらしく、かえでは笑いを堪えることが出来ず小さく微笑んだ。

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