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仕事も終わり

第31話 上下

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「確かにアタシは検非違使の別当だからよ……右大臣の麗子が上座ってのは仕方ねえか」

「かなめさんも殿上会に出れば良いのに……そうすれば関白太政大臣。私は右大臣ですから私の上座に座れましてよ」

 麗子はそう言って笑みを浮かべた。

「じゃあ西園寺さんが上座の方が……」

 気を利かせた誠の言葉に麗子はすぐさま反応する。

「かなめさんは検非違使の別当。私は右大臣。ものの上下と言うものがありますわ」

 そう言って麗子は当然のように上座に座った。

「アタシも殿上会に出ればすぐ関白太政大臣なんだけどな……」

「出ていないものは仕方ありませんわ……いつまで太政大臣を空位にしてらっしゃいますの……かなめさんの父君が貴族を辞めてから色々と面倒なことばかり……わがままもいい加減にしないと駄目ですわよ」

 上座でそう笑いかける麗子にかなめはあきれ果てたというようにため息をついた。

「しかし、麗子が右大臣か……」

「右大臣てなんです?」

 誠は感慨深げなかなめにそうつぶやいた。

「甲武の貴族は官位で給料が決まるんだ。アタシは検非違使の別当。東和で言う警視総監だな……」

「警視総監!」

 かなめの何気ない言葉に誠は思わずツッコんだ。

「警視総監ねえ……かなめちゃんは捕まえる側じゃなくて捕まる側じゃない」

「なんだって」

 アメリアのつぶやきにかなめが思わずそう食いついた。

「しかし……貴様は甲武の警視総監の仕事はしていない。そうすると今は誰がその代理を務めているんだ?」

 カウラは冷静にそうつぶやく。

「知らねえよ……甲武の官位はあくまで給料を決める基準みたいなもんだからな……まあ官位の無い下級貴族や士族、平民についちゃあアタシも知らねえがな」

 かなめはそう言うと黙ってお通しを持って二階に上がってきた小夏から春菊の胡麻和えを受取った。

「右大臣とか検非違使の別当って……偉いんですね」

 誠は空気を読まずにそう言った。

「甲武の右大臣は太政大臣、左大臣に次ぐ地位ですのよ……まあ田安家初代の田安鉄太郎公は『征夷大将軍』になりたかったみたいですけど」

 麗子は小夏からお通しを受取りながらそう言った。

「征夷大将軍……将軍様ですね」

 誠のつぶやきに麗子は嬉しそうにうなづく。

「まあ田安家は他の徳川の紀伊・尾張・水戸や清水・一橋と違って甲武建国に関わってるからな……武家の棟梁ってのもそこから来てるんだ……」

 かなめはそう言って麗子の表情をうかがった。

「そうですわよ……甲武・田安家初代田安鉄太郎将軍が甲武西園寺家初代西園寺基公と甲武の国を打ち立てたことで甲武は地球から独立したんですから」

 誠は歴史が苦手だったのでそんな甲武の建国の歴史は知らなかった。

「そうだな。地球連邦の遼州派遣軍の本部が置かれていた甲武星での反地球運動が無ければ遼州はいまだに地球の植民地だ……」

 カウラは歴史知識の無い誠にそうささやいた。

「甲武の独立のおかげで東和も独立できたんですね」

 歴史が苦手な誠にもそれだけは分かった。

「そうだ。当時、甲武に置かれていた地球軍遼州本部で田安鉄太郎本部長が反乱を起こした。それをけしかけたのが遼帝国で外交を担当していた西園寺基だ。結果、遼帝国と甲武が独立し、それに合わせて東和列島に東和共和国が建国された……高校生でも知ってる歴史だぞ」

 かなめはそう言いながらお通しをつつく。

「最初は何にしますか?」

 いつもはかなめに食って掛かる小夏も麗子と鳥居と言う見慣れない客を見てそれとなく気を使って穏やかに尋ねてきた。

「とりあえずビールで良いな……アタシはいつもの」

「へいへい」

 かなめの言葉を無視するように小夏はそう言って階下に消えていった。

「いつもの……ラム酒ですわね」

 麗子もかなめとの付き合いが長いだけにそれは察していた。

「甲武でも西園寺さんはラム酒なんですか?」

 そんな誠の問いに麗子はただ高慢な笑みを浮かべるばかりだった。

「甲武は洋酒の酒税が高いから大変ねえ……東和の倍はするんじゃないの?値段」

「アメリア……酒についちゃあアタシはケチらない主義なんだ。ちゃんと正規ルートで入ってきてる『レモンハート』だ」

「甲武と地球は国交がないから遼州で唯一地球と国交のあるフィヨルド共和国経由だな……手数料だけでどれだけかかるのか」

 ラム酒の到着を待つかなめに呆れながらカウラは春子が配っているおしぼりで静かに手をぬぐっていた。
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