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仕事も終わり

第37話 将軍家と関白太閤殿下

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「そんなことよりずっと気になってたんすけど」

 ビールを飲み終えた島田がゆっくりと手を挙げた。

「なんだよヤンキー」

「田安ってそんな幕府聞いたことがねえんですけど……徳川の間違いじゃねえんですか?」

 島田の突然の発言にかなめはため息をつく。

「あのなあ……甲武には徳川なんて言う貴族はごまんといるんだ。アタシが女学校に言ってた時クラスのうち十人は徳川か松平なんだぜ……区別つけなきゃ……訳がわかんねえだろ」

 かなめの言葉を聞いても島田はまだ納得できないでいた。

「そうですわね。紀伊、尾張、水戸の御三家と田安、一橋、清水の御三卿は甲武に末裔がそろってますものね……他にも松平をいれるとそれはもう大変な数の徳川・松平家がありますもの」

「確か徳川家康って子だくさんだったわよね。さらに徳川吉宗とか徳川家斉とか子だくさんの将軍がいっぱいいて……」

 アメリアは麗子の言葉を継いでそう言った。

「大体日本の苗字なんてそれ言い始めたら『源平藤橘』でほとんど占めてんだ……まあ東和の庶民のオメエには関係ねえがな」

 かなめはあきらめたようにそう言うとため息をついた。

「でもまあ複雑なんですね、甲武は……でもなんでしたっけ?関白太政……」

「関白太政大臣!記憶力ねえのか!テメエは!」

 感心した様子の島田をかなめが怒鳴りつける。

「怒鳴んなくなっていいじゃないですか……その関白とかは何をするんですか?西園寺さんの親父さんが宰相をしてるんでしょ?あの国」

 島田は馬耳東風と言うようにそう尋ねてくる。かなめも麗子も呆れたようにため息をついた。

「あのなあ。宰相は誰かに任命されてやるもんだ。あの国には皇帝はいないから代わりに貴族が任命する制度になってるんだ」

「そうですわ。左大臣は外交に関する大臣を任命し、右大臣は将軍を任命する。そして内政に関しては内大臣」

 かなめと麗子が立て続けにそう言った。

「じゃあ、宰相は誰が任命するんです?全権握ってるんでしょ?宰相は」

 島田はそう食い下がった。

「本来なら関白太政大臣が任命するんですけど……」

 そこまで言うと麗子はちびりちびりラムを飲んでいるかなめに目をやった。

「あの国、関白今はいねえな」

 かなめはあっさりとそう言った。あまりにもあっさりしていたので誠は拍子抜けした。

「じゃあ誰が任命してるんです?宰相を」

 誠は思わずそう尋ねていた。

「かなめさんがわがまま言うから……」

 麗子はそう言ってかなめに笑いかける。

「親父は自分のわがままで貴族の位をアタシに譲って平民になった……その場合、アタシか妻……アタシのお袋な、そいつが親父を任命する。アタシは関白にはなってねえから結論は出てるだろ?」

 かなめはそう言って笑いかけた。

「西園寺さんのお母さん……」

 誠はあの嵯峨惟基を『人斬り新三郎』と呼ばれるまでに鍛え上げたという女傑のことを思い出した。

「お袋にはなんの権限も無いことになってる……まあなってるがな……」

 かなめはそう言って乾いた笑みを浮かべた。

「まあそうですわね。制度的には」

 麗子もそれを認めてほほ笑む。

「でも『甲武の鬼御前』と言えば西園寺康子女史のことだろ?」

 カウラはそう言ってかなめを見つめた。

「まあな。『官派』の面々もお袋には頭が上がらねえんだ……弱みを握られてるからな」

「弱み?」

 かなめのあいまいな口調に誠は思わずそうツッコんだ。

「まあな……いろいろとあるんだ。あの国の貴族制って奴のおかげで良い目を見てることがばれると『官派』の連中も市民の支持を無くす。ただでさえ親父の平民主義が人気のところへそんな爆弾投下されたらたまらねえだろ?」

「例えば?」

 明らかに興味深そうにアメリアがそう言うがかなめは大きくため息をついて署っとグラスからラムを飲んだ。

「アタシに言わせるな……それにアタシが知ってるレベルの話なら甲武の新聞社の記者でも知ってる話だ……そんなのが脅しに使えるか」

「ゆすりの類か……西園寺の母親なら得意そうだな」

「カウラ!そりゃどういう意味だ!」

「言った通りの意味だ。他意はない」

 憤るかなめをやり過ごすとカウラはボンジリ串を口に運んだ。

「なるほど……怖い人なんですね、西園寺さんのお母さんは」

「ああ、あれは鬼だ。まあかえでから性癖を抜いて戦闘能力を五千倍にして同じく陰険さを五千倍にしたらああなる。気をつけろよ」

 かなめの口からは具体的なことは聞き出せないと誠はあきらめた。
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