遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と誕生日

橋本 直

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第十二章 『特殊な部隊』の新兵器?

第33話 あまりにも特殊な戦機

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「大丈夫ですか?アメリアさん」 

 運転席はカウラ、助手席に誠。後部座席にはアメリアとかなめが並んでいた。助手席の誠はカウラの『スカイラインGTR』の後部座席に座るアメリアを振り返った。翌日は誠はそれほどでもなかったが、アメリアの二日酔いはかなり深刻だった。嗚咽を繰り返すその顔は真っ青で、明らかに病的な雰囲気を漂わせていた。

「駄目、死ぬ、あーしんど。いつもは誠ちゃんがこうなってると言うのに……私としたことが失敗したわね……さすがに昨日は羽目を外し過ぎたわ。反省しないと」

「オメエの辞書に『反省』という言葉があったとは驚きだ。今度は他の分野にも使ってくれ」 

 そう言って冷やかすかなめを無視して二日酔いのアメリアは寮の食堂から持ってきた濡れタオルを額に乗せて上を向いていた。隣ではその様子を冷ややかに眺めているかなめがいた。

「『反省』は良いとして、どうでも良いけど吐くなよ。吐くのは神前の専売特許だ。これ以上うちの隊に何かあるたびに吐く人間は必要ねえ」 

 そんないつもなら誠にかけられる言葉をかなめから受けて、アメリアは熱い視線を助手席の誠に投げた。見つめられた誠は思わず赤くなって前を向いて座り直した。

「自己管理のできない奴が佐官を勤めるとは……どうかと思うぞ。酒は飲んでも飲まれるなと言う言葉を貴様に贈ろう……と言ってもああいった席での自己管理を貴様に期待すること自体が無駄なのかもしれないがな」 

 車を減速させながらカウラがつぶやいた。目の前には司法局実働部隊のゲートが見えた。

 ゲートを守る警備の整備班員達の表情は硬く、誠から見ても明らかに警備体制は厳重になっていた。いつもならマガジンを外した部隊の制式小銃のHK33系を下げている歩哨が巡回することになっている。だが実際は、普段は歩哨も立てずに警備室でカードゲームに夢中になっている技術部員達だった。土嚢の縁に霜が白く残り、据え付けの軽機が金属の冷気を吐いていた。

 それが重装備の歩哨はもちろん、いつの間にか警備室の前に土嚢を積み上げて軽機関銃陣地までが設営されていた。銃のマガジンは刺したまま。即応体制での警備が行われていた。

 その中には普段は当番の守衛などはパーラが監視しているのだが、その代わりにそこにはサラの姿があった。周りの重武装の歩哨担当の整備班員達は、的確な配置の指示で緊張を強いるパーラと違って歩哨の存在意義をまるで理解していないサラの存在が明らかに邪魔に感じているようでわざと遠回りに進路を取って歩き回っていた。

「なんだ?その重装備。いくら何でもやりすぎだろ戦争でもはじめるのか?」 

 かなめはいつもは見慣れない防弾チョッキ姿のサラまでいるというあまりの厳重な警戒に冷やかすようにサラに向ってそう言った。

「違うわよ。これからランちゃんを首領にして篭城するのよ。猫耳の世界のために!」 

 サラはそう言っていかにも緊張した面持ちで誠達に敬礼した。

「なんだそれ?ふざけるのもいい加減にしろ。サラ、真実を話せ……死にたくなかったらな……」 

 そう言うとかなめは左わきの銃に手をやった。くだらないやり取りをしているかなめとアメリアを無視してカウラはそのまま近寄ってきたヘルメットをかぶっている警備隊員に声をかけた。

「面倒なものが送られてくる対応か。緊張感をもって勤務するように」

 カウラはそう言ってに汗をかいている整備班員の駆り出された警備担当の隊員に軽く敬礼した。

「例の件か?あんなブツをこんな片田舎に運ぶからだ。面倒ごとはこれ以上御免だぜ。そもそもあのスペック……あんなものをうちに持ち込むなんて叔父貴はどこと戦争を始めるつもりなんだ?」 

 かなめの何気ない言葉でアメリアの看護に集中していた誠は思い出した。嵯峨の専用機『武悪』。ランの専用機『方天画戟』。この本当の意味でのシュツルム・パンツァーの名前に足る二機の搬入作業が昨晩行われていたことを。

「まあ、そんなところ。それにしても本気で戦争している歩兵の兵隊さん達は大変よね。こんなフル装備での警備なんて。重いし……冬でもこれじゃあ暑くって……」 

 サラはそう言って苦笑いを浮かべた。ゲートが開き部隊の敷地に入るが、明らかにいつもと違う緊張感が隊を覆っているのを感じた。

「カウラよ、お望みの緊張感のある部隊の体制だ。優等生には最高なんじゃないのか?」 

 かなめのあざけるような笑顔を運転するカウラに向けた。アメリアはそれどころではないという表情で濡れタオルを折りたたんでいた。

「神前、早く降りろ。あんな危険なシュツルム・パンツァーが配備されるということの意味することはここは今、臨戦態勢ということなんだ。少しは気合いを入れろ」

 そうかなめに急かされて誠は助手席から降りた。

「どうだ、アメリア!見ていくだけ見ていくか?『武悪ぶあく』とか」 

 かなめは先頭に立ってにこやかな表情でハンガーに向かう。明らかに体調の悪そうなアメリアは仕方がないというようにそれに続いた。

 三つのコンテナがハンガー前のグラウンドに並べられていた。ハンガーの中に入るとまるでサウナの中に入ったような熱気に誠は驚いた。先に歩いていたかなめはハンガーの中を覗き込んで少しばかり困惑したような表情を浮かべていた。

「おい、カウラ……」 

 同じく立ち止まったアメリアを制止するとかなめはカウラに目をやった。誠とカウラはそのまま二人のところまで歩いていった。

「……サウナかよ。甲武の『機体が熱を持つものならば気合いで冷却しろ』って思想、ここに持ち込むな。ここは東和なんだ」

 かなめが額に手をかざす。ハンガーに足を踏み入れた途端気温が数十度跳ねあがり、誠達は一瞬で汗にまみれた。

「この熱、『武悪』の『法術増幅触媒』のせいだな……あの国は法術師の力の理解もろくにしていねえのにこんなもんを作りやがって。機能が同じならいいだろうって?まあ、あの国は『軍服に身体を合わせろ』の国だからな……こんなものを量産して宇宙の軍用艦に積んでみろ。格納庫の中の人間は全員すぐに脱水症で死ぬぞ」

 皮肉たっぷりにかなめはハンガーの奥に建つ二機の見慣れないシュツルム・パンツァーのうちの奥に立つ機体を指さしてそう言った。

「あれは?」 

 誠の機体を先頭に司法局実働部隊の保有するシュツルム・パンツァーが並んでいたが、先日までランの05式先行試作に変わり、初めて見る機体が二機並んでいた。特に目を引いたのは調整を終えて装甲を装備している『方天画戟』と調整の為に主要な外装を外して関節部のアクチュエーターなどを露出している嵯峨の『武悪』の姿だった。

「『方天画戟』は『機敏で喧嘩上手』な法術師の能力のすべてを生かすための機体。一方、『武悪』は『沸騰』だな……この暑さなんとかならねえのかよ。サイボーグのアタシがこんなに嫌な気分になるんだ。真夏にこんな機体がハンガーにあったら死人が出るぞ……ここは精神力ですべてを補う甲武じゃねえんだ。合理主義の東和だ。『サムライ』の精神主義の輸出は止めてくれ」

 かなめが皮肉たっぷりにそう吐き捨てた。

「どちらも本物のシュツルム・パンツァーだが、乗り手の神経を削る方向が違う……『方天画戟』の被害を受けるのはランの姐御一人だが、叔父貴の『武悪』は……まず整備の人間が暑さで死ぬ。島田も嫌な顔をしてただろうな」

 ハンガーに足を踏み入れた途端に熱風が誠達を襲った。それが『武悪』の周りから流れて来るものであることは全員にすぐに理解できた。

 ハンガーを覆い尽くす異常な熱気がその一機である『武悪』から発せられていることはその整備に当たる整備班員の多くが汗をぬぐいながら作業をしていることからもすぐに分かった。扉をくぐった瞬間、眼鏡がふっと曇る。油と焼けた樹脂の匂い、アクチュエーターの唸りが響く。東和製のアクチュエーターはこのような音を立てることは無い。それは『武悪』がまぎれもなく甲武国で製造されたシュツルム・パンツァーであることを証明していた。

 『武悪』は第二装甲板を外し、肘・膝の関節アクチュエーターや配線束まで生身を晒している。冷却ダクトから立ちのぼる陽炎が、外装の継ぎ目を揺らした。

 そのあまりに管理運用する人間に優しく無い機体を見ていた誠達を見つけたシステム担当の大尉は迷惑そうに目を逸らした。その動作に気がついたのか、コックピットに引っかかっている大きな塊が振り向いた。

「あっおはようございます!」 

 それは看護師兼法術技術担当の神前ひよこ軍曹だった。彼女は何やら携帯端末を叩いていた。

「どうだ!調整の方は!」 

 膝から下の装甲板の取り付け作業で響く金属音に負けないようにとカウラが大声を張り上げた。

「まあ、なんとかなりそうですよ!機体の方は万事オーケーです。移送中の損傷とかは見受けられません。後はパイロット次第と言うところですね」 

 ひよこは汗を拭い、タブレットを叩いた。

「触媒板、表面温度86度。外気に触れてるだけでこの数字。第一装甲板を装着すれば表面温度は落ちますけど、開けるたびに寿命が削れるタイプですね」

 そう言いながらも笑顔のひよこも『武悪』から発せられる熱気に額に流れる汗をぬぐいながらそうつぶやいた。

「『武悪』の甲武が独自開発した『法術増幅触媒』は空気と反応して発熱するタイプなんで、開け閉めが寿命に響きます……機能的には誠さんやクバルカ中佐の東和製の『法術増幅触媒』と大差ないんで……出来ればそちらに交換してほしいと島田さんは言うんですけど……予算が……」

 ひよこは端末を見つめながらため息交じりにそう漏らした。法術の専門家である彼女が『機能的に同じ』と言うのならば今すぐにでも『法術増幅触媒』を交換してもらいたい。立ち込める熱気に当てられた誠はそんなことを考えていた。

「それにしても暑いな……まあそれはいいや。それにしてもこんな物騒なもの。よく同盟上層部が運ぶ許可を出したな。タイミングが今しかないと言うのは分かるが、それにしてもうちには荷が重すぎやしねえか?こいつを本気で奪いに来る奴がいるとしたらうちの隊員達の数じゃあ太刀打ちできない戦力を投入してくるはずだぞ……叔父貴はそこまで考えてるのか?」 

 階段を上りながらかなめがつぶやいた。昨日少しばかり武悪の運用記録を見てみたが、ほとんど冗談のような戦績に誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「この『武悪』の『法術増幅システム』を積んでいないプロトタイプの段階での遼南内戦での叔父貴の出撃時の撃墜率100パーセント。そして被弾率は限りなくゼロだ。慎重派の叔父貴がパイロットを勤めていれば当然だが……一回の出撃の撃墜数の平均が10機を越えているのは明らかに異常だよな。叔父貴も本気になったのかねえ……それにしても暑いな……」 

 階段を上りながらも目は『武悪』を眺めていたかなめがそう言った。決して笑っていないその目に誠は寒気を感じた。ランウェイ脇の発電カートのメーターが真紅の帯で張り付いている。整備兵が無線で『系統B、三%降下!』と叫んでいるのが目に入った。ハンガーの空調機器は全開で作動しているらしい。それでも『武悪』の発する熱はとても常人の耐えられるレベルを超えていた。

「おう!ついに来ちまったな……しかし暑いねえ……なんでも『法術増幅システム』の肝である第二装甲板の代わりに設置されている『法術増幅触媒』が空気と反応して熱を出す代物なんだと。空気と反応して熱を出すってことはすぐ劣化して駄目になるって意味じゃないの……甲武の兵器工廠の連中は東和並みの技術だと自慢してたが、神前やランの機体の『法術増幅触媒』はこんな熱なんて出したりしないよ……まったくろくでもない未完成品を預けられちまったもんだ」 

 そう言って階段の上で待っていたのは嵯峨本人だった。どうにも困ったことが起きたとでも言うような複雑な表情の嵯峨がそこにある。誠達はそれに愛想笑いで答えた。真冬だというのにハンガーに備え付けられた冷却ファンの咆哮に合わせ、天井の水銀灯が一瞬だけ明滅した。電源の食い方が桁違いだ。もしこれが初夏にでも来たのならば本当に整備班に死人が出ても不思議が無いというような熱風がハンガーを覆い尽くしていた。

「おい、よく二機もオリジナル・シュツルム・パンツァーを引っ張り出すなんてよく許可が出たな。どんな魔法を使ったんだ?」 

 駆け上がったかなめの言葉に嵯峨は訳が分からないというように首をひねる。そしてしばらくかなめの顔を見つめた後、気がついたように口を開いた。

「引っ張り出した?なんでこんなに人に優しく無い機体に俺が乗らなきゃいけないんだよ。押し付けられたんだよ。甲武にゃ法術師なんてほとんどいないからな。使える人間がいればそいつが使えってのが甲武陸軍の常識だってのはかなめ坊も知ってるだろ?そんなところだよ」

 嵯峨は唇の端だけで笑った。

「遼帝国も甲武もこの二機の維持費の伝票を見た瞬間に顔色が変わる。俺の荘園の泉州も作ったはいいがこいつの維持費だけでとんでもない金が消えていくんだ。だったら領主である俺の手元に置いて俺の金でなんとかしろって話なんだと。輸送費だけは先方持ちだがな」

 嵯峨はあっさりとそう言った。国防予算に明らかに円グラフの一部を占めるほどの維持コストのかかる機体の導入である。誠がちらりと管理部のオフィスを見れば、机に突っ伏しているように見える高梨の姿が見えた。

「さすが領邦領主としては最大の規模の嵯峨家というところですか。他の貴族ではとてもこの機体二機の維持コストなんて賄うことは出来ない」 

 カウラはそう言うと作業が続く武悪を見下ろしていた。

 嵯峨家は甲武四大公家の一つ。甲武の軍事産業を支えている泉州を中心としたコロニー群を領邦として抱え、そこからの税収の数パーセントを手にすることができる富豪の中の富豪と言えた。その当主の地位は今は第二小隊隊長のかえでの手にあったが、嵯峨本人は最大の収入源である泉州コロニーは自分個人の荘園として手放さず、泉州公として維持管理の費用が寝ていてもその懐に入る仕組みになっていた。結局その金の管理は全部娘の茜がしているので嵯峨の手元には茜から渡される3万円の小遣いしか入らない。ある意味誠は嵯峨は自分より不憫な存在なのではないかと同情の視線を向けた。

「まったく……面倒なものが来ちまったよ。パイロットを虐めぬくようなシステムを搭載した最悪の機体だ。乗るのは俺だぜ?嫌になるよ」 

 嵯峨はまたもやうんざりした顔でそう言うと口にタバコをくわえてハンガーに降りていった。

「本気で言ってるのかねえ……法術師として認められたってことじゃねえか……」

 そんな嵯峨を見送りながらかなめはハンガーを見渡しながらそうつぶやいた。

「たぶん半分は本気でしょ。いくら財源が豊かな隊長の荘園でもこんな高価な機体を維持するなんて……まあ、隊長自身は月3万円で生活できてるから暮らし向きが変わるわけじゃ無いから良いんじゃないの?」

 アメリアはそう言うと二日酔いの青い顔を誠に向けた。

「でも隊長、なんで月3万円で生活できてるんです?こんな金食い虫にしかならない機体を買えるのに……そのお金はどこに行ってるんですか?」

 誠はうなるハンガーの全冷却施設を総動員してもその発熱を止めることができない漆黒のシュツルム・パンツァーを見上げてそう言った。
 
「知るか!叔父貴は泉州コロニーの上がりだけは自分で管理しているはずだ。そんなに聞きたきゃ自分で直接聞け!」

 うんざりするようなハンガーの熱気に不機嫌極まりないという顔のかなめは吐き捨てるようにそう言うとそのまま本部棟に向う扉へと足を向けた。

 背中のハンガーから、熱が追いかけてくる。……『これ』を抱えた時点で、もう戻れない。

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