法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『特殊な部隊』の初陣

橋本 直

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第十八章 『特殊な部隊』の真実

第95話 修羅の機械姫(さいぼーぐ)

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 不意に誠は後ろのトイレのドアが開いたのを感じた。振り向くまでも無く誠の背後に立った男に腕を握られる。そしてこめかみに硬く冷たい感触が走った。

 誠の視界の限界地点にある鏡には彼を拉致してきた背広の男の姿が映し出されていた。

「だめじゃないか?せっかくの商売もんが外に出てきちゃ。おい!そこの姉ちゃん!銃を捨てな!こいつの頭が無事でいて欲しいだろ?」

 背広の男はそう叫んだ。

 しかし、かなめの拳銃の銃口は微動だにせず、誠のほうに向けられたままだった。誠は恐る恐るその口元を見た。

 かなめはまだ笑っていた。

「西園寺先輩!死にたくないです!僕はまだ……」

 誠は銃を突きつける誘拐犯よりも、かなめの方に恐怖を感じていた。チンピラの銃を突きつけている手が震えているのがわかる。そしてかなめは楽しそうに誠の言葉に答えた。 

「騒ぐんじゃねえよ、チェリー・ボーイ!おい、そこのチンピラ。アタシの『顔』は見たこと無いか?」 

 かなめは人質を取っている相手に言う台詞ではないと思える言葉を吐いた。誠に銃を突きつけている男は自信たっぷりに銃を向けてくるかなめに明らかに怯(ひる)んでいるが、手にした人質を放すことは自分の死を意味していると言うことはわかるようだった。つい誠を取り押さえている腕に力が入り、誠は少しばかり痛みを感じて目をかなめに向ける。

「あいにくと、『特殊な部隊』には知り合いがいないんでな!それより早く銃口を下ろせ!」 

 語尾がひっくりかえっているのが誠にもわかった。誠が銃を突きつけられて人質になるのが初めてのように、この男もこの状況は初めての体験なのだろう。

 だがかなめは違う。誠にもそれだけは理解できた。彼を見つめているかなめの目は何度も同じ状況を体験してきたように落ち着いていた。

「ほう、銃を捨てろから、銃口を下ろせか?弱気になったもんだねえ……こういう状況は初めてって面だ。鉄火場の先輩から言わせてもらうぞ。弱気は禁物だよ、相手に舐められる」 

「うるせえ!早くしろ!こいつの頭が……」 

 ごつりごつりと何度も誠のこめかみを銃のスライドの先端部が叩く。

「好きにすれば?未覚醒の『法術師』なんざ……どこででも都合がつくから……ああ、そうだったな。アンタはこいつをなんでアンタの飼い主が欲しがってるか知らねえんだったな」 

 かなめは吐き捨てるようにそういうと、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。

 彼女の手にある銃の銃口は正確に男の額を照準している。誠を抱えている男は、その一言に怯んだ様に誠を抱えている腕の力を緩めた。誠は体に力を入れようとするが、緊張と恐怖のあまり体がコントロールを失ったようで、そこから抜け出すことが出来ずにいた。

「どうせどこかの上部組織にでも頼まれたんだろ?チンピラ。アタシの『顔』を知らねえってことは、やくざ稼業じゃあ駆け出しだな。やめときな、こんなところで死にたかねえだろ?」 

 明らかに男の手が震えているのが誠にもわかる。それを見てかなめは大きくため息をついた。

「じゃあどうしても死にたいならモノは試しだ、その引き金引いてみなよ?」 

「そんなー!西園寺さん!」 

 まるで男に誠を殺させようとしているかなめに、誠は無駄と知りつつ助けを求めるように叫んだ。

『喚くんじゃねえよ!馬鹿野郎!』

 耳の中でかなめの声が響いて誠は驚いた。

 来る時に嵯峨に渡されたコミュニケーションツールからそれは聞こえた。

『気づかれるんじゃねえぞ、とにかく喚いて時間を稼げ。それと合図をしたら強引に床に伏せろ。こいつはビビってる。戦闘に関しちゃアマチュアだよ。まあとにかくアタシを信じろ』

 交信はそれだけで切れた。気がついたように誠が見た先には、相変わらずサディスティックな笑みを浮かべたかなめの姿があった。

「西園寺さん!本気なんですか?僕、まだ死にたくないですよ!」

 演技など誠には必要なかった。本音を叫べば命乞いの言葉がいくらでも出てくる。 

「ぎゃあぎゃあ騒ぎやがって!だとよ姉ちゃん。こいつを見殺しにしたら、寝つき悪くなるんじゃねえのか?」 

 誠の叫び声に気分を良くした男が荒れた息をしながら声を上げる。だが、かなめの表情は変わらない。

「知ったことかよ。そいつだって東和軍に志願したんだ。死ぬことくらい覚悟してるんじゃねえの?」 

「西園寺さん!それって……」 

 誠は頭の中ではかなめの演技だと信じてはいるが、彼女がこの状況を楽しんでいるように見えて恐怖を覚えた。

「残念だねえ。この姉ちゃん、君を見殺しにするつもりだぜ。まあ、あの世で恨むならあの姉ちゃんにしてくれよ。俺はただ自分の身が守りたいだけだからな!」

 緩んでいた男の誠を押さえつける力が再び戻った。だが、誠はさすがにこれだけ命に関わる状況が続いていると、体も馴染んできたようで軽く両腕に力を入れた。

『これは振りほどけるな』

 そんな誠の心の声が聞こえたとでも言うようにかなめが軽くうなづいた。

「おい、チンピラ。そいつの頭が吹っ飛んだら人質はいなくなるんだぜ?そのこと考えたことあるのか?」

 かなめのその一言は明らかに男の動揺を誘っていた。それを見透かすようにかなめは銃口をちらつかせながら後を続けた。

「つまりだ。お前みたいな脳無しにでもわかるように説明してやるとだな、その役立たずの頭が吹き飛んだ次の瞬間には、テメエの額に『でかい穴』が開いているという仕組みになっているというわけだ。つまり、テメエはどう転んでも何も出来ずにここでくたばる運命なんだよ!」 

 男の腕の力が再び緩んだ。誠はかなめの合図を待ったがまだかなめは何も合図をよこさない。

「うるせえ!そんなのハッタリだ!テメエにこいつを見捨てるような……」

 叫びながら男は拳銃のハンマーが上がっていることを確認したり、視線をかなめから離して階段の方を見つめたりと落ち着かなくなった。

 完全に男はかなめの術中にはまっていた。 

「やっぱりオメエは馬鹿だ。アタシ等『特殊な部隊』に喧嘩売ろうって言うならもう少し勉強しとけ」

 かなめはそういうと、死刑宣告をする死神を思わせる笑みを浮かべた。

「嵯峨と名乗ってるアタシの『叔父貴』が、どんだけ味方を囮(おとり)に使って『諜報活動』や『治安維持活動』をしたぐらい、少し『諜報戦』と言うものを学んだ、『情報通の人間』ならみんな知ってるはずだぜ?まあ、そう言うのはプロの諜報部員の初級の教科書の記載事項だったな。駆け出しのチンピラには無縁な話か」

 余裕を持ってかなめはそう言った。その口調に、誠は自分は助かるという確信を持つに至った。

 そして機械の体のかなめが、あの『駄目人間』の嵯峨を『叔父貴』と呼んだことに誠は気づいていた。

「自分の頭でものを考えたことのないオメエみたいなチンピラの……関知することじゃあねえだろうがな」 

 死の恐怖に震える男の手が震えている。誠は銃を突き付けられながらそのことに気づいた。

 楽しそうに二人の運命をもてあそんでいるかなめの言葉に、二人の男の心臓の鼓動が早くなってゆく。

「うるせえ!撃つぞ!ホントに撃つぞ!」 

「だから、さっきから言ってるだろ?撃てるもんなら撃ってみろって」 

 その言葉に男はようやく決心がついたようで、ガチリと誠のこめかみに銃口をあわせた。

 誠にはかなめが自分を助けてくれる確信があった。

『伏せろ!』

 嵯峨の補聴器から響くかなめの合図と同時に、誠は男の手を振りほどいて地面に体を叩きつけた。

 轟音が響き、肉のちぎれる音が、誠の上で響いた。

 誠が振り向くと、壁の破片と一緒に男の上半身が吹き飛ばされて踊り場の方に飛んでいるさなかだった。階段下の三下はそれを誠達と勘違いして、サブマシンガンでの掃射を浴びせかけ、男の上半身は一瞬でひき肉になった。

 誠はそのかつて人間だったものから目を反らして後ろの壁を見た。

 そこには人の頭ほどある弾丸の貫通した跡が残り、コンクリートの破片が散乱している。

「これが、アタシ等『特殊な部隊』のやり方。そいつの体がアタシが設置したドローンのアンチマテリアルライフルの射線に入ったから壁越しに撃った。そんだけ」 

 かなめの冷徹な一言で、誠は今起きた出来事を把握した。

 かなめが男を挑発していたのは、かなめが設置した壁をぶち破るほどの威力の対物ライフルの射線に男を追い込むためだったのだと。

 誠が男を振りほどけば、もうかなめにその『砲』を撃たない理由は無い。

 そして、かなめの『電子の脳』による遠隔操作で対物ライフルは発射されて、誠に銃を突き付けていた男はコンクリートの壁ごと撃ち抜かれて肉片となった。

 肉片と化した男の残骸の前に座り込む誠にかなめは手を伸ばす。

 かなめは実働部隊の制服に愛銃『スプリングフィールドXDM40』を右手に持っているだけだった。

 よく見ればかなめの夏服から出る二の腕には、人工皮膚の継ぎ目のラインが見て取れた。


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