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出撃命令

第103話 交錯する思い

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「ともかくこれが現状でのアタシの命令ってわけだ。各員出撃準備にかかれ。それと一応聞いておくけど遺書とか書いとくか?」 

「馬鹿言うなよ。アタシが簡単にくたばるように見えるか?」 

「必要ない。死ぬつもりは今のところ無い」 

 かなめとカウラはそれだけ言うとドアに向けて歩き始めた。

「僕は書きます」 

 自然と誠の口をついて出た言葉に全員が注目した。つかつかとかなめは誠に歩み寄り、平手で誠の頬を打った。

「勝手に死ぬな馬鹿!オメエが死んでいいのはな!カウラかアタシが命令した時だけだ!勝手に死んでみろ!地獄までついて行って、もう一回殺してやる!」 

 それだけ言うとかなめは振り向きもせずに、ドアの向こうに消えていった。

「へー、あの『自分以外は愚民』が合言葉の西園寺がねえ。カウラはどう思ってるの?こいつのこと」 

 ランはそう言って、呆然と突っ立っている誠を指差した。

「仰ってる意味がわかりませんが?」 

 本当に不思議そうにカウラは緑色の髪をなびかせながら答えた。

 誠はそのエメラルドグリーンの瞳を見つめた。その瞳は本心からランの言葉の意味を理解していないように見えた。

「どうでもいーや。神前、どうする?遺書書いとくか?」 

 投げやりに言うランを前に、静かに誠は首を横に振った。

「まーあれだ。05式は『タイマン勝負』最強が売りだからな。素人のオメーが乗っても火龍程度は軽くあしらえるスペックなんだ。いざという時は機体を信じろ。まーアタシの言えることはそれくらいだな。オメーに後で『酔い止め』やるから飲んどけ。薬局でも売ってない特別製だ」 

 ランはそう言うと部屋から出て行った。誠はただ茫然とその場に立ち尽くしていた。

「カウラさん?」 

 うつむいたまま立ち尽くしているカウラに誠は思わず手を伸ばしていた。

「隊長命令だ、直立不動の体勢をとれ!」 

 一語一語、かみ締めるようにしてカウラは誠に命令した。誠は言われるまま靴を鳴らして直立不動の体勢をとる。

「一言、言っておくことがある。これは作戦遂行に当たっての最重要項目である」 

「はい!」 

 うつむいたままのカウラは肩を震わせながら何かに耐えているように誠には見えた。誠を見つめる緑色の瞳。

 潤んでいた。

「死ぬな。頼む……」 

「はい」 

 誠は思いもかけぬカウラの言葉に戸惑っていた。同じように自分の言葉に、そして自分のしていることに戸惑っているカウラの姿が目の前にあった。

「言いたいことは、それだけだ。先に出撃準備をしておいてくれ。ハンガーでまた会おう」 

 カウラは今度は天井を見上げながらそう言った。誠は一度敬礼をした後、静かに控え室から出た。
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